■“マスク・ファースト”とまでいわれていたが…
つい最近まで、蜜月関係を誇ってきた、トランプ氏とマスク氏の決裂が決定的になっている。6月5日、トランプ大統領はマスク氏を激しく非難し、マスク氏の関連企業との契約解除も示唆した。

大統領選挙前、トランプ氏とマスク氏は、お互いの損得勘定で接近し関係を深めたとみられる。両者にとって、重要なメリットがあるとみたからこそ関係は密になった。そうでなければ、保守本流のトランプ氏と、新自由主義的な考えを持つマスク氏が接近することは考えにくい。
2024年7月、マスク氏は大統領選挙でトランプ氏を支持すると表明した。献金額は3億ドル(1ドル=140円換算で420億円)に上ったようだ。それは、トランプ氏が再選を果たすために重要だった。一方、マスク氏は、トランプ氏が大統領になった場合、テスラの自動運転車の実用化やスペースXが運営する“スターリンク”事業への国家支援など、相応の恩恵が手に入るとの計算があったのだろう。特に、宇宙政策でトランプ政権は“マスク・ファースト”と評されたこともあった。
■関税政策がテスラの不買運動を招いた
マスク氏にとって想定外だったのは、トランプ氏の政策が、マスク氏のビジネスの阻害要因になる恐れが出たことだろう。トランプ政権の関税政策は、テスラの不買運動につながった。また、一時はマスク氏が主導すると思われた、米国の宇宙開発でも恩恵が予想したほど大きくなりそうにない。
すでに、テスラの中国での販売が減少傾向だ。
欧米諸国でも、テスラの販売台数は頭打ち傾向を示している。スペースXなどの事業も、思ったような業績を上げることができていない。マスク氏が率いる企業グループ全体に停滞感すら出ている。トランプ氏と決裂したマスク氏が、今後、どうやって事業を立て直すか、同氏の手腕が問われる。
■420億円の巨額献金が意味したもの
米大統領選挙戦中の2024年7月以降、トランプ氏はマスク氏との関係を急速に深めた。一時、両氏の関係は蜜月といわれた。その背景にあったのは、双方の損得勘定といわれている。
まず、米国の保守派を主な支持層とするトランプ氏は、接戦州を制するため支持拡大に取り組んだ。その方策の一つとして、テスラやスペースXなど先端企業の著名経営者として人気の高いマスク氏の支持を取りつけることだった。
マスク氏は、トランプ氏の支持層である保守派と異なるキャラクターをもっている。同氏はSNSのX(旧ツイッター)を所有し、若い世代への影響力も大きい。トランプ支持層の拡大に加え、マスク氏の資金力はトランプ氏の選挙戦に重要なファクターだった。

昨年11月の大統領選挙後、トランプ氏は、米宇宙開発企業スペースXの宇宙船打ち上げをマスク氏と共に視察するなど親密さをアピールした。トランプ氏は、トルコのエルドアン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談にマスク氏を同席させた。
■ロボタクシーもスターリンクも政府頼み
マスク氏も自らのメリットのため、トランプ氏に接近し関係を深めた。マスク氏が狙ったのは、政府から相応のメリットを受け、自らが経営する企業の事業拡大を目指すことだったのだろう。
最近、マスク氏は、ロボタクシーと呼ばれる自動運転電動車の実用化に注力してきた。今年3月、カリフォルニア州はテスラに自動運転配車サービスの実現に向けた一部の許可を出した。今月に入り、マスク氏は6月22日に一般向けサービスを暫定的に開始する予定だと表明した。
マスク氏は、全米で監視員乗車の条件なしにロボタクシー事業を展開することが必要と考えたのだろう。そのため、同氏はトランプ大統領との信頼関係を深め、迅速に実証実験を行う体制を整備することを狙ったとみられる。
また、連邦政府からの特別な支援を必要とする分野の一つが、マスク氏の宇宙開発事業だ。スペースXが運営する、衛星ビジネスの“スターリンク”の競争力を高めるため、政府からの研究開発やロケット打ち上げ支援が欠かせない。そうした支援に加え、米航空宇宙局(NASA)が、スペースXと共同でロケットの打ち上げを行うことができれば、そのメリットは業績の拡大にとどまらないはずだ。

■関税合戦の犠牲になったテスラ
損得勘定で蜜月を演出した両氏だったが、徐々に利害の食い違いが目立ち始めた。トランプ関税による、品目別や国、地域ごとの“相互関税”は、マスク氏にとって大きな見込み違いだっただろう。トランプ氏が鉄鋼やアルミ、自動車の関税を発動すると発表すると、報復措置を導入する国は増えた。
報復措置の一つとして、テスラ製のEV車の購入に支給していた補助金を縮小する国は増えた。特に、カナダの対抗策はマスク氏に脅威だっただろう。1月下旬、カナダ政府の関係者は、トランプ氏の関税政策に対抗するため、テスラ車に100%の報復関税を課す考えを示した。その後、カナダ政府はテスラのEV購入補助金を全面凍結し、補助金の対象外にした。
欧州などでも、トランプ政権の関税政策への対抗や、マスク氏のトランプ氏支持に反発した消費者は、テスラの不買運動を起こした。3月には、テスラは米国政府に配慮するよう要望を出した。
■中国EVとの価格競争で“泣きっ面に蜂”
中国EVメーカーの追い上げも、テスラにとって厳しい環境変化の一つだ。BYDなど中国メーカーとの価格競争に巻き込まれ、出荷台数が減少したテスラにとっては“泣きっ面に蜂”といえる。4月、トランプ氏は相互関税を発表した。
マスク氏が、政権からのメリットを期待することはさらに難しくなった。
宇宙開発事業でも、マスク氏がトランプ政権からのメリットを期待することは難しくなったようだ。一時、次期ミサイル防衛システムの“ゴールデン・ドーム”計画で、スペースXが重要な部分を担う有力候補に浮上した。しかし、トランプ政権内部では一企業に任せることへの疑義が浮上しているという。
その後、トランプ氏は、マスク氏と親密な関係のジャレッド・アイザックマン氏のNASA長官指名を撤回した。当初の目論見と異なり、マスク氏のスペースX事業は政権からのメリットを得ることが難しくなったとみられる。
■22兆円が吹っ飛ぶと「後悔している」と投稿
これまでも、マスク氏は、思った通りに物事が進まないとSNSで相手を強烈に批判することがあった。6月に入って、日増しにマスク氏のトランプ氏批判は激化した。3日には、マスク氏は上院が審議していた減税・歳出法案を“不快で忌まわしい存在”と糾弾した。
当初、トランプ氏は、マスク氏に対して表立った反応を示さなかったが、5日、同氏は歳出削減の手っ取り早い方法は、マスク氏が運営する企業との契約を打ち切ることだと投稿した。両者の決裂は一段と熱を帯びてきた。マスク氏は11日になってトランプ氏への批判を「後悔している。
行きすぎたものだった」と投稿したが、トランプ氏の投稿を見た主要投資家は、マスク氏が窮地に陥ったと判断したようだ。
中国では、テスラの販売台数が減少傾向にある。その状況下で、米国政府がマスク氏の事業に許認可を与えなかったり、支援を打ち切ったりすれば、テスラなどの業績懸念は高まることが予想される。
そうした事態を嫌気した投資家はテスラ株を売った。6月5日、米株式市場でテスラの株価は一時前日比18%下落した。終値で時価総額は、前日から1520億ドル(約22兆円)減少した。
■マスク氏が見据える市場はインド?
そうした事態の打開を狙って、マスク氏は人口が増加し中長期的な経済成長の期待が高いインドを重視し始めたようだ。インドには、中国から製造拠点を移す多国籍企業も増加している。マスク氏は、インドでのEV販売や衛星通信事業の導入を狙い、現地での採用、オフィス確保を急いでいる。インドで、中国のEVメーカーの販売が伸び悩んでいることも、マスク氏が失地回復を目指すために重要だ。
ただ、マスク氏の事業は景気循環の影響を受けやすい。今後、米国では関税や減税による財政悪化の影響によって、景気の減速が鮮明化することも予想される。
また、物価上昇の懸念が再燃する恐れがある。もし、米国経済に下押し圧力がかかると、世界的に自動車や衛星通信事業の減速は避けられないだろう。
そうした状況を考えると、テスラやスペースXの事業運営体制は不安定化する可能性は高そうだ。政権からの契約打ち切りリスクに加え、テスラ株の調整リスクという点でも、マスク氏はかなり厳しい状況に陥ることになるかもしれない。いかに難局を乗り切るか、マスク氏の手腕の見せ所だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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