50代から一気に老ける人にはどんな特徴があるのか。『人は背中から老いていく』(アスコム)を書いた、順天堂大学医学部の野尻英俊先任准教授は「特に背中の丸まりには注意が必要だ。
疼痛や関節痛、筋肉の衰えを加速させる原因になる恐れがある」という。医療・健康コミュニケーター高橋誠さんが聞いた――。
■歩くのがゆっくりになったら要注意
第1回では、背中の丸まりが死亡リスクを2倍にするという衝撃的な事実をお伝えしました。今回は、50代から一気に老け込む人の背中に見られる特徴と、それを予防・改善するための具体策──「老い出し体操」についてご紹介します。まずは、50代から一気に老け込む人に見られる「3つの特徴」を見ていきましょう。
・急に背中が丸くなった
背中が徐々に丸くなるのは、加齢にともなう自然な変化です。しかし、昔から猫背だったわけではないのに、急に背中が丸まってきた人は特に注意が必要です。骨粗しょう症や「いつのまにか骨折」(=圧迫骨折)など、病的な異変が起きているかもしれないからです。
特に圧迫骨折は、強い痛みが出ないまま進行することが多く、気づかずに放置すると姿勢が崩れ、日常生活に深刻な支障をきたす恐れがあります。
・骨盤、股関節が前に突き出ている
背中が丸まると、体はバランスを取ろうとして「代償動作(代償)」を始めます。これは背骨の柔軟性や筋力の低下を他の部位がカバーしようとする働きですが、結果として腰痛や関節痛の原因になります。特に骨盤や股関節の変化は顕著です。

背中が使いにくくなると、骨盤を前に突き出し、膝を少し曲げて立つような姿勢になります。これは、体が無意識のうちにバランスを取る代償です。
かつて、ドリフターズの加藤茶さんが披露していた“ひょうきんな老人歩き”──膝を曲げて骨盤を前に出すあの姿こそが、背骨の機能低下を骨盤や股関節が代償している姿なのです。見た目はユーモラスでも、実は深刻な警告です。
・歩行速度が遅くなった
「65歳時点の歩行速度で、その人の寿命がある程度わかる」と言われるほど、歩行速度は健康状態の重要な指標です。
歩くという動作は、背骨・股関節・膝・足首といった全身の関節と筋肉の連動によって成り立っています。したがって、歩行速度の低下は、どこかで代償が始まっているサインである可能性があります。見逃してはならない老いの兆候といえるでしょう。
■「ソファでのんびり」は背中にダメージを与える
これはある意味、予想通りかもしれませんが、運動不足、暴飲暴食などによって、体重コントロールができていない生活は、確実に背中を老けさせていきます。私が診察室で患者さんと向き合うなかで、「この方は生活習慣が乱れているな」と感じる方ほど、背中の老化が進んでいる印象を受けます。
また、長時間のデスクワークなどで前かがみの姿勢が続くと、背骨の奥にある重要な抗重力筋、とくに脊柱起立筋などが活動しなくなります。このような筋肉(抗重力筋)は、重力に逆らって立つことで活性化されるものです。

ソファに深く腰掛ける、スマホを長時間のぞき込むなどの習慣は、背中の筋肉を完全にサボらせます。使われなくなった筋肉は確実に衰え、その代償として腰や膝、足首など他の部位に負担がかかる──結果として痛みや変形の原因になるのです。
運動不足は、姿勢を保つために不可欠な筋肉を蝕んでいきます。ですから、毎日たった数分でも構いません。後ほど紹介する「老い出し体操」を継続していただきたいのです。
そして、体重のコントロールができていない人もまた、背中の老化が一気に進む傾向があります。体重が増えることで骨や椎間板、筋肉への負担が増し、結果として背中の丸まりにつながるためです。暴飲暴食は、背中の老化を早めるものと考えています。
■背中への意識が、長寿への近道になる
多くの人は、自分の背中に無頓着です。それも無理はありません。背中というのは、自分の目では見ることができず、人からも指摘されにくい「死角」にある部位だからです。
たとえば、自分の背中にホクロがあるかどうかを把握している人は、どれくらいいるでしょうか。
気づく機会も、誰かに言われない限りなかなかありません。それほどまでに、背中は意識の外に置かれがちです。
しかし実際には、そこにこそ老化の兆候が表れます。背中が丸くなる、背骨が硬くなる、伸ばせなくなる、そして姿勢が崩れていくと腹部が押されてくる、呼吸が浅くなる──こうした変化は、鏡にも映らず、自覚症状も乏しいため、多くの人が見過ごしてしまいます。
私の臨床経験から強く感じるのは、「背中への意識が高い人ほど、健康寿命が長く、老け方が上手である」ということです。自分の背中に関心を持ち、日々の姿勢や筋肉の使い方を丁寧に整えていく。そうした習慣の積み重ねこそが、健康的に年齢を重ねるためのカギとなります。
■「姿勢写真」を撮ってもらうことが大切
おすすめしたいのが、家族や友人に「横からスマホで姿勢写真を撮ってもらう」ことです。
定期的に記録を残せば、背中の傾きや丸まりの進行を“見える化”できます。「今はまだ大丈夫」ではなく、「今こそ備えるべき時」という意識が自然と芽生えてくるはずです。
さらに、「最近背中が丸くなってきたよ」といった家族や友人からの声かけは、本人にとって貴重な“アラート”になります。他人の目で気づける変化は、時に本人以上に的確です。
遠慮なく言い合える関係を築くことも、健康長寿を支える力になります。
「忙しくて運動の時間が取れない」「運動は苦手」という方でも心配いりません。大切なのは、無理なくお手軽に毎日数分でも継続することです。
私が提唱している「老い出し体操」は、脊椎外科医としての経験と知見をもとに考案した、背骨の健康を保つためのエクササイズ集です。すべて1分程度で行える動作ばかりです。ここでは、特に簡単に無理なくできる効果的な老い出し体操を3つ厳選してご紹介します。
・寝バンザイ体操──お腹と背中を伸ばす
・椅子でおなか伸ばし体操──お腹を伸ばす
・壁ピタ背筋伸ばし体操──背筋を伸ばして抗重力筋を鍛える
■「数十秒」ではなく「しっかり1分」が重要
どのストレッチも、1分を目安に行ってください。「1分間正しい姿勢を取る」ことで、脳がその姿勢を“正しいもの”として学習することを促し、擦り込んでいくことで良い効果が出るのではと思っています。
65歳以上の方においては、数十秒では不十分という研究報告もあります。ストレッチと同時に姿勢を保持する筋力をアップする効果を狙っていますので、じっくり時間をかけることで効率的に活性化されるものと期待します。
背中の筋肉や椎間板、骨は、使わなければ衰えます。しかし逆にいえば、日常の中でほんの数分、背筋を意識的に伸ばすだけでも、抗重力筋に刺激が入り、背中の寿命を延ばす第一歩となります。

その小さな積み重ねが、やがて「転倒予防」や「寝たきり予防」につながるのです。
つまり、「今日、数分背筋を伸ばすかどうか」が、10年後の自分の健康を左右する可能性があるという事実を、ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。
■「背中チェック」も健康診断に加えるべき
私が日々の診療で痛感しているのは、「背骨の老化に対する自覚があまりにも乏しい」ということです。血圧や血糖、コレステロールといった数値は、健康診断でチェックするのが当たり前になっていますが、背骨や姿勢の状態については、ほとんどの方が意識を向けていません。
しかし、背骨の健康は“見えない健康寿命”を支える柱です。だからこそ、私は健康診断の項目に「姿勢チェック」や「背骨の弯曲度測定」を加えるべきだと考えています。
たとえば、身長を測るときに壁に背中をつけて立ち、後頭部がどれだけ壁から離れているかを測定する。たった数センチの差でも、それが「背中の丸まり」の兆候かもしれません。毎年記録を取り、以前の自分と比較するだけで、大きな気づきが得られるはずです。
「最近、身長が縮んだ」「鏡に映る自分が前かがみになっている」──こうした変化に早く気づけるかどうかで、背骨の寿命は大きく変わってきます。老化を緩やかにする第一歩は、「気づくこと」です。
背骨の変形は代償の利く“沈黙の現象”です。
症状が出たときには、すでにかなり進行しているケースが少なくありません。だからこそ私は声を大にして提言します。50歳を過ぎたら健康診断に「背中チェック」を。これこそが、未来のスタンダードになるべきです。

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野尻 英俊(のじり・ひでとし)

医師、医学博士

整形外科専門医、脊椎脊髄外科専門医、脊椎脊髄外科指導医。1997年、順天堂大学医学部を卒業後、同大学附属順天堂医院にてキャリアをスタート。的確な診断と精度の高い手術を心がけて研鑽を積み、これまでに数多くの背中に問題を抱える人々を救ってきた。現在は、2019年に新設された同大学の脊椎脊髄センターで、副センター長の重責を担っている。専門は脊椎変性疾患、脊柱変形。著書に『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(アスコム)がある。

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高橋 誠(たかはし・まこと)

医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。

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(医師、医学博士 野尻 英俊、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠)
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