痩せたいときに気をつけるべきことは何か。京都大学名誉教授の森谷敏夫さんは「野生の動物の体の中では自律神経がしっかり働いているから満腹になったら食べないが、人間の自律神経はその機能がひどく低下してしまっているため、食欲の自動制御がうまくできず、いつまでも食べつづけてしまう。
痩せたいのであれば、自律神経を整えることが欠かせない」という――。
※本稿は、森谷敏夫『京大式 脂肪燃焼メソッド』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■なかなか痩せないのは、自律神経のせいかもしれない
「食欲」と「体脂肪」は、自律神経によってコントロールされていて、私たちは本来、特別な例をのぞいて太らないはずなのです。
しかし、ストレスや運動不足、そして快適すぎる住環境での「温室暮らし」などによって、現代人のほとんどが自律神経の機能を低下させています。これが肥満の大きな原因だといえるでしょう。
自律神経と肥満との関係を最初に指摘したのは、1990年まで米国肥満学会会長だったジョージ・ブレイ博士でした。博士は1991年に「モナリザ仮説」という衝撃的な仮説を提唱したのです。「モナリザ」といっても、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画の女性とは無関係で、「Most Obesities kNown Are Low In Sympathetic Activity」を略して、MONALISA。
博士は「太っている人は交感神経の機能が低い」という仮説を提唱して、「自律神経の活動低下によって体重調節機能が乱れること」が肥満の原因であると考えたのです。博士のこの仮説はその後、多くの動物実験やヒトでの実験でも支持されることになります。
「自律神経の活動低下によって太りやすくなる」ということを端的に表したのが、上のグラフです。
「肥満者」は「非肥満者」と比較して、交感神経も副交感神経もその活動レベルがきわめて低いことがわかります。

■ライオンと比べていつまでも食べ続けてしまう人間たち
冒頭にも挙げたように、自律神経は「痩せるために欠かせない2つの働き」を担っています。
1つ目が、食欲のコントロール。2つ目が、脂肪燃焼の促進です。
つまり、自律神経の機能がしっかりと働けば、食欲がコントロールできるようになり、さらには脂肪が燃えやすい体に変わるのです。
たとえば、自律神経と食欲コントロールの関係については、野生の動物たちの姿が見事にそれを象徴しています。
ライオンが昼寝をしているすぐそばで、カモシカがのんびりと寝そべっている様子をテレビ番組などで見たことがある方もいるでしょう。
ライオンは大好物の獲物がすぐそばにいても、満腹になったらもう食べない。そのことをカモシカは知っているからこそ、悠然とライオンのそばで寝そべっていられるのです。
それに対して私たち人間はどうでしょうか。物理的にはお腹がいっぱいでも、甘いものなどのデザートは「別腹!」と、平気で食べることができます。この差は何なのか――。もちろん、自律神経の働きの違いです。

野生の動物の体の中では自律神経がしっかり働いています。そうでなければ、厳しい自然界で生きていくことはできません。
それに対し、現代文明にどっぷり浸かっている私たちの自律神経はその機能がひどく低下してしまっているため、食欲の自動制御がうまくできず、いつまでも食べつづけてしまうのです。
■自律神経と連携して脂肪を燃やす脂肪細胞
自律神経は「食欲のコントロール」「脂肪燃焼の促進」をすることで、体重を管理していますが、もちろん、自律神経単独でその役割を果たしているわけではありません。さまざまな器官や組織と連携しながら、働いています。
中でもカギを握るのが、「脂肪細胞」の存在。脂肪細胞とは、脂肪をたくわえる細胞のこと。脂肪を入れる倉庫のようなものです。脂肪細胞は自律神経と連携、影響し合って脂肪を燃やしていきます。自律神経が体重をコントロールするメカニズムを伝える前に、脂肪細胞について少しお話ししましょう。
脂肪細胞は大きく2種類に分かれます。
1つ目が、「白色脂肪細胞」。

私たちがイメージする「体から消えてほしい余分な脂肪」はこの中に入っています。たとえば、お腹まわりのたぷたぷした贅肉などは、白色脂肪細胞を指します。
白色脂肪細胞は余ったエネルギーを、中性脂肪としてたくわえる働きがあり、お尻、お腹、太もも、腕など全身のあらゆるところに存在しています。白色脂肪細胞の数は全身で300億個ほどといわれます。
体の中に脂肪が増えると、1つひとつの白色脂肪細胞がそれぞれ膨らんでくるので、「あれっ、太ったな」と見た目でもわかるのです。
実はこの白色脂肪細胞には、「レプチン」という食欲抑制ホルモンを出す働きもあります。レプチンは、ギリシャ語の「痩せる」という言葉が語源です。
白色脂肪細胞は長い間、脂肪をたくわえるだけの倉庫で、そこには何の機能もないと考えられていましたが、1994年にアメリカのジェフリー・フリードマン博士が、白色脂肪細胞にはレプチンという、食欲を抑制する重要なホルモンが存在することを発見したのです。
■自律神経が食欲をコントロールするメカニズム
2つ目が、「褐色脂肪細胞」です。
褐色脂肪細胞は存在する場所が限られており、量もわずかです。肩甲骨や背中、脇の下、首、胸などに存在しています。
けれど、少ないながら、また、脂肪細胞という名前にもかかわらず、エネルギーを燃やして熱をつくり出すという、大切な役割を担っています。

特に寒さにさらされると活性化するのが特徴で、盛んに発熱して私たちの体を温めてくれているのが、褐色脂肪細胞なのです。
では、ここからが本題。自律神経がどのようなしくみで、食欲をコントロールし、脂肪燃焼を促進させているのか、説明していきましょう。
白色脂肪細胞には中性脂肪という脂肪が入っています。暴飲暴食や乱れた食生活などで増えるのが、この中性脂肪。白色脂肪細胞の中にある中性脂肪の量が増えすぎると、体は自然と食べすぎを防止しようと働きます。つまり、白色脂肪細胞から食欲抑制ホルモンのレプチンが分泌されるのです。
レプチンは血液中に入り、交感神経の中枢に送られます。実は交感神経の中枢は、「満腹中枢」でもあり、レプチンがやってくると興奮して活性化します。
満腹中枢が活性化することで脳が満腹感を覚え、「ああ、お腹がいっぱいだ」と感じ、食べるのをやめることができるのです。
交感神経が活性化して優位になれば、副交感神経の働きは低下します。交感神経、副交感神経、どちらかが優位に働くと、もう一方の働きが低下するというシーソーの原理です。

副交感神経は交感神経の反対で、「摂食中枢」でもあります。
「お腹がすいた、何か食べたい」と感じるのは、副交感神経の中枢にある摂食中枢(食欲中枢)の働き。
摂食中枢でもある副交感神経の働きが抑制されることで、私たちの食欲は自然と消え、食べるのをやめられるというわけです。以上が、自律神経が食欲をコントロールするメカニズムです。
■アドレナリンは自律神経からの信号
ただ、自律神経によって食欲がコントロールされ食べるのをやめたとしても、すでに食べすぎてしまっていれば、白色脂肪細胞には余分な脂肪がたくわえられています。この余分な脂肪を消すために働くのが、自律神経の体脂肪燃焼促進スイッチです。
レプチンによって交感神経が活性化されると、同時に「アドレナリン」「ノルアドレナリン」というホルモンが交感神経から分泌されます。このアドレナリンは、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の両方に運ばれます。白色脂肪細胞にも、褐色脂肪細胞にも、アドレナリンをキャッチするアンテナである「β3(ベータスリー)アドレナリン受容体」があり、この受容体がアドレナリンに反応することで、脂肪燃焼が促進されるのです。
アドレナリンは、「増えすぎた脂肪よ、燃えろ!」という、自律神経からの信号といえるでしょう。
このアドレナリンの刺激を受けると、白色脂肪細胞では、「リパーゼ」と呼ばれる脂肪分解酵素が出ます。
白色脂肪細胞に入っている中性脂肪は分子が大きくて、そのままでは燃えにくいのですが、リパーゼが出ることで「遊離脂肪酸」という、エネルギーとして燃焼されやすい脂肪に変換されるのです。

中性脂肪が変換してできた遊離脂肪酸は血液中に入っていきます。そして、肩甲骨や背中、脇の下、首、胸などにある褐色脂肪細胞へと運ばれていくのです。
褐色脂肪細胞もアドレナリンの刺激を受けてすでに興奮しているので、運ばれてきた遊離脂肪酸を燃焼させ、熱として発散させることができます。
こうして白色脂肪細胞の中にあった余分な中性脂肪は、最終的に熱として消えていくのです。これが、自律神経の体脂肪燃焼促進スイッチのしくみです。
こうして、私たちの体重は自動的に適正なレベルに保たれています。
もし、自律神経がしっかりと働いていて、これまでに説明したメカニズムがうまく機能していれば、放っておいても太ることはないはずなのです。
■食べつづけてしまうのは「自律神経の機能低下」が原因
自律神経こそが体重をコントロールする「本丸」であることは、わかっていただけたでしょう。逆にいえば、この本丸がうまく作動しなくなると、体重コントロールのメカニズムが働かなくなり、太りやすくなります。
たとえば、交感神経の中枢が機能低下に陥っていると、白色脂肪細胞から分泌されたレプチンの信号を受けとることができません。そのため交感神経にある満腹中枢が働かず、いつまでたっても満腹感が得られずに、食べつづけることになります。
つまり、食欲の抑制ができなくなるのです。
また、たとえ、レプチンの信号を受けとって食欲抑制ができたとしても、交感神経が弱っていると、アドレナリンを十分に分泌できないことがあります。
この場合は、白色脂肪細胞や褐色脂肪細胞をしっかりと刺激できないので、中性脂肪の分解も、褐色脂肪細胞での遊離脂肪酸の燃焼も不十分になります。
体脂肪の燃焼スイッチが入らないわけです。痩せたいのであれば、つねに自律神経がきちんと働いている状態に体をもっていくことが欠かせません。

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森谷 敏夫(もりたに・としお)

京都大学名誉教授

株式会社おせっかい倶楽部代表取締役。南カリフォルニア大学大学院博士課程修了。テキサス農工大学大学院助教授、京都大学教養部助教授、米国モンタナ大学生命科学部客員教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て、京都大学名誉教授、中京大学客員教授に。専門は応用生理学とスポーツ医学で生活習慣病における運動の重要性を説く。『結局、炭水化物を食べればしっかりやせる!』(日本文芸社)、『おサボリ筋トレ』(毎日新聞出版)など著書多数。

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(京都大学名誉教授 森谷 敏夫)
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