若い女性が「子どもが欲しくない」理由のトップは「お金」ではない。最も厄介なのは「それ以外」の理由だ。
ジャーナリストの池田和加さんは「安全で豊かで育休や医療制度も整っているのに、出生数が低下する一方の日本の原因は人を生きづらくさせる“因習”にある」という――。
■「安全で豊かな日本でなぜ子供を産まないの?」外国人の直球質問
「日本って、安全だし豊かだし、育休や医療制度も整っているのに、なんで子供を産まないの?」
先日、アメリカ人の友人にこう問われて、「それは……」と答えようとして、うまく説明できなかった。「なぜ?」。自問自答したものの、改めて少子化問題の複雑さを実感することになった。客観的に見れば、日本は恵まれた環境にある。治安は良く、経済は低迷しているとはいえ安定し、社会保障制度も比較的充実している。それなのに、出生率は1.15という世界最低水準を記録し続けている。
この素朴な疑問をきっかけに、国内外の調査や研究を改めて探った。そこで見えてきたのは、単純な経済的要因では説明できない、もっと根深い文化的・心理的な構造だった。
■データが示す日本の若者の「結婚・出産離れ」
まず、数字で現実を確認してみよう。子ども家庭庁が2023年に実施した国際比較調査(13~29歳までの5カ国の子ども・若者1000人対象)によると、「結婚したほうがよい」(「結婚すべきだ」と「結婚したほうがよい」の合計)と答えた日本人の割合は45%だった。これは調査対象国の中で最も低く、ドイツ(58%)、フランス(55%)、スウェーデン(51%)、アメリカ(47%)を下回っている。

※こども家庭庁「我が国と諸外国のこどもと若者の意識に関する調査(令和5年度)
さらに注目すべきは、「子どもがほしくない」と答えた割合も、日本人が5カ国で最も高かったことだ。日本の少子化の直接的要因が20代の未婚化である以上、この結果は決して意外ではない。しかし、冒頭の友人が指摘したように、日本はアメリカよりも安全で、健康保険や育休制度も整っている。それなのに、なぜ結婚や子どもへの意欲が低いのか。
■「お金以外」の理由が過半数を占める現実
この疑問を解く鍵は、BIGLOBEが2023年に実施したZ世代調査(18~25歳の男女209人対象)にある。子どもが欲しくない理由として「お金」だけを挙げたのは17%に過ぎず、「お金以外」が42%、「お金とお金以外の両方」が40%を占めた。
注目すべきは「お金以外」の具体的な理由だ。「育てる自信がないから」(52%)、「子どもが好きではない、子どもが苦手だから」(46%)、「自由がなくなるから」(36%)という結果が示すのは、経済問題を超えた心理的な障壁の存在である。
※こども家庭庁「少子化の背景―日本の状況―
筆者も20代後半から30代前半の女性20人に直接話を聞いた。サンプル数は限られているが、興味深い共通点が浮かび上がった。「完璧に育てる自信がない」「周りの『良い母親』を見ていると、自分にはとても無理だと思う」「子供の教育費を考えると、一人でも大変そう」と出産に二の足を踏んでいる。
これらの声に共通するのは、経済的な要素以外では、「子供を持つこと」への異常なまでのプレッシャーと完璧主義だった。
これは単なる個人的な不安ではなく、「完璧な子育てをして、完璧な子どもを持たなければいけない」という社会的重圧が、結婚・出産の全ての段階で若者を萎縮させている証拠かもしれない。
■東アジア特有の「恥の文化」という重圧
この現象を読み解くヒントとなりそうな論文がある
北京大学のアレクシス・ヘン・ブン・チン博士らが発表した論文「儒教遺伝学 - 人口問題に直面する東アジア文化における認知機能向上技術とIVF遺伝技術の受容促進(Confugenics - East Asian culture favors uptake of human cognitive enhancement and IVF genetic technologies amid demographic challenges)」である。
博士らは、日本(1.15)だけでなく、他の東アジア諸国――中国、韓国、台湾――がいずれも1.0未満の世界最低水準の出生率に苦しんでいる深い要因として「儒教」を挙げている。
論文によると、西洋の「罪悪感の文化」が個人の良心や宗教的信念に起因するのに対し、儒教に基づく「恥の文化」では社会的支配が個人に恥を植え付けるという。つまり、個人の成果が直接家族全体の評判に反映され、子どもの成績は親の「評価」に直結する。この文化的背景の中で、親は子どもに異常なまでの期待をかけることになる、と博士らは分析している。
確かに、日本社会が求める「完璧な子ども」や「完璧な子育て」は「よき母」と同義語になっているように感じる。保育園、幼稚園や小学校が親に要求する細かなルール――手作りバッグ、タオルや雑巾のサイズ、持ち物につける名前シール、送り迎え時の母親の服装――こういった規則を守らなければ、まず母親として失格の烙印を押される。そして受験。この受験に合格しなければ、子育てが成功したと社会から認められない構造がある。
■科挙制度から始まった「学歴至上主義」の呪縛
この「完璧主義」の根は深い。古代中国の科挙制度から始まった学歴至上主義は、朝鮮半島や日本にも深く根を下ろした。
現在の中国の「高考(ガオカオ)」、韓国の「大学修学能力試験(スヌン)」、そして日本の受験戦争は、まさにこの伝統の現代版と言える。
科挙は古代では「平民が出世する唯一の道」であった。身分を超えて“成り上がる”には、この試験に通るしかない。欧米では「スポーツ、学業、音楽や芸術をまんべんなくできる、学位の高い人」がエリートの証だが、東アジアでは「偏差値の高い大学を卒業した人」が優秀だと認められる文化が根強い。
中国には「試験が人生のチャンスを決める」ということわざがあり、韓国では私教育費(塾などの費用)がGDPに占める割合が、OECD平均の高等教育(専門学校・短大・大学・大学院)全体への支出とほぼ同じ水準に達している。日本も韓国ほどではないが、高等教育にかける家計の負担割合は51%と、OECD平均の19%の倍以上だ。
※「就学前・高等教育重い家計負担 日本の状況示す OECD 報告
時代と共に大学入試も筆記テスト以外の方法が増えてきたが、科挙制度から始まった「学歴至上主義」は東アジアに色濃く残り、これが親と子どもに経済的・精神的・身体的なストレスを与え続けている。
さらに、儒教の「孝行」の概念も少子化を引き起こしていると博士らの研究は主張する。「数百の美徳の中でも、孝行は最も重要なもの」とされ、親は息子に老後の支援を依存する文化的・経済的背景がある。西欧に比べて脆弱な東アジアの年金制度も、この依存関係を強化している。
実際に日本型福祉は家庭や企業の役割が大きく、公的負担を抑えた「自助・共助・公助」(個人の努力・家族や地域の支え合い・国の支援)の組み合わせが特徴だ。韓国や中国の福祉モデルも日本に近く、家族の負担が大きい。
この構造が親による子供への教育投資を加速し、親の犠牲は美談として語り継がれ、それが「よき親の基準」として立ちはだかるのだ。
■学歴社会の行き詰まり:学歴と求人のミスマッチ
だが、この競争の結末は皮肉だ。就職市場が実際に必要とするスキルと比べて、大学卒業生が過剰供給される状況が東アジア全体で生まれている。
それでも他の東アジア諸国と違い、日本では新卒一括採用が今なお一般的であることから、新卒は100%近い割合で就職できる。しかし、職務ベースの賃金が実現されておらず、「大企業正社員か否か」で給料が決まってしまう。そして勤務年数で給料が上がるシステムになっている。日本型雇用の場合、「同じ会社での頑張り」が主な出世の機会となっていることから、職務を磨いて転職して給料を上げるということが難しい。近年は、新卒から年功序列ではなく実力主義で給与を決める会社も出始めているが、まだ少数派だろう。
一方、香港、台湾、韓国、中国は新卒一括採用がなく、大卒とホワイトカラーの求人数のミスマッチが起きており、若者の失業率が高い。2024年に朝鮮日報が報じたところ、韓国では大学卒業後に就職まで1年以上要したのは32%だった。中国の若者の失業率の問題も深刻で、今年4月の16~24歳の失業率は約16%だったとTBSが報じている。

※朝鮮日報オンライン「韓国新卒の就職浪人、就活期間は平均1年2カ月・58%は初月給200万ウォン未満

※TBS NEWS DIG「中国 4月の若者失業率15.8% 高止まりの状態続く
こういった若者の高い失業率が、韓国ではすべてをあきらめる「N放世代」、中国では競争や努力から降りて最低限で生きる「寝そべり族」(躺平主義)を引き起こしているとの分析もある。


■経済支援だけでは解決できない根深い問題
日本政府は児童手当の拡充、保育所の整備、高校無償化など、子育て層に対する経済的な支援策を次々と打ち出している。もちろん、これらの施策は重要だ。しかし、根本的な問題はもっと深いところにある。
日本の少子化問題の本質の一部には、「完璧な親でなければならない」「完璧な子供を育てなければならない」という社会的圧力がある。悪しき因習とも言うべきこの価値観が変わらない限り、いくら経済的支援を拡充しても、効果は限定的だろう。
ただし、文化は決して変えられないものではない。戦後の日本が「家制度」から「核家族」へ、「男性主体社会」から「男女共同参画社会」へと価値観を転換してきた歴史がそれを証明している。都市化や女性の社会進出といった社会変化とともに、子育て観も変化できるはずだ。家制度や男性主体社会から抜け出たように、「完璧な子育て」をやめよう。
■文化を変える3つのアプローチ
では、具体的にどうすれば「完璧主義の呪縛」から解放されるのか。筆者がこれまで国内外の専門家への取材を基にして以下、3つの提案をしたい。
個人レベル: 「ほどほどで良い」を積極的に選択し、子育ての失敗談を率直に共有する。
何より、完璧な成績を求める前に子どもの声に耳を傾けることが重要だ。日本の子ども・若者の50.3%が「意見表明権」(子どもが自分に関係することについて意見や気持ちを聞いてもらえる権利)を知らず、実際に意見を聞いてもらえると感じているのは42.2%に留まる。これは欧米諸国(5~7割)を大きく下回っている。
社会レベル: 企業は学歴偏重を脱却し、転勤制度見直しやリモートワーク拡充でファミリーフレンドリー政策を推進する。学校は細かな規則を廃止し、意見表明権を尊重し、子どもの創造性とウェルビーイングを優先する。メディアは大学名のブランド扱いを控え、実績で人を評価する文化を作る。
政策レベル: 20年スパンの価値観転換計画を超党派で策定し、地域コミュニティでの子育て互助ネットワークを構築する。

日本が「安全で豊かなのに子供を産まない」理由は、その豊かさによって強化された完璧主義にある。しかし文化は変えられる。
少子化対策の真の鍵は、「不完璧な親でも大丈夫」「どんな子どもでも素晴らしい」という価値観を社会全体で支える仕組みを作ることだ。高齢の世代を中心にきっと「親がきちんとせずいい加減で緩い姿勢なら、子供はロクな人間に育たない」といった声がいっせいにあがるに違いない。だが、ここは全スルーしよう。「ダメ親」も全然OKだ。時間はそれほど残されていない。嫌われる勇気ならぬ、完璧を目指さない勇気――それが、日本の未来を切り開く第一歩になり、唯一の突破口なのだから。

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池田 和加(いけだ・わか)

ジャーナリスト

社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。

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(ジャーナリスト 池田 和加)
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