日本のプロ野球と米メジャーリーグは何が違うのか。現地を取材した春川正明さんは「例えばオールスターを見ると、日米ともに『球界の祭典』という意味では同じだが、アメリカでは野球以外の要素にもかなり力が入っている」という――。

■試合6時間前から盛り上がるMLBオールスター
この熱気はいったい何処から来るのだろうか。国民的娯楽(ナショナル・パスタイム)の底力と言うべきか。アメリカのジョージア州アトランタで開催されたメジャーリーグの第95回オールスター・ゲーム(通称ミッドサマー・クラシック)を現地で観戦して来た。
湿気のある暑さの中、午後8時の試合開始までまだ6時間もあるのにファンの歓声が上がった。出場選手が家族と共にファンの前を歩く「レッドカーペット・ショー」が始まったのだ。先頭はなんと大谷翔平。ジョージア州がピーチで有名なことに配慮してか、鮮やかな桃色のドレスを着た妻の真美子さんと手を繋いで、晴れ舞台を歩いた。
選手が歩く通路まで3メートルほど距離があったが、通路にかぶり付きのファンもいる。係員に聞くと、事前にチケットを買えば選手の間近まで近づけるし、運が良ければサインも貰える。さすが、商売のうまいメジャーリーグだ。
メジャーリーグのオールスター観戦は今回が5度目。最初は1995年のテキサスで、ルーキーの野茂英雄さんが先発ピッチャーの大役を務めた。
1999年には今回と同じアトランタで観戦した。今回の舞台は2017年にオープンしたブレーブスの新しい本拠地球場、トゥルーイスト・パークだ。メジャーリーグには全30球団あるので、約30年に一度しか開催地が回って来ない。2001、02、03年には、メジャー入りしたイチローさんを追って、3年連続で夢の球宴を現地で楽しんだ。
■アメリカにあって日本にないもの
野茂さんやイチローさんの頃は、世界最高峰の舞台に日本を代表して出場するという高揚感がファンにも選手自身にもあったように感じたが、今では毎年当たり前のように日本人選手が出場するようになって、長年のメジャーファンの1人としては感慨深いものがある。
『ツーウェイのユニコーン(二刀流の想像上の生き物)』
テレビの中継アナウンサーは大谷をこう呼んでいた。両リーグから出場しているスーパースターやその子供たちが大谷と写真を撮ったりサインを貰ったりするのは、今や当たり前の光景になった。
『オータニと同じ時代に生まれて、そのプレーを見られるのは嬉しい』
球場に向かうリフト(配車サービス、ウーバーのライバル)の運転手は筆者にそう語ってくれた。同じ日本人として誇らしい。
日米のオールスター・ゲームの違いと言えば、試合だけではなくそれに付随する充実したファンサービスや、社会貢献活動のへの力の入り具合だ。そしてそれらの活動を可能にするビジネスにも力を入れている。この点では、アメリカは日本のかなり先を行っている。
日本が追いつくためには、野球が社会に持つ影響力への自覚を高める必要があると思う。
■幼児をファンにするための施策
アメリカのオールスター・ゲームの開催地の街では「オールスター・ウィーク」として、試合のほかにもさまざまなイベントが行われ、街を挙げて盛り上がる。試合前日には「ホームラン競争」がファンの人気を集めている。
さらに両リーグの若手有望選手が集まり対戦する、ファン大注目の「フューチャーズ・ゲーム」、有名OBや有名人らによるソフトボールの試合やドラフト会議も開催される。
それらに加えて、筆者がオールスター・ゲームと同じぐらい毎回楽しみにしているのは、球場近くで開催されるファンのための大きなイベントだ。以前は「ファン・フェスタ」と呼ばれていたが、今回は「オールスター・ビレッジ」と銘打たれていた。
会場内には子供向けのボールパークも設営され、バッティングやピッチングなどを楽しむゲームもあり、幼児向けのコーナーまで設けられていたのには感心した。幼児の時からファンの獲得戦略が既に始まっているのだ。
しかしながら、これまで筆者が行った「ファン・フェスタ」ではあったHOF(米野球殿堂)の出張展示や、野球カード、サインボール、実使用ユニフォームなど野球グッズマニアには堪らない品々を販売する多くのグッズショップの出店が無かったのはとても残念だった。
そういう各種の野球メモラビリア(記念品)は今やオンラインで売買されるので、実店舗自体が少なくなっているのが影響しているのだろう。
■オールスター・ビレッジの入場料は約5000円
さらに、筆者の経験ではこれまでの「ファン・フェスタ」は入場無料だったが、今回は大人の入場料は35ドル(1ドル=150円として5250円)だったのには驚いた。MLB(メジャーリーグ機構)の商魂は逞しい。

商売上手でいうと、MLBは5年前からオールスター専用の両リーグの試合用ユニフォームと帽子、それに試合前練習用のユニフォームと帽子を毎年デザインを変えて作成していた。そして、同じものをファン向けにも販売してきた。
高額な特別ユニフォームや帽子をファンに買ってもらうビジネスだ。その試合用のユニフォームや帽子のデザインがオシャレではなくファンから不評なこともあったのだろう。今年から試合用ユニフォームは以前の通り、それぞれが所属するチームのユニフォームを着用することになった。ファンの声に敏感なのもMLBのマーケティングの賜物だろう。
今回の試合前練習用の特別ユニフォームは250ドル(3万7500円)で販売されていた。高いのはユニフォームだけではない。
球場内の「AUTHENTIC(本物)」と呼ばれる選手実使用や選手仕様のユニフォームやバット、スパイク、手袋などが売られている店で売られていた山本由伸のサインボール(実使用ではない)の値段は750ドル(11万2500円)だった。他のショップで売られていた山本由伸の漢字で書かれたサインボールはなんと1999.99ドル(30万円)の値がついていた。
■大谷が踏んだ1塁ベースの値段
大谷のサインボールは売られていなかったが、もし販売されていたら3000ドル(45万円)は下らないだろう。
大谷の実使用グッズを見つけるのは、アメリカでも日本でも至難の業(わざ)だが、球場内ショップで1つだけ見つけた。
今年5月3日にドジャースがこの球場で試合をした時に、大谷がホームランを打って実際に踏んだ1塁ベースが販売されていた。その値段は2500ドル(37万5000円)だった。
今回のオールスターでは、初めての試みも幾つか行われた。まずはストライクとボールを機械で判定する「ロボット審判」。今回の試合では数回アピールがあったが、人間の審判の判定が覆る場面が目立った。審判も辛(つら)い。マイナーリーグでは既に始まっているが、来シーズンからメジャーのレギュラーシーズンでも導入が検討されている。
もう1つは、9回を終わって同点だった場合の決着の付け方だ。今回初めて両チームによるホームラン競争が導入された。両リーグから3人ずつバッターが選ばれ、1人3スイングで3人の合計本数で試合の勝負をつけるのだ。
ファンとしては前日のホームラン競争は辞退した大谷に是非出場してほしいと思ったが、大谷は2打席でベンチに下がると、次の公式戦に備えて既にユニフォームを脱いで着替えていたのだ。何ともアメリカらしい合理的な考え方だ。

■社会貢献活動の差
ホームラン競争、ロボット審判、レッドカーペット、オールスター・ビレッジなど新しい試みが盛り込まれ、今までのオールスター・ゲームに比べてよりエンターテインメント性が増したように感じる。
古くはDH制やフリー・エージェント制(一定期間同じチームに在籍すれば自由に移籍できる)に始まりさまざまな制度がアメリカのメジャーリーグで始まると、何年か経って日本のプロ野球に同じ様な制度が導入されてきた歴史がある。
そう考えると、ロボット審判やホームラン競争による延長戦の決着も、そう遠くない将来に日本のプロ野球にも導入される可能性があるだろう。
日本のトップ選手がメジャーリーグで活躍するのが当たり前の時代になったので、制度やルールの導入だけでなく、日本でもチームとしてリーグとして野球界全体として、今やっている以上に社会貢献活動に力を入れる必要があるのではないか。
日米の違いの背景には、アメリカの寄付文化と、お金を稼いでいる人たちは社会貢献をして当たり前という考え方の違いもある。アメリカではシーズン中であっても選手たちが病院や学校を訪ねて子供たちを励ます活動が、日頃から当たり前のように行われている。
■単なる野球の祭典ではない
日本でもNPB(日本野球機構)をはじめとして社会貢献活動にも力を入れているが、サッカーのJリーグに比べればまだまだ物足りない。
社会貢献活動をさらに充実すれば野球というスポーツの“社会的価値”が高まり、その結果スポンサーが増えファンの増加にも繋がるという好循環が期待される。野球にはそれだけの底力があると思う。
オールスター・ゲームの6回が終了した時点で、球場全体が真っ暗になった。地元アトランタ・ブレーブスで長年活躍しベーブ・ルースのホームラン記録を破り4年前に亡くなったハンク・アーロンさんの追悼行事が行われた。
また、4回終了時には、ガンと闘う人たちを励ますイベントも実施された。
全ての観客席に置かれた「私は○○のために立ち上がる」というメッセージ・ボードを全観客が掲げるとともに、選手たちもそれぞれ手書きのメッセージを掲げてガンと闘う人たちを励ました。
何とも心温まる瞬間だった。この取り組みは、オールスターとワールドシリーズで2009年から行われていて、MLBと30球団はこれまでにガン研究費に約74億円以上を拠出しているという。
メジャーリーグのオールスター・ゲームは、単なる野球の試合を超えて、大きなメッセージを発信する一大エンターテインメントでもあるのだ。

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春川 正明(はるかわ・まさあき)

ジャーナリスト・関西大学客員教授

関西大学野球部で外野手として関西学生野球6大学リーグ戦で活躍。大阪生まれ、1985年読売テレビ入社。報道局撮影編集部を経て、「ベルリンの壁崩壊」取材をきっかけに報道記者に。神戸支局長、司法キャップ、大阪府警キャップを歴任し「甲山事件」「西成暴動」など数々の事件、事故、裁判などを取材。阪神大震災発生時の泊りデスク。1997~2001年NNNロサンゼルス支局長。「ペルーの日本大使公邸人質事件」「スペースシャトル打ち上げ」「イチローのメジャーキャンプ」「コロンバイン高校銃乱射事件」「ガラパゴス諸島タンカー油漏れ事故」「ハワイ潜水艦とえひめ丸衝突事故」などを取材。帰国後はチーフプロデューサー、報道部長、執行役員待遇解説委員長を歴任。2007~19年「情報ライブ ミヤネ屋」でニュース解説としてレギュラー出演。米大統領選挙(4回)、米同時多発テロ、米朝首脳会談、東日本大震災など国内外で現場取材。読売巨人軍・編成本部次長兼国際部長を経て2022月からフリーで活動。ジャーナリストとしてテレビ・ラジオ出演、執筆、講演など幅広く活動。関西大学客員教授。現在の出演番組はRSK山陽放送テレビ「イブニングニュース」、東京MXテレビ「堀潤Live Junction」、RSK山陽放送ラジオ「春川正明のニュース直球解説」など。「LINEジャーナリズム賞 24年5月~7月期」受賞。著書『「ミヤネ屋」の秘密 ~大阪発の報道番組が全国人気になった理由~』(講談社+α新書)趣味はメジャーリーグ観戦と宝塚歌劇鑑賞。

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(ジャーナリスト・関西大学客員教授 春川 正明)
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