腸にいい食生活はどのようなものか。医師の松生恒夫さんは「オリーブオイルを使った『地中海式食事』を食べていた人は、大腸がん発症率が低いことがわかっている。
また乳がんや炎症性腸疾患、冠動脈性心疾患にも予防的に働くなど、さまざまな健康効果を期待できる。私はお通じのサポートとして、『バージン・オリーブオイル』を積極的に料理に使うことをすすめているが、これには四つの分類がある」という――。
※本稿は、松生恒夫『あなたの腸で長生きできますか?』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■マヨルカ島の大腸がん発生率が日本より大幅に低い理由
スペインのバルセロナから飛行機で約1時間のところにあるマヨルカ島は、地中海三大リゾート地の一つです。この地では大腸がんの発症率が低いことが昔から知られていました。
そこで私は興味を持ち、マヨルカ島の大腸がん発症率を、日本人の大腸がんが右肩上がりに増えてきた1982年~1986年までの発症率と比較してみたのです。
その結果、マヨルカ島の発症率は日本に比べて大幅に低く、結腸がん(直腸がんを除く大腸がん)だけに限定すると、日本の約2分の1という結果でした。
すでにお話ししてきたように(『あなたの腸で長生きできますか?』参照)、日本で大腸がんの発症が増えた背景には食生活の変化、具体的には脂肪の摂取量が急激に増えたことが大きな要因であることは、間違いありません。
ではマヨルカ島の人の脂肪摂取量が少ないかというと、そのようなことはないのです。大腸がん発症率を比較した時期の脂肪の摂取量は、1日あたり約80gで、日本人の約58gよりもかなり多かったのです。
■オリーブオイルを使った料理が健康に与える影響
では何が違ったのか。
そのキーワードがオリーブオイルとオリーブオイルをベースにつくる伝統的な料理、「地中海式食事」だったのです。

地中海式食事では穀物のほか、魚や野菜、果実をふんだんにとり、肉類や乳製品はあまり食べません。
その一方で使用する油は「オリーブオイル」が基本。料理だけでなく、お菓子まであらゆるものにたっぷりと使用しているのです。
オリーブオイルを使った食事と大腸がんの関係を明らかにしたのは、欧米の研究者たちです。代表的な研究にスペインの研究者であるベニートらのものがあります。1990年と1991年に『INT.J.Cancer』という有名ながん専門雑誌に掲載された、マヨルカ島の住民を対象に食生活と大腸がんについて研究をした二つの論文が知られています。
この研究は、1984年~1988年までの間に、マヨルカ島の大腸がんの患者286人と、がんを発症していない健康な295人を対象に、それぞれどんな食生活をしているかを詳細に調べたものです。
日本がそうであるように、この当時から、マヨルカ島でも伝統食からファストフードや加工品を含む現代的な食に移行するのを好む人たちも増えていたのでしょう。
そこでマヨルカ島の人たちを、大腸がんを発症した群とそうでない群に分け、その食生活の違いをつぶさに分析した結果、両者で明らかに食生活が異なることがわかりました。
そして、「赤身肉を食べる量が多いと、大腸がんのリスクが高まる」と結論づけたのです。
赤身肉や乳製品には飽和脂肪酸やコレステロールが多く含まれています。マヨルカ島で大腸がんになった群は、そうでない群に比べ、この飽和脂肪酸やコレステロールの摂取量が明らかに多いことがわかったのです。

一方、オリーブオイルに多い「一価(いちか)不飽和脂肪酸」の摂取量を比較したところ、大腸がんになった群とそうでない群で、ほとんど差はありませんでした。
この調査から、「オリーブオイルは大腸がんに悪影響をおよぼさない健康な油」という認識が普及したのです。
なお、その後、現在までに、基礎研究や動物実験により、オリーブオイルの大腸がん抑制効果が得られたという複数の報告があります。
■料理や食用におすすめのオリーブオイルの種類
オリーブオイルがなぜいいのか? それはオリーブオイルが熟したオリーブの実をしぼった、天然のオイルだからです。
私はお通じのサポートとして、オリーブオイルを積極的に料理に使うことをすすめています。
ここですすめているのは、オリーブの実をそのまましぼって油にした「バージン・オリーブオイル」です。
食用油として私たちが一般的に使う油のほとんどはオイルの組成を変えたり、熱などを加えたりする精製処理がされています。バージン・オリーブオイルにはこのような加工はされていません。
バージン・オリーブオイルはオリーブの実(果実)を収穫したあと、粉砕機でペースト状にしてしぼったり(圧搾)、ペースト状にした果実を攪拌(かくはん)機で混ぜたあと、遠心分離機で分離し、油分だけを取り出したりする方法などで採油します。
私はオリーブの産地で、収穫したオリーブの実を手でしぼって飲んだことがありますが、フルーティでそれまで味わったことがない、美味なものでした。
オリーブオイルの産地では、このバージン・オリーブオイルは官能特性(味と香り)と酸度(遊離脂肪酸の比率)によって、高級なものから、
◆エキストラ・バージン・オリーブオイル

◆バージン・オリーブオイル

◆オーディナリー・バージン・オリーブオイル

◆ランパンテ・バージン・オリーブオイル
という四つに分類されます。
そのまま食べるのであれば、エキストラ・バージン・オリーブオイルがおすすめです。
「値段がちょっと」という場合は、ほかのバージン・オリーブオイルでもいいでしょう。
なお、「ピュア・オリーブオイル」といって、精製処理をほどこしたオリーブオイルも販売されています。こちらはバージン・オリーブオイルに比べ安価で、炒め物や揚げ物に向いています。
■乳がんの予防効果にも期待
大腸がんと同じく、脂肪や乳製品のとりすぎなど、食生活の影響で増えてきたといわれるのが乳がんです。オリーブオイルはこの乳がんにも予防的に働くのではないかと期待されているのです。
研究が広がるきっかけとなったのは、1970年代の調査で、イタリアを北部、中部、南部に分けてそれぞれの食事とがんの死亡率を比較した研究です。
あまり知られていませんが、同じイタリアでも北部や中部は北ヨーロッパの食習慣の影響が強く、バターや動物性脂肪なども使った「こってり系」の料理が中心です。
一方、温暖な地域である南部は、オリーブオイルを中心とした「地中海式食事」が広まっている地域です。
さて、調査の結果はどうだったかというと、多くのがんで死亡率が低かったのが南部だったのです。なかでも大きな差があったのが乳がんでした。
なお、2013年には、イギリスの研究機関が行なった基礎研究で、エキストラ・バージン・オリーブオイルが、「閉経後の乳がん治療等に使われるアロマターゼ阻害剤の効果を増強する結果が得られた」という報告がされ、話題になりました。
あくまでも試験管内での基礎研究ですが、エキストラ・バージン・オリーブオイルとアロマターゼ阻害剤との併用によって、乳がんの細胞増殖の抑制とアポトーシス(細胞死)の誘導が認められたというものです。
今後の研究が期待されています(※1)。
■豊富に含まれる抗酸化物質の効果
オリーブオイルにはオレイン酸や葉緑素、ポリフェノール、ビタミンEといった、さまざまな天然の抗酸化成分が含まれています。こうした成分そのものにがんの予防の効果がある可能性があります。
人間は呼吸により酸素を体内に取り入れます。取り入れた酸素は栄養素と結びつきエネルギーを生み出します。このときに残ってしまう余分な酸素が「活性酸素」です。
活性酸素には、体に入った細菌やウイルスを殺す重要な働きがありますが、余分なものは体を酸化させるマイナスの働きもあります。
活性酸素が増えると、体内にある細胞が酸化され、うまく機能しなくなり、老化や生活習慣病、がんなどの引き金となります。オリーブオイルに豊富に含まれる抗酸化物質は、その活性酸素のマイナスの働きを抑制してくれると考えられるのです。
さらにオリーブオイルは細胞膜を丈夫に保ってくれることが動物実験で確認されています。
細胞膜とは人間の体をつくる細胞の外と内を仕切る膜です。私たちの体には100兆個もの細胞があります。
体に入った栄養・酸素などは細胞膜を通して細胞に取り込まれます。
不要になった老廃物の排出も細胞膜を通じて行なわれます。細胞膜の正常な働きを保つことができなくなるとこうした働きも阻害され、血管にコレステロールがたまるなど、動脈硬化や糖尿病といった生活習慣病につながる症状を引き起こすことがわかっています。
細胞膜は日々、分裂を繰り返していますが、この細胞膜は私たちが取り込んだ栄養から脂質を原料としてつくられます。
細胞レベルの研究では、動物性脂肪を多くとると、細胞の質が低下したり、不安定になったりすることがわかっています。
一方、オリーブオイルに多いオレイン酸では細胞に異常が起こりにくいことが明らかなのです。
※1 https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201302218199490249〈J-GLOBAL HP〉
■炎症性腸疾患にもオリーブオイル
日本の若い方を中心に急増している潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患にも、オリーブオイルの働きが期待できます。
これらの病気もまた、南イタリア、スペイン、ギリシャ、トルコなどの地中海地域では発病率が少ないことが知られていました。
炎症性腸疾患は、悪化要因として、動物性脂肪のとりすぎが指摘されてきました。患者の食事療法においては、脂肪の多い食品や揚げ物など、油を多く使用している料理は控えめにすることが指導されていますが、実際、こうした食事をとると炎症が悪化しやすく、落ち着いていた症状が再び悪化しやすいことがわかっています。
炎症性腸疾患は文字どおり、腸の炎症が起こっている状態をさしますが、オリーブオイルに含まれるポリフェノールは炎症を引き起こす物質である「ロイコトリエン」を減少させることが動物実験で明らかになっています。
■動物性脂肪から摂取している飽和脂肪酸を置き換える
ここまで主に腸の不調や病気とオリーブオイルの効果について解説してきましたが、ほかにもオリーブオイルについてはさまざまな効果があることが確認されていますので、いくつか紹介したいと思います。

【冠動脈性心疾患の予防効果】
1950年代、アメリカ・ミネソタ大学公衆衛生学部教授のアンセル・キース博士らによって行なわれた「世界七か国研究」は、アメリカ、オランダ、フィンランド、ギリシャ、イタリア、旧ユーゴスラビア、日本の七カ国において、心筋梗塞や狭心症といった冠動脈疾患の発症率とその原因について比較した研究です。研究ではギリシャに冠動脈疾患が極端に少ないという結果が得られました。
その後、ギリシャの中でも特筆して平均寿命が長かったクレタ島という島の食生活を詳しく調査した研究から、オリーブオイルをはじめとした地中海式食事が予防に役立っている可能性が示唆されました。
その後、オリーブオイルのオレイン酸にはコレステロールのうち、悪玉コレステロールを減らす作用があり、かつ、善玉コレステロールを維持、または増加させる働きがあることがわかりました。
こうした結果から2004年11月、アメリカ合衆国食品医薬品局(FDA)は、オリーブオイルに対して、「1日あたりの総摂取カロリーを増やさず、主に動物性脂肪から摂取している飽和脂肪酸のうち、約23g(大さじ2杯)をオリーブオイルに置き換えると、オリーブオイルに含まれるオレイン酸(一価不飽和脂肪酸)の働きで、冠動脈性心疾患のリスクを低減する可能性があります」という意味の健康強調表示を許可しました。
■便秘や停滞腸の患者さんには1日あたり15~30mlを摂取
【アルツハイマー病の予防に役立つ可能性】
地中海式食事を食べている人はアルツハイマー病のリスクが低いことが研究で明らかになっています。
その一つはニューヨークに住む高齢者1880人を対象に行なわれた調査で、14年間にわたって地中海式ダイエットを励行した人は、そうでない人に比べてアルツハイマー型認知症の罹患率が32~40%低かったというものです。
アルツハイマー型認知症のリスク低減に貢献しているのが、エキストラ・バージン・オリーブオイルであることがわかってきました。
エキストラ・バージン・オリーブオイルの、口に含んだときにピリッとした感覚を引き起こす成分である天然化合物「オレオカンタール」。アルツハイマー型認知症の発症要因の一つは、患者の脳内に「β-アミロイド」というたんぱく質が蓄積され、神経が破壊されることですが、動物実験でこのオレオカンタールがβ-アミロイド斑の形成を妨げることが明らかになったのです(※2)。
【鎮痛作用】
エキストラ・バージン・オリーブオイルには痛みを取る「鎮痛作用」があることもわかっています。
そのカギとなるのは前出のオレオカンタール。じつはこのオレオカンタールは最初、鎮痛作用のある成分として、アメリカの研究班により発見されました。2005年に国際的な権威のある科学雑誌『ネイチャー』誌上で発表され、このときにオレオカンタールという名前がつけられたのです。
オレオカンタールのメカニズムは鎮痛薬の成分でおなじみのイブプロフェンと同じで、痛みを起こすときに出てくる生理活性物質をブロックする作用があります。
試験管での実験になりますが、毎日50gのオリーブオイルを摂取することは、イブプロフェンの成人の服用量の10分の1の服用と同様の効果があると考えられています。
オリーブオイルの摂取のしかたとしては、エキストラ・バージン・オリーブオイルを食物繊維たっぷりのサラダや野菜スープにかけて食べることをすすめます。私のクリニックでは、便秘や停滞腸の患者さんには1日あたり15~30ml(大さじ1~2杯)を目安に、摂取してもらっています。
オリーブオイルの産地としてはイタリア、スペイン、ギリシャ、チュニジア、トルコ、シリアなどの国が挙げられます。それぞれの国によって気候や土壌、栽培されているオリーブの品種の違いなどによりオリーブオイルの風味・特徴もさまざまです。
ぜひ好みのオリーブオイルを見つけて、おいしく食べて「腸活」をしてください。
※2 https://www.nikkei-science.com/?p=36717〈日経サイエンスHP〉

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松生 恒夫(まついけ・つねお)

松生クリニック院長

1955年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業後、同大学第三病院、松島病院大腸肛門病センターなどを経て開業。医学博士。便秘外来を設け、5万件以上の大腸内視鏡検査をおこなってきた第一人者。著書に『血糖値は「腸」で下がる』(青春新書インテリジェンス)、『「腸寿」で老いを防ぐ』(平凡社新書)など多数。

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(松生クリニック院長 松生 恒夫)
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