※本稿は、藤村昭夫『世界の最新医学が教える最高の薬の飲み方 時間治療』(講談社)の一部を再編集したものです。
■医療の常識を覆した「時間医学」
「時間治療」とは、みなさんの疾病や服薬に関する認識を大きく覆すことになるでしょう。
なぜなら、それは「生体リズム(バイオロジカルリズム)」という、私たちの体にもともと備わっている仕組みを臨床の現場に取り入れ、薬物療法に活かすという非常に画期的なものだからです。
生体リズムの研究自体は古くから行われており、すでに約300年前に興味深い報告がなされています。「植物のオジギソウの葉が、外界からの刺激がない状態でも約24時間周期のパターンで動き続ける」ということが、初めて科学雑誌に発表されたのです。
その後、植物、動物および人間を対象に研究が続けられ、生体リズムのメカニズムが科学的に証明されました。これらの業績が結実したのが、3名の生体リズム研究者に対する2017年度ノーベル生理学・医学賞の授与です。
1950年代に入ると、生体リズムの概念を取り入れた医学研究である「時間医学」が盛んに行われるようになり、それが体系化されて「時間生物学」という学問が確立しました。
こうした生体リズムにおける研究は、疾患の診断面のみならず治療面においても進歩をもたらしました。具体的には、血中薬物濃度や薬物有害作用に及ぼす投与時刻の影響を研究する「時間薬理学」が発展しました。
さらに、時間薬理学研究から得られた情報と、疾患における日内リズムの特徴を考慮に入れ、患者一人ひとりに対して最も効果のある、そして安全なタイミングを狙って薬を投与する「時間治療」が行われるようになったのです。このような時間治療研究の成果は少しずつ臨床の場に取り入れられるようになり、今では医薬品の添付文書などに投薬時刻の指示が記載されたりしています。
日本で時間薬理や時間治療が注目されるようになった1980年頃から、私は「薬を適切に使用するための重要な情報を得る」ことを目的に、基礎研究および臨床研究を開始しました。
■治療薬を投与するタイミングで効果が変化
その一例が、高血圧の治療に用いられる「ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬」に関するものです。この薬の有害作用のひとつに「空咳」があり、原因として血中のブラジキニンと名付けられた物質が増加することが指摘されています。
あるとき、外来通院にてACE阻害薬が投与されている高血圧患者さんから、「最近、咳が出るようになった。肺病かもしれないので検査して欲しい」との訴えがありました。そこで、入院してもらい検査したところ、驚くべき結果が得られました。ACE阻害薬を朝投与したところ血中ブラジキニンが増加し空咳が出たものの、夜の投与に変更すると血中ブラジキニンは増加せず空咳は出なかったのです。
これをきっかけに、私は次の臨床研究を行い大きな収穫を得ました。
ACE阻害薬を1日1回、朝投与され空咳を訴えている24名の患者さんに対し、投与時間を夜に変更してもらったところ、20名の患者さんで空咳が消失、あるいは改善したのです。4名の患者さんに変化はなかったものの、増悪に至った患者さんはゼロでした。
■時間治療ははまだまだ日本に普及していない
もうひとつ、私が見出した有効性に優れた時間治療の例を紹介しましょう。
肝臓で悪玉コレステロールを分解する酵素の働きを高める「プロブコール」という薬は、脂質異常症の治療に使われていますが、効果は少し弱めです。ただ、抗酸化作用という捨てがたい特徴があり、コレステロール低下作用がもう少し強ければ、薬物療法におけるメリットは大きいものになります。
そこで私は、時間治療を試みました。というのも、この肝臓の酵素の活性が昼と夜で異なることを示す研究結果が、海外から報告されていたからです。
実際に、プロブコールを1日1回、朝投与されている脂質異常症の患者さんに、夜の投与に変更してもらい数カ月間フォローアップした結果、血中のコレステロールはより低下しました。時間治療の有効性を実感した私は、この成果も英文の医学誌に発表しました。
ほかにも、私が行ってきた臨床研究により、時間治療の安全性および有効性が次々と明らかになり、多くの研究論文を英文の医学誌に発表してきました。
こんな私から見ると、日本では医療の現場に時間治療がまだまだ普及しておらず、多くの患者さんがそのメリットを受けられずにいることが残念でなりません。
■ワクチン接種も時間医学でより効果的に
たとえば、新型コロナ感染症は未だ終息していませんが、時間医学の知見を駆使することによって、より強く立ち向かうことができます。
まず、ウイルスの感染リスクには時間帯(タイミング)による違いがあります。
また、ワクチンの効果は接種するタイミングによって異なり、さらに接種した日に十分睡眠をとるか否かによっても異なることがわかっています。そしてほぼ同様のことが、インフルエンザワクチンについても言えます。
こうした知見を活かすことで、みなさんはより効果的にさまざまな感染症から身を守ることができるのです。
私は、時間治療が新型コロナ感染に対峙する際の強力なツールになると考え、多くの方面に働きかけましたが、日本で実施されることはありませんでした。
これが、今のところの状況ですが、世界各地で時間治療に関する研究が盛んに行われ、最新の成果が続々と集まっています。今後、これらの情報を臨床の場でどのように生かし、薬物療法の向上に結び付けるかが、私たち医療関係者にとって大きな課題であると思っています。
■高血圧の50代女性、「真面目に薬を飲む」が裏目に
まずは、日本人によく見られる「ちょっと不健康な人」を2人、私の知る中から紹介しましょう。仮に、Aさん、Bさんと呼ばせてもらいます。
Aさんは、高血圧を指摘されている50代の女性です。以前はスリムな体型でしたが、40歳を超えたあたりから徐々に太り始め、それに比例するように、健康診断のさまざまな数値があやしくなっていきました。
なかでも血圧は顕著で、上(収縮期)が155mmHg前後、下(拡張期)が90mmHg前後をうろうろしており、ストレスが溜まるとさらに高くなることもしばしばでした。
ただ、とくにつらい症状もないので長らく放置。最近になって、やっと薬を飲み始めたところです。ところが、この薬が効いているのかどうかわからず、飲み続けるべきかどうか迷っているとのことでした。
というのも、Aさんは医師の指示通りに、朝起きたら血圧を測定していますが、相変わらず高い状態が続いているのです。
■効果を感じるためには“最適な飲み方”が重要
もう1人は、40代の男性Bさんです。Bさんはここ数年、逆流性食道炎の症状に悩まされています。逆流性食道炎は、胃酸などが食道に逆流してくることで、食道の粘膜に炎症を起こす疾患です。
病院で処方された薬を飲んでいるものの、夜中に強い胸焼けや、酸っぱいものがこみ上げてくる呑酸(どんさん)が起きることがしばしば。そのたびに睡眠が阻害されます。
また、目が覚めたときに、喉が嗄(か)れたような違和感があり、歯を磨くと吐き気に襲われます。
「もう慣れてしまっているとはいえ、なんとかならないものでしょうか」と言いながらも、Bさんは半分あきらめの境地に達しているようでした。
この2人に限らず、なんらかの疾患を抱え、日常的に薬を飲んでいる人は日本中にたくさんいます。
というのも、最適な薬の飲み方をしていないからです。
■心筋梗塞は早朝から昼に、アトピーは夜に悪化しやすい
しかしながら、それは患者さんが悪いのではありません。
AさんとBさんの場合、どちらも処方された薬の説明書きには「1日1回、朝服用」と書かれています。だから、2人ともそれを守って飲んでいます。
どうやら、この真面目さが裏目に出ているようです。実は、本当は夜に飲んだほうがいい薬を朝に飲んでいるから、あまり効果が得られないのです。
多くの疾患の発症や症状の増悪には、ある時間的傾向が見られます。たとえば、心筋梗塞は早朝から昼に、脳出血は夕方に起きやすいことがわかっています。喘息は早朝に、アトピー性皮膚炎は夜間に症状が悪化しやすいこともわかっています。
こうしたことは、私たちの生活に「日内変動」と呼ばれるリズムがあることから生じます。一般的に血圧は、目が覚めて交感神経のスイッチが入ると上昇を始め、活動している日中は高めで推移します。
ところが、就寝中も血圧が下がりにくい「ノンディッパー」というタイプの人は、絶えず血管に負荷がかかり動脈硬化が進みます。
さらに、目覚める頃に血圧が急上昇する「モーニングサージ」を起こす人の場合は、心筋梗塞などの発作につながりやすくなります。
つまり、高血圧を指摘された人がいちばん気にしなくてはならないのが、就寝中から早朝にかけての状態であり、そこで効果を発揮する薬の飲み方をすることが求められます。
■効果を最大化し、副作用を減らすことに役立つ
薬は血中濃度が重要で、夜飲めば、就寝中から早朝にかけて濃度が高く保たれます。ところが、朝に薬を飲んでいたAさんの場合、昼間には効果を示していたかもしれませんが、就寝中や早朝には血中濃度が低くなってしまいます。だから、目覚めてすぐに血圧を測ったときに高くなっていたわけです。
Bさんについても、同様のことが言えます。胃酸は副交感神経が優位になる夜間に多く分泌されるので、夜にその分泌を抑える薬を飲めば、就寝中のつらい症状も緩和されやすいと考えられます。でも、朝飲んだ場合は、就寝中にすでに薬の血中濃度が低くなるため、胸焼けや呑酸も起きて当然なのです。
私たち医療者が患者さんに薬を処方するときに、必ず考えなければならない要素が2つあります。
1 より高い効果を上げること
2 有害作用を減らすこと
つまり、「できるだけ有害作用を少なくし、高い効果を上げる」という、ベクトルが逆の向きにある2つのことを成し遂げなくてはなりません。そのときに、大きな力を発揮するのが、私が携わっている「時間治療」の概念です。
症状が悪化しやすい時間帯がわかっている疾患に関しては、その時間帯に薬の血中濃度が高くなるようにすることで、治療効果が高くなります。一方で、ほかの時間帯には血中濃度は低くていいのです。そのほうが、有害作用も少なくて済みますから。
■「患者が飲むタイミング」まで指導するのが理想的
たとえば、喘息の患者さんは、夜に薬を飲んで寝ると、症状が悪化しやすい早朝の血中濃度が高くなるため、より高い効果が得られます。それなのに、朝に薬を飲んでいれば、効きが悪いだけでなく、必要のない有害作用も起きやすくなります。
もちろん、症状の出方には個人差もあります。もし、日中に喘息が悪化するという場合は、朝に薬を飲むほうが効果的です。そういう個人差も見極めて薬を服用するのが最も賢い方法であり、そこが時間治療の目指すところです。
本来であれば、臨床の現場で医師が患者さんのタイプを見分け、最も適した薬の飲み方をアドバイスできればいいのですが、まだまだ日本はそういう環境にありません。
私は現在、「国際時間生物学会」の理事として時間治療の普及に努めています。その私のもとには、臨床医たちから「時間治療のガイドラインが欲しい」という声がたくさん届いています。要するに、まだ医師も手探りの状態にあるのが現実なのです。
だからこそ、患者さん一人ひとりに、正しい情報を得て、最高の薬の飲み方を身に付けてもらいたいと考えています。
■そもそも「夜行性のマウス」で実験を始めている
現在、明確にわかっているだけでも、その発症や症状の増悪が「時間」と関わっている疾患がいくつもあります。そして、少なくともそれらの疾患に関しては、最適な薬の飲み方が導き出されてしかるべきです。
ところが、なかなかそうはならないのです。
製薬会社が新しい薬を開発するときには、その有効性や安全性を確認するために、まずはマウスで実験を行います。基本的に、実験は日中の就業時間に行いますが、夜行性のマウスにとって昼間は、本来は寝ている夜に値します。つまり、その実験は、人間にとって夜に該当する時間帯に行われていることになるのです。
だから、日中のマウスに効果的だったということは、人間の場合は夜に効果があると推測されるわけです。しかし、この昼夜逆転問題については考慮されません。
■「時間」という発想が抜け落ちてしまっている
その後、ヒトで治験が行われるときも、厚生労働省は朝と夜の薬の有効性の比較を求めていません。もちろん、お金がかかるから製薬会社が自ら検証することはほとんどしません。
こうして、人間に対して有効性があり、かつ安全性も確認できたら、服用する時間に関係なくその薬は承認されるのです。
でも、もしかしたら、飲む時間帯によってはもっと有効性が高いのかもしれません。もしそうだとしたら、有効性が高い時間に飲むことで、製薬会社の想定よりも薬の量を減らし、有害作用の発生も抑えることが可能になるでしょう。
逆に、最適な時間に合わせて実験をしてこなかったために、有効性が見逃されてしまった「失敗作」もあるかもしれません。実験段階でドロップアウトしてしまい、それ以上開発が進まなかった薬剤の中に、こうした時間の問題があったものが存在した可能性は捨てきれません。
このように、薬の開発段階からして、「時間」という重要なポイントが抜け落ちているのです。
せっかく多くの人々の努力が実って開発・認可された薬であるなら、それによって病気に苦しむ人たちが、一人でも多く救われてほしい。最大の効果と最小の有害作用という結果を享受してほしいと願っているだけです。
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藤村 昭夫(ふじむら・あきお)
自治医科大学名誉教授・医学博士
1951年、石川県に生まれる。自治医科大学名誉教授。医師。医学博士。時間治療学スペシャリスト。金沢大学医学部卒業。金沢大学大学院(内科学)修了。大分医科大学助手、米国オクラホマ大学留学を経て、自治医科大学臨床薬理学教授などを歴任する。主な研究テーマは、臨床薬理学、時間治療学、トキシコゲノミクス。「時間生物学」という生物の生体リズムを研究する学問の考え方を、医学分野に取り入れた時間医学の研究に長年取り組み、「患者」にとって一番良い服薬の方法を追求し続けている。著書には『適正使用のための臨床時間治療学』(診断と治療社)、『世界の最新医学が教える最高の薬の飲み方 時間治療』(講談社)などがある。
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(自治医科大学名誉教授・医学博士 藤村 昭夫)