※本稿は、小野壮彦『世界標準の採用』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■失敗している企業は「手間のかけ方」が足りない
リファラルほど強力な採用手法は他にありません。
従業員から知人の紹介を受けるリファラル採用は、自社に合う優秀な人材が見つかる可能性が高く、採用コストも抑えられます。そのため、導入する企業は日本でも数多く、今やメジャーな採用手法の一つといえるでしょう。
実際、急成長企業には、リファラル採用をうまく活用している企業が目立ちます。
一方で、やってはいるものの、全然うまくいかない企業がたくさんあるのも事実です。
その差はどこで生まれるのでしょうか?
まず、リファラル採用をうまく機能させられていない企業では、従業員にただ「誰かいい人いない?」と声をかけるだけで終わってしまっていることが多いようです。
問題は、手間のかけ方が足りないことです。しかし、つい「紹介が少ないのは、従業員が会社に対していい印象を持っていないから」という誤解や言い訳をしてしまいがちです。
また、リファラル採用の活性化策として、紹介者に支払う報奨金を引き上げようとする動きもよくあります。しかし残念ながら、金銭的な報酬で解決しようとするアプローチには限界があります。
では、成功するリファラル採用を実現するためには何が必要なのでしょう?
■「メモリーパレス」のアプローチ
ここでご紹介したいのが、米国のベンチャーキャピタル大手、セコイアキャピタルが提唱する「メモリーパレス」のアプローチです(※)。
※セコイアキャピタルのサイト内の記事「3X Your Referral Rates」を参照
さすが泣く子も黙るセコイアさんともなると、ネーミングまで知的ですね。「メモリーパレス=記憶の宮殿」という名前の由来は、古代ローマの哲学者キケロが使った「場所法(the Method of Loci)」という記憶術だそうです。詩を覚えるため、キケロは、詩の各節を自分の家にある様々なものと結びつけ、脳内で部屋から部屋へと散歩することで記憶を呼び起こし、詩を暗唱した、という故事からきているとのことでした。
この手法は、一時日本のスタートアップ界隈で話題となり、活発に活用されはじめています。どんな企業でも簡単に実践できる手法なのでご紹介します。
■メモリーパレスのステップ
1.ガイドつきリストアップ
まず、採用担当者が従業員と1対1で時間を確保して話し、高校や大学、過去の勤務先などで出会った印象的な人物を思い出してもらいます。たとえば、
「クラスで最も優秀だった人は誰ですか?」
「インターンシップでのメンターは誰でしたか?」
「直近に勤めた会社で、頼りにしていた人は誰ですか?」
などの質問をします。これらの質問をぶつけ、過去の人脈を思い出してもらい、紹介をお願いする人のリストを作成します。
2.コンタクト
リストアップされた候補者の名前と連絡先をデータベースに記録します。重要なのはそれと同時に、紹介してくれた従業員に対して紹介先に迷惑をかけないことを約束することです。その後タイミングを見て、ターゲットの方にコンタクトを取ります。
3.関係性づくり
コンタクトした候補者がすぐに転職に興味を示さない場合も多いものですが、長期的な関係を築くことが重要です。一度会って自社の魅力を伝えられれば、将来転職を考えたときに思い出してもらえる可能性が高まります。また、候補者のキャリアプランを理解しておけば、プランに合いそうなポジションが出てきたときにあらためてコンタクトを取ることで、相手にとって魅力的なオファーを提示することもできます。
実際にこのメモリーパレス方式で、リストアップを試したことが何度かありますが、確かに効果の高いやり方だと確認ができました。ただ「いい人いませんか」と聞くだけでは、意外と思い出せなかったりするものです。これくらい丁寧なプロセスを踏めれば、御社のリファラル採用のレベルは格段に向上することと思います。
■リファラル採用にも落とし穴がある
残念ながら、リファラル採用も良い話ばかりではありません。この手法には効果が高いことと裏腹に、いくつかの落とし穴があります。
1.多様性を損なうリスク
過去の人脈の中から「優秀な人」を思い出して推薦する際に自分と似た人を選ぶ傾向が誰しもあります。それが行きすぎた場合は、組織の多様性を損なう方向にいきがちです。
一般論としては、リファラル採用の比率が高いのは望ましいことです。
■前提として「会社と従業員の関係性」が必要
2.強制することの逆効果
従業員一人ひとりに過去の人脈をヒアリングするという手法をご紹介しましたが、この作業を効率的にやってしまおうとばかりに経験者採用で入社したばかりの従業員を集めて、まとめて実施する企業もあります。よくあるのが、オンボーディング研修の一環として実施されるケースです。
前職を退職したばかりで記憶がフレッシュなうちに優秀だった人を思い出してもらおう、というアイデア自体は理解できますが、入社して間もなく、会社の雰囲気にまだ十分に馴染んでいない時期に、集合研修の場で個人情報の提供を求められることには心理的な抵抗を感じる方が多いのではないでしょうか。
人の紹介を受けるには、強制では無理があります。自発的に協力したいと思えるだけの会社と従業員の関係性が必要なのです。
3.お見送りの際のトラブル
また、リファラル採用を推進していく中でよく問題になるのが、紹介を受けた候補者を採用プロセスに乗せたものの、結果として「お見送り」になった場合です。
知り合いからの推薦で応募に至った場合、候補者は少しだけ丁寧な扱いを期待するものです。万が一、断られるとしても、気を遣って連絡してくれることをイメージします。
それにもかかわらず、他の候補者と同じく淡々と処理されてしまうと、その期待との落差からトラブルに発展しがちなのです。
そもそも候補者をお断りする際には、誰に対しても誠実で丁寧な対応を行うことが重要です。しかし、従業員から紹介を受けたリファラル採用の場合には、通常以上に注意深い対応をしたいものです。
■可能な限り具体的にお断りの理由を伝える
・感謝の気持ちを添える
具体的には「あらためまして、××さんのご紹介から、弊社へのご関心をお持ちいただきまして、ありがとうございました」といった形で、経緯を理解していますよ、ということをお伝えするのです。
・お断りの理由の説明を添える
「今回のポジションに関するこの要件を考慮した結果、ご期待に添えない形となりました」といった形で、可能な限り具体的に、かつポジティブなニュアンスを込めてお伝えします。
・今後の可能性を残す
「別のポジションでご活躍いただける可能性があると考えております。その際には、あらためてご連絡させていただきます」というように、候補者の将来の可能性に触れる一言を添えましょう。
■紹介者の社員にもお断りの判断を伝える
これらの“お作法”を確実に漏れなく実行するためには、システムで管理したいものです。リファラルの候補者にはフラグが立つようにしておき、やるべきことのチェック項目を追加することです。こうすることで、ヌケ・モレのない丁寧な対応が可能になります。
もう一つ、確実に実行したいことがあります。それは、候補者にお断りの連絡をする前、もしくは同時のタイミングで、その候補者を紹介してくれた社員にも必ずその判断を伝えることです。これは、紹介者の立場を守り、恥をかかせないためにも重要です。断りを聞いた候補者から先に連絡が入り、「え? そうなの。
この報告が遅れたり、報告を怠ったりすると、その従業員は「もう大切な友人を紹介したくない」と感じるばかりか、そのような雑な対応をされたという噂が社内に広がりがちです。一度そうなってしまうと、その会社でリファラル採用を盛り上げることはかなり厳しくなってしまいます。特にエンジニア系やコーポレート系の人材は、このような機微に対して敏感な傾向があるので、注意が必要です。
以上のように、リファラル採用は、確かにパワフルで低コストですが、手間を惜しむとすぐに形骸化してしまいます。どんな手法であっても人脈を活用した採用を成功させるには、長期的な視点に立った丁寧なアプローチが不可欠なのです。
結局のところ、リファラル採用の果実は、そう簡単には手にできないものなのかもしれません。それでもリファラル採用にかけるべき手間は、その一つひとつが未来の信頼を紡ぎ出す力となるでしょう。
----------
小野 壮彦(おの・たけひこ)
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター
大学卒業後、戦略コンサルタント、ベンチャー創業、プロ経営者などのキャリアを経験した後、グローバル展開するエグゼクティブ・サーチ・ファームに入社。経営層に特化したヘッドハンティング・人材鑑定業務に10年間従事する。現在は日本最大級のベンチャーキャピタルであるグロービス・キャピタル・パートナーズのバリューアップ・チーム「GCPX」のリーダーとして急成長企業のリーダーシップ開発、及び組織構築支援を多数手掛ける。早稲田大学商学部卒業、SDAボッコーニ経営大学院MBA。
----------
(グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 小野 壮彦)