※本稿は、ブルース・フッド著・櫻井祐子訳『LIFE UNIVERSITY もし大学教授がよい人生を教えたら』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■幸せは「先天的」か、「後天的」か
古代ギリシアの哲学者エピクテトスは、「重要なのは何が起こったかではなく、それにどう反応するかだ」と言った。
同じネガティブなできごとに遭遇しても、気にしない人がいるかと思えば、何日も思い悩む人もいる。
なぜだろう? なぜ私たちは悲観的になったり、楽観的になったりするのだろう? なぜ幸せな人と、そうでない人がいるのだろう? それは「生まれつき」なのか、それとも「後天的」なのか?
幸せな子どもが、幸せな大人になることが多いのは確かだ。そして、子どもが幸せかどうかには、親から受け継ぐ遺伝子も関係している。
幸福度の違いのうち、どの程度が生物学的なもので、どの程度が環境の影響を受けるのか(これは「遺伝率」と呼ばれる考え方だ)を調べるには、同じ遺伝子を持つ一卵性双生児と、半分の遺伝子が同じ二卵性双生児の幸福度を測る方法がある。
幸福度の指標の違いのうち、遺伝で説明できる割合は、平均すると40~50%でしかない(※1)。この推定値は、知能の遺伝率と大差ない(※2)。
※1 Bartels, M. (2015), ‘Genetics of wellbeing and its components satisfaction with life, happiness, and quality of life: a review and meta-analysis of heritability studies’, Behavioral Genetics, 45(2), pp.137–156.
※2 Plomin, R. and von Stumm, S. (2018), ‘The new genetics of intelligence’, Nature Reviews Genetics, 19, pp.148–59. 3 Office for National
■イギリスの若者が幸せを感じるもの
つまり、私たちのよい気質や悪い気質には、両親から受け継いだものもあるが、遺伝がすべてではない。
幸福度は、性格の他の側面と同様、生物学的素因だけでは説明できないのだ。
イギリス国家統計局は、10~15歳までの若者を対象とした聞き取り調査で、「あなたは何に幸せを感じますか?」と尋ねた(※3)。
最も多かった答えは、プレイステーションでも、インスタグラムのフォロワー数でも、お金や休暇、学校の成績でもなかった。
彼らが幸せな生活を送るために一番大切なこととして一貫して挙げたのは、「愛されていると感じ、とくに友人や家族と良好で支え合う関係にあり、何でも話せて頼れる人がいること」だった。
※3 Office for National Statistics, ‘Children’s views on well-being and what makes a happy life, UK: 2020(アクセス確認:2023年9月26日)
■「幼児期の心の健康」が満足度を左右する
また、1970年生まれの1万7000人の大人を対象とした別の研究では、「あなたは人生にどれだけ不満/満足を感じていますか?」と尋ねた(※4)。当時42歳だった回答者の満足度に最大の影響を与えた要因は、「幼児期の心の健康」だった。
幼児期の社会的交流は、大人になってからの行動の基盤となり、ひいては幸福度に影響をおよぼす。
なぜなら私たちは人との交わりを通じて、人生の挫折や難題にうまく対処する方法を学んでいくからだ。
年収や結婚相手、恋人など、人生の満足度に影響するあらゆる環境要因の中で、大人になってからのウェルビーイングを予測する最大の要因は、幼児期の他者との関係なのだ。
ではここで少し時間を取って、子どもの幸せと「自尊心」の関係を考えてみたい。
自尊心とは、自分自身に対して感じる価値のことで、幸せと密接な関連性がある。これは当たり前のことだ。自分に価値がないと感じると、幸せな気持ちになりにくい。
※4 Flèche, S., Lekfuangfu, W. N. and Clark, A. E. (2021), ‘The long-lasting effects of family and childhood on adult wellbeing: evidence from British cohort data’, Journal of Economic Behavior and Organization, 181, pp.290–311.
■子どもをほめる「自尊心運動」の効果は?
自尊心の低さは、精神疾患や薬物乱用、犯罪、暴力など、成長してからのあらゆる社会問題の原因とされてきた。
1970年代以降、とくにアメリカで、社会問題の予防策として、子どもの学業成績を上げて自尊心を高めようとする動きが進められている。
私がアメリカで発達心理学者として働いていた頃も、子どもと関わる人が口々に「よくやったね!」というほめ言葉をかけることに驚いたものだ。
子どもが本当に頑張ったかどうかは問題ではなく、子どもを幸せな気分にさせるために、つねにほめることが習慣化していた。
この「自尊心運動」は、子育てにも教育界にも大きな影響をおよぼしているが、自尊心を上げて幸福度を高めることが有益な結果につながる、という前提を裏づける証拠はない。
■自尊心によって子どもに生じる“違い”
自尊心が高い子どもは、自信や積極性、好奇心、独立心がより高く(※5)、変化への対応力にも優れている。
これに対し自尊心が低い子どもは、引っ込み思案で、自信に欠け、困難に対処できず、すぐに挫折するか、あきらめてしまう傾向にある。
だが興味深いことに、自尊心が高い子どもと低い子どもには、自信の度合いに違いが見られるものの、この若さでは「能力」に実質的な違いは見られない。自信と能力の関係が確立するのは、もう少し能力が高まる幼児期後期になってからだ。
とはいえ、子どもは年齢とともに、自分のパフォーマンスの客観的指標を意識し、他者のパフォーマンスと比べるようになる。
子どもはそんなに愚かではない。自分がよい結果を出せば、それに気づくことができ、その気づきが幸福度を高めるのだ。
もちろん、自信とパフォーマンスは互いを高め合う、と言うこともできる。
自信があれば、困難な役回りを引き受けることが増え、それを通じて自分を高めていけば、自信がさらに高まる。
※5 Harter, S. (2006), ‘The Development of Self-Esteem’ in M. H. Kernis (ed.), Self-Esteem Issues and Answers: A Sourcebook of Current Perspectives (New York: Psychology Press), pp.144–50
■根拠のないほめ言葉はあまり意味がない
反対に、自信がなく、挫折に負けて努力をやめてしまったら、パフォーマンスは停滞するか低下するだろう。
だがこれは「ニワトリが先かタマゴが先か」の問題だ。自信がパフォーマンスを高めるのだろうか、それとも逆なのか?
それを知るには、自尊心とパフォーマンスのどちらが「先」に変化するかを調べればよい。一方の変化が他方の変化に先行するなら、先に変化したほうが原因の役割を果たしていることがわかる。
データを見る限り、自尊心が高まるのはパフォーマンスが高まった後で、その逆ではない(※6)。
つまり、根拠のないほめ言葉がパフォーマンスを高めるわけではないのだ。
子どものパフォーマンスに影響をおよぼす育児スタイルは、大まかに「信頼型」「消極型」「支配型」の3つに分類できる(※7)。
※6 Baumeister, R. F., Campbell, J. D., Krueger, J. I. et al. (2003), ‘Does high self-esteem cause better performance, interpersonal success, happiness, or healthier lifestyles?’, Psychological Science in the Public Interest, 4(1), pp.1–44.
※7 Baumrind, D. (1989), ‘Rearing competent children,’ in W. Damon (ed.), Child Development Today and Tomorrow (San Francisco: Jossey-Bass), pp.349–73.
■「信頼型」で育った子どもは自尊心が高い
「信頼型」の親は、子どものパフォーマンスへの関心が高く、厳格で、ルールにうるさいが、温かく、子どもの意思を尊重する。
こうした親に育てられた子どもは、自尊心が高いことが多い(※8)。
「支配型」の親は、状況を自分でコントロールしようとして、子どもを支配する傾向にある。子どもに解決策を考えるチャンスを与える間もなく、みずから乗り込んできて、自分のやり方を押しつける──これは自尊心を低める育児スタイルだ(※9)。
この手の親は「ヘリコプターペアレント」とも呼ばれる。ヘリコプターのように上空から子どもを監視し、少しでも問題があると、すぐに舞い降りてきて、自分で解決してしまう。支配的な親に育てられた子どもは、人に過剰に依存し、自分の置かれた状況を人のせいにしがちだ。
そして「消極型」の親は、やる気がないか、放任的で、子どもの成熟を遅らせることが多い(※10)。
※8 Litovsky, V. G. and Dusek, J. B. (1985), ‘Perceptions of child rearing and self-concept development during the early adolescent years’, Journal of Youth and Adolescence, 14(5), pp.373–87.
※9 Grolnick, W . and Ryan, R . (1989), ‘Parent styles associated with children’s self-regulation and competence in school’, Journal of Educational Psychology, 81(2), pp.143–54.
※10 Maccoby, E . E . and Martin, J . A . (1983), ‘Socialization in the context of the family’ in E. M . Hetherington and P. H. Mussen (eds.), Handbook of Child Psychology, Vol.4: Socialization, Personality, and Social Development (New York: Wiley), pp.1–101.
■無視・抑圧はせず、指導・見守りをする
では、幸せな子どもを幸せな大人になるように育てるには、どうしたらいいのだろう?
報酬や称賛は、子どもの自尊心と自信を高め、困難な役割を引き受ける意欲を促すために重要だが、それは成功を導くようなものでなくてはならない。
ほめすぎると、子どもは大人に認められたことを喜ぶかもしれないが、成長は阻まれてしまう。
どんな結果に終わっても「よくやったね」とほめられたら、子どもは成功と失敗の見分けがつかなくなる。やがて自主性を失い、ほめられなければ頑張れなくなるだろう。
一番よいのは、こんな方法だ。
子どもの取り組みに積極的に関心を持ち、必要な場合は励ましや助言を与えてサポートするが、根拠のないほめ言葉で甘やかさない。一歩下がって、失敗する機会を与え、そして子どもが自分を責めずに失敗から学べるように手を貸そう。
「親に愛されるために成功しなくては」というプレッシャーを取り除こう。
子どもを束縛せず、協力的な環境を提供しよう。
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ブルース・フッド
ブリストル大学心理科学部発達心理学教授
神経科学や心理学の分野で多数の賞を受賞。著書に『スーパーセンス ヒトは生まれつき超科学的な心を持っている』(インターシフト)、『人はなぜ物を欲しがるのか 私たちを支配する「所有」という概念』(白揚社)などがある。テレビ(BBCの2011年王立研究所クリスマス科学実験講座など)や、映画(2019年のジェフ・ブリッジス製作ドキュメンタリー映画『Living in the Future’s Past』など)、ラジオ(2021年のBBC「The Happiness Half Hour」など)への出演多数。アメリカ科学的心理学会と、王立研究所、イギリス心理学会のフェローを務める。
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(ブリストル大学心理科学部発達心理学教授 ブルース・フッド)