■参政党の躍進を「マーケティング」で読み解く
2025年参議院選挙で躍進を遂げた参政党は、単なるネット選挙の成功例ではない。それは、日本の政治と有権者の関係性が構造的に変化していることを示す、象徴的な出来事である。
とりわけ注目すべきは、同党の戦略がSNS時代のマーケティングの本質、すなわち「共感→参加→シェア」というプロセス設計に極めて忠実であった点である。
SNS時代におけるマーケティングとは、商品やブランドを「売る」ことよりも、いかにファンを育てるかという「共創型の関係構築」が核心になっている。その中核にあるのが、共感→参加→シェアという三段階のプロセス設計である。
①共感:価値観を「自分ごと化」させる
これはもはや商品の性能や価格ではない。
最初に重要なのは、「このブランド、なんかいいよね」と思わせる、感情的なつながり(=共感)を生むこと。
たとえば、
・サステナブルな商品ストーリー(例:無印良品やパタゴニア)

・社会課題への姿勢(例:スターバックスのLGBTQ支援)

・デザインやライフスタイルへの美的共鳴(例:Apple)
この段階ではまだ「買わない」こともある。だが、「なんとなく好き」という感情が芽生えている。これがマーケティングにおける“入口”であり、最も重要な第一歩である。
②参加:当事者になってもらう
「いいと思う」だけで終わらせない。
ここで重要なのは、“自分も関われる”という体験を設計することである。
・商品のアンバサダープログラムに登録

・限定試供・クラファン参加

・ワークショップやキャンペーンへの応募

・Instagramでブランドとのコラボ投稿

・ファンイベントに参加
このとき、消費者は単なる“受け手”から、ブランド共創の一部になっている。
つまり、「買った人」から「関わる人」へと意識が変化する。

③シェア:ファンが“語る存在”になる
関わった人は「自分が選んだブランド」を誇らしく語りたくなる。
・商品の感想をSNSで投稿

・ストーリーで開封動画を共有

・ファンイベントで撮影した写真をシェア

・他者に推薦(推し活)
ここで重要なのは、企業が広告を打たずとも、生活者自身が宣伝主体になることである。これは「ユーザーがマーケターになる」というSNS時代の理想形であり、信頼性・拡散性ともに最も強力な形である。
■有権者とは「商品を選ぶ消費者」である
この「共感→参加→シェア」の構造は、まさに政治マーケティングにも応用されている。
違いは、商品が「服」や「ガジェット」ではなく、「政党」や「候補者」に置き換わることだけだ。
参政党がこの構造を最大限に活用したのは、まさに「有権者=消費者」と見立て、マーケティング型政治を設計したからである。これは2024年米大統領選におけるトランプ陣営の手法とも共通している。
彼らは、有権者の頭ではなく、心に語りかけ、参加のハードルを徹底的に下げ、ファンが“推したくなる仕掛け”を戦略的に組み込んでいたのだ。それではより詳細に参政党の政治マーケティングの手法を分析していきたい。
①共感:「日本が壊れていく」という感情への訴求
参政党はまず、有権者の内面にある不満や不安、そして失われかけた自己肯定感に訴えた。「日本人ファースト」「日本が壊れていく不安」といった抽象的かつ感情的なスローガンを掲げ、既成政党に見放されたと感じる人々の感情を可視化した。街頭演説では「既成政党は国民を見捨てた」という怒りや、「日本人らしさを大切にしてほしい」といった素朴な願いが共鳴した。

同党は「日本を守る」「子どもたちに良い社会を残したい」といった前向きなビジョンも提示し、怒りと希望を同時に取り込む高度な感情設計を施していた。重要なのは、こうした言葉がいずれも定義が曖昧で、聞き手が自由に意味を読み込める抽象語で構成されていた点である。「反グローバリズム」や「日本人らしさ」といった語彙は、各人の内面に眠る不満や違和感と接続し、自己解釈による共感を引き出す構造となっていた。
②参加:政治の“当事者化”を演出する草の根設計
次の段階は「参加」である。参政党は、支持者が情報を“受け取る”のではなく、“参加し貢献できる”仕組みを徹底した。党名が示す通り、同党は「みんなで党と政策をつくっていく」参加型政党を標榜しており、党員・サポーターが政策立案やイベント企画に関与できる構造を打ち出していた。
特筆すべきは、結党からわずか数年で全国のほぼすべての小選挙区に支部(289中287)を設置し、草の根の“政治コミュニティ”を地理的に網羅した点である。各支部では、党員がビラ配布やタウンミーティングを自主的に実施し、数年で党員数は約7万人、地方議員は150人超へと拡大した。
その活動スタイルは、思想やイデオロギーの布教というよりも、「仲間を増やす」ネットワークの形成に近かった。政治ポスターにはアニメ風やドラマ風のデザインを用い、選挙でありながら“参加型イベント”のような親しみやすさを演出した。ハードルを下げる工夫と、政治に関与しているという“手応え”を両立させた点が、参政党の大きな特徴である。
■「視聴者」を「仲間」へと引き上げた
参加の設計:ファンを“同志”へと転化させる三層構造
「参加」は、SNS時代のマーケティングの本質、すなわち「共感→参加→シェア」というプロセス設計において最も重要な部分であることから、詳解しておきたい。

参政党の支持拡大における中核は、「共感」によって惹きつけた支持者を、いかに「参加」へと導き、組織内に定着させていくかという段階設計にある。特に注目すべきは、同党が設計した三層の党員制度──サポーター(無料)、一般党員(月額1000円)、運営党員(月額2500円)──である。
サポーターはメール配信を通じて週に一度の情報を受け取る無料層である。これは参政党との「最初の接点」であり、言わば“共感”の受け皿である。そのうえで、より強い関心を持った層には一般党員という形で政策学校「DIYスクール」への参加やコラムの購読といった「学び」を提供する。ここで参政党は「自ら考える政治」「政策を共につくる政治」という文脈を通じて、支持者を“視聴者”から“仲間”へと引き上げている。
■支持者の「熱意」を高める仕組みとは
そして最上位の運営党員は、政策立案会議への参加や候補者選定における予備選投票といった意思決定への関与が許される階層である。これは単なる「応援者」を超えて、「党の一部」としての当事者性を支援者に付与する仕組みであり、心理的なエンゲージメントは飛躍的に高まる構造となっている。
この三層構造は、マーケティングにおける「ファン形成」の階段と極めて類似している。無料試供→コミュニティ参加→コアファン化という消費者の育成モデルとまったく同じ原理が、政治運動に応用されているのだ。しかも重要なのは、月額課金という「能動的な支払い」を通じて、「この政党に参加しているのは私の意思だ」という自己説得=アイデンティティ化が支援者の中で進行する点である。
参政党が掲げる「みんなでつくる政治」は単なるスローガンではない。
組織設計そのものが、草の根からの当事者を戦略的に生み出す仕組みとして組み込まれているのである。
■YouTube登録者数は、自民党の3倍以上
③シェア:支持者が伝道者となるインフルエンサー構造
そして最終段階が「シェア」である。共感し、参加した支持者たちは、次なる“共感者”をネット上に求める「布教型ユーザー」へと変貌した。党首や候補者はYouTubeやX(旧Twitter)などで日々発信を行い、支持者たちは演説動画の“切り抜き”やイベントレポートを自発的に投稿した。
SNS上では「#参政党いいよね」「#参政党旋風」などのハッシュタグが拡散され、関心を持った層が次々にYouTube動画へ流入する導線が整備された。ある20代女性は「外国人によって治安が悪化している」という投稿を見て不安を感じ、ハッシュタグを経由して参政党の主張に触れ、支持に転じたという。これはまさに「共感→参加→シェア」のプロセスがSNSを通じて機能した好例である。
参政党の公式YouTube登録者数は約40万人に達し、自民党の3倍以上という圧倒的スケールである。ネット上では“再生数が取れる候補者”の動画が連鎖的に共有され、アルゴリズムによって拡散の加速度が増した。
このような構造は、企業におけるインフルエンサーマーケティングの縮図と同様である。商品やサービスではなく、政治的な“ストーリーと所属”を拡散していたのだ。とりわけ、従来は投票に足を運ばなかった無党派層・若年層がこの流れで“投票という行動”に動いた点は重要である。

事実、2025年参院選では投票率が前回より6ポイント以上上昇し、58.5%に達した。ネットで動員された新たな層が、参政党の躍進を文字通り“下支え”したのである。
■なぜ「失言」しても支持は揺らがないのか
このように「共感→参加→シェア」のプロセスを巧みに構築した参政党は、単なる“支持を集める存在”ではなく、“心理的・文化的な帰属先”として機能するようになった。つまり、政党というよりも、コミュニティ、あるいは感情の“居場所”に近い存在になっていたのである。
こうした関係性の中では、候補者や党首の発言は、たとえ失言と受け取られるものであっても、支持を弱めるどころか、むしろ支持を強固にする働きを持ちうる。それは、発言の是非ではなく、“誰がそれを言ったか”に重きが置かれる文脈が存在しているからだ。
たとえば、参政党の神谷宗幣代表による「高齢女性は子どもを産めない」といった発言が批判を浴びたにもかかわらず、支持者の支持はむしろ強まった印象すらある。米国のトランプ大統領も同様で、「メキシコ人は犯罪者」「女性蔑視発言」など数々の暴言を重ねても、コア支持層は動じない。これは一体なぜか。
■「メディアからの批判」はむしろ結束を強めた
その背景には、支持が「政策の中身」ではなく、「感情的な帰属」や「自己のアイデンティティ」と深く結びついている構造がある。支持者にとって重要なのは、「この人が私たちの側にいるかどうか」であり、失言はむしろ「本音」「信念」「敵と戦う覚悟」の証と解釈される。
さらに、「敵を攻撃してくれる人=味方」という構図、メディアからの批判を“迫害”と捉えるナラティブ、さらには共通の世界観・危機感を共有する感情共同体の存在が、失言への耐性を強化している。
これは単なる“支持”ではなく、もはや“ファン化”である。問題は失言ではない。支持の構造がすでに変わっているのである。
このようなファン的支持の構造は、今や日本の政治の一部であり、ポピュリズムやネット政治といった表層的なキーワードでは捉えきれない“共感経済”の論理に貫かれている。これこそが、私たちが直視すべき構造変化なのではないか。
■「SNSでバズった政党が勝つ」は本質なのか
2025年参院選で注目されたのは、結党わずか5年の参政党が一気に議席を倍増させたことである。メディアでは「YouTubeやXを巧みに活用したSNS戦略」が勝因として取り上げられた。
確かに、共感を呼ぶメッセージを“切り抜き動画”で拡散し、草の根のオンラインコミュニティを形成した参政党の手法は、現代的で巧妙だった。しかしここで立ち止まって問いたい。
「SNSでバズった政党が伸びる」という構図そのものが問題なのではないか?
重要なのは、参政党がSNSを駆使したという事実ではなく、なぜそのような政党が求められたのかという背景である。すなわち、既成政党への深い不信感、社会に対する無力感、そして自らの声が届かないという“自己効力感の喪失”である。
これは単なる広報戦略の巧拙ではなく、日本社会の深層にある「政治的土壌の劣化」に目を向ける必要があるという警鐘に他ならない。
■選挙が「感情の居場所を探す場」と化している
本質は、「参政党が勝ったこと」ではない。「なぜ既成政党が勝てなかったのか」という問いのほうが、はるかに重要である。
近年の選挙で、既成政党が掲げる公約や政策はどこか空疎に響き、有権者の心を動かさないことが多くなっている。その一方で参政党は、内容の精緻さよりも「物語」や「感情」に訴えた。
政策内容ではなく、「誰が共感されるストーリーを提供できたか」の勝負になっていた。
それは日本の政治が、論理や理念の戦いから、“共感と物語の消費”へと変質しつつあることを示している。選挙とは選択の場であるべきだが、もはやそれは「感情の居場所を探す場」と化しているのではないか。
このような感情中心の政治が広がる背景には、制度やルールそのものへの信頼が失われつつあるという、より根本的な危機がある。つまり、ポピュリズムは選挙戦術の問題ではなく、「社会が制度を信じられなくなったときに起きる自己防衛の反応」だと捉えるべきなのだ。
■なぜポピュリズム政党が「必要とされた」のか
多くの人は「ポピュリズムの脅威」に注目する。しかし、さらに踏み込んで問わなければならない。
なぜ今、この社会にポピュリズム政党が“必要とされた”のか?
それは、日本における「成熟した民主主義を育てるための基盤」が危機に瀕しているからではないか。
かつて公共空間では、複数の意見が交差し、合意形成がなされていた。しかし今、そのような空間はSNSのタイムラインに代替され、教育やメディアは対立の構造を解消する力を失っている。
有権者は政策を読み比べ、検討する余裕を奪われている。唯一自ら積極的に選択できるものとして残されている判断軸が「共感」なのだ。だからこそ、「共感→参加→シェア」というシンプルな設計を持った参政党が躍進できたとも言える。
私たちは、ポピュリズムの是非やSNSの功罪を語る前に、まずこう問うべきだ。
本当に重要な論点はどこにあるのか?

選挙を通じて、社会は何を表現しようとしているのか?

制度と信頼の再構築は、どこから始めるべきか?
そしてメディア、政党、教育、そして一人ひとりの市民が「本質を問うこと」を放棄してはならない。
政治の風景が変わった今こそ、民主主義の土壌そのものを見直す必要がある。
参政党の台頭は、単に政党の興亡ではなく、社会そのものの在り方が問われているサインなのかもしれないのだから。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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