欧州でアルコール規制の議論が進んでいる。背景にあるのは、アルコール摂取の体へのダメージの大きさ。
■欧州のアルコール規制本格化と日本の現状
2025年5月、ヨーロッパで医学会を中心とした「アルコール健康同盟」が発足しました。世界最大のアルコール消費地域のヨーロッパでは、年間80万人がアルコール関連で死亡するという現実を受けて、医療従事者がアルコール規制政策の最前線に立ったということす。医学的な観点からアルコール消費を抑えるために、酒税の増税などの議論が進んでいます。
翻って日本を見ると、2026年のビール系飲料税率統一を「改正」と位置づけていますが、これは健康政策というより業界の利害調整という側面が強いようです。
日本ではこれまで、ビール・発泡酒・新ジャンルに異なる酒税がかけられており、350ml缶あたりの税金は最大で約3倍の差がありました。これにより安価な「第3のビール」が広く普及しましたが、不公平な税体系や複雑さが問題視されてきました。
政府はこれを是正するため、2020年から段階的に税率を見直し、2026年10月には3つの酒類を一律約54円(350ml換算)に統一します。これにより価格差が縮まり、商品選択の基準が「値段」から「好みや品質」へと変わることが期待されます。
ただし、今回の改正は健康対策ではなく、「税の公平化」が目的であり、アルコール度数や健康リスクに応じた課税ではありません。
ところが、現在の税率は健康に直結するアルコール量とは関係なく、酒類の種類別に税率が設定されており、健康への影響が考慮されていないようです。税金がビール350mlに54円、清酒同量に35円という設定をみても、明確な医学的裏付けを見つけるのは困難です。
愛飲家の読者には耳が痛い話、懐の痛む話かもしれませんが、以下で述べるアルコールが体に与えるダメージは想像以上に大きいという最新の科学的事実を確認してほしいです。これは大げさではなく読者の方の人生に関わることであり、日々、アルコール由来の病気に苦しむ患者を多く診ているひとりの医師としてのお願いでもあります。
■アルコールによる発がんなどの医学的影響
医学的観点から見ると、アルコールの健康被害は想像以上に深刻です。国際的な研究により、アルコールは明確な発がん性物質として分類され、口腔がん、食道がん、肝臓がん、乳がん、大腸がんなど少なくとも7種類以上のがんリスクを高めることが確認されています。例えば女性の場合、1日あたり10gのアルコール摂取(ビール中瓶約半分)でも乳がんリスクが7%増加します。
さらに日本人では、人口の約44%がアルコール代謝酵素の活性が低く、アルコールの分解能力が劣っています。これらの人々は少量の飲酒でも顔面紅潮、頭痛、吐き気を示し、食道がんリスクが通常の10倍以上に増加することが知られています。
さらに日本の統計によれば、アルコール性肝疾患による死亡者数は年間約4000人、アルコール依存症患者は推定80万~100万人とされ、飲酒による社会経済損失は年間約4兆円と試算されています。この損失には医療費、介護費、生産性損失、犯罪コストなどが含まれます。現状の税制では、こうした生理学的差異や社会的コストが全く考慮されていません。
日本では年間3万5000人がアルコール関連で死亡しているという推計(厚生労働省研究班)もあり、これは交通事故死の約10倍に相当します。世界的な大規模研究(195カ国・2800万人対象)では、健康への最適なアルコール摂取量は「ゼロ」であり、少量飲酒の心血管保護効果は他の健康リスクによって相殺されることが明らかになっています。赤ワインが健康にいい、という昔の説は科学的にはほぼ否定されているわけです。
■脳への影響と依存メカニズム
脳にもよくありません。脳科学研究により、アルコールは脳の報酬系を直接刺激し、継続的摂取により耐性が形成されることが明らかになっています。特に重要なのは、アルコールが前頭前野の機能を低下させることです。この脳領域は意思決定や衝動制御を司っており、その機能低下により飲酒のコントロールが困難になり、アルコール性認知症になりやすいとの指摘もあります。
脳の画像を解析した研究では、慢性的な大量飲酒者の脳で灰白質の萎縮と白質の損傷が観察され、これらの変化は部分的にしか回復しないことが知られています。青少年期の脳は特にアルコールの悪影響を受けやすく、25歳頃まで続く脳の発達期間中の摂取は長期的な認知機能障害のリスクを高めます。
欧州では19~24歳の死亡原因の4分の1がアルコール関連とされており、日本でも同様の懸念があります。特にストロング系と呼ばれる高アルコール度数商品の価格設定には注目が集まっています。アルコール度数7~9%のストロング系チューハイが100円台で購入できる現状は、若者の飲酒行動に影響を与えています。これらの製品1缶(350ml)には純アルコール約25~30gが含まれ、厚労省が定める男性の1日飲酒量の目安(20g)を大幅に超えています。
救急搬送データによると20代では急性アルコール中毒患者が多く、ストロング系チューハイ摂取の手軽さと強さが事故につながりやすいとみられます。近年は、ストロング系の販売中止・縮小の動きもありますが、2026年の税制改正後でも350mlあたり現行の28円から35円程度の増税にとどまる見込みで、価格による消費抑制効果は限定的です。
医療現場で重視されているのは、依存症に至る前の段階での早期介入です。医療現場では、わずか3つの質問からなるAUDIT-Cという簡易テストが使われ、飲酒頻度、1日の飲酒量、大量飲酒の頻度が評価されます。
日本のガイドラインが示す健康配慮の目安は、男性で1日あたりビール中瓶1本、女性でビールコップ1杯程度(純アルコール換算で、男性で40g、女性で20g)ですが、これは「飲んでも良い量」ではなく、これを超えると健康リスクが高まる境界線です。毎日の晩酌でビールを2本飲む習慣や、週末にまとめて深酒をする行動は、すでに「リスクのある飲酒」に該当している可能性があります。
注目すべきは短期介入という手法です。たった5~15分程度の短いカウンセリングによって、週あたりの飲酒量を3~5杯減らすことが可能だとされています。
より本格的な治療が必要な場合には、断酒補助薬、飲酒欲求を抑える薬物療法と、動機づけ面接法、家族療法、グループ療法などの心理社会的介入を組み合わせるといった手法が、一部の専門機関で提供されています。
■アルコール度数の税率、健康政策のバランス
今、医学界で常識となっているのは、アルコール関連の健康被害は、摂取する純アルコール量に比例するということです。よって、医学的には酒類のアルコール度数に正比例させて、税率を上げるという考え方があってもよいといった意見が増えています。
実際には、純アルコール1グラムあたりの税率はバラバラで、清酒の税率は特に安くなっています。計算すると、ビール(アルコール度数5%)は約3.9円、清酒(15%)は約0.85円、チューハイ(7%)は約1.4円となります。つまり、清酒は純アルコールベースでビールの5分の1、チューハイの3分の2程度の税負担です。「伝統産業保護」という社会的な側面と、健康政策のバランスをどう取るかという課題が浮き彫りになっているのではないでしょうか。地域振興という政策目標と公衆衛生政策との整合性をどう図るかという課題があるのです。
日本では「酒は文化」「地域産業振興」という観点が重視され、医学的エビデンスに基づく政策転換が進んでいません。たばこ税の変遷と比較すると、酒税政策の特殊性が浮き彫りになります。たばこ税は1998年以降段階的に引き上げられ、その後、「健康被害の抑制」が明確な政策目標として掲げられました。
一方、酒税については健康政策としての位置づけが曖昧で、業界の利害調整という側面が強く残っています。しかし、医学的には両者の健康リスクは同等またはアルコールのほうが高いという評価もあり、政策の一貫性という観点から疑問が残ります。
■国際的な政策動向と日本の課題
欧州では健康政策として、酒税を利用しようという動きが進みつつあります。リトアニアでは2017年にアルコール税を大幅に引き上げた結果、アルコール関連死亡が23%減少し、救急搬送件数も15%減少しました。スコットランドでは2018年にアルコールの最低価格設定を導入し安価な酒の販売を抑えた結果、アルコール関連死亡が13.4%減少する成果を上げています。
これらの実績を踏まえると、酒類の種類ではなく純アルコール含有量に基づく課税体系が有効な選択肢となります。仮に純アルコール1グラムあたり一律4円の課税とした場合、ビール350ml(純アルコール14g)は56円、清酒180ml(純アルコール22g)は88円、ストロング系チューハイ350ml(純アルコール28g)は112円といった形になり、健康リスクに比例した価格体系が実現します。
実際、欧州の一部の国々ではWHOの推奨に従い、純アルコールに比例した税率という健康政策と一致した税制を導入しています。イギリスの例では、2023年8月からすべての酒類において「純アルコールのグラム数当たり課税」に移行し、安価な高アルコール飲料への消費抑制効果が期待されています。
こうした制度変更には3年程度の段階的導入が現実的でしょう。増税分の税収を依存症治療や予防教育に投資することで、増大し続けている社会保障費の削減につなげることも可能です。
■「飲酒が当然視される社会」から「健康が重視される社会」へ
日本の酒税制度を、より医学的根拠に基づいたものに変更していくことは簡単ではありません。
私たちは「飲酒が当然視される社会」から「健康が重視される社会」への転換期にあります。この変化の中で日本がどのような政策選択をするかは、国民の健康と社会の持続可能性に大きな影響を与えるでしょう。建設的な議論を通じて、より良い制度設計を目指すことが重要です。
日本社会でもアルコールに対する変化の兆しは明確に現れています。アルコール広告は依然として氾濫していますが、ノンアルコール飲料市場の年々の拡大、居酒屋での「モクテル」(ノンアルコールカクテル)の定番化、ビジネス現場での「お酒を断ること」に対する寛容性の向上などです。
世界では若い世代を中心に「ソバーキュリアス」(お酒を飲まないことに興味を持つ)というライフスタイルが浸透し、イギリス発祥の「ドライ・ジャニュアリー」(1月の1カ月間の完全禁酒)も広がりを見せています。
ビジネスパーソンにとっても、アルコールを飲み過ぎず、健康と集中力を重視し、翌日のパフォーマンスを考えた選択をする人が、プロフェッショナルとして評価される時代になってくるでしょう。
重要なのは教条主義的な完全な禁酒を求めるのでなく、十分な情報に基づいて、個人が自分にとって最適なアルコールとの距離感を見つけられる社会環境を整備することです。それは一人ひとりの健康に、家族に、職場に、そして社会全体にポジティブな影響をもたらす選択となるでしょう。
----------
谷本 哲也(たにもと・てつや)
内科医
鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。
----------
(内科医 谷本 哲也)
日本でも年間約3万5000人がアルコール関連で死亡しており、これは交通事故死の約10倍に相当する。医師の谷本哲也さんは「最新の世界的な大規模研究によれば、健康への最適なアルコール摂取量は“ゼロ”。赤ワインが健康にいい、という昔の説も科学的にはほぼ否定されている」という――。
■欧州のアルコール規制本格化と日本の現状
2025年5月、ヨーロッパで医学会を中心とした「アルコール健康同盟」が発足しました。世界最大のアルコール消費地域のヨーロッパでは、年間80万人がアルコール関連で死亡するという現実を受けて、医療従事者がアルコール規制政策の最前線に立ったということす。医学的な観点からアルコール消費を抑えるために、酒税の増税などの議論が進んでいます。
翻って日本を見ると、2026年のビール系飲料税率統一を「改正」と位置づけていますが、これは健康政策というより業界の利害調整という側面が強いようです。
日本ではこれまで、ビール・発泡酒・新ジャンルに異なる酒税がかけられており、350ml缶あたりの税金は最大で約3倍の差がありました。これにより安価な「第3のビール」が広く普及しましたが、不公平な税体系や複雑さが問題視されてきました。
政府はこれを是正するため、2020年から段階的に税率を見直し、2026年10月には3つの酒類を一律約54円(350ml換算)に統一します。これにより価格差が縮まり、商品選択の基準が「値段」から「好みや品質」へと変わることが期待されます。
ただし、今回の改正は健康対策ではなく、「税の公平化」が目的であり、アルコール度数や健康リスクに応じた課税ではありません。
そのため、公衆衛生政策としての効果は限定的でしょう。世界保健機関(WHO)が「アルコールに安全な量はない」と見解を示している現在、日本の酒税制度は単なる税金の問題ではなく、健康への影響も考慮したものになる必要があります。つまり、筆者は決して増税賛成派ではありませんが、アルコールに関しては健康促進のため、もっと税額を上げたほうがいいのです。
ところが、現在の税率は健康に直結するアルコール量とは関係なく、酒類の種類別に税率が設定されており、健康への影響が考慮されていないようです。税金がビール350mlに54円、清酒同量に35円という設定をみても、明確な医学的裏付けを見つけるのは困難です。
愛飲家の読者には耳が痛い話、懐の痛む話かもしれませんが、以下で述べるアルコールが体に与えるダメージは想像以上に大きいという最新の科学的事実を確認してほしいです。これは大げさではなく読者の方の人生に関わることであり、日々、アルコール由来の病気に苦しむ患者を多く診ているひとりの医師としてのお願いでもあります。
■アルコールによる発がんなどの医学的影響
医学的観点から見ると、アルコールの健康被害は想像以上に深刻です。国際的な研究により、アルコールは明確な発がん性物質として分類され、口腔がん、食道がん、肝臓がん、乳がん、大腸がんなど少なくとも7種類以上のがんリスクを高めることが確認されています。例えば女性の場合、1日あたり10gのアルコール摂取(ビール中瓶約半分)でも乳がんリスクが7%増加します。
さらに日本人では、人口の約44%がアルコール代謝酵素の活性が低く、アルコールの分解能力が劣っています。これらの人々は少量の飲酒でも顔面紅潮、頭痛、吐き気を示し、食道がんリスクが通常の10倍以上に増加することが知られています。
さらに日本の統計によれば、アルコール性肝疾患による死亡者数は年間約4000人、アルコール依存症患者は推定80万~100万人とされ、飲酒による社会経済損失は年間約4兆円と試算されています。この損失には医療費、介護費、生産性損失、犯罪コストなどが含まれます。現状の税制では、こうした生理学的差異や社会的コストが全く考慮されていません。
日本では年間3万5000人がアルコール関連で死亡しているという推計(厚生労働省研究班)もあり、これは交通事故死の約10倍に相当します。世界的な大規模研究(195カ国・2800万人対象)では、健康への最適なアルコール摂取量は「ゼロ」であり、少量飲酒の心血管保護効果は他の健康リスクによって相殺されることが明らかになっています。赤ワインが健康にいい、という昔の説は科学的にはほぼ否定されているわけです。
■脳への影響と依存メカニズム
脳にもよくありません。脳科学研究により、アルコールは脳の報酬系を直接刺激し、継続的摂取により耐性が形成されることが明らかになっています。特に重要なのは、アルコールが前頭前野の機能を低下させることです。この脳領域は意思決定や衝動制御を司っており、その機能低下により飲酒のコントロールが困難になり、アルコール性認知症になりやすいとの指摘もあります。
脳の画像を解析した研究では、慢性的な大量飲酒者の脳で灰白質の萎縮と白質の損傷が観察され、これらの変化は部分的にしか回復しないことが知られています。青少年期の脳は特にアルコールの悪影響を受けやすく、25歳頃まで続く脳の発達期間中の摂取は長期的な認知機能障害のリスクを高めます。
欧州では19~24歳の死亡原因の4分の1がアルコール関連とされており、日本でも同様の懸念があります。特にストロング系と呼ばれる高アルコール度数商品の価格設定には注目が集まっています。アルコール度数7~9%のストロング系チューハイが100円台で購入できる現状は、若者の飲酒行動に影響を与えています。これらの製品1缶(350ml)には純アルコール約25~30gが含まれ、厚労省が定める男性の1日飲酒量の目安(20g)を大幅に超えています。
救急搬送データによると20代では急性アルコール中毒患者が多く、ストロング系チューハイ摂取の手軽さと強さが事故につながりやすいとみられます。近年は、ストロング系の販売中止・縮小の動きもありますが、2026年の税制改正後でも350mlあたり現行の28円から35円程度の増税にとどまる見込みで、価格による消費抑制効果は限定的です。
医療現場で重視されているのは、依存症に至る前の段階での早期介入です。医療現場では、わずか3つの質問からなるAUDIT-Cという簡易テストが使われ、飲酒頻度、1日の飲酒量、大量飲酒の頻度が評価されます。
日本のガイドラインが示す健康配慮の目安は、男性で1日あたりビール中瓶1本、女性でビールコップ1杯程度(純アルコール換算で、男性で40g、女性で20g)ですが、これは「飲んでも良い量」ではなく、これを超えると健康リスクが高まる境界線です。毎日の晩酌でビールを2本飲む習慣や、週末にまとめて深酒をする行動は、すでに「リスクのある飲酒」に該当している可能性があります。
注目すべきは短期介入という手法です。たった5~15分程度の短いカウンセリングによって、週あたりの飲酒量を3~5杯減らすことが可能だとされています。
週の飲酒回数の目標設定、飲酒日記の記録、飲みたい気持ちを乗り越える行動計画の作成といった具体的な手法は、日本の企業における健康管理にも応用できる可能性があります。
より本格的な治療が必要な場合には、断酒補助薬、飲酒欲求を抑える薬物療法と、動機づけ面接法、家族療法、グループ療法などの心理社会的介入を組み合わせるといった手法が、一部の専門機関で提供されています。
■アルコール度数の税率、健康政策のバランス
今、医学界で常識となっているのは、アルコール関連の健康被害は、摂取する純アルコール量に比例するということです。よって、医学的には酒類のアルコール度数に正比例させて、税率を上げるという考え方があってもよいといった意見が増えています。
実際には、純アルコール1グラムあたりの税率はバラバラで、清酒の税率は特に安くなっています。計算すると、ビール(アルコール度数5%)は約3.9円、清酒(15%)は約0.85円、チューハイ(7%)は約1.4円となります。つまり、清酒は純アルコールベースでビールの5分の1、チューハイの3分の2程度の税負担です。「伝統産業保護」という社会的な側面と、健康政策のバランスをどう取るかという課題が浮き彫りになっているのではないでしょうか。地域振興という政策目標と公衆衛生政策との整合性をどう図るかという課題があるのです。
日本では「酒は文化」「地域産業振興」という観点が重視され、医学的エビデンスに基づく政策転換が進んでいません。たばこ税の変遷と比較すると、酒税政策の特殊性が浮き彫りになります。たばこ税は1998年以降段階的に引き上げられ、その後、「健康被害の抑制」が明確な政策目標として掲げられました。
一方、酒税については健康政策としての位置づけが曖昧で、業界の利害調整という側面が強く残っています。しかし、医学的には両者の健康リスクは同等またはアルコールのほうが高いという評価もあり、政策の一貫性という観点から疑問が残ります。
■国際的な政策動向と日本の課題
欧州では健康政策として、酒税を利用しようという動きが進みつつあります。リトアニアでは2017年にアルコール税を大幅に引き上げた結果、アルコール関連死亡が23%減少し、救急搬送件数も15%減少しました。スコットランドでは2018年にアルコールの最低価格設定を導入し安価な酒の販売を抑えた結果、アルコール関連死亡が13.4%減少する成果を上げています。
これらの実績を踏まえると、酒類の種類ではなく純アルコール含有量に基づく課税体系が有効な選択肢となります。仮に純アルコール1グラムあたり一律4円の課税とした場合、ビール350ml(純アルコール14g)は56円、清酒180ml(純アルコール22g)は88円、ストロング系チューハイ350ml(純アルコール28g)は112円といった形になり、健康リスクに比例した価格体系が実現します。
実際、欧州の一部の国々ではWHOの推奨に従い、純アルコールに比例した税率という健康政策と一致した税制を導入しています。イギリスの例では、2023年8月からすべての酒類において「純アルコールのグラム数当たり課税」に移行し、安価な高アルコール飲料への消費抑制効果が期待されています。
こうした制度変更には3年程度の段階的導入が現実的でしょう。増税分の税収を依存症治療や予防教育に投資することで、増大し続けている社会保障費の削減につなげることも可能です。
■「飲酒が当然視される社会」から「健康が重視される社会」へ
日本の酒税制度を、より医学的根拠に基づいたものに変更していくことは簡単ではありません。
伝統産業の保護、地域経済への配慮、消費者への影響など、多くの要素を総合的に判断する必要があります。しかし、医学が明らかにした健康被害の実態を前にして、現状維持だけでは不十分です。
私たちは「飲酒が当然視される社会」から「健康が重視される社会」への転換期にあります。この変化の中で日本がどのような政策選択をするかは、国民の健康と社会の持続可能性に大きな影響を与えるでしょう。建設的な議論を通じて、より良い制度設計を目指すことが重要です。
日本社会でもアルコールに対する変化の兆しは明確に現れています。アルコール広告は依然として氾濫していますが、ノンアルコール飲料市場の年々の拡大、居酒屋での「モクテル」(ノンアルコールカクテル)の定番化、ビジネス現場での「お酒を断ること」に対する寛容性の向上などです。
世界では若い世代を中心に「ソバーキュリアス」(お酒を飲まないことに興味を持つ)というライフスタイルが浸透し、イギリス発祥の「ドライ・ジャニュアリー」(1月の1カ月間の完全禁酒)も広がりを見せています。
ビジネスパーソンにとっても、アルコールを飲み過ぎず、健康と集中力を重視し、翌日のパフォーマンスを考えた選択をする人が、プロフェッショナルとして評価される時代になってくるでしょう。
重要なのは教条主義的な完全な禁酒を求めるのでなく、十分な情報に基づいて、個人が自分にとって最適なアルコールとの距離感を見つけられる社会環境を整備することです。それは一人ひとりの健康に、家族に、職場に、そして社会全体にポジティブな影響をもたらす選択となるでしょう。
----------
谷本 哲也(たにもと・てつや)
内科医
鳥取県米子市出身。1997年九州大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会理事長・ナビタスクリニック川崎院長。日本内科学会認定内科専門医・日本血液学会認定血液専門医・指導医。2012年より医学論文などの勉強会を開催中、その成果を医学専門誌『ランセット』『NEJM(ニューイングランド医学誌)』や『JAMA(米国医師会雑誌)』等で発表している。
----------
(内科医 谷本 哲也)
編集部おすすめ