※本稿は、松生恒夫『あなたの腸で長生きできますか?』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■腸の健康と長生きが研究で明らかに
本稿では、腸の健康と寿命について明らかにするとともに、なぜ腸がこれほどまで健康に影響を与えるのか、その秘密について、考えていきたいと思います。
まずは腸の健康と長生きの関係を示す研究を紹介しましょう。
2010年に発表されたこの研究論文は、医師の間で大きな話題となりました。20歳以上のアメリカ人3933例を対象に、便秘がない3311人と便秘が慢性的に生じている622例に分け、15年間、追跡調査をしたものです。
その結果、10年後の時点で、便秘のある人はない人に比べ生存率に12%以上の差が出ました。
さらにその5年後、つまり、追跡をスタートさせてから15年後には「便秘あり」の人の生存率が約20%も低くなっていたのです。
なぜ生存率にこれほど差がついたかについてはさまざまな意見が出ていますが、明らかなのは命に関わる複数の病気について、便秘のある人のほうが、罹患率が高いことがわかっているという点です。
■「便秘」を甘くみてはいけない
便秘は腸の働きが低下しているもっともわかりやすいサインの一つでもあります。さらに日本においては、便秘は誰にとっても他人事ではありません。
厚生労働省の2022年「国民生活基礎調査の概況」によれば、便秘の「人口千対有訴者率(人口1000人あたりの集団の中で自覚症状のある者の割合)」は35.9%で、これは、0歳以上のすべての年齢を対象にした総数に対する割合です。
これを「65歳以上」に限定するとその割合は急激に上がり、71.2%に。
ちなみに65歳以上の便秘有訴者率は男性68.1%、女性73.8%で、どちらも高い割合となっています。
便秘といえば「女性の困りごと」というイメージを持たれるかもしれませんが、それは50歳以下に限った話です。
年齢が上がるとともに便秘は男性にも増えてきて、いまや便秘で悩む人の大部分は高齢者、というのが日本の現状なのです。
■腸の「弾力低下」が引き起こすこと
高齢者に便秘が多い大きな理由の一つとして「腸の弾力の低下」があります。
私たちが食べた食事は胃などで消化されたあと、どろどろになった状態で小腸にたどりつき、小腸の壁の血管から栄養分が吸収されます。
そこで吸収されなかった内容物は体の老廃物とともに大腸に送られます。大腸では内容物の水分が吸収され、徐々に固形の便となり、肛門から排泄されます。
こうした消化器の一連の動きは私たちが眠っている間も、行なわれています。
しかし、24時間働いている腸も、長年使っていれば、徐々に老化します。
なかでも大腸の粘膜の外側にある「筋肉層」の部分は、便をつくる際の蠕動(ぜんどう)運動に深く関与しているのですが、加齢とともにその弾力が低下します。
次のグラフは、大腸のうちS状結腸を除く、各部分の大腸の弾力性について年齢別に調べたものです(大腸は便が出る肛門側から、S状結腸、下行(かこう)結腸、横行(おうこう)結腸、上行(じょうこう)結腸となっています)。
どの部位でも10~20代の前半をピークに弾力(強度)が失われていく様子がわかります。弾力の変化に男女差はありません。
また、排便をするときには腹筋や横隔膜といった筋肉も使います。こうした筋肉も加齢とともに衰えていきます。
高齢になるにつれて、それまで便秘とは無縁だった男性にも便秘の悩みが出てくるのはある意味、当然といえるのです。
■「暴飲暴食」はなぜ危険なのか?
ここからは、腸がいかに体にとって重要な役割を担っているかについて、解説していきたいと思います。
まずはみなさんご存じの「消化・吸収」の働きです。
消化管は口から肛門まで飲食物が通過する管のことで、長さおよそ9m、口から入ったものは消化され、体にとって必要なものが吸収されて、残ったものが排泄されます。
口・食道から胃・十二指腸へと流れ、ここまで唾液や胃液、胆汁(たんじゅう)や膵液(すいえき)といった消化液により、食べたものはどろどろの、かゆ状になります。
これが本格的に吸収されるのが小腸です。小腸では約4時間かけて消化された食べ物が通過しますが、この間に主要な栄養素がほとんど小腸の壁から吸収されます。
残った食べカスが大腸に運ばれ、一般的には18時間以上かけて大腸を通過します。
小腸や大腸に異常があると、体に必要な栄養分や水分が吸収できないため、体が栄養不足になってしまいます。
たとえば暴飲暴食、冷えなどによって腸の動きが過剰に亢進(こうしん)すると、便の通過スピードが速くなって水分の吸収が不十分になり、下痢を起こします。下痢になると「脱水に注意」といわれるのはこのためです。
一方、汗をかきやすく、体内の水分が不足しやすい夏場は便秘が悪化しやすくなります。これは大腸の水分が不足するために、便が硬くなることが一因です。
■体の毒素の75%は便と一緒に排泄される
次に腸の働きとして「解毒」があります。腸は便と一緒に、体の毒素の多くを排泄しています。
私たちの体には毎日さまざまな化学物質や環境ホルモンなどの有害物質が入ったり、体内で老廃物がつくられたりしています。
これらの毒素は肝臓で解毒され、無毒化されます。
無毒化された毒素は胆汁とともに便の中に排泄されたり、血液から尿に排泄されたりします。さらに、割合は少ないですが、汗や爪・髪の毛も排泄ルートの一種ですが、何より多いのが便とともに排出されるルートなのです。
デトックス療法を専門にしている銀座サンエスぺロ大森クリニックの大森隆史院長は、便として排出される割合が「75%」ともっとも多いことを述べていますが、腸がうまく機能しないと、この解毒の機能が働かないためにさまざまな不調が起こってきます。
■便秘は全身に不調を起こす
さまざまな不調とは、具体的には肌荒れ、体臭、冷え・むくみ、肥満などです。
肌荒れは、腸の中にたまった便から発生する「ガス」や「老廃物」などの毒素の一部が腸の壁から吸収され、血管から肌にまわることで起こります。
体臭の原因はこうした毒素が発生させる「アセトン臭」によるものです。また、便が腸内に停滞し、体の毒素を体外に排出できなくなると、「新陳代謝」がうまくいかなくなります。
新陳代謝とは古い細胞が新しい細胞に入れ替わることですが、このメカニズムがうまく働かなくなると、リンパ液の流れが悪くなって体に余分な水分がたまってむくみが出たり、血流がとどこおって冷えやすくなったりします。脂肪も燃焼されにくくなり、太りやすくなることもわかっています。
便秘の患者さんには、色白でぽっちゃり型の人が多く、問診では「冬は靴下を履かないと眠れない」といったいわゆる冷え症の方がめずらしくありません。
また、消化管は一本の管でつながっているため、大腸の動きが悪いと、胃の動きも悪くなりやすいこともわかっています。
便が排出されないと、腸から上にも異常をきたします。大腸にガスがたまることで腹圧が上昇し、胃を圧迫して逆流性食道炎を起こしやすくなります。
便秘による逆流性食道炎の場合、治療薬である胃酸分泌抑制薬を服用するよりも、食生活の改善などにより、大腸の動きをよくすることのほうが、はるかに効果があるのです。
■下剤の連用は禁物
慢性便秘を治そうと、下剤を連用することには注意が必要です。「アントラキノン系」という大腸を刺激するタイプの下剤を毎日使っている患者さんの腸では、大腸メラノーシス(大腸黒皮症)という黒いシミがよく見つかります。
これは下剤の成分による副作用です。アントラキノン系下剤はセンナやアロエが主成分の薬で、大腸の動きを活発にすることで、たまっていた便を排出します。現在もドラッグストアでもっともよく売られています。
大腸メラノーシスは大腸の腸管神経叢の障害で、腸管運動の低下や腸管拡張をまねきます。あるはずの弾力を失い、伸びきってしまっている状態であることが知られています。
つまり、大腸メラノーシスになっていることに気づかず、漫然とアントラキノン系下剤を使用していると、便秘がさらに悪化するという悪循環をまねきます。
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松生 恒夫(まついけ・つねお)
松生クリニック院長
1955年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業後、同大学第三病院、松島病院大腸肛門病センターなどを経て開業。医学博士。便秘外来を設け、5万件以上の大腸内視鏡検査をおこなってきた第一人者。
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(松生クリニック院長 松生 恒夫)