※本稿は、天野隆・税理法人レガシィ『相続は怖い』(SB新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
■財産を均等に分けても“争族”になる
基本的に相続は、「相続でモメない」「上手な節税」「しっかりした財源がある」の3つがそろえば、相続人の誰もが満足できるものになります。
相続人である子供に関して親がいちばん気をつけなければいけないことは、財産が少なくなりそうな人に配慮することです。
たとえば親が医院を経営していて、子供2人のうち、1人が医師でもう1人は医師でなかったとしましょう。すると親の医院の土地・建物はもちろん、地位も評判も医師である子供が引き継ぐことになるでしょう。
そのような場合、私たちは医師でないほうのお子さんに配慮することをおすすめしています。
遺言を書く場合には、私たちがインタビューで医師でないお子さんの長所を盛り込みます。心優しいとか友達が多いなどの長所を、親である自分は誇りに思うといったようなことです。
財産的配慮ももちろん大切ですが、心情的配慮もなされていると、子供の受け止め方が全然違ってきてモメにくくなります。
■いい相続の肝は「親心」
モメた例ではありませんが、相続を通じて親心が伝わったエピソードをお話ししましょう。
あるご家庭ではお父様が娘さんを受取人として生命保険に加入していました。
保険のセールスパーソンに、「心優しい娘に多く遺してやりたいから、もう1本生命保険に入りたい」と連絡があったそうで、父親が自分のためにわざわざ保険に追加加入してくれたことを知った娘さんは、涙ぐんでいたということです。
子供たちが親心を実感できる言葉を残しておくことが、「いい相続」のキモなのではないかと思います。
■生前にできる2つの相続税対策
「上手な節税」というのは、相続税の額は合法的なら少しでも安いほうがいいということです。まずは生前にできる対策について説明します。
① 年間110万円の贈与非課税枠を利用して財産を減らしていく
贈与税の暦年課税制度に設けられた110万円の非課税枠の範囲内であれば、税金をかけずに財産を移動させることができます。これを「暦年贈与」といいます。
また、年間110万円の贈与を受ける人(受贈者といいます)には人数の制限がありません。たとえば子供たちに加えて、その子供たち(つまり孫たち)にも贈与することができます。
受贈者が4人いれば1年間に、110万円×4人=440万円まで税金がかからずに贈与することで、相続財産を減らすことができるのです。
〈注意点〉
これまで相続開始前3年間の贈与については、相続税評価額に取り込まれていましたが、2024年1月1日以降の贈与については7年間に延長されました。
よりいっそう、前々からの準備が必要になることに留意してください。
② 生命保険を活用した節税対策
生命保険には「500万円×法定相続人の数」を限度とした非課税制度があります。
法定相続人の数が3人の場合「500万円×3人=1500万円」までが非課税になります。
なお、非課税制度が使える受取保険金は死亡を原因としたものに限られます。また保険の受取人が相続人でない場合は、この非課税枠は使えません。
■相続税を現金で払えるようにしておく
しっかりした財源を持つことも、相続トラブルを回避するには重要なことです。相続税は現金一括払いが原則です。そうはいっても現実的には、土地や株などを売らないと財源が確保できないということも多いです。
その場合、相続発生後に土地を売りに出しても相続税の申告期限に間に合わない可能性が出てきます。
もしも現金がなくて納税ができなかった場合は、延納できそうなら延納を、どうしても無理なら物納を選ぶしかありません。しかし物納は最近、認められにくくなってきています。
相続税の課税対象になる可能性がありそうな場合は、相続税の財源をどこに求めるかを考えておいたほうがいいでしょう。
■モメる原因の多くは「比較」だった
この場合の比較には2種類あります。
一つ目は親が子供同士を絶えず比較して育てた場合。二つ目は子供が他のきょうだいに比べて自分はどれくらい親に愛されたかを気にし続けてきた場合です。
親の側にしてみると悪気があるわけではないのですが、つい「お兄ちゃんを見習ってしっかりしなさい」とか「A子は愛想がいいけれどもB子は愛想がない」と言ってしまうことがあります。
さらには学校でも「あのCさんの妹さんでしたか」とか「お兄さんは走るのが速くていつもリレーの選手でしたね」など、人気者だったり運動会のスターだったりした姉や兄のことを言われると、「それに比べてあなたは……」と言われているような気になります。
そうは言ってもはるか昔の子供時代のことです。特にきょうだいと離れて暮らしているような場合は、日ごろは「比べられた子供時代」を思い出すこともあまりないでしょう。ところが、そのことをまざまざと思い出す日がやってきます。それが相続における遺産分割のときなのです。
相続は退職金と並んで人生で大金を手にする機会です。そのタイミングで親や周囲によってきょうだいと比較された過去を思い出します。
そして自分が相手よりも損をしてきたような気がして、親の愛を取り戻すかのごとく「相手より多く財産をもらいたい」という気持ちが湧き上がってくるのでしょう。
■きょうだいはライバルではない
『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社、岸見一郎・古賀史健著)という大ヒットした本で取り上げられ、日本でも一躍有名になったオーストリアの精神科医であるアルフレッド・アドラーは「他人との比較は全く有用でない」と述べています。
長年相続に携わってきた私は、つくづくアドラーの言う通りだと思います。たとえばスポーツ選手のような立場であれば、よくライバルと自分を比較して、相手に追いつこうと努力することも必要でしょう。
しかし、そもそもきょうだいはライバルではありません。同じ腹から生まれた、まさに文字通りの「同胞(はらから)」です。
ではどうすればきょうだいをライバル視したり、比較の対象にしたりしないで済むのでしょうか。まず財産を相続する子供の立場として、強く心に留めておいていただきたいのが「目に見える財産だけが財産ではない」ということです。
■相続争いをなくす「目に見えない財産」
経済学の用語に「地位財・非地位財」というものがあります。経済学者のロバート・フランクが作った言葉で、地位とはポジションを、財はグッズを表します。
ポジションとは自分が他人と比べたときに、どのようなポジションにいるかを測るものです。社会的地位の他、所得や物的財産なども含まれます。言ってみれば、個人の進化や生存競争を勝ち抜くために必要な要素です。
一方、グッズは「財」を意味します。この「財」とは必ずしも預金や株式などの有価証券、土地などのように、お金に換算されるものに限定されてはいません。
図表1を見るとわかるように、個人が安心・安全な生活を送るために重要な要素となる健康や自由、愛情、社会への帰属意識なども含まれます。
地位財と非地位財との違いは、前者が周囲と比較できるものであるのに対し、後者は他人が持っている・いないとは関係なく、純粋にそれ自体を持っていることで喜びを得られるもの、と言い換えることもできます。
最も重要なポイントは、地位財がもたらす幸福は長続きしないのに対して、非地位財による幸福は長続きするという点でしょう。
■非地位財は課税されない
「幸福のランニングマシン(hedonic treadmill)」という言葉があるのをご存じでしょうか?
快楽を追い求めていくら走り続けてもゴールにたどり着かないことを表すもので、日本語では「快楽順応」などとも呼ばれています。
地位財の例でいうと、収入が増えるとそのときは強い喜びを感じますが、すぐにその状態に慣れてしまい、もっと多く欲しくなり、より多くを求めてランニングマシンの上を走り続けてしまいます。
でも走っているのはランニングマシンの上なので、どこまで行ってもゴールにたどり着くことはありません。
地位財が他人と自分を比較し、自らを奮い立たせるのに有用であるのに比べると、非地位財は地味です。すぐに成果が得られるような性質のものではなく、長年かけて自分のパーソナルな「心地よさ」を追求した結果が「そうなった」という性質のものです。
そしてここが最も重要なのですが、税金という観点からすると、地位財は課税の対象となるけれども、非地位財には課税されることがありません。
課税はされない上に、長く幸福をもたらし続けてくれるのが非地位財です。
■大金を相続しても不幸になる人が多い
私たちはとかく、目先の成果に飛びつきがちですし、「数字」というわかりやすいものを好みます。一瞬の強い快楽をもたらしてくれるからです。
長年、相続のお手伝いをしてきた私は、相続人同士の遺産争いも地位財にしか着目していないからこそ起こることのように思われます。
きょうだいそれぞれが自分の中の非地位財を見つめ直すことで、両親が遺したお金に換算できない財産に気づくことができれば、モメごとは少なくなっていくのではないでしょうか。
実際に、お金をたくさん相続したから幸せかというと、そうとも言い切れないのです。苦労して得たお金ではないので、あぶく銭のような感覚で使い果たしてしまう人もいます。一度大金を得た経験をすると、その感覚が忘れられず、なんとか挽回しようと残ったお金をギャンブルやハイリスク投資につぎ込んでしまい、ついには一文なしということもあり得ます。
■お金以外の遺産に気づけば争いは終わる
その一方で、両親から受けた愛情や、両親のもとで作られた壮健な体(=健康)とか、どんな生き方・働き方をしても大丈夫なんだよという自由さなどは、持続して子供に幸福感をもたらし、支え続けてくれるでしょう。
非地位財には生き方、思い出、教訓、教育も含まれます。
私が両親の財産に関してよく言うのは「思い出残して銀メダル。生き方残して金メダル」ということです。財産は銅メダル相当でしょう。
財産だけを引き継ぐと考えてしまうとモメてしまう。そうではなく、父親からはこんなものを、母親からはこんなものを引き継いだと考えると、財産だけに価値があるわけではないことに気づけることでしょう。
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天野 隆(あまの・たかし)
税理士法人レガシィ代表社員税理士・公認会計士
1951年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。アーサーアンダーセン会計事務所を経て、1980年から現職。著書に『やってはいけない「実家」の相続』(青春出版社)など多数。
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税理士法人レガシィ(ぜいりしほうじん れがしぃ)
1964年創業。相続専門税理士法人として累計相続案件実績件数は2万6000件を超える。日本全国でも数少ない、高難度の相続にも対応できる相続専門家歴20年以上の「プレミアム税理士」を多数抱え、お客様の感情に寄り添ったオーダーメードの相続対策を実践している。
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(税理士法人レガシィ代表社員税理士・公認会計士 天野 隆、税理士法人レガシィ)