今アメリカを含む世界中で爆発的にブレイクしているのが、ラブブという小さなぬいぐるみだ。中国のオークションでは初代ラブブのぬいぐるみが2200万円で落札され、ラブブの発売元「ポップマート」のCEOウォン・ニンが、38歳にして推定資産3兆円(227億ドル)で、中国で10位のビリオネアになったことも世界的なニュースとして報道された。
最大の人気の秘密は、ある「仕掛け」。ブラインドボックスという、買って箱を開けるまで何が入っているかわからないという、日本のガチャから発展したギャンブル要素だ。
Z世代の間で異常に加熱するラブブとブラインドボックス・カルチャーを、ニューヨークの若者の声を交えてレポートする。
■なんとなくブサイク、だからかわいい
「ラブブが急に人気が出たのって、たしかBLACKPINKのリサが好きって公言したあたりからだと思う」
そう言うのはZ世代研究所のメンバーのメアリーだ。確かにラブブがブレイクし始めたのは、リサがSNSに投稿した約1年前。続いてリアーナやキム・カーダシアンもファンであると宣言し、今やSNSはラブブの写真やビデオで溢(あふ)れかえっている。
一体なぜここまで加熱しているのだろう。メアリーが続ける。
「ラブブって“ブサかわ”だからじゃない?」
ラブブは北欧神話からインスピレーションを得たモンスターで、尖った耳にギョロリとした目玉、耳まで裂けた口に並ぶギザギザの歯が特徴だ。
実は“ブサかわ”はヒットおもちゃの重要な要素だ。単純な「かわいい」ではなく、むしろ完璧でないことが、親しみやすさや独特の魅力を生み出している。古くは80年代のキャベツ畑人形、90年代に大ヒットしたファービーなども「ブサかわ」だった。
しかしラブブの異常人気の最大の理由は、商品自体の魅力以上にその販売戦略にあるといっていいだろう。
■「確率は72分の1」のガチャぬいぐるみ
TIME誌の取材によると、ラブブの発売元の中国企業ポップマートは、中国にショップ400軒、グローバルでは日本を含む世界90カ国で130軒を展開する(2024年末時点)。アメリカ1号店は2023年秋にオープン、今では全米に路面店37軒を構えている。
もちろんEC展開も行っていて、新商品のリリースはECでは木曜夜9時(東部時間)、店頭では金曜朝10時と決まっている。その時間になるとサイトにはアクセスが殺到、店には長い行列ができる。その直後にソールドアウトになるため、普段は超人気のラブブを買えるチャンスは、店でもサイトでもまずないといっていいほどだ。
なぜそれほどまでにZ世代はラブブに熱狂するのか。その秘密は「ブラインドボックス」と呼ばれる仕掛けにある。ラブブの1シリーズには8~12種類あり、買って箱を開けるまでどのキャラクターが入っているかわからない。
箱の裏にはシリーズの各キャラの絵が並び、お目当てのぬいぐるみが当たる確率は「12分の1」などと表示されている。
■「ラブブの開封動画」でさらに大人気に
「箱を開けた時に“うわ、レア当たった!”ってなるあの感じがやっぱりテンション上がるし、楽しいんだよ」と強調するのは、Z世代研究所のメンバーの1人テオだ。
このギャンブル性がエンタメ要素を高めているのは間違いない。SNSにはラブブの箱を開ける開封動画が氾濫している。「何が出るかドキドキ!」と言いながら友達と一緒に開けるパターンも多く、「ブルーがほしかったけどピンクだった。でもこっちも可愛い!」「ぎゃーっ! シークレットが出た!」などと楽しそうに盛り上がっている。お目当てが出なくても、ガチャと同様まったく空っぽということはないから、それなりに嬉しい。
さらには確率を上げるためにシリーズまとめての箱買いも珍しくない。価格はカバンなどに付けられるサイズのぬいぐるみだと30ドル(約4500円)くらいから、小さなキーチェーンだと10ドルくらいからある。1つなら手頃だが、10個も買えばかなりの出費になる。
■懐かしのデジモン、パワーパフガールズともコラボ
前述したように、普段ポップマートの店に行ってもラブブにお目にかかれることはまずないが、驚くのは、それ以外の商品展開の幅広さだ。オリジナルキャラクターだけで30種類以上あり、ラブブの次の推しキャラと言われる「クライベイビー」をはじめ、アメリカ人デザイナーによる「ピーチ・ライオット」。
そのほぼすべてがブラインドボックスに入っている。ガチャの仕組みをうまく使って、精力的に幅広い層にアピールしているのだ。
お店に来ているお客さんはおそらく全員がラブブ目当てだろう。しかし筆者が見たのは、ラブブは売り切れと知りつつも、他のマスコットを熱心に物色するZ世代たちの姿だ。新たなお気に入りキャラを見つけて買っていくというパターンもあり、ここから次のラブブが生まれる可能性も秘めている。
■「日本式ガチャ」が世界のトレンドになっている
中国発のラブブで一躍注目を浴びているブラインドボックス・トイだが、実はその本家は日本だ。
ブラインドボックスが世界的に注目されたのも、日本の商品がきっかけだった。ソニーエンジェルと呼ばれる小さな人形。一見キューピーそっくりで、ノスタルジックでちょっぴりブサかわな要素はラブブと共通する。
ソニーエンジェルが最初に発売されたのは20年も前だが、ブラインドボックス・トイとして世界で大ブレイクしたのはここ2~3年のことだ。つまり、ブラインドボックスはまずソニーエンジェルで火がつき、ラブブでグローバルな市民権を得たといってもいいだろう。
ソニーエンジェルの人気は一時ほどではないが、まだまだ衰えてはいない。ニューヨークでソニーエンジェルを販売する紀伊國屋書店では、入荷と共に売り切れてしまうという。また転売ヤーによる買い占め、さらには窃盗団による白昼堂々の万引きに頭を痛めているという話も聞いた。
こうした現状はおそらくラブブも同じだろう。また偽ラブブも広く出回っている。一見しただけでは違いがまったくわからないコピー商品の販売サイトも複数存在する。
■“お家芸”が中国企業に奪われた格好に
実は日本にもポップマートの店舗は原宿本店をはじめとして複数存在する。しかし最近ニュースになっているのは、海外でのラブブ人気で「外国人が行列」「海外転売ヤーが殺到」という内容だ。ようやく日本でも関心が高まり始めたが、なぜかブラインドボックスの仕組み自体に注目する記事は少ないように見える。日本ではガチャや、それに似た福袋などが当たり前すぎるからだろうか?
そうこうしているうちに、中国のポップマートはタイム誌の「2025年『世界で最も影響力のある企業100社』に初選出された。中国企業でしかもアートトイ企業というのは初めてだという。
ポップマートはラブブなどのデザイン性が高いIPをまず国内市場で発展させ、ガチャ機能と開封動画文化を取り込んだ販促に、SNSを組み合わせた精力的な海外展開で、世界のおもちゃ市場を席巻した。
特にブラインドボックス・トイに関しては、本家の日本が灯台下暗しで見逃しているうちに、中国企業にお株を奪われた形になっている。これに関しては、日本発のカルチャーが海外でブレイクする際に、日本企業がその商機を生かしきれない問題を象徴しているという意見もある。
■なぜ今、ぬいぐるみが流行っているのか
この夏のホットなトレンドになっているブラインドボックスは、何が出るかわからない箱を皆で開けて楽しむという、エンタメ要素で大ヒットしている。その背景には、Z世代が置かれている時代状況もある。
アメリカでは激しいインフレの影響で、若者が使えるお金は限られている。そんな中で高額なコンサートチケットや外食などにお金をかけるよりも、こうしたおもちゃを、自分へのご褒美感覚で楽しみたいという傾向が強まっている。またコロナ禍以降、外出を控えるライフスタイルが定着したことも、この動きに拍車をかけている。ブラインドボックスは、1個10~30ドルで手に入る、自宅完結型の体験消費として、多くの若者に支持されているのだ。
こうした時代背景もあって、実はガチャ要素はあらゆる場面で、若者の生活に深く浸透している。
特にブラインドボックス以上にガチャ的な仕組みが強く現れているのがスマホゲームだ。例えば、コロナ禍に世界的ヒットとなった中国発のゲーム「原神」は、ガチャ形式の課金システム(いわゆるルートボックス)を世界に広げた代表例だ。現在では多くの人気スマホゲームにおいて、キャラクターやアイテムをガチャ課金で入手するのが当たり前になっている。
■ギャンブル要素が国の規制になるほど
ゲームからおもちゃまでに広がるガチャ文化の中で、特に懸念されているのは、過剰なギャンブル要素が若者のメンタルに与える影響だ。
ブラインドボックス人気の裏には、「変動比率強化」と呼ばれる行動心理学的なメカニズムがある。これはスロットマシンなどにも見られる報酬パターンで、欲しいアイテムがいつ得られるかわからないけれど「次こそは出るかも」という期待感が、何度も箱を買いたくなる衝動につながる。
さらに、脳内の幸せホルモンと呼ばれるドーパミンは、当たりを引いた瞬間だけでなく、期待している段階にも強く分泌されることがわかっている。こうした仕組みによって、若者や子どもたちが「ギャンブル的な行動」に無意識に惹きつけられてしまうリスクが指摘されている。
ブラインドボックスは、手軽で楽しい新たな消費体験である一方、欲しい物が当たるまでやめたくてもやめられない、という危うい構造を持つ一面も否定できない。
実際、ゲーム内のガチャ課金については、すでに規制や禁止措置をとる国も出ている。今後ガチャ由来のブラインドボックス人気がさらに広がれば、こうした社会的議論が強まる可能性もある。
多くの可能性と課題を併せ持つガチャ文化は、いまや現代の若者の消費行動やライフスタイルを映し出す象徴といえる。その社会的インパクトは、今後ますます注目されそうだ。
----------
シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
NY在住33年。のべ2,000人以上のアメリカの若者を取材。彼らとの対話から得たフレッシュな情報と、長年のアメリカ生活で培った深いインサイトをもとに、変貌する米国社会を伝える。専門分野はダイバーシティ&人種問題、米国政治、若者文化。ラジオのレギュラー番組やテレビ出演、紙・ネット媒体への寄稿多数。アメリカのダイバーシティ事情を伝える講演を通じ、日本における課題についても発信している。
----------
----------
NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所
東京のFM局Interfm「Sensor」内で、毎週月曜日曜日夜19時から生放送中。これからの時代の主役となる「Z世代(10代~24歳)」と「ミレニアル世代(25歳~39歳)」にフォーカス。アメリカの若者たちは普段何を考え、何に影響を受け、どんな性質や特徴があるのか、ミレニアル・Z世代評論家のシェリーめぐみが座談会形式で彼らの本音を引き出しながら、ダイバーシティ&インクルージョンなどこの世代ならではのキーワードや彼らの消費動向についても解説していく。オフィシャルサイトで、ストリーミング配信中。Spotify, Apple, Googleポッドキャストでも配信中。
----------
(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ、NY Future Lab ミレニアル・Z世代研究所)