30年前までは人気の魚介類だったイカの購入量が減っているという。手軽に食べる方法はないか。
元水産庁職員の上田勝彦さんは「この時期はムギイカがお勧めだ。加熱してもやわらかく子どもからお年寄りまで食べやすい」という――。
■30年前までは生鮮魚介類の購入量でイカが断トツの1位だった
寿司屋でイカを見つけたら、必ずと言っていいほど握りやイカ紫蘇巻きを注文する。魚類とは異なる歯応えや甘みが食事の変化になり、また魚を食べたくなったりする。子どもの頃は、母がたまにイカ飯を作ってくれた。パンパンに膨れた胴体にイカの旨味がしみ込んだモチ米が詰まっている。宝箱のようなビジュアルに食欲をそそる匂い……。あまりに好きなので、すぐに食べ尽くさないように少しずつ解体して口にチマチマと運んだ記憶がある。
しかし、近年の日本ではイカの消費量も漁獲量も減っているらしい。30年前までは1人1年当たり生鮮魚介類の購入量でイカは断トツのトップだった(2位はエビ)。しかし、2005年になるとサケ(サーモン)に首位の座を奪われ、さらにマグロに抜かれ、ブリやエビの後塵を拝するようになった。どうした、イカ!
漁獲量が少ないのであれば、たくさん水揚げされる時期においしく無駄なく食べるのがお得である。
鎌倉の今泉台という住宅地にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」で聞いたところ、相模湾の定置網で獲れたばかりの「ムギイカ」を勧めてくれた。スルメイカの若い個体のことだ。
■コンパクトな割に肉厚で旨味たっぷり
「コンパクトな割に肉が厚くて締まっているのがムギイカの特徴だね。旨味がギュッと詰まっているよ。加熱しても柔らかく、小さいものは内臓を付けたまま丸ごと煮たり焼いたりしてかじってもいい。大きなスルメイカよりも料理の幅が広いのがムギイカだね」
このイカの長所を強調するのは、元漁師で元水産庁職員の上田勝彦さん。マルカマのアドバイザーも務めている「魚の伝道師」だ。上田さんによると、麦の穂が実る時期に獲れるからムギイカという(主に関東地方での呼び名)。風流な名前だな。天然の魚介類は美味しいだけでなく季節の移ろいも教えてくれるのだ。ただし、イカには注意点もあるらしい。
「イカ類全般に言えることだけど、雑菌類に侵されやすい生き物だと知っておいてほしい。
アニサキスなどの寄生虫がいることもある。刺身で食べる場合でも、-20℃以下で1日以上冷凍するか、胴体を切り開いたうえで3秒間だけ湯通しすること」
3秒なら熱が入るのは表面だけなので、刺身であることには変わらない。これで安心してイカの生食ができるのだ。
■薄い皮は剥く必要なし。ムギイカさばきの3ステップ
筆者は伊東の干物専門店「島源商店」で干物作りを習っている。そこでは大きめのイカの干物用のさばき方を教えてもらった。気になる人はこちらを参照してほしい。今日はムギイカの簡単なさばき方をマルカマ店長の和田あかねさんに教えてもらおう。
1.胴体からゲソを引き抜く
このときに胴体の中に先に指を入れて、内臓と胴体を切り離しておくと内臓が破けずに引き抜ける。
2.胴体から骨(半透明のものが1本)を引き抜く
3.ゲソから目とくちばしを包丁で切り取る
内臓から墨袋を取り除き、肝は寄り分けて集める。
以上の3ステップ。慣れてくると1杯30秒ぐらいでリズミカルにさばけるようになるので楽しい。
今日のマルカマに並んでいるのは刺身で食べられる鮮度のムギイカ。3杯600円。飲み食い好きの夫婦との晩酌で使う予定なので9杯購入した。
■柔らかく子どもや高齢者も安心して食べられる
食べ方を教えてくれるのはマルカマで企画と広報を担当している狩野真実さん。小学生の娘がいる母親の視点でもムギイカはありがたい存在らしい。
「皮が薄いので剥く必要がありません。手間いらずで助かります。さっと茹でるだけで美味しく食べられますよ。スルメイカは大きくなると弾力が増して固くなるけれど、ムギイカはとても柔らかいので小さな子どもでも高齢者でも大丈夫です」
狩野さんお勧めのムギイカ簡単レシピは以下の3つ。ニンニクと醤油を加えたバター炒めなども定番だが、まずはムギイカの風味をストレートに味わってほしい。
1.茹でムギイカ
ムギイカの胴体を輪切りにし、ゲソと一緒に熱湯に10秒間くぐらせる。刻んだネギをちらして生姜醤油で食べる。

2.炒めムギイカ
ムギイカを輪切りにして、ゲソと一緒にオリーブオイルで炒める。塩コショウを振り、レモン汁をかけ、パセリをちらす。
3.ムギイカの塩辛
肝は袋に入ったままの状態でたっぷりの塩をまぶし、冷蔵庫で1時間ほど置いて水分を出す。ゲソは包丁でしごいて吸盤をこそげ落として切り分ける。胴体は醤油で洗って拭き、横に三等分し、身の厚みと同じぐらに縦に細く切っておく。肝を水洗いして水分を拭き取り、ボウルに中身を絞り出し、微量の酒を加え、醤油で洗ったゲソと胴体と混ぜ合わせる。
この時点では単なる肝和えだが、このまま食べてもおいしい。時間とともに身から水分が出て塩味が薄くなるので、一日一回かきまぜながら好みの塩加減まで塩を加えを繰り返すと、3日目くらいから酵素熟成が進んで旨味が増す。多めに作ってまずは肝和えを堪能し、1週間ぐらいかけて味の変化を楽しむのも良さそうだ。好みの熟成度合いになったものを冷凍保存もよいとのこと。
マルカマの厨房で狩野さんにいろいろ聞いていたら、後ろで黙々とまかない料理を作っていた料理人の松井康さんがカットイン。肝を使った別のレシピを教えてくれた。

4.ムギイカの肝焼き
サラダ油を引いたフライパンで肝をほぐしながら炒め、酒と醤油で溶いてソースを作る。ゲソと輪切りの胴体を入れて2分炒めて完成。
■ムギイカの優しい甘みがレモンとパセリでビシッと締まる
マルカマでムギイカをさばかせてもらい、胴体・ゲソと肝を別々のビニール袋に入れて店を出た。今回向かうのは東京の下町にある知人夫婦宅。旦那さんは大衆居酒屋マニアで、奥さんは様々な発酵食品を自作している料理上手。飲食に関してはツワモノな50代カップルだけど、うるさいことは言わず、好奇心は旺盛で目の前にあるものを楽しむ姿勢がある。料理下手の筆者が「丸魚」を持ち込んで台所を汚しながらゴチャゴチャやるのにふさわしい家庭だ。
まずは茹でムギイカ。しゃぶしゃぶよりちょっとだけ長めに茹でただけのイカに、奥さんがすり下ろしてくれた生姜と醤油をつけて食べた。イカ特有の弾力は感じるが、すぐにかみ切れる。想像以上の柔らかさだ。
「シンプルに美味しいですね。
イカの味がよくわかる~」
とビールを飲みながら素直に喜んでくれる夫婦。食材さえ良ければ失敗しようがない料理は助かる。
次に、炒めムギイカ。さきほどは和風の味付けだったが今度は洋風。いかが?
「ムギイカの優しい甘みがレモンの酸味とパセリの苦みでビシッと締まるね。みんないい仕事をしている!」
酔い始めた奥さんのコメントも「いい仕事」である。白ワインが飲みたくなるけど、旦那さんが出してくれた冷酒でも十分に合うぞ。
■肝ソースで絡めながら炒めたムギイカ。どこを食べても均一に旨い
さらに肝焼きを出した。松井さんの教え通り、先に肝ソースを作ってからイカに絡めながら炒めたので、どこを食べても味が均一に旨い。「濃厚だけどくどくない!」と奥さんが興奮気味にコメントすると、酔った旦那さんがニヤニヤしながら絡み始めた。
「濃厚だけどくどくない? 逆の意味の言葉を組み合わせるとそれらしく聞こえるよね~。芳醇だけどスッキリしているとか!」
愛する夫にちょっとイジワルされた奥さんは「いいじゃん。本当にそう思うんだから!」と恥じらいながら嬉しそうにどんどん飲んでいる。普段の食卓もこんな感じなのだろう。気の置けない人と勝手なことをあれこれ言いながら笑って飲み食いする。かけがえがない時間だと思う。
最後に塩辛というか肝和えを一緒に食べた。狩野さんから聞いた通り、醤油に数分間漬けて拭いたムギイカを使ったので、生臭さは皆無。さらに日本酒が進んでしまった。
「まだフレッシュな感じですね。これはこれで旨いけれど、熟成させてから食べるのが楽しみです」
すっかりご機嫌な旦那さん。フレッシュと熟成。自分も逆の意味に近い言葉を組み合わせていることには気づかないようだった。

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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)

フリーライター

1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。

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(フリーライター 大宮 冬洋)
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