イトーキのグループ会社で、ラボ施設づくりを主力事業とする株式会社ダルトン(本社:東京都中央区、代表取締役社長:澤田 正)が開発した医薬品開発・製造用装置が、製薬企業からの引き合いを増やしている。2025年に発売した無菌アイソレータ「Sterigion®(ステリジョン)」だ。


その最大の強みは、独自開発した除染装置を組み込み、省エネとコンパクト設計、高い操作性を両立している点だ。開発は何度か行き詰まり、一度は「開発断念」の文字さえよぎったが、開発チームがいかにして壁を突き破ったのか、若手技術者とベテランたちの軌跡をたどる。

暗いトンネルの先にあった、コロナ禍の加湿器

「除染装置の開発は、もう無理かもしれない」

2021年1月。静岡県藤枝市にあるダルトンの開発部門には、重苦しい空気が流れていた。無菌アイソレータの心臓部である除染装置の開発が、暗礁に乗り上げていたからだ。

リーダーの渡邉隆弘、アイソレータ設計の要である溝渕真也、除染装置の開発を担当する若手技術者・木田和輝の3人は連日、試作機の前で頭を抱えていた。

除染装置の市場標準は「加温蒸発式」。過酸化水素を加温して蒸発させ、装置内を除染する方法だ。しかし、再現を試みても、装置内の温度が上がりすぎたり、装置内に結露が発生したりして、製品化のメドがたたない。(※除染:再現性のある方法により、生存微生物を除去、または予め指定されたレベルまで減少させること)

「3年かけても先が見えない。海外の除染装置を使うままでいいのではないか……」

そんな諦めムードが漂い始めていた。

転機は、渡邉がコロナ対策のために組み立てた加温しないタイプの加湿器だった。

ある日、オフィスで勢いよくミストを噴くその加湿器を見つめ、渡邉が呟いた。


「過酸化水素だって、加温しなくていいんじゃないの?」

この一言が、長く暗いトンネルの先に光が見えた瞬間だった。

作り手がワクワクしないと、お客様がワクワクする製品は作れない!~無菌医薬品の製造装置を独自開発したダルトンのチーム


CS(クリーンシステム)機器事業部 クリーン機器技術部 渡邉隆弘

個性のない装置ではお客様に届かない~開発の出発点

もともとダルトンはアイソレータ(アイソレーター)を自社で製造し、海外製の除染装置と接続し「無菌アイソレータ」として販売していた。二つの製品の組み合わせのため、設置スペースを広くとる必要があり、操作も複雑で高価格にならざるを得ない。渡邉は製薬企業の課題に応えられていないもどかしさを感じていた。

「このまま個性のない装置を作っていてもお客様に届かない。除染装置も自社で作るしかない」

2018年、渡邉は管理職業務の傍ら、溝渕らと開発を始めた。目指したのは、既存のコピーではない「除染装置組込型」だ。過酸化水素の省量化、装置の省スペース・低コスト、そして直感的な操作性。この目標が、チームを挑戦へと駆り立てた。

既存の除染方法への問題意識~加湿器からのひらめき

まずは「加温式」の再現に挑んだ。

過酸化水素は強い酸化作用があり、加温して発生させた過酸化水素蒸気をアイソレータ内に行きわたらせ、除染をするというのが理屈だ。

しかし待っていたのは、アイソレータ内の温度が上がりすぎることと、過酸化水素の過剰消費という二重苦だった。

2020年には、バイオサイエンスの博士号をもつ木田が開発チームに合流した。

木田は加温機の形状や大きさ、温度などの様々な条件を試して実験を続けたが、1年近くたっても二つの課題を解決する方法が確立できず、諦めムードが漂い始めていた。


そんな木田と渡邉に、ひらめきをもたらしたのがオフィスの加湿器だった。

冬のオフィスは乾燥する。手先が器用でDIYが得意な渡邉は、加温せずに水を微粒子化して噴射するスプレー式の加湿器を組み立ててオフィスに設置していた。

蒸気ではなくても、過酸化水素を微粒子化すれば除染できるのではないか?

二人は「加温」の発想から離れた。

作り手がワクワクしないと、お客様がワクワクする製品は作れない!~無菌医薬品の製造装置を独自開発したダルトンのチーム
CS機器事業部 クリーン機器技術部 木田和輝 指先にあるのは、渡邉が組み立てたオフィス内の加湿器

発想の転換がすべてを変えた~微粒子化のヒント

木田と渡邉は「加湿」で使われる技術を研究した。

渡邉が加湿器に活用したスプレー式のほか、家庭用加湿器で使われる超音波式や、湿らせたフィルタに風を当てる気化式など、方法を変え試してみた。しかし、いずれも安定して微粒子にすることができなかったり、メンテナンスコストが高かったりし、除染に不向きなことがわかった。

そんな時、木田は連日論文を読み漁る中で「咳の飛沫をエアロゾル発生装置で再現する実験」に目を留める。(※エアロゾル発生装置:薬剤を細かい粒子にして噴霧する装置)

「エアロゾル発生装置の技術を応用すれば、加温せずに安定して微粒子化できるかもしれない」

そこから開発が加速した。

オフィスの横の試作室にエアロゾル発生装置を設置し、実験をくりかえした。

効率よく過酸化水素を微粒子化する技術要素は何か、微粒子が安定して噴出する部品を3Dプリンターで10通りほど設計し、検証を重ねた。

時には部品が吹き飛ぶような失敗もあったが、木田は根気強く材質や形状を変え、ついに安定的に微粒子化する仕組みを完成させた。

そして、加温していない常温の過酸化水素の微粒子でも安定して除染できることも確認した。


作り手がワクワクしないと、お客様がワクワクする製品は作れない!~無菌医薬品の製造装置を独自開発したダルトンのチーム
CS機器事業部 クリーン機器技術部 溝渕真也

スケールアップという第二の難関~チームが「交わった」瞬間

ここで、アイソレータ本体の設計技術を持つ溝渕が本格的に参加し、木田がたどりついた除染装置を組み込んだ実寸大の試作機を作り上げた。

しかし実際に稼働させてみると、除染効率が想定より極端に悪い。アイソレータ本体も、除染装置も正常に稼働している、しかし除染にかかる時間が長く、過酸化水素の消費量も多い。アイソレータ内の一部に結露が起きていて、不具合があるのは明らかだった。条件を変え、何度か繰り返しても改善ができなかった。

「ソフト」を担う木田と、「ハード」を担う溝渕。二人は互いに限界を迎え、焦りから衝突することさえあった。溝渕は「三人とも同じ方向を向いているようで、違う部分を見ていた」と当時を振り返る。

それでも木田は開発スペースにこもり、かつて大学院で研究に没頭した経験をもとに、「課題」と「結論」を明確にし、トライ&エラーを繰り返した。溝渕と渡邉は、木田の考えた「課題」と「結論」の間の「プロセス」を、あり合わせの材料を組み合わせ、検証し、埋める作業を繰り返した。

そうして、実寸大にスケールアップした段階で接続配管が複雑になり、長くなったことで結露が発生したことが原因だと突きとめた。

木田は「(溝渕さんや渡邉さんの)いろいろな検証や積み重ねがあって、あれがダメだったから、じゃあこれしかないよね、という検証ができた」と二人に感謝を示す。

木田のシステム開発と、溝渕の装置設計、渡邉を交えた検証。
それぞれの役割が一つにまとまり、ついに独自の「常温微粒子化式除染装置」として結実した。


作り手がワクワクしないと、お客様がワクワクする製品は作れない!~無菌医薬品の製造装置を独自開発したダルトンのチーム


「Sterigion®」が届けるモノづくりのワクワクとその先

完成した「Sterigion®」は従来の自社製品より、過酸化水素の消費量を約50%、総除染時間を約40%削減することに成功した。また、過酸化水素を加温しないため、実験や開発で使われる細胞などへの熱負荷の低減や、結露を制御することで機器の故障リスクを低減する、といった利点も生まれ、無菌医薬品の開発にとりくむ企業の注目を集めるようになった。

開発を始めてから発売まで7年かかった。

渡邉は「うまくいかずメンバーと喧嘩のようになったこともあったが、今までになかった発想を技術に落とし込む楽しみがあった。作り手がワクワクしないと、お客様がワクワクできる製品は作れないと思う」とモノづくりへのこだわりを見せる。

また、木田も「大学院時代に研究をする立場だったため装置の使い手の気持ちがある程度わかっていたので、いい製品ができたと思っている」と振り返る。

彼らの挑戦は、アイソレータの新製品を開発しただけではない。

その先にある「より良い薬を、より速く、安全に開発して社会に届ける」という製薬企業の課題に寄り添い続けることがダルトンの使命だと考えている。

今日も静岡・藤枝の地から、お客様の価値創造のパートナーとして、伴走している。

作り手がワクワクしないと、お客様がワクワクする製品は作れない!~無菌医薬品の製造装置を独自開発したダルトンのチーム
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