仕事に情熱があるのは良いことなのか。サイエンスジャーナリストの鈴木祐さんは「情熱には確かにメリットがあるが、副作用も持っていることが、近年の研究で明らかになってきた」という――。

※本稿は、鈴木祐『社会は、静かにあなたを「呪う」 思考と感情を侵食する“見えない力”の正体』(小学館クリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■本当に「情熱」は重要なのか
「天才の極意は、決して情熱を失わないことだ」オルダス・ハクスリー

「情熱と呼べるほどの強い思いが、成功への鍵だ」稲盛和夫
情熱の重要性を訴える偉人は多い。「情熱がなければ生き残ることはできない」と言い残したスティーブ・ジョブズや、「この世界に情熱のない偉業はない」と言ったヘーゲルなど、同じような主張はいくらでもある。その他にも、「やりたいことを見つけろ」や「わくわくすることを探せ」といった類似の表現もあり、いずれも「情熱こそが人生の最適解だ」と言わんばかりだ。
日本能率協会総合研究所が1万人の日本人を対象に行った調査によれば、「仕事を続ける理由」として「仕事のやりがい」を挙げた人の数は26.9%で、「勤務地」や「給与」と答えた人の数を上回った(※)。この結果に偉人のアドバイスがどこまで影響しているのかはわからないが、「情熱を追え」というフレーズが常に一定の支持を集めているのは確かだろう。この考え方は、どこまで正しいのだろうか。
※ 株式会社日本能率協会総合研究所.(2025).【働きがい1万人調査】“働きやすさ(柔軟な働き方)”は、検討した転職を思い留まらせる“働きがい(仕事のやりがい)”は、転職を考えさせないカギ.[online] Available at: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000016.000053295.html [Accessed 8 Jun. 2025].
■情熱には「三つの問題」がある
まず前提として、“情熱”にメリットがあるのは間違いない。たとえば、バース大学などの調査では、94の先行研究を精査したうえで、情熱が多い人ほど仕事や趣味でポジティブな感情を体験しやすく、自己効力感も高かったと結論づけた(※1)。また、297人を対象にした別の調査でも、仕事への情熱を持つ人ほど人生の満足度や幸福感が大きかったと報告されている(※2)。

※1 Curran, T., Hill, A.P., Appleton, P.R., Vallerand, R.J. and Standage, M. (2015). The psychology of passion: A meta-analytical review of a decade of research on intrapersonal outcomes. Motivation and Emotion, 39(5), pp.631-655. doi:https://doi.org/10.1007/s11031-015-9503-0.

※2 Yukhymenko-Lescroart, M.A. and Sharma, G. (2020). Passion for Work and Well-Being of Working Adults. Journal of Career Development, 49(3), p.089484532094639. doi:https://doi.org/10.1177/0894845320946398.
要するに、強い情熱を持つことができれば、今よりも仕事が楽しくなったり、難しいタスクに取り組むモチベーションが上がったりなどの恩恵を得られるわけだ。これらのデータを見ると、やはり情熱には相応のメリットがあると言ってよい。


しかし、一利あれば一害ありで、近年の研究では「情熱は過大評価されている」との指摘が多い。情熱は必ずしも成功の鍵にはならず、それどころか仕事の生産性を下げかねないことがわかってきている。データを総合すると、情熱には大きく三つの問題がある。
1 「情熱」は、長期的な仕事の生産性を下げる

2 「情熱」が強くなるほど、逆境に弱くなる

3 「情熱」は、自分を見る目を曇らせる
人生に情熱を持てば、短期的に幸福度は上がるかもしれないが、長い目で見るとパフォーマンスの低下やストレスの悪化などの問題が起きる。情熱が人生の推進力になるのは最初のうちだけで、長い目で見れば“呪い”に変わりかねないわけだ。それぞれの副作用を、詳しく説明しよう。
■「モチベーションの前借り」という側面
【情熱の副作用1】「情熱」は、長期的な仕事の生産性を下げる
情熱がもたらす最大の副作用は、長期的に仕事の成果を下げる方向に働くところだ。先にも見たように、数週間から数カ月のスパンであれば、情熱は仕事のパフォーマンスを上げてくれるが、年単位では裏目に出るリスクが大きい。
ケルン大学などの調査を見てみよう(※)。研究チームは700人超のビジネスパーソンに「仕事にどれぐらいの情熱を持っているか」を訊ね、その答えを日々の疲労度と比べた。その結果はこうだ。
● 情熱を持って仕事をした日はモチベーションが高まり、そのおかげで生産性が上がる。
しかし、その翌日は普段より疲労感が増え、仕事への情熱が下がりやすい。

● いつもと同じ気持ちで仕事をした場合は、その翌日の疲労感は特に上がらず、モチベーションも下がらなかった。
※ Bredehorst, J., Krautter, K., Jirs Meuris and Jachimowicz, J.M. (2023). The Challenge of Maintaining Passion for Work over Time: A Daily Perspective on Passion and Emotional Exhaustion. Organization Science, 35(1). doi:https://doi.org/10.1287/orsc.2023.1673.
どうやら“情熱”は一時的に生産性を高めてくれるが、その翌日には仕事のやる気を失わせるらしい。その理由は簡単で、強い情熱を感じた日はエネルギーがわいたように感じるため、普段よりもペースを上げてタスクを片づけようとしはじめる。すると、いつもより速く心身のリソースが失われ、脳の疲労がうまく回復しなくなってしまう。
いわば情熱には、モチベーションの前借りのような面がある。それにもかかわらず、いつも情熱的に走り続けていたら、いつか燃料が切れるだろう。326名を調べた別の研究では、強い情熱を抱くビジネスパーソンのほうが長期的に燃え尽きやすく、パフォーマンスが下がる確率が高かったとしている(※)。モチベーションの前借りを繰り返した結果、やがて気力の残高がマイナスになってしまったようだ。
※ Sousa, C. and Ferro, A.S. (2025). From Passion to Burnout: The Role of Work-Family Conflict and Job Satisfaction in the Workplace. Social Sciences, [online] 14(2), pp.104-104. doi:https://doi.org/10.3390/socsci14020104.
■休暇を取っていても燃え尽き症候群が発生
というと「適切に休めば問題ないのでは?」と思うかもしれないが、この研究では、しっかり休暇を取った参加者にも、燃え尽き症候群の発生が認められている。その理由はまだ判然としないが、おそらく情熱が強い人は、一日の仕事が終わった後にも残ったタスクのことを考え続けるため、休憩のあいだにも心身の緊張がほぐれないのだろう。そのため、本人は体を休めているつもりでも、脳内ではワークライフバランスが崩れたままになるわけだ。

■メンタルを弱くする副作用もある
【情熱の副作用2】「情熱」が強くなるほど、逆境に弱くなる
“情熱”には、メンタルを弱くする副作用もある。たとえば、次のような人物を見かけたことはないだろうか。
新入社員のAさんは、「人生には情熱が大事だ」と考え、いつも仕事に熱意を注いでいた。毎朝早くからオフィスに向かい、誰よりも早くメールを片づけ、会議でも積極的に意見を出す。昼休みも資料作りや勉強にあて、周囲が帰った後もデスクに残って仕事を片づけるような毎日だ。そんなある日、自身の作った書類に計算ミスが見つかり、Aさんは上司から軽い叱責を受けた。すると、その直後から彼は急速にモチベーションを失い、これまで毎日続けていた早朝出社や積極的な発言もなくなり、仕事の量も目に見えて減ってしまった。
あくまで架空のストーリーだが、仕事に一生懸命だった人が、急にやる気を失う現象は珍しいものではない。こういった現象が起きる理由を、“情熱”の研究で有名な経営学者ヤン・ヤヒモビッチは、次のように説明する(※)。
「仕事に情熱を注ぐことは、長い目で見れば有害な可能性がある。情熱を注ぐ先を仕事だけに求めれば、もし解雇されたり、厳しい評価を受けたりして、仕事で逆境にさらされたときに、ダメージから立ち直りにくくなる」
※ Bredehorst, J., Krautter, K., Jirs Meuris and Jachimowicz, J.M. (2023). The Challenge of Maintaining Passion for Work over Time: A Daily Perspective on Passion and Emotional Exhaustion. Organization Science, 35(1). doi:https://doi.org/10.1287/orsc.2023.1673.
■仕事とアイデンティティが一体化することのリスク
仕事に情熱を持つ人は、時間の大半を業務に費やすため、その過程で少しずつ自分のキャリアがアイデンティティの一部に変わりはじめる。この状態が長く続くと、やがて「私の価値は仕事で決まる」や「仕事ができない自分には意味がない」といった感覚が生まれ、最後は自己を仕事と切り離せなくなってしまう。

しかし、人生にトラブルはつきものであり、作業が思うように進まなかったり、理不尽な上司に怒られたりといった問題は必ず起きる。そんな場面では、仕事とアイデンティティを結びつけて考える人ほど、自分の存在意義を見失いやすく、立ち直るのに時間がかかるはずだ。
さらに言えば、人間の気持ちが同じ状態を保ち続けることもほとんどなく、どれだけ強い情熱を持つ人でも、時には仕事への意欲が薄れたり、どうしてもやる気が出ない日が続いたりすることはあるだろう。そのため、情熱に重きを置く人は、少しモチベーションが下がっただけでも、「まだ情熱が足りない」や「もっと努力しなければ」といった気持ちになりやすい。その結果、やはり軽度のストレスに弱くなってしまう。
ミシガン大学が解雇されたばかりの労働者にインタビューを行った調査では、かつて仕事に情熱を注いでいた人ほど、職を失った後でアイデンティティの一部が損なわれたように感じ、再就職のモチベーションを失ったと報告されている(※)。仕事とアイデンティティが一体化したせいで、仕事をなくした瞬間から、自分の価値を見いだせなくなったのだろう。
※ Jiang, W.Y. (2022). The Trouble with Passion: How Searching for Fulfillment at Work Fosters Inequality. Administrative Science Quarterly, p.000183922210861. doi:https://doi.org/10.1177/00018392221086194.
■情熱家には“うぬぼれ屋”が多い
【情熱の副作用3】情熱的な人は自分を見る目が曇る
情熱は人間の目を曇らせる。そんな報告が、ハーバード大学から出ている(※)。
※ Bailey, E.R., Krautter, K., Wu, W., Galinsky, A.D. and Jachimowicz, J.M. (2024). A Potential Pitfall of Passion: Passion Is Associated With Performance Overconfidence. Social psychological & personality science. doi:https://doi.org/10.1177/19485506241252461.
研究チームは約800人のビジネスパーソンを調べ、全員の情熱の強さ、仕事の成果、周囲から見た仕事の評価といった三つのデータを20日間にわたって収集。すべてのデータを分析し、以下の事実をあきらかにした。
● 仕事に情熱的な者は、周囲から「仕事ができる人間だ」と評価されやすい。


● 仕事への情熱が強い者は、自分の仕事ぶりを実際より高く見積もりやすい。
仕事に情熱を注ぐ人は、上司や同僚からの評判がよく、自分でも「私は仕事ができる」と考えていた。しかし、客観的な業績データや第三者の評価を確かめてみると、実際には情熱が強い者ほど仕事のパフォーマンスは低い傾向があったという。要するに、情熱家には“うぬぼれ屋”が多いわけだ。
さらに、カリフォルニア大学の実験では、“情熱”を頭の中でイメージしただけでも、私たちは自信過剰に陥りやすくなるとの結果も得られている。こちらの実験では、研究チームはまず約400人のビジネスパーソンを二つのグループに分けた。
1 自分が情熱的に働いている姿を想像させる

2 自分が時間を守って働いている姿を想像させる
■「自分は成長するはず」という思い込み
そのうえで「自分の将来はどうなると思うか?」と訊ねたところ、情熱的な自分を思い描いた参加者ほど、「未来の私は、仕事で高いパフォーマンスを出せているはずだ」と予測する傾向が見られた(※)。
※ Bailey, E.R., Krautter, K., Wu, W., Galinsky, A. D., & Jachimowicz, J.M. (2024).“Potential Pitfall of Passion: Passion Is Associated with Performance Overconfidence.” Social Psychological and Personality Science.
どうやら多くの人は「私はこの仕事が好きだ」と考えただけで、根拠もなく“自分は成長するはず”と思い込むようだ。このような心理が起きるのは、情熱が強い者ほど前向きな姿勢で働くため、実際には生産性が低かったとしても、同僚や上司からよい印象を持たれやすくなるからだ。そのせいで、情熱がない者よりも多くの期待や称賛を集めるようになり、これが「私は優秀に違いない」という自信を生んでしまう。
もちろん、自己肯定感が高いこと自体は悪くない。「私は仕事ができる」と思い込むことができれば、セールスやインフルエンサーのような、自己アピールや積極性が求められる仕事ではプラスに働くこともあるだろう。
とはいえ、大半の仕事では自分の能力を正しく把握できたほうがよいのは間違いなく、最初は自信過剰のおかげでうまくいったとしても、その根底に実力がなければ長期的な失敗は避けられない。やはり“情熱”は、取り扱いが難しい劇薬だと言える。
■情熱を追い求めると、人生の可能性が狭まる
かように“情熱”はあなたから客観性を奪い、メンタルを脆弱にし、長期の生産性を下げる方向に働く。何も考えずに「情熱を持て」というアドバイスに従うと、かえって自分を苦しめる結果になりかねない。
では、情熱が持つメリットを、うまく使いこなすことはできないのか。情熱に関する研究の多くは、次のポイントを指摘する。
1 情熱は「自然発生」するものと心得る

2 情熱を機能させるには「好きなもの」よりも「大事なもの」を重視する
まず大事なのが、「情熱を探してはいけない」という点だ。「情熱を持て」と言われると、多くの人は自分のなかにある熱意や意欲を探そうとするが、このような行為は、あなたの可能性を長期的に損なってしまう。
このことを示したのが、2018年に心理学者のポール・オキーフらが行った調査だ。研究チームは474人の学生を集め、次の二つの考え方のうち、どちらを強く持っているのかを調べた(※)。
※ O’Keefe, P.A., Dweck, C.S. and Walton, G.M. (2018). Implicit Theories of Interest: Finding Your Passion or Developing It? Psychological Science, 29(10), pp.1653-1664. doi:https://doi.org/10.1177/0956797618780643.
●固定的情熱:「情熱は自分の内面に眠っており、それを発見しなければならない」という考え方

●成長的情熱:「情熱は努力や経験を通じて少しずつ発生するものだ」という考え方
簡単に言えば、ここまで見てきた「内なる情熱を見つけろ」や「好きなことを探せ」といった考え方は固定的情熱で、「いずれ楽しくなるかもしれない」や「続けるうちに好きになるかもしれない」などは成長的情熱に分類される。
■あくまでも「自然に発生する」ものと心得る
その後、学生たちに複数のニュース記事を読ませたところ、固定的情熱を持つ学生は、興味がない文章にはほとんど手をつけなかったのに対し、成長的情熱を持つ学生は「とりあえず最後まで読み通そう」と考える傾向があった。つまり、「情熱を探すべきだ」と考える人は、新しいことへの興味を広げるモチベーションが低いわけだ。
メカニズムを説明しよう。まず成長的情熱を持つ人は、「最初は興味がわかなくても、続けていくうちに面白くなるかもしれない」と考えるため、未知のジャンルや関心のない分野を前にしても、「一度はやってみよう」といった姿勢になりやすい。そのおかげで、自分では思いもしなかった分野に適性を見つける確率が高くなる。
一方で固定的情熱を信じる人は、自分が情熱を注ぐ対象を「あるかないか」の二択でとらえることが多い。「情熱は自分の内面に眠っている」という考え方には、「情熱は自分のなかに完成した形で存在する」との前提が含まれるからだ。そのため、最初から強い興味を感じられないものや、少しでも退屈を覚えたものに対しては、「これは自分には向いていない」と早々に結論を下してしまう。
このメンタリティこそが、情熱の副作用が生まれる最大の原因だ。
つまり、情熱の副作用を回避するためには、「内なる情熱を探す」態度を諦め、時間をかけて熱意を養う姿勢を保つのが正解となる。情熱はあくまで自然に発生するものであり、私たちの内に眠るお宝ではない。

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鈴木 祐(すずき・ゆう)

サイエンスジャーナリスト

1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒。16歳のころから年間5000本の科学論文を読み続け、「日本一の文献オタク」とも呼ばれる。大学卒業後は出版社に勤務し、その後独立。雑誌などへの執筆を行う一方で、海外の学者や専門医を中心に約600人にインタビューを重ね、月に1冊のペースでブックライティングを手がけている。これまでに関わった書籍は100冊を超える。自身のブログ「パレオな男」では、健康・心理・科学に関する最新知見を紹介し続け、現在は月間250万PVを記録。近年はヘルスケア企業を中心に、科学的なエビデンスの見極め方などを伝える講演活動も行っている。近著に『社会は、静かにあなたを「呪う」』(小学館クリエイティブ)、『最強のコミュ力のつくりかた』(扶桑社)、『才能の地図』(きずな出版)などがある。『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)は20万部を突破。

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(サイエンスジャーナリスト 鈴木 祐)
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