コメの高値が収まらない。農林水産省が6月16日に発表した6月2~8日に全国のスーパーで販売されたコメ5キログラムあたりの平均価格は前週より48円安い4176円だった。
そんな中で、農水省は6月19日、これまで公表してきた価格とは別に、民間調査会社を利用したコメの全国店頭平均価格を新たに2種類公表し始めた。小泉進次郎農水相は同日、「これまでは放出した備蓄米の販売がデータに反映されていない」と新平均価格公表の狙いを記者団に説明した。
小泉農水相への交代で、随意契約による備蓄米の放出に踏み切った。小泉大臣は備蓄米の放出で「5キロ2000円を目指す」と豪語してきたが、平均価格は思ったように下がらないため、備蓄米放出による値下がりが反映されやすい平均価格を公表し始めたというわけだ。平均価格を測るモノサシを変えてまで成果をアピールしたいということで、早速、参議院選挙を控えて政策効果が上がっているように演出したい「選挙目当てだ」という批判を浴びている。
■供給量を減らして価格を維持しようとしてきた
コメの価格は分かりにくい。産地や銘柄によって食味も大きく違い、消費者の評価も異なる。備蓄米が安く売られても、ブランド米の価格が下がるわけではない。小型自動車の販売価格を補助金で下げたからといって、高級輸入車の価格が下がるわけではない。ブランド米や、完全無農薬無肥料栽培のコメを5キロ5000円でも、あるいは1万円でも買いたいという消費者はいる。コメ農家の中にはそうした高級米にシフトし、ファンの消費者に直接販売することで活路を見出してきた人たちが少なからずいる。
一方で、生活を維持するために他の穀物に比べて安いコメを安定的に手に入れたいという消費者もいる。あるいは、外食産業で価格勝負で顧客を獲得している店からすれば、安いコメが手に入らなくなることは死活問題になる。
若者を中心にコメ離れが進み、コメの需要は年々減り続けているとされてきた。需要が減っていく中で供給量が同じならば、価格は下がっていくというのが一般的な経済理論だ。農水省は長年にわたって減反政策を採り、供給量を減らすことで価格を維持しようとしてきた。2018年に減反政策は廃止されたが、補助金を出して飼料用コメに誘導するなど実質的な減反政策を続けてきた。政府が備蓄米を買ってきたのも、名目は災害や凶作対策だが、実際は余剰米を買い取ることで価格を維持しようとしてきたのである。
■備蓄米を放出しても思ったほど価格は下がらなかった
つまり、コメは余っている、というのがこれまでの常識だったわけだ。それなのになぜ、ここへきて米価が上がり続け、なかなか値下がりしないのか。
農水省は、コメを買い集めて価格を引き上げている民間業者がいる、と疑ってきた。当初から、流通に問題がある、と言い続けてきたのは、値上がりを見越した業者が消費者にコメを流さないことに問題があるとしてきたのだ。つまり、コメの生産量は足りている、という考えがベースだった。
どうやら、コメの生産量が根本的に足らないのではないか、という見方が広がっている。昨今の気候変動、特に猛暑が続く日が増えたことで、コメの高温障害が増えているとされる。コメは収穫されるのだが、品質が大きく低下、食味も落ちるため、高値で売れる商品にならない割合が増えている、というのだ。
■「儲かる農業」を支援する体制になっていない
それでも農水省が毎年発表する「コメの作況指数」では「不作」などになることはまずない。2024年は全国平均で101の「平年並み」だった。だが、実際にはこの作況指数は実態を表していないのではないか、という声が農業の現場から出ていた。すると農水省は2025年産米から作況指数を廃止すると言い出した。どうやら、コメの価格高騰は本当にコメが不足しているから起きているということが明らかになりつつある。
コメは必需品に違いないが、食の多様化でコメも嗜好品の色合いが強まっている。
例えば、ブランド米で消費者の好評を得ている農家が、作付面積を増やそうとしても、規制があって増やすことができない仕組みになっている。一方で、多少食味が悪くても農協に持っていけば一定の価格で買い取ってもらえる。つまり、儲かる農業を支援するのではなく、どんなに零細な農家でもコメさえ作れば収入になる、という体制を作り上げてきたのだ。
■農政は日本の産業政策の典型
農協の体制では、品質を競って儲けを増やそうという農業にはなりにくい。もちろん、地域の単協の中には、地域の作物の高付加価値化に取り組み、ブランド化しているものも少なからずある。だが、量よりも質の農業を作り上げる体制にはなっていない農協が多い。コメの場合、農家が農協に納入する割合がどんどん低下、今や農協の収荷率は5割を切っている。つまり、品質で勝負しているコメ農家にとって、より高く買ってくれる消費者と直接つながることの方が、農協とのつながりよりも重要になっているわけだ。
これは農政だけではないが、日本の産業政策の多くは、「競争で強いものをより強くする」ことを嫌い、「強者も弱者も皆、生きていける」ための産業政策を採ってきた。
産業としての農業は限界にきている。魅力ある産業にならなければ、若者や他業種からの参入は途絶え、高齢者が細々と続ける農業になってしまう。これから少子化が社会を壊し始めていく中で、農業の担い手を作らなければ、日本の農業自体が消滅してしまう。若者の参入を促すには、規制を緩めて参入しやすくする他ない。
■必要なのは「強者をより強くする政策」
小泉農水相が「農政改革」と言い出したところ、ネット上では、農協を潰し、農業の株式会社化を進めることで、日本の農業を外国資本に売り渡すつもりではないか、といった「陰謀論」が熱を帯びている。農協を守れ、というわけだが、旧来型の農協を守って、農業の競争力が落ちれば、それこそ日本人が食べる食料はほとんどが輸入品ということになりかねない。日本の農業を強くすることこそ、日本の食文化を守ることに他ならない。強くするには競争で、強者をより強くする政策が必要だ。
農業の株式会社化などで競争を起こすことと、農地を守ることは別だ。農地を農地として守ることは国土の保全という意味でも重要である。
コメも産地や銘柄ごとに上場して、取引所で売買すれば、公正な価格が分かる。さらに先物やオプションなどを作れば、投機で価格が上がり過ぎれば、空売りする投資家が出てきて、価格は安定する。実は米相場は江戸時代の大阪・堂島で行われ、先物取引もなされていた。日本の伝統的な知恵でもある。今こそ、日本の農政を根本から見直す時だろう。
----------
磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。
----------
(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)