なぜウクライナ戦争は長期化しているのか。元国家安全保障局長の北村滋さんは「序盤はアメリカの支援によってウクライナが攻勢にでることもあったが、現在は両国とも相手を打ち負かすための決定的な戦略を欠いている」という――。

※本稿は、北村滋『国家安全保障とインテリジェンス』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■実は米軍に筒抜けだったプーチンの電撃進行
2021年10月以降、ウクライナ軍のドローンによるドンバス地方における親ロ派への攻撃を契機に、ロシア―ウクライナ間の緊張は一気に高まり、当初ウクライナを北、東、南から包囲するロシア軍の規模は、9万人程度であったが、侵略直前には19万人にまで膨れ上がり、現在は42万人程度がウクライナ方面に展開しているとみられる。
2021年12月17日、ロシアは、NATOの東方拡大の停止と、ウクライナ、ジョージア等の旧ソ連邦構成国で非NATO加盟国への米軍基地の創設の禁止、地上配備型の中・短距離ミサイルの配備を禁ずる内容の露米安全保障条約案を提示し、これに基づき、米国及びNATOとの間でやりとりがなされていた。
2022年2月17日、ロシアは、米国が当該条約案の基本要素に建設的な回答がなされていないなどとして、軍事力を行使する可能性に言及した。
ロシア軍は同年2月24日、ウクライナに侵略した。首都キーウや各地の軍事施設や飛行場が巡航ミサイル等で空爆され、ベラルーシとの北部国境とロシアとの東部国境、ロシアが実効支配する南部クリミア半島との境界が攻撃を受け、3方から地上軍が侵入した。
実は、米国はこの作戦の概要を2021年10月下旬には把握していた。
■4カ月前に話されていたこと
米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長(当時)は10月27日、ホワイトハウスでバイデン大統領(当時)に、ロシアが北東南の多方面からウクライナに同時侵略する計画だと説明した。
ロシアは3、4日で首都キーウを占領してゼレンスキー大統領を排除し、傀儡政権の樹立を目指している。さらに西進してウクライナの大部分を占領する考えだとも説明したという。
ウクライナと、米国をはじめNATO諸国は、侵略の4カ月前から、ロシアによる全面侵略作戦を前提に準備を開始していたのだ。
11月上旬に、米国のウィリアム・バーンズ中央情報局(CIA:Central Intelligence Agency)長官(当時)がロシアのプーチン大統領と電話会談をしたが、それは既に把握している情報を最終的に検証したに過ぎなかった。

バーンズ氏は翌22年1月にウクライナでゼレンスキー氏と面会した際、ロシアの作戦の詳細を伝え、インテリジェンス支援も約束したのだろう。
■現代戦において決定的な役割を果たすもの
米国のジェン・サキ大統領報道官(当時)はロシアの侵略から間もない3月3日、「ここ数カ月にわたり、ロシア軍の計画と活動について相当量のインテリジェンスを詳細かつ迅速にウクライナ政府に提供してきた」と語り、戦争前から支援してきたことを認めた。「侵略への軍事的対抗に使用できる情報が含まれている」とも述べた。
緒戦において兵力や火力で劣るウクライナ軍は米国のインテリジェンス支援でロシアの攻勢に持ちこたえたのだ。
現代戦では、同等の戦力を有する正規軍同士が交戦することは希だ。
ウクライナのように兵力や火力で劣る側は、相手と同じ戦術では勝てないため、相手が予想、対処しにくい別の手段で戦う。これを「非対称戦」と呼ぶ。その勝敗は、必ずしも兵員や武器の多寡では決まらない。
決定的な役割を果たすのはインテリジェンスだ。これは「柔能く剛を制す」の精神にも通じる。
米国のインテリジェンス支援がプーチン大統領の野望をくじいた事実が、それを如実に物語っている。
ウクライナ軍は米国から提供されたインテリジェンス(情報)を、対ロシア戦にどのように活かしたか、戦局の展開を追いながら確認していこう。

■マイクロソフトの取り組み
ロシアのハッカーは、侵略開始前の2022年1月中旬から、ウクライナ政府機関に「破壊的なサイバー攻撃」を仕掛けていた。しかしながら、そのダメージは最小限に抑えられた。
米国のサイバーコマンドや欧州連合(EU:European Union)のサイバーセキュリティ対応部隊が21年末からウクライナに入り、基幹インフラ(社会基盤)のシステムを探索し、マルウェア(悪意あるプログラム)を除去していたからだ。
同様の取組は米マイクロソフトのような民間企業も行っている。官民を挙げた周到な準備が奏功したといえそうだ。
緒戦でロシア軍はキーウ近郊のアントノフ国際空港の制圧に手間取った。
米国の情報を活用したウクライナ軍の迎撃で、ロシア軍の空挺部隊とヘリコプターが大打撃を受けたためだ。
ロシア軍機甲部隊の戦闘用、補給用の車両の多くが米国製の携行型対戦車ミサイル「ジャベリン」の餌食となった。
ウクライナ政府高官は、市民が携帯電話で撮影した写真やその位置情報を集積して作戦に活用したと語っている。この携帯アプリの導入には、米国の財政支援と米国企業の多大な技術支援があった。
■ロシア軍将官12人殺害のワケ
2022年4月には、ロシア黒海艦隊の旗艦「モスクワ」が、トルコ製の攻撃型ドローン「バイラクタルTB2」の陽動と、ウクライナ製の地対艦ミサイル「ネプチューン」によって撃沈された。
攻撃目標を設定するためのインテリジェンス支援が、米国からなされたと考えるのが自然だろう。

同年5月には、ロシア軍将官12人が殺害されたと報じられた。軍の指揮統制に商用通信サービスを使ったため位置が特定されたとみられる。当初は軍用の野外無線機を使用していたが、ウクライナ側の電波妨害で使用不能となった経緯がある。
ウクライナは米国製の高機動ロケット砲システムHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System)を、2022年だけで20台供与された。
同年7月11日夜にヘルソン州ノヴァ・カホウカに所在するロシア軍の燃料・弾薬集積拠点を攻撃、南部における反転攻勢の開始に言及した。
同地域においてウクライナ軍は、HIMARSなどの精密攻撃能力に優れた長距離火力を活用し、同地域一帯のロシア軍の指揮所及び兵站拠点を攻撃するとともに、ドニプロ川の橋梁などを通行不能にした。
これにより、補給が困難となったドニプロ川以北のロシア軍部隊の戦闘能力と士気を低下させ、反転攻勢のための条件を整えた。
これらの精密攻撃には、目標の緯度経度にとどまらず、高度、ベクトルを含む正確な3次元デジタル情報が不可欠だ。こうした情報が提供されなければ、戦果は得られない。
■西側諸国の全面協力の内容
米国は、ウクライナの情報収集力を補うだけでなく、ロシアの「目」を塞いで攻撃力を低下させる支援も行った。
米国防総省は2022年8月、ロシアのレーダーシステムを狙う対レーダーミサイル(HARM:High-speed Anti-Radiation Missile)をウクライナに供与したことを明らかにした。
緒戦においてロシア軍によるキーウ、ハルキウなどの主要都市の制圧を阻止したウクライナ軍は、2022年4月以降、全正面においてロシア軍への抵抗をしつつ、反転攻勢に向けた準備攻撃とみられる動きを活発化させた。

また、2014年以降ロシア軍に占領されたウクライナ南部のクリミア半島においては、2022年8月、航空基地などのロシア軍施設における爆発事案が複数発生した。
ウクライナ軍は、西側諸国から「レオパルト2A6」や「チャレンジャー2」といった主力戦車や、「ストームシャドウ」といった空中発射型の長射程巡航ミサイルなどの各種装備品の供与を受けたうえで、部隊を新編し、欧州で兵員を訓練させることなどを通じて反転攻勢の準備を進めた。
■なぜウクライナの反転攻勢は失敗したのか
ウクライナ軍は、2023年6月初旬に反転攻勢に着手した。
南部ザポリッジャ州正面を中心に複数の集落を順次奪還したが、ロシア軍の敷設した大量の対人戦車地雷や攻撃ヘリの対戦車ミサイルなどにより進軍を阻まれ、ウクライナ軍側も多大な人員と装備の損失を被った。
ウクライナ軍の反転攻勢のねらいは、南部ザポリッジャ州のロシア軍の防御線を突破し、アゾフ海に至るまで南進し、ロシア本土とクリミア半島を繋ぐロシア軍の陸上兵站ルートを遮断することだったが、当初想定された目標は達成されなかった。
その理由として、まず、ロシア軍が、ウクライナ軍の進行を阻止するために高度な防御戦術を採ったことだ。
特に、塹壕や地雷原、対戦車障害物(「竜の歯」)などを含む強固な防衛線を構築し、ウクライナ軍の進撃を妨げた。
次に、ウクライナは、西側諸国からの軍事支援に依存しているが、この支援が十分に迅速に届かず、特に航空戦力や防空能力の強化が遅れたことが、攻勢の失敗につながった。
例えば、F-16戦闘機の供与が間に合わず、空からの支援が不十分との指摘がある。また、ウクライナの地形や天候条件が、軍事作戦の遂行に困難をもたらした。
■なぜ戦争が長期化しているのか
特に広大な地雷原が軍の動きを制約し、進撃の速度を鈍化させた。さらに、ロシアは高度な電子戦技術を駆使して、ウクライナ軍の通信や指揮統制を妨害した。

また、情報戦によって国際的な支援を削ごうとする試みも行われた。このウクライナによる反転攻勢の失敗により戦線は膠着(こうちゃく)、そして戦争は長期化の様相を呈している。
ウクライナとロシアの双方が、相手を打ち負かすための決定的な戦略を欠いていることも長期化の一因だ。
特に、ロシアは西側諸国からの経済制裁にもかかわらず、戦争を続けるための資源を調達し続けており、長期的な戦闘を続ける意志を示している。
戦争勃発以降ウクライナ戦争における情報戦は大きな進化を遂げた。特筆すべきは、ソーシャルメディアを活用した情報操作だ。
ウクライナ側はこれを駆使して、国際社会に向けた効果的なメッセージを発信。戦場での勝利、国民の団結、ロシア軍の弱点などを強調することで、士気を高めるとともに、国際支援を呼びかけた。
一方、ロシアは偽情報や操作された映像を拡散し、混乱を招こうとした。また、両陣営でディープフェイク(生成AIなどを用いて生成された偽の画像・動画など)が使用され、指導者の偽映像や誤情報が拡散された。
■ウクライナ戦争が示した「情報戦」の重要性
ドローン技術は情報戦の実態も大きく変容させた。ドローンの映像やデータがリアルタイムでソーシャルメディアに共有され、戦場の状況を世界中の一般市民が目撃。
これにより、国際的な世論が形成された。
生成AIはこの動きを加速化した。AIを利用して情報の収集・分析が高速化された。特に、偽情報の特定や正確な情報の拡散において重要な役割を果たした。
また、心理作戦の上でもAI生成のプロパガンダが双方で使用され、感情に訴えるメッセージが広く配信された。
また、伝統的なサイバー戦の分野においても、戦闘は激化の一途を辿り、ウクライナ、ロシアの双方が、ハッカーグループを用いたサイバー攻撃を強化し、インフラへの攻撃、機密情報の漏えい、通信システムの混乱を目的とした作戦が実行された。
ウクライナ戦争における情報戦は、技術と戦略の進化に伴い、その重要性が増大した。この情報戦は、戦場の勝敗のみならず、国際社会の対応や将来の紛争への影響も決定づけるものとなったのだ。

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北村 滋(きたむら・しげる)

前国家安全保障局長

1956年東京都出身。東京大学法学部を経て、1980年警察庁入庁。2006年内閣総理大臣秘書官、2012年内閣情報官、2019年国家安全保障局長・内閣特別顧問(いずれも安倍内閣)。2020年米国政府から国防総省特別功労章を受章。著書に『情報と国家』『経済安全保障』(以上中央公論新社)など。

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(前国家安全保障局長 北村 滋)
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