仕事のストレスを適切に処理するにはどうしたらいいのか。公認心理師・松島雅美さんは「若い世代でメンタル不調に陥る社員は少なくないが、昨今、社会経験豊富な30代後半から40代で精神的につらさを抱えている人が増えている」という――。

※本稿は、松島雅美『メンタル強めになる習慣』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■「相談できない」が、メンタル不調の入口に
メンタルに不調をきたす理由を大きくまとめると、“ストレス”です。ストレスを放置すると心身に悪影響を及ぼすため、適切な対策が必要になります。
しかし、2022年に江崎グリコが実施した「ストレスとの向き合い方実態調査」によると、ストレスを感じていても82.1%の人が「大丈夫」と答えてしまう、あるいは答えたことがあると回答しています。
さらに、「ストレスを未然に防ぎたい」と思っている人がほとんどなのですが、約60%の人が「ストレスを未然に防ぐ方法が分からない」と答えています。
ストレスを回避する方法の1つには、誰かに相談することが挙げられます。しかし、「ストレスを未然に防ぐ方法が分からない」と回答した人が多いということは、相談できていない、あるいは相談するという選択肢を思いついてすらいない人が多いということになります。
さらに、「分からないことを伝えるのは恥ずかしい」「できない人だと思われたくない」という気持ちが、相談をためらわせている可能性もあります。
■「弱音を吐かない」が美徳の日本文化の弊害
この背景には古くからの日本の文化が反映されているのかもしれません。
日本には、「弱音を吐かない」「我慢できる」ことが“強い人”というイメージが根強く残っています。とくに40歳代以上の人たちのメンタル不調にはこの考え方が影響を及ぼしているのかもしれません。
また、我慢強い人が「メンタル強め」という風潮が、多様性の意識が広がる中でも依然として残っており、結果として「メンタル弱め」を助長する要因にもなっています。

ストレスを感じているのになにも行動を起こさない状態が続くと、一人でストレスを抱え込み、メンタル弱めな自分をどんどん育てていくことになってしまいます。
一方で、ストレスを感じたとき、早めにその状況に気づき、適切な対処方法を見つけて行動に移すことができれば、ストレスを軽減しやすくなります。
つまり、メンタル不調を防ぎ、メンタル強めな自分でいられるようになります。
この点で、「ストレスを防ぐスキル」や、ストレスを感じたときの適切な対処法をどれだけ持っているかが、メンタル強めな自分をめざせるのか、メンタル弱めのままでいるのかの分かれ道とも言えるでしょう。
ちなみに、厚生労働省でも2015年12月からストレスチェック制度を義務化し、多くの企業でストレスチェックテストが導入されています。ストレスチェックをするなら、どれくらいのストレスを感じているかを把握するだけでなく、ストレスを予防するための対策を講じることも重要です。しかし実際には、ストレスチェックが予防の面では十分に活用されていないのが現状です。
また、ストレスを感じていたり、メンタル不調を抱えていたりしても、それを率直に話せる環境が十分に整っているとは言えません。
ただ“我慢する”メンタルではなく、相談することも含めて“機能する”(=柔軟に対応できる)メンタルを育てることが大切です。
■社会人16年目以降にメンタル不調が増えている意外な理由
誰でもメンタル強めになれるとはいえ、どうしても自分ばかりがメンタル弱めに感じ、本当にメンタル強めな「頭の使い方」や「行動習慣」を身につけられるのか不安に思う人は少なくないかもしれません。
しかし、自分をメンタル弱めだと思っている人は、決してあなただけではなく周りにも多くいます。
そこで、メンタル不調に陥る人が多い現状にもかかわらず、適切な対処ができていない実態を具体的なデータで見ていきます。
また、これらの数字から、なぜメンタル不調が増えているのかということについても考えていきましょう。
ビジネスメディア「Manegy(マネジー)」の「『仕事のメンタル不調』と『部下のメンタル不調のフォロー』に関する実態調査」によると、44%もの人が社会人になって「メンタル不調」を経験しています。さらに、そのうちの92.1%もの人が「メンタル不調に陥ったなか、無理をして仕事を続けた経験がある」と回答しています。
メンタル不調の原因は、「職場での人間関係」が最も多く、その数字は61.4%ととても高くなっています。
この調査で注目すべきなのは、「仕事が原因でメンタル不調を感じたことがある時期は?」に対する回答で最も多いのが、「社会人16年目以降」である点です。その数字は55%、つまり2人に1人以上が「社会に慣れてから」メンタル不調を経験していることになります。(社会人1~3年目:30%、同4~7年目:24.3%、同8~11年目:22.1%、同12~15年目:25.7%)
若い世代よりも、仕事も人生もさまざまな経験を積んできているはずの30歳代後半から40歳代以上の人がメンタル不調に陥りやすくなっているのです。
この世代にメンタル不調が増えている理由のひとつとして、「個の尊重」「多様性」「自由」といった概念の影響が考えられます。欧米では多様性という概念が自然に受け入れられていますが、日本に多様性という概念が本格的に広がり始めたのは2000年代に入ってからです。
そもそも日本人にはお互いを思いやり、尊重し合う文化があります。とくにいまの40歳代以上の人は集団の調和を大切にする教育の中で育ち、多様性を前提とした生き方を学んでこなかった世代です。にもかかわらず、突然、個の尊重を求められ、戸惑っているのかもしれません。

日本社会では、厳しい人間関係の中で学び、心を鍛えてきた側面があります。もちろん、過剰な上下関係やいじめ、差別、男女不平等は論外ですが、厳しい状況に直面したときに試行錯誤しながら対処法を身につけ、精神的に成長してきたのも事実です。
しかし近年は、「個を尊重しましょう」「あらゆる選択は自由」という価値観が広まり、「嫌ならやらなくて良い」「リセットする」ことが容認されがちです。このような風潮の中で、部下に対して注意をしたり、意見を伝えることさえも、ハラスメントになるのではないかと恐れて言いづらくなっています。
個の尊重が強調されるあまり、集団の調和が保たれなくなることもあります。こうした背景があるため、試行錯誤する機会が減り、不安や緊張に直面した際に問題解決力を養うチャンスも少なくなっているのではないでしょうか。
現に40代以上の人たちは、「自由」をどう捉えるべきなのか悩み、会社というルールがある集団の中で「多様性の世代」とどのようにつき合うべきか、悩んでいます。ハラスメントの概念の変化にどう対応すべきかなど、世代間の価値観の違いに戸惑い、メンタル不調を引き起こしている人も少なくありません。
同時に、「多様性の世代」の人たちも、問題が起きたときの適切な対処法を身につける機会が少ないために、メンタル不調を感じやすくなっているのかもしれません。

----------

松島 雅美(まつしま・まさみ)

公認心理士・臨床心理士

Je respire代表取締役社長。国際メンタルビジョントレーニング協会代表理事。1972年広島県生まれ。
京都女子大学大学院修了。阪神淡路大震災以降の被災地支援や医療・教育・就労支援の現場で、のべ3万人以上をカウンセリング。「メンタルケアは病んだ人がするもの」という日本の文化を変えたいという想いで、2012年に起業。メンタルの強さは「性格」や「根性」で決まるものではなく、「頭の使い方」によって変えられるという理論に基づき、先行研究と10年以上の実践をもとに、メンタルビジョントレーニング®を構築。著書に『1日5分でアタマとココロがすっきりする眼球体操』(セブン&アイ出版)、『メンタル強めになる習慣』(フォレスト出版)がある。

----------

(公認心理士・臨床心理士 松島 雅美)
編集部おすすめ