外国の企業で日本人はどのように働いているのだろうか。高級ブランド「ルイ・ヴィトン」パリ本社に17年間勤務してPRのトップを務めた藤原淳さんは「入社当初、ランチの時に今すぐその食べ方をやめるべきという指導を受けました」という。
一体、どんな指摘だったのか――。
※本稿は、藤原淳『パリジェンヌはダイエットがお嫌い』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。
■「今すぐやめるべき食習慣」とは
入社当時、私はオープン・スペースの一角にあるデスクで仕事をしていました。そのオープン・スペースには、コーポレートPR、アシスタント、そして研修生が混ざり、ワイワイといつも賑やかな雰囲気でした。
覚えることがあまりにたくさんあって焦っていた私は、よくサンドイッチを買い込み、仕事をしながら手早く昼食をとっていました。時間がもったいなかったのです。メディアとの会食が次第に増えてくると、今度はランチの予定がない日を利用して「太らないため」にサラダなどをテイクアウトしていました。
不思議だったのは、私のようにオフィスランチをしている同僚が全くいなかったことです。ランチ時のオープン・スペースはいつも閑散(かんさん)としていました。最初のうち、それは周りのみんなが会食に忙しいからだろうと思っていたのですが、どうやらそうではないようです。ランチの約束がない研修生ですら、毎日、毎日、お昼の時間はオフィスを空けています。
ある日、いつもようにサラダを頬張りながら仕事を片付けようとしていると、オフィスを覗きに来たファッションPRのファニーが言いました。

「あのね、そうやって食べてると太るわよ」
彼女は思ったことをすぐ口にする典型的なパリジェンヌです。ピンとこない私が、
「サラダが?」
と問い返すと、ファニーは呆れたように言いました。
■ルイ・ヴィトン本社の先輩が食べながらしていたこと
「サラダじゃなくて。そうやって仕事しながら食べると太る、って言ってるのよ」
彼女の口調に思わずカチンと来た私ですが、ファニーは全くお構いなしです。そして
「ほら、行くわよ」
と無理やり私をオフィスから連れ出しました。PR仲間達も数名、ゾロゾロと集まってきます。そう、彼女達は会食のない日、連れ立って外食していたのです。本社はもちろん、社員食堂を完備していたのですが、そこは非常に不人気で足を向ける人はあまりいません。
みんなが行くのは、本社近くのビストロやカフェのような気軽な場所でした。
驚いたことに、ランチは1時間半、時には2時間続きます。女子が集まるとおしゃべりが絶えません。耳を傾けていると、愚痴(ぐち)もあれば、うわさ話もあります。
家庭内の不和の話もあれば、恋愛話もあります。どうやら、ランチの時間はパリジェンヌにとって、ストレス解消に欠かすことができない、大切な時間であるようです。
話は面白いのですが、私は最初のうち、かなり手持ち無沙汰(ぶさた)でした。ふと、周りを見てみると、運ばれてきたお皿をあっという間に平らげていたのは私だけです。みんなまだ半分も食べていません。すかさず、
「ジュン、食べるの早過ぎ」
というツッコミが飛んできます。もちろんファニーです。
私は言い返すこともできませんでした。言われてみれば私はものすごく食べるのが早いのです。デスクトップの画面から目を離さずに昼食を取る時の私は、すごい勢いで食べていました。会食中はと言いますと、話に集中しているため、何を食べているかあまり意識せず、口にある物をただ飲み込んでいました。いずれの場合も、「あまり食べた気がしない」という感覚が残る食べ方でした。

周りのパリジェンヌを観察していると、ゆっくり噛みながら昼食を楽しんでいます。そして、注文した前菜の出来が良いだの、悪いだの、お肉の焼き加減が最高だの、最悪だの、出てきた料理の評価をしています。更には、ここはシェフが最近変わって美味しくなっただの、不味(まず)くなっただの、レストランの批評も欠かしません。つまり、私から見れば、かなり「意識的に食べている」のです。
忙しくてなかなか時間がとれず、仕事をしながらランチをすませたり、本や新聞、スマホを見ながら食事をしていませんか? その結果、「食べた気がしない」という不思議な感覚に囚(とら)われたことはありませんか? 「ながら食べ」をすると、なかなか満腹感を得ることができません。
パリジェンヌは決して「ながら食べ」をしません。食事に時間を取り、そして食べることに専念します。食事中は食べているもの、その食事を作ってくれた人、そしてそこから得られる快楽に意識を集中させているのです。
それはなぜかといえば、単純に食を愉(たの)しむためです。食は体のためだけではなく、心の活性剤になることをパリジェンヌはよく心得ているのです。
同僚とランチをするようになってからというもの、私は「ながら食べ」をやめることを心掛けました。早食いがすぐに治ったわけではありません。
けれども、太らないために「何を食べるか」ということに執着していた私が、「どう食べるか」ということに意識をシフトするようになったのです。それはとても大きな収穫でした。
無理やり連れ出してくれたファニーに感謝しなければなりません。
■「ながら食べ」はもうおしまい
「ながら食べ」をしていると、当然のことながら食事に意識を集中させることができません。早食いになってしまい、なかなか満腹感を覚えることができません。結果的に、
「どうも食べた気がしない」
という状態に陥り、間食に走るという悪循環に陥ってしまうのです。
今すぐ「ながら食べ」をやめて下さい。食事は家族や同僚、知り合いとの関係を深める大切な時間です。必要に迫られてするものではなく、ゆっくり楽しむものです。
パリのアパルトマンでは、そもそも食卓がある部屋にテレビを置いていません。フランス人はどんなにささやかな食事であっても家族でゆっくり食卓を囲むことを好みます。そして会話を楽しみます。
食事は「お腹を満たす」ためだけではなく、「心を満たす」ための大切な時間であるということをよく心得ているのです。
幼い頃からの習慣が染み付いているのでしょうか。職場でもパリジェンヌは「ながら食べ」を忌み嫌います。そして連れ立って1時間、時には2時間かけてゆっくり昼食を取ります。その時間が「もったいない」とは決して思わないのです。
「2時間のランチタイムなんて到底ムリ!」
あなたはそう思うかもしれません。当然です。そんなに時間を取る必要は全くありません。まずは次の「ながら食べ」をやめることから始めて下さい。
・テレビやスマホを見ながら食べる

・仕事、勉強をしながら食べる

・本や新聞を読みながら食べる
唯一していいのは、「会話をしながら食べる」ことです。そして大事なのは食事に意識を集中させることです。美味しいごはんを今日も食べられるということに感謝しながら、その時間をゆっくり楽しむことなのです。


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藤原 淳(ふじわら・じゅん)

著作家(パリ在住)

東京生まれ。3~6歳の間イギリスで育ち、横浜インターナショナルスクールを経て、聖心女子学院に入学。聖心女子大学の国際交流学科に在学中、フランス語の美しさに魅了され、フランス語を習得。1996年、朝日新聞が主催する「コンクール・ド・フランセ」(スピーチ・コンテスト)で準優勝し、2カ月のパリ語学研修を副賞として獲得。「フランス語で本を書きたい!」という漠然とした夢を抱くが、手掛かりがつかめず、大学卒業後はとりあえず大学院へ進むために再び渡仏。1999年、歴代最年少のフランス政府給費留学生として、エリートが通う有名校、パリ政治学院に入学。卒業後、日本の外務省が実施する在外公館専門調査員制度に応募し、在仏日本国大使館の広報文化担当に選抜される。3年の任期が切れた頃、広報の経験を活かしてパリに残る決意をし、ラグジュアリーブランドの最高峰であるルイ・ヴィトンのパリ本社にPRとして就職。そこでパリジェンヌという異質な生き物と遭遇。戸惑いつつも、ありのままをさらけ出す、その爽快な生き方に魅了される。先祖代々、ヴィトン家に伝わるモノづくりの精神や旅の真髄(こころ)に関するイベントを年間30件、プレス・ツアーを50件企画。幾つもの修羅場をくぐり抜けているうちに面の皮も厚くなり、2007年にPRマネジャーに抜擢された頃には「もっともパリジェンヌな日本人」と称されるようになる。2010年、PRディレクターに昇進し、2018年には異種業とのコラボやメセナ事業を企画する新部署を立ち上げて初代パートナーシップ&チャリティー・ディレクターに就任する。2021年に本来の夢を全うするべく退社し、日本を紹介する本をフランス語で3冊出版:『Les secrets du savoir-vivre nippon(和の心とは何か)』(2021)、『Mes rituels japonais(日本人である私の生活習慣)』(2022)、『La parfaite Tokyoïte(真の東京人)』(2023)。日本での著書に、『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)がある。作家活動の傍ら、インスタグラム:@junettejapon(フォロワー数:2025年7月時点で2万6000人)で日本に憧れを持つフランス人向けのコンテンツを積極的に発信している。

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(著作家(パリ在住) 藤原 淳)
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