※本稿は、朝日新聞取材班『ルポ 熟年離婚 「人生100年時代」の正念場』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■子どもの結婚を見届け58歳で離婚
「将来、あなたの隣にいるのは誰かな?」
埼玉県の68歳の女性は約3年前、交際していた7歳下の男性にそう問いかけた。意を決してのプロポーズだった。照れくさかったのか、男性は返事の代わりに女性を指さした。ともにバツイチ。二人を結びつけたのはマッチングアプリだった。
女性の最初の結婚は23歳のとき。ケチで見えっぱりな元夫との生活が嫌になり、38歳で別居を始めた。
二人の子どもの結婚を見届けて58歳で離婚。パートで週5日働き、経済的には困っていなかったが、還暦を前にして独り身の寂しさが募った。そんなとき、友人から「運命の相手を世界中から探さないでどうするの?」とアプリを勧められた。
恐る恐る「マッチドットコム」というアプリに登録してみた。
■アプリに入れた「婚活」「初婚NG」「子なし希望」
当初の気分は「恋活」。一時期は15歳下の男性と真剣に交際したが、同居は無理と言われ、気持ちが離れた。
求めているのは、残りの人生を共にするパートナー。そんな自分の気持ちに気づき、複数のアプリの条件欄に「婚活」「初婚NG」「子なし希望」と書いて、出会いを重ねた。
体が目当ての人はすぐに会おうとする。夜や土日のメッセージに返事がない人は既婚者の可能性が高い。身長を高めに偽ったり、別人の顔写真を使用したりと、アプリ上のやり取りには「ワナ」も潜んでいた。
パートナー選びの基準は「ありのままの自分でいられる相手」。それが四人目の交際相手だった現在の夫だ。イケメンではない。経済力も高いとはいえないだろう。
2年弱の交際を経て、66歳で婚姻届を出した。気持ちは若くても、自分も夫もほどなく高齢期に入る。「お互い健康でいられるように」「選んでくれてありがとう」。そんな気持ちを込めて、左手の結婚指輪をなでる。
■ミドルシニア婚活アプリ「ラス恋」は10倍増
コロナ禍でリアルの出会いの場が減ったこともあり、マッチングアプリの需要は急速に伸びた。婚活アプリ運営のタップル社・調査会社デジタルインファクト社の共同調査によると、2020年に622億円だった婚活マッチング市場の規模は、28年には860億円まで成長すると予測されている。
ミドルシニアを対象にした婚活アプリ「ラス恋」を23年10月から首都圏で始め、24年9月に全国展開したアイザック(東京都)は「登録者数はこの半年間で10倍に増えた」(広報)という。うち離婚歴がある人は約7割、死別が約1割。子どもがいる人は6割という。
東京商工リサーチ情報部によると、マッチングアプリの運営会社数は5年で6倍近く増えた。一方で、アプリがロマンス詐欺のような不正利用の温床になっているとの指摘も。
「セキュリティー監視などで経費もかさむので、淘汰(とうた)の兆しもある」(同部)という。
■熟年再婚の死別で“争続”勃発
介護の仕事をしていた都内在住の女性(65歳)は10歳年上の年金暮らしの男性と数年前に再婚した。女性には離婚歴があり、実子はいなかった。再婚相手の男性は若い頃に妻と死別し、男手一つで息子二人を育てた。いずれも独立し、一人暮らしをしていた。
結婚相談所を通じて知り合い、二人の息子やその家族は「将来、父親を介護してもらえる」と再婚を喜んだという。女性側にも退職金など1千万円の預金があり、息子一家にお金を貸したこともあった。
最初の5年間は二人で旅行に出かけるなど、平穏に暮らした。息子たちとの関係も良好だった。
しかし、男性が認知症を発症するなど体調を崩し、女性は介護に明け暮れる生活に。そして再婚から10年後、男性は死亡した。
男性は生前、「自宅を含め全財産を介護した妻に相続させ、墓守もしてもらいたい」との公正証書遺言を残していた。
遺言の中身を知った息子たちは豹変した。父親の介護にはほとんど関わらなかったが、「認知症だった父に書かせた遺言は無効だ」「後妻業だ」と遺産の半分を要求してきたのだ。
■「死後離婚」を求めてきた義息たち
だが、遺言書は認知症の発症前に書かれ、男性の手書きの下書き原稿や弁護士と相談しながら修正をしていった過程がすべてファクシミリとして残されていた。
遺言書の有効性を争うことを断念した息子たちは、「遺留分(最低限受け取れる相続財産)の侵害だ」として、遺産の4分の1を請求してきた。だが、男性は定年退職した後、息子たちに頼まれ、退職金のほとんどを孫たちの教育費として贈与していた。財産として残っていたのは首都圏にある一戸建ての家(3千万円相当)と年金だけだったため、息子たちの主張は退けられた。
すると、息子たちは墓地の使用権や位牌の返還を女性に求め、「死後離婚」して縁を切るように要求してきた。死後離婚とは、配偶者が亡くなった後に、婚姻関係終了届を市区町村に出し、配偶者の親族との関係を終了させる手続きだ。
女性はやむなく受け入れた。「姻族関係終了」と記載された戸籍抄本を取り寄せ、息子たちに送り、「互いに誹謗中傷しない」と約束して和解となった。
相続した家を売り、マンションへ引っ越した女性は、今も介護の仕事をしながら一人で暮らしているという。
■バツイチ子持ちの熟年再婚相手の不穏
「寿命が長くなって、親が熟年再婚すると、子どもと再婚相手の間で相続トラブルに発展するケースが増えている」
こう語るのは『たった5日で相続対策』(ダイヤモンド社)などの著書がある税理士の板倉京(みやこ)さんだ。
年金暮らしだった義父(夫の父親)は妻と死別後、首都圏で一人暮らしをしていたが、70歳のとき、結婚相談所を通じて知り合った10歳年下の女性と再婚した。
女性には離婚経験があり、成人した実子もいた。
義父は、板倉さん夫妻に相談することなく再婚を決めた。再婚を知ったのは、お正月に義父宅を訪れたときだという。
義父は、一軒家(3千万円相当)と金融資産約5千万円を持っていた。
もし義父が遺言書を残さずに亡くなった場合、再婚相手の女性には財産の半分を相続する権利が生じる。女性には別の持ち家があったが、再婚を機にその家を賃貸に出していたため、義父の家に住み続けたいと主張する可能性があった。
再婚相手と板倉さんの夫には親子関係がないため、女性が義父宅の相続を選んだ場合、その家はいずれその実子のものになってしまう。
■遺言書無効の主張に「検認」で逆転
「義父が亡くなれば、相続でもめる」と直感した板倉さんは、夫と相談した上で、義父に遺言書を作成するようお願いした。遺言書には、義父宅は板倉さんの夫が相続した上で、その他の財産は再婚相手と半分ずつ相続させると記された。
義父は再婚から数年後に脳梗塞で倒れ、入退院を繰り返し、80歳で亡くなった。
10年足らずの再婚生活だった。
板倉さんは義父の遺言どおりに遺産分割しようとしたが、再婚相手は「遺言書は無効だ」と主張。弁護士を雇い、義父の家に住み続けた。
亡くなった人が遺言書を残していた場合、家庭裁判所で「検認」という手続きを受ける必要がある。発見者が勝手に内容を書き換えたり、破棄したりするトラブルを防ぐため、家裁に相続人が集まって内容を確認するものだ。その検認作業が終わると家裁は「検認済証明書」を発行し、遺言の有効性が証明される。
板倉さんの義父の遺言書は「有効」とされ、再婚相手は金融資産と数千万円の生命保険を手にし、義父宅から出た。その後、板倉さん一家とは音信不通になったという。
■増加する相続トラブルへの対処
司法統計(2022年)によると、家裁に申し立てられた遺言書の検認(2万500件)、遺産分割調停(1万4371件)、相続放棄(26万497件)などの相続トラブルはいずれも増加傾向にある。
子ども側から見ると、実家や金融資産は両親が何十年もかけて築き上げたもの。しかし死別などで残された親が再婚すると、数年一緒に暮らしただけで全財産の半分を再婚相手に持っていかれることもあり、争いになるケースが多いという。
板倉さんは「熟年再婚する場合、子どもと再婚相手が自分の遺産をどう相続するのか。元気なうちにそれぞれと話し合って決め、遺言書を作成しておくことをお勧めします」と助言する。
(朝日新聞取材班)