■価格は「320円しばり」だが、ロブスター料理を提案され…
大阪・関西万博店の特別メニュー、世界の料理を改めて3カ月で70品作ることになり、くら寿司商品開発部の中村重男さんが、キューバ大使館にメニューの相談に行ったときのことだ。先方から提案を受けたのはロブスター料理。いくら国を代表する食材でも、利益度外視で高級食材を使うわけにはいかなかった。結局、キューバは「ロパビエハ」という牛肉の煮込み料理を選んだ。
「ロパビエハにコストの問題はありませんでした。ただ、調理の難易度が高いんです。ロパビエハは直訳すると『古い服』で、肉がボロボロにほぐれないとダメ。試食で一皿つくるならともかく、大量につくるときにその食感を均質に再現するにはどうすればいいのか。そこでまた社内でひと悶着あって(笑)。メニュー開発はまさに試行錯誤の繰り返しでした」(中村氏)
価格以前に食材を調達できるかどうかで頭を悩ませた料理もある。リトアニアの「シャルティバルシチャイ」だ。
「ケフィアはちょっと癖が強い。もう少しうま味と甘み、酸味のバランスが取れたものはないかと思ったら、うちで使っているすし酢がぴったりではないかと気づきました。実際入れてみたら、おいしいシャルティバルシチャイができた。大使館の方にも、さわやかな感じがしておいしいと褒めてもらえました」(中村氏)
■コロンビア大使館では試食するなり厨房に連れていかれた
キューバ料理やリトアニア料理の例からわかるように、今回は開発したメニューを大使館に確認してもらうケースも多かった。経緯を岡本取締役がこう明かす。
「開発したものを本場の味を知っている人に確認してもらうことはマストでした。日本にもともと在住者が多かったり料理店がある国はいいのですが、どこにもツテがない国に関しては大使館に協力を仰ぐしかありませんでした」(岡本氏)
今回、くら寿司が意見を聞いた大使館は計25カ国。大使館はすべて東京にあるため、週に2~3回は試作品を持って新幹線に乗った。中村氏は言葉を選びつつ、「今回のプロジェクトで、もっともいい経験をさせてもらったのがこのプロセス」と語った。
「みなさん自国の料理に誇りをお持ちで、いい加減なものは許さないという空気が漂っていましたね。たとえばコロンビア大使館に『パパクリオージャ オガオソース』(サルサソースをかけたポテトフライ)を持っていったときは、最初からピリピリ。オガオソースは日本でいうと醤油のポジションで、コロンビアの方はこだわりが強い。試食するなりダメ出しされて、そのまま厨房に連れていかれて大使館のシェフにつくり方を教わりました」
■ブラジルのポンデケージョを焼くオーブンが各店舗にはない
ブラジル大使館にチーズパンの「ポンデケージョ」を持っていったときも厳しく指導を受けた。調理のオペレーション上、オーブンで焼くことは難しいため、揚げたものを持っていったら、即却下された。中村氏のアイデアでキャラメルソースをかけていたが、それも「チーズの香りを邪魔する」と否定された。
「店舗でオーブンを使えないという条件は変わらなかったので、セントラルキッチンで焼いて店舗のレンジで温める方式に。食感やチーズの香りが良くなるように10回くらい試作して、ベストのものをまた大使館に持参したら、こんどは『ブラジルコミュニティで食べるポンテケージョと変わらない』とお墨付きをいただけました」(中村氏)
一方、リベンジを果たせなかった料理もある。エルサルバドル大使館にトウモロコシ粉でつくった生地を焼いた「ププサ」を持っていったところ、担当者は手をつけることもせず、「本物のププサとは……」と講義を始めた。最後まで試作品は手に取られず、「何のために東京に来たのか。さすがにショックで心がくじけそうになった」(中村氏)という。大阪に戻って改良を重ねたものの、その後エルサルバドルがパビリオン出展を取りやめたこともあってププサの提供を断念した。
■5月の人気トップ10、ダントツ1位はハンガリーの名物料理
メニュー開発はタイムリミットの24年夏にほぼ完了。今提供されている世界の料理は、さまざまな制約条件を潜り抜け、本場の味を知る人にもお墨付きをもらった自信作ばかりだ。
5月の人気トップ10には、ベトナム「生春巻き」、シンガポール「チリクラブ」、イタリア「タリアータ」といった定番料理の中に、先に紹介したリトアニア「シャルティバルシチャイ」のように苦労して開発した料理もランクインしていた。一番人気はハンガリーの「鴨のロースト トリュフソース」だ。
自信作が高評価なのは開発者冥利に尽きるだろうが、逆に自信作なのにまだあまり知られていない料理はないのか。そう尋ねると、中村氏は一例としてウルグアイ「アルファフォーレス」を挙げた。
「キャラメルクリームをクッキーで挟んだお菓子で、すごくおいしいんです。でも注文数は70料理中60位台……。一度試してもらえばもっと人気が出ると思うんですけどねえ」(中村氏)
■万博で思い出に残るのは「あの国の料理を食べた」ということ
お得情報も聞いてみた。一皿300円は十分にリーズナブルだが、なかでも原価率が高くて利益率が低い=利用客から見てお得なものはどれだろうか。
「原価率が高いのは、すでに調理されたものを調達して提供している料理です。
今回の大阪・関西万博開催については賛否両論があったことも事実だ。大阪では過去に2回万博が開催されたが、開発担当の中村氏は今年入社10年目、大阪・関西万博店の現場を任された店長の飯田尚美氏は27歳と、万博を知らない世代である。70年万博を小学生のときに経験した岡本取締役は何を思うのか。最後に思いをこう語ってくれた。
「70年万博の思い出は、実は人が多くて食堂に入れなかったことでした。一方、90年花博ではワニの肉が食べられるというので挑戦しました。若干ニオイがありましたが、鶏肉みたいでとてもおいしかったです。どちらの万博も、記憶に強く残っているのは食に関すること。きっと今回も来場者は食とともに万博を思い出すはずです。より多くの方に世界の料理を楽しんでいただきたいですね」
5月の人気メニュートップ10(順不同)
A【ベトナム】生春巻き
B【シンガポール】チリクラブ
C【パラオ】アホ
D【ハンガリー】鴨のロースト トリュフソース
E【トリニダード・トバゴ】ダブルス
F【スイス】マラコフ
G【イタリア】タリアータ
H【リトアニア】シャルティバルシチャイ
I【トルコ】ケバブ
J【マダガスカル】マダガスカルバニラパンケーキ
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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。
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(ジャーナリスト 村上 敬)