老後に備える最良の策は何か。医師の和田秀樹さんは「『老後これだけ備えておけば絶対に安心』という保証はまったくない。
もし1ドル300円になったら、ドルベースの輸入品の値段はさらに上がることになる。これまで相当な額の税金を払ってきているのだから、国のセイフティーネットを堂々と使えばいい」という――。
※本稿は、和田秀樹『どうせあの世にゃ持ってけないんだから 後悔せずに死にたいならお金を使い切れ!』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■投資で勝てる人の特徴
投資に興味を引かれている高齢者も少なくないでしょう。
2024年に始まった個人投資家向けの税制優遇制度「新NISA(ニーサ)」は、投資で得た利益にかかる税金が非課税になり、18歳以上であれば年齢制限がないため退職後から始めることもできます。
政府は、「資産所得倍増プランの実現を後押しする」と称してやたら推奨していますが、私は、そんな甘い言葉に乗って、老後資金を稼ごうなんて考えないほうがいいと思っています。
私は若い頃、株式投資でかなり失敗をしました。当時は仕事でけっこう儲けていましたし、自分のことを「頭がいい」と勘違いしていました。
確かに、私には受験勉強の才能はあったから東大には受かりました。だからといって頭がいいとは限らないし、また、仮に頭がいいからといって投資をすれば成功するとは限らないわけです。
たとえば、素人の私などは、なんとなく評判の良い企業があったら「この株はたぶん上がるだろうな」と思って買うわけですが、こっちが買うときにはもうすでにプロの投資家たちは買っている。つまり、「これから上がるぞ」という、さらにその前段階の時機を見極める目がないと無理だということです。

昨年、投資歴約70年で資産18億円(2024年時点)を築いた88歳の現役デイトレーダーである藤本茂さんと対談をして、株で勝つ人というのはこういう人なんだなと感心させられました。世の中の動きや人の感情など全方位への目配りがすごいし、想像力も尋常ではない。しかも、あんまり欲をかかない。だから決断も早く、極めて冷静です。
■老後に投資するなら「脳トレ」のつもりで
気が短くて感情に振り回されやすい私には、株は向かないなと改めて痛感させられました。
ただ、小遣い程度に少額を儲けるのであれば、高齢者でも株を勉強して一日中パソコンに張り付いていたら、できないことはないと思います。「いかに安く買って高く売るか」が株の基本ですから、株価の動きをずっと見ていて、こつこつ売り買いすればいい。
また、ギャンブル性を楽しめる人なら、投資もいいと思います。たとえば50万円投資して、損をした。「これはバクチで負けたのと一緒だから、しょうがない。今月だけは、ちょっと食い物の質を落とすことにしよう」と。それを惨めだと思わないで、楽しんでやれるのであればいいと思います。

ただ、普通はなかなかそうはいかないでしょう。負けたときに凹んで後を引きずる人や後悔するような人がほとんどではないでしょうか。これでは、高齢者のメンタルヘルスにおいて、あまり良くありません。
だから、投資するなら、あくまで損をしてもいいと思う金額の範囲で、脳トレのつもりでやるのがおすすめです。投資のような先の読めないことをすると、脳の中でも前頭葉という場所が鍛えられますから、ボケ防止になります。
少なくとも、くだらないゲームの脳トレよりはマシ。趣味がない人は、やってみたらいいと思います。
■ドル建てでものを考えたら金は減り続けている
株の世界だけでなく、世の中のことはすべて予測不可能です。いつ大地震が起こるかわからないし、またコロナのような感染症が流行するかもしれない。
私自身、いつ大きな病気や事故に見舞われるかもしれません。何が起こるかはまったくわからない。先のことは、予測不可能なんですね。

こんなことを言うと身も蓋もないけれど、「老後これだけ備えておけば絶対に安心」という保証はまったくありません。
たとえば数年のうちに、1ドルが300円くらいになることもあるかもしれません。かつての民主党政権を指して、「悪夢の民主党政権」と言われたけれど、民主党政権時代は1ドル80円だったんですよ。
それが自民党政権になって1ドル160円まで落ちたのですから、自民党政権が続けば300円になっても不思議じゃないでしょう。もし1ドル300円になったら、ドルベースの輸入品の値段はさらに上がることになります。
金を持っていれば損しないというのは、円建てでものを考えるからであって、ドル建てでものを考えたら金は減り続けていることになります。自民党のせいで日本円の価値が下がり続けているわけです。
通貨の価値というのは、その国に対する海外の評価の直接的な表れです。この国の経済が強いと思うと、その国の通貨は上がります。
円の価値が下がり続けているということは、そのまま日本の評価が落ち続けているということです。それなのに、まだ自民党に票を入れ続ける人が、この国には大勢いる。
■どれだけ金を貯めていても当てにはならない
評価が落ちているとはいえ、私は日本という国がまだ好きなので、使うために稼いで、納めるべきものは納めてと、最低限の義務を果たしています。
ただ、評価が落ち続けている日本の現状に何の疑問も抱かず、「これまでと同じでいい」と考えている日本国民が多いことは残念に思っています。
いずれにしても、どれだけ金を貯めていたって当てにはなりません。誰であっても思いがけない危機に遭遇する可能性があるのです。それでもし生活が成り立たなくなったときは、生活保護を受ければいいのです。
生活保護を受けることに後ろめたさや恥ずかしさを感じる必要はありません。
私たちはこれまで相当な額の税金を払ってきています。その元を取るだけの話です。困ったときに利用しなくて、何のためのセイフティーネットですか。いざとなったら、正々堂々と活用しましょう。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。
東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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