※本稿は、白央篤司『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』(太田出版)の一部を再編集したものです。
■43歳で「はじめての胃もたれ」
「あなたの胃は、もう昔のあなたの胃ではないのですよ」
そう気づかせてくれたのは私の場合、牛カルビだった。昼に焼肉ランチを奮発したところ夜になってもお腹が空かない。むしろなんだか、胃が張って気持ちが悪い。夕飯は控えめにして胃腸薬を飲み、さて寝るか……と思ってもムカムカして寝つけない。そんな悪い肉じゃなかったのになあ……などと思いつつ悶々としながら横になっていた、43歳の夜。
消化力には自信のあるほうだったから、最初は正直ショックだった。若い頃はグルメ雑誌のライターとして「今月はうなぎを担当してください、10軒レポートお願いします」「今月は親子丼の名店特集を任せたい」なんて依頼を毎月受けつつ、プライベートでは話題の飲食店やなじみの酒場をまわる日々。気がつけば40歳を過ぎて、昔のままの気持ちで過ごしてしまっていた。
自分が胃もたれを起こした、ということをなかなか承服出来ない。たまたま胃が疲れていたんだろう。自分じゃ気づかなかったけど、先日の取材がストレスだったんだろうか。
■「消化にいい」のはどんな料理か
「うーーーん、これじゃいかんなあ」
あるとき、意を決して考え始めた。食べることを楽しめないというのは私にとって人生最大のストレスである。もうちょっと自分の体が何を求めてるのか、どうしてほしいのかに向き合ってみよう。胃がもたれた翌日は「消化のいいものを作ろう」と思い、おじやを作ったり、野菜を細かく刻んでスープを作ったりしていた。
しかし、そもそも「消化にいいもの」ってどういうものだろうか。小さい頃、お腹をくだすと親がおかゆやうどんを作ってくれていたので、そういうものだと思ってきたけれど、実際にきちんと調べたわけではない。
ツイッター(現・X)で「消化のよいものを、と言われたとき、どんなものを選んでいますか」とフォロワーさんに尋ねてみたら、287リプライをいただけた。1位は「おかゆ」で68票(白がゆ、しらすや梅干し入り、卵入りなど)、2位は「うどん」(素うどん、かきたま、あんかけ、味噌煮込み、おろし大根入りなど)で61票、3位がにゅうめん(あたたかいおつゆでいただく素麺のこと)という結果に。以下、すりおろしたりんご、温豆腐、ヨーグルト、ポタージュや玉子豆腐などが続く。
■管理栄養士が教えてくれたこと
雑誌『栄養と料理』(女子栄養大学の月刊誌)に「消化のよいものってなんだろう?」という企画を提出してみたところ運良く実現し、消化器病棟で勤務経験のある管理栄養士・髙橋徳江さんにお話をうかがうことが出来た。
「消化がいい」ということは「胃の中にある時間が短い」ということと髙橋さんは教えてくれる。
では「消化しにくいものとは?」と訊けば、油を多く使った料理(フライ、天ぷら、炒めものなど)と返ってくる。脂質の多いベーコンや牛カルビ、豚ばら肉、生クリームやバターを多く使った菓子類も消化しにくい。ああ、やっぱりカルビは代表選手だったか。ちなみに牛乳も脂質が多いので、胃が疲れているときは低脂肪乳か、無脂肪乳がいいそうだ。
■「胃いたわり」の知識いろいろ
また甘味や塩気の強いもの、そしてアイスクリームなどの冷たいもの、熱いものも胃粘膜を刺激するので、消化よくを心がけたいときは控えるが吉、とも教えてくださった。おかゆに佃煮や梅干しなどを落としたくなっても、胃がよくなるまでは控えようか。うどんやおかゆも熱々じゃなく、胃がつらいときはやさしい温度で。
唐辛子やわさび、こしょうなど香辛料がきいたものも胃粘膜を刺激するとのことだが、胃がつらいときはそもそも食べないか……いや、私は飲み過ぎた翌日、タイ料理のトムヤムクンや韓国料理のチゲが無性に食べたくなるときがある。
そうそう、「食事をとる時間の間隔も大事」ということをメモしておきたい。空腹の時間を長くしないことが胃の負担軽減に繋がるそう。食事を抜いてしまうと、食べた後に血糖値の乱高下を招く可能性も高まり、糖尿病リスクも上がってしまうことはわりと広く知られてきたかと思う。3食の時間を決めて食べることはいろいろな面からヘルスケアに繋がることは忘れないでいたい。そうはいっても用事があってどうにも食事をとれないこともある。私は作る時間や買いに行く暇がとれないときのために、カロリーメイトなど手軽にすぐ食べられるものを常備して欠食しないようにしている。
朝昼晩とごはんの時間を決めることは、しっかりブレイクタイムを挟むことにも繋がり、いいものだなといまさらながらに思う。まさに五十の手習いだ。
■脂質の少ない赤身肉の出番
脂身の多い肉を避けるようになってから、赤身肉の出番が増えた。そして肉は野菜も一緒にとると体がラクだなと学習する。
韓国料理にポッサムやサムギョプサル(加熱した豚肉をサニーレタスなどの野菜で包んで食べるもの)というのがあるけれど、あんな感じ。また、キャベツや白菜、青菜類をゆでておいてしっかり水気をしぼったので肉を巻いて食べる、というのもよくやる。お腹いっぱいになっても野菜が多い分、胃がすぐに軽くなるのもありがたい。
そう、「お腹いっぱい」という言葉が意味することもずいぶんと変容した。30代までは「お腹いっぱい=満足・シンプルな幸福感」だったけれど、40代後半からはどちらかというと「体が重くなる、動きにくい、胃がしんどい、消化に時間がかかりそう、ぐっすり寝られなさそう、翌朝の目覚めが悪いかもしれない」といったネガティブな展開を予感させるものに私の場合はなってきたのだ。
■爽快に過ごす秘訣は腹八分目
30代の私が聞いたら「そんなオーバーな」と薄笑いで反応するに違いないが、残念ながら現実のこと。いまは「おいしく食べる・作る」と同じぐらい「腹八分目にとどめる」ことが、爽快な生活をおくる上で重要だと感じている。
理由はシンプル、消化不良を起こすと苦しくて、他の活動が満足に出来ないから。別に私は際立って胃弱なわけでも、何か病を抱えているわけでもない。みんな、あまり大きい声では言わないけれど、同じように消化不良が怖くて量をセーブしている中高年は多いのではないだろうか?
若い頃に私は早食いの習慣をつけてしまったこともあり(バイト先やサークルが、下のものほど早く食べて仕事しろみたいなノリだった)、いまは量をおさえつつ、ゆっくり噛んで食べようと心がけている。
■生野菜の上手な取り入れ方
話を戻して、野菜を巻いて食べるということ。巻かなくても、ちぎったレタス、オニオンスライス、かいわれ菜などをたっぷりと皿に敷いて、そこに焼いた肉をのせて一緒に食べるのもいい。ワンプレートで、炒めものとサラダを一緒に食べる感覚というか。豚のしょうが焼き、あるいは豚しゃぶなどもこうやって私は食べている。
生野菜類を別にサラダにすると手間もかかるし、ドレッシング分の塩分や油分、糖分も摂取することになり、さらには洗いものも増えてしまう。敷く野菜は、サラダ用のカット野菜が手軽でありがたい(最近は本当に種類が増えて、彩りなども考えられたものが出ている。スーパーマーケットでチェックしてみてほしい)。
話は飛ぶようだが、佐賀県のローカルフードに「シシリアンライス」というものがある。ごはんの上にレタスやトマトなどの生野菜をのせ、さらに炒めた牛肉をのせ、マヨネーズを少々かけて一緒にいただくというもの。
この説明だといまいち惹かれないかもだが(佐賀のシシリアンファンの方々、ごめんなさい)、意外なぐらい全体に一体感が生まれておいしくいただけるので、私はたまに真似して作る。ワンプレート完結ごはんで、洗いものが少ないのも魅力。気になる方はぜひ検索してみてほしい。地元では牛以外の肉でやることも多く、のせる野菜も様々に自由なアレンジがたくさん生まれている。
■深まる「大根おろしへの愛」
カルビを求めた年代が遠のくにつれて深まってきたのは、大根おろしへの愛だった。焼肉はもとより、ポークソテー、豚しゃぶ、から揚げ、ハンバーグ、春巻きなどもおろしポン酢、あるいはおろし醤油で食べている。おろしポン酢や醤油にたっぷりの刻みねぎや刻んだかいわれを混ぜるとさらにおいしい。
昔は居酒屋で、しらすおろしをつまみにする人を「意味分かんない」ぐらいの目で見ていた。それがいまや大好物、いや大根おろしだけでもつまみになってしまう。添えるものというより「肉や魚と同等の存在感」が私の中では確立されている。すりおろすのは結構力もいるし面倒っちゃ面倒だが、毎回嬉々としておろしてしまう。
口の中がさっぱりするし、あの辛みと苦みもいい。好きだけれどおろすのが面倒、あるいは使い切れない人は、パウチ入りの大根おろしや冷凍食品も現在は売られているので、ご興味あればチェックしてみてください。
■次のおいしさを見つけられる
冷たい蕎麦に大根おろし、かいわれ、細切り海苔、ごまをのせ、めんつゆをぶっかけたものなんて夏場の最高のごちそうだし、食欲のないときにもいい。流水麺(水ですすげば食べられるもの)を使えば手間もかからず作れる。ただ、たんぱく質はこの構成ではとれないので、次の食事か、翌日の食事でしっかりとるを心がけている。
栄養バランスは毎食しっかり考えられたら素晴らしいけれど、考えすぎても負担になりやすい。あまりきっちりやろうとすると、長続きしない結果にもなりがちだ(そういう方を、たくさん見てきた。真面目な方ほどそうなりやすい)。「栄養バランスは数日まとめて考える」でいいと私は思っている。
20代の頃、よく「ギャラが入ったら食べに行くぞ!」なんて思ってたカルビ。焼肉メニューの中の星だった。カルビがウェルカムな胃袋じゃなくなったことは、ちょっとさびしくもある。だが不思議と悔いはない。それなりに食べてきたし、次のおいしさもたくさん見つけられている。私は肉の味わい方を更新できたのだ。更新して開ける視界も、また良しである。
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白央 篤司(はくおう・あつし)
フードライター
フードライター、コラムニスト。1975年生まれ、早稲田大学第一文学部卒業。「暮らしと食」をテーマに執筆、主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。
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(フードライター 白央 篤司)