若者が定着する会社とそうでない会社は何が違うのか。キャリアコンサルタントの上田晶美さんは「若者とミドル層では価値観や思考が違って当然だ。
その違いを理解して、向き合っていくことが大事だ」という――。(第1回)
※本稿は、上田晶美『若者が去っていく職場』(草思社)の一部を再編集したものです。
■勤続10年の中堅社員の心が壊れた意外なきっかけ
本稿では、日々の仕事の中で知り合ったミドル層以上の方々から聞いた、若手についてのちょっと困った経験、戸惑った体験談をご紹介したいと思います。実際の職場で、先輩であるミドル層が感じている若手との不協和音とその原因を探ってみることにします。
「一本のチャットが発端で、心療内科に通うことになってしまいました」
と話すのは、広告業界に勤めるY子さん。制作として働いて10年。営業の新人(第二新卒、20代半ば)に送った一本のチャットで大騒動になってしまったというのです。
Y子さんが新人Aさんに送ったチャットは、
「勝手に日程変更されては制作と営業の信頼関係が崩れますのでやめてください」
というもの。確かに端的な言い方ですが、社内チャットでは短文でのやり取りが主流であることを考えると、それがそこまで大事になるとは思えないものです。
Y子さんと新人AさんとはいっしょにP社への提案(プレゼン)を行うチームでした。制作担当がプレゼン資料を作り、営業担当がそれを持ってクライアントに説明に行く。そんな関係性です。

■新人の安請け合い
そこで問題になったのは、営業チームの新人Aさんの行動。もともと金曜日にプレゼンに行く予定で制作を進めていたのに、クライアントP社の都合で月曜日に前倒ししてくれという要望を「はい、わかりました」と勝手に引き受けてきてしまい、それを制作チームにポンと「プレゼンの日が月曜日に前倒しになりましたのでそれまでに資料作成お願いします」と投げてきたというのです。
4日前倒しとなると、たくさんの資料作りを抱えていて、スケジュールを組んで働いている身にとっては、大慌ての事態です。もしかしたら残業して間に合わせなくてはならなくなるかもしれません。それができるかどうか、まずは先に制作チームに確認してからクライアントに返事をするのが筋というものです。
新人だからなのか、その手順がわからず、目の前のクライアントP社の意見を最優先してしまい、制作チームの都合を全く考えていないとも思われる行動でした。そこで先ほどの、「勝手に日程変更されては制作と営業の信頼関係が崩れますのでやめてください」
というチャットを送ったというわけです。
■私よりも新人のほうが大切なんだ
「そのチャットを見て、新人Aさんは翌日出社してこなかったんです。同じ部署の人が連絡したら、午後からやってきて、涙ながらに私にチャットで叱責されたと訴えたとのこと。私は必死で間に合わせようと資料を制作していて、全く知りませんでした。それが彼女の営業チームの上司から、私の制作チームの上司に苦情として伝えられたそうで、上司から『もう少し優しく言ってほしかったな』と言われました」
Y子さんは事情を知っているはずの上司が自分を守ってくれず、新人の味方をしているのが大変なショックだったと言います。
「悔しくて、必死でその仕事だけは優先して仕上げましたが、何とも釈然としない。
この会社は私よりも新人のほうが大切なんだ、と思うと、これまで頑張ってきたのは何だったのか、と情けなくて朝起きると涙が止まらなくなってしまいました。確かにぶっきらぼうなチャットだったかもしれないし、自分の部下ではない人へのチャットでしたが、同じ案件に取り組むチームとして意見を言うのは、仕事の手順としては間違っていなかったと思います」
その後も、朝、起き上がれない日が続き、仕事がままならなくなり、同僚の勧めで会社のパワハラの窓口に相談したそうです。
■結局、会社に残ったのは…
「部下からのパワハラ」というのももちろん成立します。今回のケースの問題は、その上司を含めての対応に関してです。
結局、Y子さんは退社し、Aさんが残ったそうです。Y子さんは心療内科に通いながら日常生活を取り戻している段階です。会社は勤続10年の中堅社員を切って、残ったのは成長株かどうかわからない新入社員ということになります。会社としては得をしているとは思えません。
損得だけではないですが、上司の対応のまずさが招いたこの一件。とにかくY子さんの被害は甚大です。
チャットでやり取りするというのは、フラットで効率的で良い方法ですが、コロナ禍のテレワークで急に増えてきたことにより、しばしば不協和音の引き金になっているのも事実です。
それを避けるため、できるだけリアルな関係性を想定しようと、ある会社ではメタバースを利用して、メタバースの空間に会社を創り上げ、1階、2階、会議室Aなどと設定していき、テレワークで離れていても、あたかも会社にいるかのような一体感を出そうと苦心しています。

■「マルハラスメント」という常識
直接話せば理解できることも、チャットという短い文章でのやり取りでは誤解が生まれがちです。若手にとっても慣れているツールとはいえ、仕事の場面で使用するとなると、注意が必要です。
新人は仕事の手順についてはOJTで先輩から学ぶことが不可欠です。先輩側としては、チャットで指示することは誤解を生むこともあると注意を払うことが必要かもしれません。
「マルハラスメント」をご存じでしょうか。短いチャットでは文章の最後に「。」、句点をつけることすら、他人行儀で威圧感を与えるというような意味で句点も使わない。そんな従来の国語とは別の流儀のあるチャットを仕事で使用するとなると、誤解が生じやすくなるのもわかります。要注意ですね。
アラフォーのミドル層も管理職未満であれば、決して強い立場にいるわけではありません。むしろ、この案件ではミドルは、上と下の間に挟まれて割を食っている感があります。その上の管理職はミドルと若手と、どちらにも丁寧に対応していかないと、会社の大切な経営資源である人財を失うことになりかねません。

本稿の目的は、一見不可解に見られがちな若手社員の行動を、決して糾弾するためではありません。
違いを理解して、向き合っていこうというものです。そのためには若手の傾向は理解しながらも、「決めつけ」は良くないということを言い添えます。生育環境も違えば、それまでの職場経験も違うのですから。ただ、ベースにあるのは同じ時代背景ですから、同じ潮流の中にいることには変わりありません。

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上田 晶美(うえだ・あけみ)

ハナマルキャリア総合研究所代表取締役

日本初のキャリアコンサルタント。企業研修の実施、女性のキャリア、学生の就活を応援し、これまで約2万人にアドバイス。メディア出演多数。著書に『ちょっと待ったその就活!~就活前に考えておきたい「大学生のキャリアデザイン」』ほか。

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(ハナマルキャリア総合研究所代表取締役 上田 晶美)
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