6月13日、全国3000~4000店のスーパーにおけるコメの平均価格は、4269円だった(マーチャンダイジング・オンのデータによる)。随意契約による備蓄米の放出により、ようやく米の価格上昇に歯止めがかかり始めたように見える。
その状況下、小泉進次郎農林水産大臣は、米の価格を引き下げるために“何でもやる”覚悟を示した。おそらく、同氏は7月までに米の価格をある程度下落させておこうとしているようだ。例年、7月中頃から“早場米”の新米の出荷が始まる。
それまでに、すでに放出した備蓄米が小売店舗の店頭に確実に並ぶ状態を整える。米の輸入も増やし、価格に下落の勢い(モメンタム)をつけておく。そのタイミングで早場米が流通すれば、国民の生活にいくぶんかゆとりが出るというのが、小泉農相の読みだろう。
その一方、国内の米流通市場では、依然として追加的な価格上昇をにらみ、在庫を抱え込む米卸売業者が多いとみられる。現時点での価格下落のペースからすると過半数を上回る業者は高値での販売を狙っているようだ。当面、小泉農相と市場参加者の心理戦が続きそうだ。
■大臣が交代しただけでこんなに変わるのか
5月下旬の農相就任直後から、小泉氏は迅速かつ大量に備蓄米を放出した。大臣が代わるだけで、こんなにも違いがあるのかと感じた人は多い。
随意契約の実施に伴い、大手のネット通販業者や小売業者などが備蓄米販売に名乗りを上げた。売り渡し価格は玄米60キログラムあたり1万700円(税抜き)。農相交代前に政府が実施した第3回入札の平均落札価格は、同2万302円だった。小泉氏は備蓄米の供給価格をほぼ半分の水準に設定した。
それによって、ようやく、国内の米の小売価格は下落した。6月初旬、5キロあたり4330円台だった米の価格は、6月13日に(14日、12:00時点の集計)4269円に下落した。小泉農相が当初に表明した2000円まで距離はあるが、国内の米流通市場において、随意契約にともなう備蓄米放出増加にともない、価格下落の兆しが出始めたように見える。
■備蓄米を失った倉庫業界が月6億円も減収するほど
おそらく、政府関係者にとっても米の価格下落はかなり緩やかだろう。複数の要因が考えられる中、急速な備蓄米の放出により、精米所の処理能力は逼迫気味とみられる。そのため、備蓄米放出と小売価格下落のペースにはラグが生じただろう。6月9日時点で、備蓄米が店舗に並んだのは、首都圏や近畿圏など大都市部に偏った。
2024年問題をきっかけとするトラック運転手不足の影響もある。イオンなど大型の小売店舗の有無により、東北や四国などでは備蓄米が店舗に並ぶのに時間がかかっている。一部では6月中に備蓄米が店頭に並ぶのは難しいとの見方もあるようだ。
随意契約による備蓄米放出により、関連業界にも影響が出始めた。その一つは、全国の倉庫業界の収益減少の懸念上昇だ。備蓄米は室温15度以下、湿度60~65%で保管しなければならない。それを担うのは全国にある民間の低温倉庫だ。
政府は年間20万トンの国産米を買い入れて最大5年間保存している。急速かつ大量の備蓄米放出で、倉庫業界全体で月およそ6億円の保管料収入が減少する見込みであるという。小泉氏の指揮による備蓄米放出の迅速さ、規模の大きさが読みとれる。
■7月までに勢いをつけたい小泉農相の戦略
6月12日、小泉農相は、随意契約に基づいた備蓄米の放出を主な手段として、小売店舗の米棚を圧倒的に埋めると強調した。小泉氏は、集荷業者や卸売業者にたまる過去の放出分の流通を促すとも力説した。
米の価格はようやく下落し始めたものの、価格下落の傾向が鮮明になっているとは言いづらい。米の価格下落に“勢い(モメンタム)”をつけようとする小泉氏の考えは明確といえる。
6月に入って以降に農林水産省をはじめ政府が表明したコメ価格高騰解消策を確認すると、あらゆる手段を用いて、政府は米価格を当初に表明した水準近くにまで下落させようとしているようだ。小泉氏が念頭に置いているのは、早場米が市場に出回る7月までに価格下落のモメンタムをつけておくことだろう。
備蓄米には限りがある。そのため、需給バランスを安定させるために、政府は米の輸入の増加を急ぐ。関税ゼロで輸入する“ミニマム・アクセス(MA)”米のうち、主食用の入札時期を前倒しする。
例年は9月に実施していた輸入米の入札を、6月に3万トンを対象に前倒しで実施する方針のようだ。米の輸入枠の拡大は、米トランプ政権との関税交渉を進展させるためにも必要だろう。
■転売禁止の罰則強化まで踏み切った政府
政府は、コメの転売を禁止する国民生活安定緊急措置法の政令改正も決定した。対象は、備蓄米を含めた精米や玄米などだ。パックご飯は対象に含まれない。
政府は、これまで米の転売抑制を、事業者の自主的な取り組みにゆだねてきた。しかし、十分な効果は出なかった。また、小泉氏は小売大手のトップに迅速に全国津々浦々に備蓄米を提供するよう重ねて依頼した。
今後は小売業界に加えて、物流業界にも米の輸送体制を拡充するよう政府が働きかける可能性もあるだろう。あの手この手で、小泉氏はできるだけ早いタイミングで5キロ当たり2000円に近い水準まで米の価格を下げようとしている。
■「利益500%増の卸業者も存在する」と指摘
実際、随意契約による備蓄米放出は、国内の米流通市場参加者の一部に、わずかではあるものの先安観を植え付けたようだ。備蓄米が安く放出されることが決まった直後から、宮城県産の“ひとめぼれ”や新潟県産のコシヒカリといった銘柄米が店頭に並ぶケースが出始めた。銘柄米であることもあり価格は依然として高水準だが、これまでにはあまり見られなかった動きだ。
銘柄米を小売店舗に販売した業者は、小泉氏の取り組みによってコメの小売価格に追加的な下落圧力がかかると予想しただろう。気象の影響はあるものの、早場米の流通後、夏場には新米の供給も増える。いつまでも、米の価格が上昇基調で推移する、あるいは高止まりすることは考えづらい。
それでも、こうした業者はごく一部とみられる。小泉農相の記者会見内容などを確認すると、一部の卸売業者(米問屋)は依然として価格が上昇する展開を期待し、米の在庫を抱え込んでいるとみられる。小泉氏は国会で営業利益が前年比で500%増のコメ卸大手もあると答弁したことが、それを示唆する。
■小泉農相と業者の心理戦は当面続く
依然として、国内の米流通市場に参加する過半数の業者は、米の価格が追加的に上昇する可能性はあると考えているようだ。そうした市場参加者の心理に、どのようにして小泉氏が“価格は下落する”という見方を植え付けることができるかが当面の焦点である。
わが国の米の流通構造は、かなり重層的だといわれている。集荷業者である全国農業協同組合連合会(JA全農)、そこから小売業者まで5次にわたる問屋が存在するようだ。
また、政府サイドでは、どこで、だれが、どれだけの米の在庫を保有しているかを把握するデータの整備も遅れていると聞く。それは、需給のマッチングが円滑に進まず、備蓄米の供給が地域ごとにばらついた一因だろう。
非効率的な国内米流通市場の構造を一朝一夕にあるべき姿にもっていくことは難しいだろう。当面、わが国の米流通市場では、あらゆる手段を講じて価格を下落させようとする小泉農相と、先高観から在庫を抱え込む市場参加者の心理戦は続くだろう。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)