※本稿は、菅原洋平『すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法』(文響社)の一部を再編集したものです。
■いつのまにか無駄なことをして時間を溶かしがちな理由
「テレビを見よう」と思っていたわけではないのに、帰宅したら習慣的にテレビをつけてしまい、そのままテレビタイムに突入した。
つい手に取ったスマホでSNSを見たら、けっこうな時間が過ぎてしまった。
仕事中にパソコン画面を見たら気になるニュースがあって、つい読みふけってしまった。
このような経験はありませんか?
「気がついたら、やるべきこととは別のことをしている」というのは、私たちの「すぐ「やる」を邪魔する大きな要因です。
脳は、目から入った情報に、もっとも大きな影響を受けています。
たとえば初対面の人と会ったときに、私たちは無意識のうちに「相手がどのような人か」を判断しようとします。「メラビアンの法則」によると、その判断に与える影響は、視覚(見た目)が55%、聴覚(声の調子)38%、言葉(話した内容)は全体の7%程度といわれています。
相手がどんなに立派なことを言っていても、見た目が伴っていなければ、私たちは無意識に見た目のほうを重視してしまう。見てしまったもの、つまり脳に見せてしまったものは、なかなか覆せない。
「一度脳に見せてしまったら、もう逆らえない」のです。
■「ちょっとだけテレビを見てから…」は脳には通用しない
ですから、もしテレビやスマホ、パソコンを前にして、
「少しだけ見て、それからやろう」
という気持ちになったとしたら、あなたはすでに「問題の中」にいることになります。
問題が起こってから解決しようとしているので、切り上げるために“意志の力”が必要になるのです。
この、「見たらもう、逆らえない」というのは、実は依存症にも似ています。アルコール依存症からなかなか抜けられない人は、「少しだけのつもりだった」ということをよく言います。でも、一度飲んだら、やめられない。それが依存症です。視覚がもたらす作用も、根本的には同じです。
「一度見たら、やめられない」
視覚は脳に強い影響を与えているため、アルコール依存症と同様の現象が、誰の脳内でも起こりうるのです。
■やってはいけないことほど繰り返してしまう構造
それでは、
「帰宅したらそのままテレビを見るのは、もうやめます!」
と宣言すれば、テレビを見ずにいられるでしょうか。たしかに、意志の強い人ならできるかもしれません。でも、毎日のガマンは苦痛でしかありませんよね。ここではもっと簡単に、「すぐやる自分」に変われる方法を考えていきましょう。
テレビを前にして、「テレビを見ない!」と宣言するのは、いったん脳を「テレビを見るモード」にしてから、無理にテレビを奪おうとする行為です。脳に対して、「見ろ」という環境をつくりながら「見てはいけない」と強いているのですから、無理があります。
さらに、「やってはいけない」と念じたことをやってしまうと、次も「やってはいけないこと」をやる脳がつくられていきます。これは、誰の脳にも起こることです。
「やってはいけないことをやってしまった」とき、あなたはどんな気持ちになりますか?
おそらく、罪悪感を抱くと思います。実はこの罪悪感が、「すぐやる」の天敵です。
罪悪感を持つと、脳内の「両側内側前頭葉」という部位が活性化します。この両側内側前頭葉という部位には、期待感をつくる「ドーパミン」をキャッチする受容体が多く分布しているため、期待感が高まります。
■罪悪感に基づいた行動を脳は「価値あるもの」と判断する
「罪悪感を抱いたのに、脳内では期待感が高まる」というのは、ちょっとおかしな感じがするかもしれませんね。
では、罪悪感の高まった脳は何に期待するのでしょうか。それは、罪悪感のあとに「あなたがとる行動」です。あなたが罪悪感に基づいてとる行動を、脳は「とても価値あるものだ」と評価します。
たとえば、「やってはいけないこと」をやって、相手を失望させたとします。
多くの人は「謝る」でしょう。すると私たちの脳は、その「謝る」という行動に大きな期待をかけ、とても大事なものだと評価します。ですから必死に謝るわけです。
そうやって許してもらうと、脳は大きな満足感が得られます。そう、「やってはいけないこと」をやることで、結果的に脳は満足感を得ているのです。
でも、どんなに謝っても、「やってはいけない」をやる、という問題は解決していませんよね。ですから、必死で謝って許してもらったのに、また「やってはいけないこと」をしてしまうのです。
これが、より強い罪悪感を生み出します。そしてまた「謝る」という行動をとって、より大きな満足感を得る、しかし問題は解決していないから……という悪循環に陥ってしまいます。脳は、一度「やってはいけない」と強く感じたことを、簡単にはやめられないようにできているのです。
やはり最初から「やってはいけないことは目にしない、脳に見せない」しか手はありません。
■行動変容の鍵を握るのは“無意識”の流れ
じゃあ、テレビは捨てないといけない? いえいえ、そうではありません。よく、思い出してみてください。
そもそもあなたがテレビのスイッチを入れたとき、あなたは「よし、テレビを見よう」と考えていたでしょうか? 帰宅して部屋の照明をつけたら、テーブルの上にリモコンが見えた。なんとなくリモコンを手にしてテレビをつけた。それで見てしまった。そんな流れが「無意識に」生じていたのではありませんか?
この「無意識の流れ」に気づくことができれば、「すぐやるモード」に変わるチャンスが生まれます。
テーブルの上のリモコンが目に入って、自動的に手を伸ばすとき、脳にはあるシステムが働いています。これは、大脳の中心部分にある「大脳基底核」という部分が担っていて、「モデルフリーシステム」と呼ばれています。
■やるかやらないか、脳の中では常に吟味が起きている
たとえばものすごく喉が渇いているとき、目の前に座った人が飲み物の入ったコップをテーブルに置いたとします。その情報を視覚から得たあなたの脳は、自動的に「コップに手を伸ばせ」という指令を出します。
この、視覚に入ったものに自動的に手を伸ばす働きが「モデルフリーシステム」です。
テレビのリモコンに対して自動的に手を伸ばしてしまうときにも、同様に働いています。
でも、もし目の前にコップを置かれたとしても、他人の飲み物には手を伸ばしませんよね。大脳基底核から出された「手を伸ばせ」という指令は、同じく大脳の中の「前頭葉」で一度、吟味されます。
脳が自動的にやろうとすることと目の前の状況とをすり合わせ、適切な行動かどうかを吟味して、ストップかゴーサインを出します。これで、「他人の飲み物」に対しては、手を出さずにいることができるのです。吟味を行う脳のシステムを「モデルベースシステム」といいます。
モデルベースシステムを担う前頭葉の一部が損傷されると、目に入ったものには何でも手を伸ばしてしまう(=視覚性探索把握反応)ようになります。このことからも、脳内で出された指令が前頭葉で吟味されていることは明らかです。
■せめぎあいを減らすことが「すぐやる」コツ
つまり、私たちが何かを見たときには、脳内では「やるかやらないか」「手を伸ばすが伸ばさないか」というせめぎ合いが起こっているのです。
いちいち目に映ったものに対して「やるか、やらないか」をせめぎ合うのですから、それだけで、すごく疲れてしまいそうですよね。実際に、脳内でこのせめぎ合いが起こると激しく神経が活動し、消耗します。特に「やらない」ために行動を抑えるのは、神経に大きな負担がかかります。
「やる」より「やめる」方が大変なのです。脳に負担をかけずに、やるべきことをすぐやれる環境を目指しましょう。
「無意識のテレビタイム」を始めないためには、行動のきっかけになるリモコンを脳に見せないことが重要なのです。
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菅原 洋平(すがわら・ようへい)
作業療法士、ユークロニア株式会社代表
1978年、青森県生まれ。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事。現在、ベスリクリニック(東京都千代田区)で外来を担当。著書に、13万部を突破した『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社)など多数。
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(作業療法士、ユークロニア株式会社代表 菅原 洋平)