自公が大敗した参院選で、野党第1党の立憲民主党は改選22議席から現状維持だった。ジャーナリストの尾中香尚里さんは「党の実力以上に『政権』が近づいている。
今はただ、余計な動きはせずに『政権を担える政党』への脱皮を図るべきだ」という――。
■大勝の参政・国民の陰に隠れ「敗北」した立憲
参院選が終わった。あらゆるメディアが「自民、公明の連立与党過半数割れ」と「参政党など新興中小政党の『躍進』」ばかりに着目して大騒ぎになっている。その陰でまたも、彼らの興味関心からこぼれ落ちているのが、野党第1党の立憲民主党だ。
大きく議席数が変動した他党を横目に「公示前議席の維持」となった立憲。野党が候補者調整した結果、18勝14敗と与党に勝ち越し、立憲は与党過半数割れに一定の役割を果たしたが、複数区や比例代表では伸びを欠き、党勢拡大とはいかなかった。野田佳彦代表は「地味な前進」と称したが、選挙のトレンドを追いかけて騒ぎたい向きには、こういう政党はさぞ面白くないのだろう。
派手に議席を伸ばした参政党や国民民主党といった中小政党に比べて地味な選挙結果について、党関係者のなかには「敗北」と受け止める向きもある。だが、全国1区の比例代表や複数区の存在など、中小政党が議席を得やすい選挙制度を持つ参院選で、自公政権が大きく崩れるなか「横ばい」を保ったのは、むしろ踏みとどまったと言えるのではないか。
■実力以上に政権が「近づいてしまった」
逆に筆者が危惧(あえて言う)するのは、政権を争う自公政権との関係で、立憲が「相対的に力を増した」ことだ。選挙後は各党の「議席の増減」に目を奪われがちだが、国会では現有の議席数という「リアルパワー」がものを言う。
石破政権が「決められない政治」に陥った時、立憲が「政権与党並み」に現実の政治を動かす判断を迫られる可能性もあるし(衆院は半ばそうなっている)、自民党の党内事情によっては、予想もしないタイミングで立憲に政権が転がり込む可能性もないとは言えない。

「横ばい」の選挙結果を厳しく総括し、次期衆院選の準備を急ぐことは大切だ。だが、選挙の「敗北」感だけにとらわれ、党の実力以上に政権が「近づいてしまった」現実への意識を欠くと、立憲は政治の激しい渦に巻き込まれ、党の寿命を縮めてしまいかねない。
立憲は今後起こるかもしれない政界の流動に耐え抜き、いつ政権を担う可能性が生じても動じないための準備を、同時並行で始めるべきだ。野党第1党の責任とはそういうことだ、と肝に銘じてほしい。
■「食料品の消費税ゼロ」は愚策だった
最初に、立憲の選挙結果について若干の総括をしておきたい。
立憲が今回の参院選で、政権の受け皿として十分に機能しなかった最大の原因は、やはり「食料品消費税ゼロ」であると考える。
減税は必然的に、新自由主義的な「小さな政府=自己責任の社会」を志向する。立憲はこうした社会が国民の経済格差を広げ、安心を奪ってきたとの認識から、政治理念として公助を再評価して税の再分配を重視する「支え合いの社会」を掲げた。それが「自己責任社会」を推し進めてきたここ10年ほどの自民党との「社会像の対立軸」であり、消費減税に慎重だった理由もそこにある。
昨秋の衆院選で立憲が躍進したのは、直前の代表選で減税に慎重だった野田氏が選出され、安易に減税を言わない姿勢が「自民党に代わる責任政党」として一定程度好感されたためだとみている(政治理念まで伝わったとは思わないが)。
だが立憲は参院選で、その理念を真摯(しんし)に訴えることを諦め、聞こえの良い「減税」に安易に頼った。そんな姿勢がコアな党支持者の戦意を削ぎ、さらに「責任政党」を求めた有権者をも失望させた、と思えてならない。
「自民党と違う社会のあり方を目指す」理念が伝わらないから「しょせん自民党と同じ既成政党」という批判に耐えられないのだ。
■だから「万年野党志向」のレッテルを拭えない
そもそも、従来減税を主張してきた他の中小野党と同じ土俵に後から乗っても、支持層の奪い合いになるだけであり、選挙戦術上も得策ではなかった。政権の選択肢となるべき「責任野党」と、特定の政策を求める層の声を伝えることに主眼を置く中小野党とでは、政党としての役割が違うことへの認識が甘い。だから、いくら議席を増やしても「万年野党志向」というレッテルを拭えない。
この件に関しては5月8日公開の記事(「ガチ支持層の立憲離れ」が一気に加速…聞こえだけは良い「消費減税」に手を出した「グダグダ政党」の成れの果て)で指摘したが、懸念が現実になったという印象だ。
■複数区で議席を取りこぼし、比例でも勢いを欠いた
結党以来の課題である「地力の乏しさ」も、十分に克服できていない。
1人区は善戦したとはいえ、接戦を取りこぼした選挙区もみられた。1人区はもともと自民党が強く、地力開拓の途上とも言えるが、2人区や3人区で議席を失ったのはいかがなものか。かつて「無風区」「指定席」と呼ばれた複数区で、厳しい選挙戦を経験してこなかった陣営の緩みを指摘せざるを得ない。今回の大きな反省点の一つだろう。
政党としての魅力をアピールできずに比例代表で伸びを欠く点は、結党当初からほとんど改善されておらず、参院選という事情を考慮しても看過できない。
■「自民党との違い」の伝え方の見直しは急務
立憲がそれでも「現有維持」で踏みとどまれたのは、情勢調査で参政党の伸びが伝えられ、その排外主義的な主張に石破政権ががあおられるなか(自民党が「外国人との秩序ある共生社会推進室」を発足させたのは良い例だ)、立憲がその流れに乗らず「多文化共生」という包摂的な社会像を訴えた点にあると思う。

選挙戦中盤の7月11日、同党は動画配信番組「立憲ライブ」で「野田氏に街頭で何を演説してほしいか」を募集した。1位となったのが「共生社会・人権について」。驚いた野田氏は仙台市の街頭演説で、単なる「対外国人」という範囲を超えた普遍性を持つ「多文化共生社会」を目指す考えを訴えた。
まさに党の基本理念のど真ん中。「食料員消費税ゼロ」に辟易して応援を手控え気味だった党のコア支持層が、この演説以降、やや息を吹き返したように見えた。
排外か、包摂か。参政党の「勢い」に対する与野党の対応の違いは、結果として現在の政治の対立軸を浮き彫りにした。立憲が結党以来目指してきた「目指す社会像の選択肢を示して戦う」選挙が予想外の形で構築され、コアな支持層の引き留めに一定の効果はあったと思う。
だが、漠然とした理念だけでは、コア支持層を超えた広い支持を得るのは難しい。「多文化共生」「支え合い」の社会を実現するために、自民党と違うどんな具体策のパッケージがあるのか、そこまで伝えなければ広範な有権者には届かないだろう。
「おひとりさま」への支援策など、今回の立憲の公約には、有権者に身近で切実な課題を取り上げた、見るべきものもそれなりにあった。こうした政策を、選挙期間中だけでなく日常的に伝える努力が必要だ。
SNS対策も含め、広報体制の見直しは急務である。
■「政権を担える政党」への早急な脱皮が必要
やや厳しめに立憲の選挙を振り返ったが、問題はここからだ。
前述したように、自民党が予想以上の速さで崩壊過程に入った今、立憲は今後、早急に「いつでも政権を取って代わる可能性のある政党」へと、早急に脱皮する必要に迫られている。
参院選で議席を大きく増やした中小野党が、単独で政権の中核を担うことはできない。自公政権がその役割を終えるとしたら、後は立憲が引き受けるしかないのだ。小選挙区制が求める政治とはそういうものである。
■「裏」で政治を動かすのは絶対に避けるべき
参院選の結果を受け、石破茂首相(自民党総裁)は早々に続投を表明した。不満の声もあるだろうが、当然だと思う。参院選の結果にかかわらず、自民党は衆院で比較第1党だ。たとえ過半数を割っていても、政権では衆院で比較第1党の自民党を軸に構築すべきであり、野党との政権選択選挙は、あくまで次の衆院選と位置づけるのが筋だ。
石破政権に今後よほどの大きな失態がない限り、立憲は安易に内閣不信任決議案を提出するような行動は慎んだほうがいい。政権を引きずり下ろすことだけに執着し、その後自らが政権を運営することまでを視野に入れていないとみえる行動は、「将来の政権政党」としての有権者の信頼につながらない。

野田氏は20日、不信任案提出について「視野に入っている」と述べたが、現時点ではこういう発言には慎重であってほしい。
石破政権が続く限りは、立憲は躍進した昨秋の衆院選以降と同じように、政権に対峙すれば良い。大連立の必要はない。別に連立を組まなくても、国会という「表」の場で議論し、与野党が真摯に修正協議を行えば、予算も重要法案も成立させることはできる。連立して国会外の事前協議という「裏」の場で政治を動かすのは、最も避けるべき選択肢だ。
法案の修正協議にかかわれば、立憲は政権与党と同様の大きな政治責任を負う。批判されることも増えるだろう。しかし、そのプロセス自体が「将来の政権政党」に向けた良い鍛錬になるはずだ。
■勝負は次の衆院選でつければいい
問題は石破政権が継続できない場合だ。自民党内で退陣論が高まり、次の衆院選を待たずにどこかのタイミングで「石破退陣」が起きる可能性も否定できない。政局好きのメディアなどから、政界再編をあおる声が上がる可能性もある。
このような状況で、立憲が安易な「政界ガラガラポン」に巻き込まれて党の分裂などを起こせば、日本の政治は完全に軸を失って漂流してしまう。
絶対に避けなければならない。
この状況で立憲に求めたいのは「党の主体性を保つ」「まとまって行動する」の2点だ。もし、他党から何らかの政権協議を求められた時、安易に持ち帰って党内議論にかけたりしたら、一歩間違えば賛否が噴出し、党の分裂につながりかねない。
どうしても何らかの政権協議が必要な局面があれば、立憲は主体的に、自身の「目指す社会像」に基づいた政権構想を提示し、選択を相手政党に委ねるべきだ(例えば選択的夫婦別姓の次期国会での実現)。蹴られてしまうならそれでいい。勝負は衆院選でつければいいのだ。
■最良の選択は「動かない」こと
政界再編を求めているのは、選挙によらず政権を維持したい自民党や、自力で党を育てるという面倒なことをせず、安易に「与党入り」したい中小野党だけだ。「選挙での政権交代」を目指してきた立憲には、本来政界再編など必要ない。
最良の選択は「動かない」こと。浮ついた行動を避け、次の衆院選まで立憲という政党を守りきってほしい。そして、まだまだ不足している有権者の信頼を何としても勝ち取り、自民党に代わり得る新しい「国民政党」となるための本格的な準備に、一刻も早く踏み出すことだ。
稽古不足を幕は待たない。いつまでも「野党ボケ」したまま、減税ポピュリズムに走るような真似は、今後は厳に慎むべきである。

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尾中 香尚里(おなか・かおり)

ジャーナリスト

福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)、『野党第1党 「保守2大政党」に抗した30年』(現代書館)。

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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)
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