■感染したネコを治療した獣医師も死亡
今年5月、茨城県内でペットとして飼われていた1歳のネコが、マダニが媒介する「SFTS(重症熱性血小板減少症候群)」に感染し、死亡しました。屋外へ脱走した際に耳に多数のマダニが付着していたとのことです。動物病院でマダニを除去したものの、高熱、食欲不振、嘔吐の症状が見られ、数日後に息を引き取りました。
6月には鳥取県でも同様に1歳のネコが、食欲不振で入院。5日後に死亡したため、国立感染症研究所で検査をしたところ、SFTSに感染していたことが判明しました。
さらに、SFTSに感染したネコを獣医師として治療した三重県内の高齢男性が5月、呼吸困難などの症状を訴え病院に搬送され、数日後に死亡する事例も発生しました。検査の結果、この獣医師もSFTSに感染していたことが判明しましたが、マダニにかまれた痕はなく、感染経路はわかっていません。
愛知県豊田市では6月、50代女性と90代男性が死亡し、SFTSの陽性反応が出ました。50代の女性は草むらで除草作業をしていたといい、マダニにかまれたと見られます。静岡市でも60代女性が感染し、死亡しました。
■「新興感染症」でまだ不明な点が多い
国立感染症研究所の研究によると、SFTSの致死率はヒトで最大3割、ネコでは非常に感受性が高く、6~7割が重症化し死に至るとしています。近年では、「ネコ→ヒト」「イヌ→ヒト」「ヒト→ヒト」への直接感染も複数報告されているため、SFTSを正しく理解し、適切な感染防止策を講じることが重要なのです。
SFTSは、2011年に中国の研究者により初めて報告された「新興感染症」です。日本国内では2013年1月に初のSFTS感染が報告されました。SFTSウイルスは非常に新しいウイルスで、まだ不明な点も多いとされています。
国際感染症センターの資料によると、ウイルスを保有するマダニの吸血により、多くの哺乳動物がSFTSに感染します。感染した動物の多くは発症せずにウイルス血症を呈し、吸血した新たなマダニにウイルスを伝播させます。一方、ヒト、ネコ、イヌ、チーターは致死的な症状を呈し、前述のようなヒトへの直接感染も報告されています。
■治療薬は「万全」ではなく、高齢者は高リスク
ヒトがSFTSに感染し発症すると、白血球や血小板の低下、発熱、倦怠感(けんたいかん)、頭痛などの症状が見られ、その後は嘔吐(おうと)、下痢、腹痛などの症状が出ることが多いとされています。感染しても多くの場合は解熱鎮痛剤の投与などで回復に向かいますが、高齢者や基礎疾患がある人の場合は、重症化して死に至るケースも報告されています。
2024年6月にはウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬の「ファビピラビル」が承認され、重症化を防ぐための治療薬として使用されています。しかしながら、まだ効果が確定していないのが現状です。国立健康危機管理研究機構によると、2024年の感染報告は120例で、そのうち11人が死亡しています。
同機構が2013年3月~2025年4月の感染例を分析した結果によると、患者の年齢中央値は75.0歳と高齢者が多く、死亡例に限定すると中央値は80.0歳とより高齢です。
また、ネコやイヌが感染し発症すると、白血球や血小板の低下、発熱、元気喪失、嘔吐などの症状が見られ、黄疸が顕著に見られるそうです。有効な治療法は確立されておらず、症状に対して静脈点滴などの対症療法が行われます。
■ネコの感染・発症率は圧倒的に高い
国立健康危機管理研究機構によると、ネコでは2019年以降、毎年100例を超える発症例が確認されていますが、イヌはネコに比べて症例数は少ないと報告されています。
公益社団法人東京都獣医師会では、2020年に獣医療従事者向けの「SFTS疑いネコ診療簡易マニュアル」を作成しています。このことからも、ネコの感染・発症率の高さが伺えます。そのマニュアルの概要には、下記の内容が記されています。
・SFTS(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome)はマダニの吸血により伝播する感染症で、ネコ科動物に感受性が高く、ネコからヒトへの感染に注意すべきである。
・ネコの致命率は60%程度。イヌでは40%以上とされる。
・ネコの重症例では急速に悪化して数日以内に死亡する。
・痙攣(けいれん)発作を伴うこともあり、発作時に受傷しないように気をつけなければならない。
・PPE(個人用防護具)が必須。
・治療に特効薬はない。
・症状が改善してもウイルスの消失には時間がかかる(遺伝子検査で陰転を確認する必要がある)。
・ダニの予防薬は推奨されるが、完全な対策ではない。
■もし「ペットの体調がおかしい」と思ったら…
ペットのSFTSが疑われる場合、獣医師などの医療従事者は強レベルの防護(ゴーグル、キャップ、長袖ガウン+袖口をガムテープで補強したグローブ、サージカルマスク等)が推奨されています。
ネコやイヌがSFTSを発症した場合、唾液を含む体液中に大量のウイルスを排出するため、その血液や体液との直接接触がヒトへの感染経路と考えられています。この防護レベルの高さは、ヒトへの感染リスクが非常に高いことを示唆しています。
現在、室内飼育のネコからの感染は報告されていません。しかしながら、飼育しているネコやイヌに高熱の症状が出るなど体調不良に気付いたら、マスクや手袋を着用するなどの感染予防をして動物病院へ連れていくことが推奨されます。
また、衰弱している野外猫の保護活動においては、保護にあたる人や治療にあたる獣医師も特段の注意を払う必要があり、感染対策のマニュアル化が推奨されます。
■帰宅後、すぐに入浴・シャワーで洗い流す
マダニはヒトのすぐ近くに存在し、民家の裏山、裏庭、畑、あぜ道などに生えている、草花の葉の裏などに潜んでいます。また、鹿やイノシシ、ウサギなど野生動物が出没する環境に多く生息する傾向があります。
地球温暖化に伴い日本の気候も変化し、マダニの活動期間が増しています。さらに、西日本中心に生息していたマダニが、北日本にも生息場所を広げています。
マダニの活動が盛んな春から秋にかけては、厚生労働省をはじめ多くの自治体が「マダニに刺されないように」と注意喚起を行っています。
厚生労働省は、「草むらや薮などマダニが多く生息する場所に入る場合には、長袖・長ズボン(シャツの裾はズボンの中に、ズボンの裾は靴下や長靴の中に入れる、または登山用スパッツを着用する)、足を完全に覆う靴(サンダル等は避ける)、帽子、手袋を着用し、首にタオルを巻く等、肌の露出を少なくすることが大事です」としています。
そのほか、マダニを目視で確認しやすい明るめの服を着用することや、補助的な効果として虫よけ剤の使用を推奨しています。また、野外活動後は入浴をし、マダニに刺されていないか(わきの下、足の付け根、手首、膝の裏、胸の下、髪の毛の中)を確認することも大切としています。
マダニの成虫は3~4ミリ程度ですが、血を吸うとパンパンに膨れ上がり、1センチほどの大きさになります。
筆者が以前に取材した獣医師からは、「マダニは肌に付いてから吸血するまでに時間がかかる(肌を噛んで口を固定させ吸血する)ので、帰宅後すぐに入浴あるいはシャワーで流すと肌から落ちる」と聞きました。刺される前の予防策としてかなり効果的だと思いました。
■野生動物が「運び屋」になっている可能性
ネコやイヌなどのペットに関する注意喚起も行われています。ペットの感染はもちろん、ペットを介して庭や屋内にマダニが持ち込まれることがあるため、ダニ駆除剤を使用すること、外から帰ったらマダニが付いていないか確認すること、マダニが皮膚に食い込んでいる場合には動物病院へ行くことなどが啓発されています。
実は筆者の自宅のすぐ裏は山で、また、庭や自宅周辺には毎日のように鹿の群れが出没します。
感染リスクの高い場所で愛猫・愛犬と暮らしているので、前述した対策に加え、念入りな対策をしています。
■自宅の周りにマダニを寄せ付けない
・愛犬はもちろん、完全室内飼育の愛猫にもダニ駆虫薬を定期的に投薬。
・愛犬も筆者も、散歩に行く前には虫よけ剤を全身に散布。帰宅時には、玄関前で全身をくまなくブラッシング。
・マダニが潜む場所ができるだけ少なくなるよう、庭や自宅周辺の雑草等は定期的に除去。
・家の周りにマダニ(その他の虫も含む)が住めない環境をつくるために、サッシ周り、ベランダ、エアコンの室外機および配管周り、外壁、玄関&勝手口周りに効果が持続する虫よけ剤(天然由来)を散布。
・マダニ(その他の虫も含む)が屋内に侵入しないように、網戸は目の細かいものにし、更に虫よけ剤(天然由来)を散布。
万が一、マダニに刺された場合(吸血中のマダニに気が付いた場合)、無理に引き抜こうとするとマダニの一部が皮膚に残って化膿したり、マダニの体液を逆流させてしまう可能性があります。そのまますぐに医療機関(皮膚科)を受診して、マダニの除去、洗浄などの処置をしてもらいましょう。
ネコやイヌなどのペットの場合は、動物病院を受診することになります。マダニに刺された後、数週間程度は体調の変化に注意をし、発熱等の症状が認められた場合には早急に診察を受ける必要があります。
私たちはSFTSから自分の身を守るため、また、ネコ・イヌなどペットの身を守るために、SFTSについての正しい知識を身に付け、しっかりと対策をすることが重要です。夏本番に向けて、マダニにご注意ください。
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阪根 美果(さかね・みか)
ペットジャーナリスト
世界最大の猫種である「メインクーン」のトップブリーダーでもあり、犬・猫などに関する幅広い知識を持つ。家庭動物管理士・ペット災害危機管理士・動物介護士・動物介護ホーム施設責任者。犬・猫の保護活動にも携わる。ペット専門サイト「ペトハピ」で「ペットの終活」をいち早く紹介。テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍している。
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(ペットジャーナリスト 阪根 美果)