人が集まる場が苦手という人がいる。対策はあるのか。
静岡産業大学経営学部の岩本武範教授は「コミュニケーション能力の不足が原因と考える人がいるが、そうではない。脳の処理能力から考えれば、その現象はいたって正常だ。多くの人にとって“4”という数字が一つの境界線になっている」という――。
※本稿は、岩本武範『なぜ4人以上の場になると途端に会話が苦手になるのか』(サンマーク出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「複数人での会話がつらい」根本原因
「少人数だと話せるのに、複数になると急に話しづらくなる」
この原因は何か。
まずは、その正体を明かすところから始めましょう。
「話すスピードを相手に合わせなさい」

「まずは聞きなさい」

「あいづちを打ちなさい」

「伝え方を変えなさい」

「『オウム返し』をしなさい」……。
世にあふれるコミュニケーション本のなかでは、そんな会話のノウハウがさんざん語られてきました。あなたもひとつや2つ、読んだ覚えがあるかもしれません。
しかし、はたして何名の人が、苦手とするコミュニケーションを克服できたでしょうか。「話し方」も、「伝え方」も、「話の中身」も相手によって変わります。一辺倒に「こうすればいい」というものではない、私はそう思います。

だから、こういうコミュニケーションのノウハウは根本の問題を解決できていません。でもそれは、当然です。なぜなら「コミュニケーションが苦手」、もっというと「複数いると話しづらい」原因はまったく別なところにあるから。
■「コミュ力不足」ではなく、「脳」の問題
では、いったい何が原因かというと、ずばり「脳の処理能力」です。
会話をしている間、誰かが話すと、それを聞き、あいづちを打ったり、自分も発言したりして反応する。そうすると、それにまた相手が反応する。
「会話」というのは、こういう言葉と思考の応酬です。
相手の話を聞いて理解するのも、自分の意見を言葉にして話すのも、すべて脳がおこなっています。会話中、脳はそれらを処理すべく、フル稼働しているのです。
そして人数が増えると、当然ながら話す人が増え、入ってくる情報も増える。さらに、「誰に話すのか」という選択肢も増える……ということは、脳が処理すべきことが必然的に増えます。
1対1であれば、脳はなんなく処理できますが、複数になると処理が間に合わなくなり、言葉が出てこなくなったり、相手の話にうまく反応できなかったりする。

「複数いるとしゃべれない」これはつまり、脳がパンクしている状態なのです。
1対1は平気でも、複数の会話が苦手。
この原因は、「話し方」でも、「伝え方」でも、「話の中身」でもなく、この「脳の処理能力」にあります。
ですから、複数のコミュニケーションが苦手なのは、何もあなたが口べただからではありません。むしろ、これまでの調査や研究で知るかぎり、多くの人が「4人以上の場が苦手」なのです。
■「脳の処理能力」を低下させるたった1つの要因
なかには、「何人いても平気」な人もいるでしょう。
これは、脳が複数に慣れていて「キツイ」と思う閾値(いきち)が非常に高いため。
そんな彼らに「複数が苦手」なことを理解してもらうのはむずかしく、「『誰がどう思うか』なんて気にせず、ざっくばらんに雑談すればいいよ」なんてアドバイスをされそうです。
でも、この「ざっくばらん」がじつにむずかしい。
ざっくばらんに話せるものなら話したい、けれど言葉が出てこない……。
そんなあなたに、このアドバイスは酷ではないでしょうか。
会議やグループワークのように「議題」や「やること」がある程度決まっているならまだ何とかなっても、打ち合わせ前にみんなでやる雑談がどうにも苦手で、輪に入りきれない……。

そもそもの大前提として、「何を話せばいいのか?」の前に、「どうすれば話せるようになるか」を考えるのが先決だと、私は思います。
会話は「反射的」にはおこなわれません。
相手の情報をインプットして整理し、その場に合った適切な情報をアウトプットできるよう、脳は目まぐるしく回転しています。
そして、その脳の働きに大きく影響する要素こそが、「何人いるのか」なのです。
■ジャムの陳列「24種」対「6種」、より売れたのは…
そんな「脳の処理能力と数」について、こんな研究結果があります。
それは、アメリカのコロンビア大学が実施した「人の購買意欲がもっともかき立てられるのは、ジャムが何種類並んだときか」を調べたジャム売り場での実験です。
行動経済学の検証のひとつで、マーケティング業界などでは「ジャムの法則」と呼ばれている有名なこの実験。
研究チームは、「選択の数が変わると人の行動がどう変わるのか」について調査しました。
スーパーでジャムを販売するとき、お店の人はこう思います。
「ジャムの数は多いほうが、いろいろあるように見えて売れるのか?」
はたまた、
「少ないほうが一つひとつの商品が目立って売れやすくなるのか?」
商品は売れてナンボ。どのように陳列するかはお店にとって重要な課題です。
実験では、スーパーの試食販売で「24種類のジャムを並べる」場合と「6種類のジャムを並べる」場合で、どちらの売り上げが伸びるのかを調べました。

結果、どうなったと思いますか?
より多くの人が集まってきたのは、24種類のジャムを並べた場合。イチゴにブルーベリー、マーマレードと、カラフルなジャムがたくさん並んでいると目を引き、足を止めたくなります。
■興味は惹かれる、でも、選べない
ところが、その人たちのなかから、最終的にジャムを購入したのは、たった3%。
これでは、「あれだけ人が集まって売り場が盛り上がっていたのに、全然売れてないじゃないか……」とスーパーの人はがっくり肩を落としてしまいます。
一方、6種類だけ並べた場合は、人の集まりはそこそこでしたが、その人たちの30%が何かしらのジャムを購入していきました。30%というと、3~4人に1人が購入している割合です。
購入した人の数でいうと、24種類のときより、6倍以上多いという結果が得られました。
なぜ、選択肢が少ないほうが売り上げは伸びたのか。
まさにこれこそ、脳の処理能力が関係しています。
人間の脳というのは選択肢が増え、処理が追いつかなくなるとストレスを感じます。
脳は、このストレスが大の苦手。こういう状況になると、面倒になり、「だったら、や~めた」とすぐにあきらめてしまう。
脳はけっこうワガママなのです。
24種類というのは脳からすると数が多すぎる。興味を惹かれて集まった人も、結局は脳がその違いを処理しきれず、「どれを買えばいいのかわからない」と混乱して購入にはつながりませんでした。
反対に6種類のほうは、「このなかだったらイチゴがいいな」と、脳が1個を選びやすかったため、購買数が伸びたというわけです。
人は情報が多すぎると脳の処理が追いつかず、パンクしてしまう――。
このことは、科学的に確認されている事実なのです。
■境界線は「3」と「4」との間にある
では、「うわっ、なんかいっぱいある!」と脳が感じ、処理が追いつかなくなる境界とはどこなのでしょうか。
私は、この境目が「3」と「4」の間にあるのではないかとにらんでいます。
たとえば、オフィスビルの1階でエレベーターがなかなか来ないとき。
目的の場所が2階や3階であれば、「よし、運動だと思って階段で上るか」と、ちょっとがんばってみようという気持ちになる。
ところが4階だとどうでしょうか。
「うーん、ちょっとしんどいな。
エレベーターを待つか」とくじけてしまいませんか。
晩ご飯の品数はどうでしょう。
ご飯、みそ汁、おかず1品の計3品だと少ない気がして「なんだか今夜は質素だな」と少しテンションが下がってしまいますが、おかずがもう1品増えて4品並ぶと、いっぱいある感じがして「おっ、なんだかバランスよさそう」と満足できる。
ミュージシャンはどうでしょう。
2人組のB’zはボーカルが稲葉さんでギターが松本さん。3人組のPerfumeはのっち、あ~ちゃん、かしゆか。
ところが4人組になると途端にあいまいになる。○○坂なんて、もはやパニックです(ファンの人、すみません)。
SNSはどうでしょう。
Facebook、X(旧Twitter)、インスタグラムなどいろいろありますが、2つ、3つは取り組んでいても、4つやっている人というのは稀(まれ)ではないでしょうか。
私の場合はメール。
最近はパソコンメールやスマホメールなど、いろいろなところでメッセージを受信します。3つまでは把握できていたのですが、そこにLINEが登場して4つになった途端、「どこに来たメッセージだっけ⁉」と急に管理が大変になりました。
LINEでいうと、3人のLINEグループならなんとなくメッセージが来ても気楽に返せるのですが、4人になった途端、集団感が出て、「連絡がいっぱい来る感じ」がしてめんどくささが増す気がします。
反応するときも「この人には返信したから、こっちにも返信しないといけないかな」と気を遣って疲れ、しばらくすると「誰かが返信してくれるからいっか」と、既読スルーする人が1人、2人出てくる……そんな傾向はないでしょうか?
ほかにも「トップ3」という言い方はよくしますが、「トップ4」とはあまり言いません。
「三大欲求」や「日本三大○○」など、「三大○○」という表現はよくしますが、「四大○○」とはあまり言いません。
ほかにも取り上げたい「3と4」は本当にたくさんあるのですが、ざっと見ただけでも、「どうやら脳は、4以上だと『たくさんある』と感じて処理しきれない」、そんな気がしてきませんか?
■陳列を「3列」から「4列」に変えたら売り上げが落ちた
私がこれを確信したのはある商品の陳列で、こんな発見をしたときです。
商品というのは、1列に置くよりは2列、2列で並べるよりは3列で陳列したほうが売り上げは1.2倍ずつ伸びます。
ある調味料の新商品をテスト販売することになり、いくつかの店舗で「3列で置く」ことになりました。
どの店舗も売り上げは順調に伸びていたのですが、1店舗だけ売り上げが思うように伸びないトラブルが発生。
調べたところ、ほかの店舗と違っていたのは、手違いで4列並べていた点。私のミスで列数を増やしてしまったのですが、それでかえって売り上げが減っているとは、正直そのときは思いませんでした。
しかしながら、ほかに原因が見当たらなかったので、首を傾(かし)げつつも、翌日、3列に戻すことに。
すると、売り上げが元に戻ったのです。そして、この現象は牛乳などほかの商品でも起きることがその後の調査でわかりました。
1列よりは2列、2列よりは3列並べるほうが売り上げは伸びる。でも4列並べた途端、売り上げは想定より落ちてしまう。
「ジャムの法則」では「24」と「6」の比較でしたが、日常に潜む「3と4の違い」、そしてこのスーパーでの商品陳列での経験から、どうやら「3」と「4」の間にこそ脳の処理能力の壁があるらしいと思うに至ったのです。
■「人が増えること」を望まないのはあなただけじゃない
「3人までだと話しやすいけど、4人になるとどこか話しにくい」
そう感じるのは、あなたが口べただから、ではありません。
たとえば、3人だとみんなで一緒に話したり、行動したりするのに、4人になるとしれっと2人ずつに分かれることってありませんか?
ジャムの法則でも書きましたが、脳は自分が処理する量をなるべく減らすように行動をとらせようとします。
つまり、「3人までなら処理できるけど、4人になると処理が追いつかないので、処理しやすいよう少人数に持ち込もう」と脳は考えるのです。
4人以上だと話しづらくなるというのは、私の「グループインタビュー」の経験からいっても、ほぼ間違いありません。
これまで、4人以上のグループインタビューやワークショップを、延べ1000人以上におこなってきました。そして、3人だと話してくれるのに、4人以上になった途端、沈黙が広がる……。こういう苦い場面に、何度も遭遇してきたのです。
グループインタビューでは、ときどき遅刻する人がいます。仕方がないので3人のままスタートするのですが、こういうときのほうが会話は弾み、参加者同士のディスカッションも順調に進みます。
そこに、遅れていた人が到着し、4人になった途端、今までよく話していた方たちが、まったく話さなくなってしまうのです。
最初のころは、あまりにピタリと会話が止まるので、「当初の3人は偶然知り合いで、後から来た人は気まずいのかな」と勘ぐってしまったほど。
さりげなく、「今日はお知り合いの方はいらっしゃいますか?」と聞いてみると、いつも決まって、まったくの初対面。
遅刻した人が到着して人数が増えれば場が盛り上がるかと思いきや、かえってシーンとしてしまうのです。
こういう経験から、個人差はあるものの、どうやら「人間の脳は3人のコミュニケーションまでは処理できる。けれど、4人になると多くの人が処理能力を超え、『3』と『4』の壁にぶつかってしまう」という結論に至りました。
原因に見当がついたなら、次は「対策」です。
「脳が原因なら……」と、それまでの研究で得た知識を活用して対策を練り、グループインタビューで試してみました。
するとシーンと沈黙することがなくなり、最後は私が何もしなくても、みなさん言いたいことが次々と出てきて、ディスカッションが活発になる。そんなうれしい結果になったのです。
■「言葉が出ない」がなくなる2つのアプローチ
では、そのとき、私は何をやったのかというと、2種類のアプローチがあります。
そのひとつが、「脳を活性化させて、話せるモードにする」という方法。
「脳を活性化?」と思ったかもしれませんが、これには理由があります。
複数での会話が苦手なのは、脳の処理能力が原因だと書きました。
だとすると、脳の会話領域、すなわち会話脳を刺激することで、処理能力を高めて「複数いると話せない」は克服できるのではないか。そんな仮説を立てたのです。
これに思い当たったのは、ある経験からでした。
そもそも私が脳に関心をもったきっかけ、それは愛娘(まなむすめ)の交通事故にさかのぼります。
2000年の2月、生後2カ月の娘が交通事故にあい、脳に大きな損傷を受けてしまいました。医師によると、脳は「一度壊れると修復できない臓器」とのこと。今後普通の生活はできないし、後遺症が残ると言われました。
でも私は「そんなことは絶対にない、何か方法があるはず」と思って、独学で脳について勉強、そして、たどり着いた答えが「脳は刺激することで活性化される」というものでした。
それを娘のリハビリに応用するうちに、なんと動かなかった娘の左手が動くように。そしてピアノも弾けるようになり、今ではクラリネットも吹けるようになりました。
私はこれを、シーンと黙り込んだグループインタビューのなかでも試してみることにしました。
「脳を刺激する」といっても、脳を手でマッサージするわけにはいきません。
私は脳について勉強していたときに、ある特定の方法で身体(からだ)を動かしたり、声を出したりすれば脳の会話をつかさどる領域が活性化することを学んでいました。
その知識を応用し、グループインタビューの前にみなさんにエクササイズをしてもらったり、自己紹介をしてもらったりしたのです。
すると、しゃべれなかった人の口数が増えだすなど、効果てきめんでした。
そしてもうひとつ、「脳が状況を処理しやすいようにする」というアプローチも試しました。
脳には「左側からの情報のほうが得やすい」という特徴があります。これを応用して、「座る位置」や「話を振る順番」「視線のもっていき方」などを工夫すると、4人でのディスカッションでも盛り上がりやすくなったのです。
この脳の仕組みを使ってある特定の人に話を集まりやすくしたり、その人の印象度を上げたりすることにも成功しました。
グループインタビューの前は脳にエンジンをかける時間をつくり、グループインタビュー中は脳が処理しやすいように話を振ったり、座る位置を変えたりする。
この方法を取り入れてから雰囲気がガラリと変わって、インタビューやディスカッションの最中、ダンマリを決め込む人は本当に少なくなりました。

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岩本 武範(いわもと・たけのり)

静岡産業大学経営学部教授、京都大学工学博士

1975年生まれ、静岡市出身。マーケター、データサイエンティスト、行動分析の実務家として20年以上にわたり、「人はなぜ選び、なぜ動くのか」を探究。延べ3000億件を超える行動データと1000人超のグループインタビューを通して、人間の行動パターンと変容の兆しを読み解いてきた。著書に、『なぜ4人以上の場になると途端に会話が苦手になるのか』(サンマーク出版)などがある。

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(静岡産業大学経営学部教授、京都大学工学博士 岩本 武範)
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