■のぶは“ずっと走り続ける人”
折り返しを過ぎたNHK連続テレビ小説「あんぱん」(毎週月曜~土曜午前8時~8時15分、NHK総合他)。ヒロイン・のぶ(今田美桜)と未来の夫・嵩(北村匠海)が問い続けることの一つが「何のために生まれ、何をして生きるか」だ。「アンパンマンのマーチ」の一節と重なるこの言葉にまつわるエピソードや思いを、制作統括で、チーフプロデューサー(CP)の倉崎憲さんにインタビューした。前編に続き、後編は「走るのぶ」の話から。
朝ドラの場合、メインビジュアルにキャッチコピーをつけることもありますが、今作はつけていません。ですが、「あんぱん」につけるなら、<走れ。絶望や不安や退屈に、追いつかれない速さで>だと思っています。あくまで私の中では、ですが。
退屈は私自身に重ねている部分が大きいですが、絶望や不安も退屈も、走れてないんだと思うんです。だからしんどい気持ちになるし、人の言葉が刺さってくる。
のぶはずっと走る人です。走り続けながら考える、その姿勢や言動で嵩を引っ張っていきます。でも女子師範学校に入り、戦争の影が濃くなるにつれ走れなくなります。物理的にもそうですが、気持ちの部分が大きかったと思います。
■「はちきんおのぶ」は史実
のぶは教師になり、愛国教育をします。そして戦争が終わり、教師を辞めた後、のぶの最初の夫・次郎(中島歩)が亡くなります。次郎はのぶへの遺言を残しましたよね。
――それは次郎が病院でつけていた日記帳に、速記で書かれていた。義母が置いていった速記の教則本を見ながら、のぶは一文字ずつ読み解いていく。夜から読み始め、朝が来る頃に読み終える。
随分前、台本の打ち合わせの席で、「キャッチコピーつけるならこういうことかなって私は思っています」と中園さんに話したことがありました。だから、ああ、覚えてくれていたんだとうれしかったですね。
のぶの足の速さは、史実に沿ったものです。暢さんは一般の方ですから、人物像がわかる資料は限りなく少なく、やなせさんの自伝などから読み解いていくしかありません。その中でもわかったのが、勝ち気で快活な女性だったということ、そして足が速かったということでした。「はちきんおのぶ」と呼ばれていたし、「韋駄天おのぶ」とも呼ばれていました。
■全力ダッシュでもヒロインを選考
――高知新報の試験の合格を告げられ、のぶの口から出たのが「たまるかー」。久々に聞く「たまるかー」を何度か口にし、のぶは走り出した。新しい時代、新しい仕事。胸熱のシーンだった。
のぶが走る姿を見ると、元気が出ますよね。
ヒロインの最終オーディションでは残っていた15人全員に走ってもらいました。走りやすい靴で来てくださいと事前に伝え、スタジオの隅から隅まで、走る様子をカメラで撮りました。今田さんは中学が陸上部だったそうで、走る姿が様になっていてカッコよかった。それも含め、のぶは芝居でも一番心を揺さぶられた今田さんがベストだと決めました。
史実として残っていることは、できるだけドラマに反映させたいと思っています。嵩の伯父の寛は育ての親です。やなせさんが影響を受けたことは、著書からも十分に伝わってきます。「何のために生まれて、何をして生きるのか」だけでなく、「絶望の隣は希望」「人生は喜ばせごっこ」など、やなせさんの言葉を寛に託すのはごく自然な流れでした。
■やなせたかしの“メルヘンな世界観”も演出している
――時間が少し遡るが、次郎からのプロポーズを一旦断ったのぶが、思い返して走り出し、橋の上で次郎に追いつくシーンがあった。「こんな私でよかったら、よろしゅうお願いします」と頭を下げるのぶと次郎。橋の上、2人が笑い合うと、街灯に次々と火が灯った。
チーフ演出・柳川強の演出です。あのシーンに限らず、26週全体(最終回まで)を通して、やなせさんのメルヘンチックな世界観も出していきたいと思っています。やなせさんの詩集にはイラストが添えられていて、やなせさんにとっては言葉と同じに大切なものだと思います。言葉とイラスト、両方からのインスピレーションで台本も映像も作られています。
母の登美子(松嶋菜々子)が白いパラソルをくるくる回しながら、幼い嵩と千尋を置いて去っていくシーンが第1週にありました。やなせさんが詩集『』に書き残した光景です。嵩と千尋、時にはのぶも交ってシーソーで遊ぶシーンは成長してからも出てきます。「シーソー」という詩とイラストも、『やなせたかし おとうとものがたり』に入っています。
今後の展開でメルヘンっぽさが感じられるとすれば、一番はミュージカルのシーンでしょうか。やなせさんは1960年、「見上げてごらん夜の星を」というミュージカルの舞台美術を担当します。作曲はいずみたくさんで、「あんぱん」ではいせたくやとして、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴さんが演じます。
再現した舞台美術はもちろんやなせさんのテイストですからメルヘンっぽいです。大森さんに歌っていただくのも注目だと思います。
■主題歌は“RADWIMPSさんしかいない”と思った
――倉崎さんからは音楽の話がたくさん出てきた。そして、音楽とセットで「死」が語られた。
一人ひとりが命をどう使っていくかを考えてもらいたい。そのことは、すでにお話ししました。死を近くに感じるからこそ、生が輝く。そういうふうに考えてもいます。
今回、主題歌をRADWIMPSさんに頼んだことをすごく短く説明するなら、野田洋次郎さんが書く言葉は死生観にまつわるものが多い。その印象があったからなんです。
1000人の18歳世代とアーティストが一夜限りでコラボする、「18祭」という特番がNHKにあります。RADWIMPSさんがそのために書き下ろした「正解」という曲があって野田さんの作詞・作曲ですが、いつ聞いても心をグッとつかまれます。
答えがある問いばかりを教わってきたけれど、答えがある問いなんかに用はない。そんな歌詞があります。正解はない「生き方」を生きていこう、そう若者によびかけています。生き方に正解がないとは、まさに「何のために生まれて、何をして生きるのか」で、やなせさんのメッセージとつながる曲なんです。いつか朝ドラをやるなら、主題歌はRADWIMPSさんと思っていましたが、もう心からオファーさせていただきました。
――主題歌のタイトルは「賜物」。野田の詞は「いつか来たる命の終わりへと 近づいていくはずの明日が 輝いてさえ見えるこの摩訶不思議」と歌う。
■やなせ作品に通じる“北村匠海さんが発した言葉”
嵩役の北村さんもDISH//というバンドのボーカルをしています。そのライブに行く機会があったのですが、曲と曲の間に挟むMCで北村さんが、「人間、いつ死ぬかわからないじゃないですか」というようなことを話し始めたんです。
死はいつ来るかわからない、だから今を生きるしかない。そんなことを彼なりの言葉で、何千人という観客に語りかけていました。死生観を語る彼を見て、彼の発する言葉はやなせさんが残した作品やメッセージにも通じると思いました。やなせたかし役は北村さんだと思った瞬間でした。
――ところでのぶと嵩だが、後半に入っても一向に結ばれる気配がない。
視聴者の皆さんは、「嵩、何してんねん」とお感じと思いますが、プロポーズは近づいています。そしてもう一つ、これから注目していただきたいのが、嵩と天才たちの出会いです。大森さん演じるいせたくや(いずみたく)、眞栄田郷敦さん演じる手嶌治虫(手塚治虫)ら、才能溢れる天才が続々登場します。
嵩は漫画家としてなかなか芽が出ません。ヒット作を生み出せず、さまよっていくわけで、10歳ほど年下の手嶌の才能に嫉妬します。そんな新しい登場人物たちの関係も、新鮮かつ興味深いと思います。
■のぶは、このあとも走り続ける
――「あんぱん」は、7月2日に自己最高となる世帯17.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)となり、視聴率が右肩上がりだ。
おかげさまで、現場の士気も上がり続けています。のぶと嵩はこれからもずっと「何のために生まれて、何をして生きるか」を探し続けます。やなせさんは暢さんがずっと応援してくれたから、当初は必ずしも評判のよくなかった『アンパンマン』を書き続けるんです。のぶがどう走り続け、嵩をどう引っ張っていくか、注目していただきたいです。
――インタビューの最後、スタッフ全員がさながら「アンパンマンオタク」ですね、と伝えた。すると倉崎さんは。
はい、そうです。やなせさんと暢さんに関するありとあらゆる資料に、スタッフ全員が1年以上、触れ続けています。本や番組、アーカイブ資料などですが、世の中の誰よりも『アンパンマン』に詳しくないといけないという思いは今も変わりません。クランクインまでに全国の「アンパンマンミュージアム」にも行ったのですが、すごいのが、行くと、とにかくみんなが笑顔なんです。アンパンマンの力ってこういうことなんだ、やなせ夫妻が亡くなった後も子どもたちのためになっていて、だから親子がみんな幸せそうなんだ。そう実感しました。
未来への希望。そう思いました。ドラマを通じて大事に伝えたいと思います。
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矢部 万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。
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(コラムニスト 矢部 万紀子)