これまで日本のスポーツ界においても多くのM&Aの事例が生まれている中、11月10日、新たにプロバスケットボール・Bリーグの仙台89ERSが、東京の不動産コンサルティング会社・霞ヶ関キャピタルの子会社となったことを発表。2006年に始動する「B.LEAGUE PREMIER」参入に向けて経営強化を図るという。

仙台89ERS側が一度は「お断りを入れた」この協業はどのような経緯で成立し、これまでスポーツ分野との結びつきのなかった東京の会社がなぜ仙台のチームのM&Aに動いたのか? 双方への取材を通してその想いをひも解く。

(文・写真=大島和人、本文写真提供=©️SENDAI 89ERS)※写真は向かって左から、仙台89ERSの志村雄彦社長と、霞ヶ関キャピタルの河本幸士郎社長

プロスポーツには企業による出資、スポンサードが重要

どんなプロスポーツも草の根のブースト、サポートがなければ成り立たない。ただし企業による出資、スポンサードが重要なことも間違いがない。そしてファンや行政とオーナー企業が同じ想い、ビジョンを持って前進できればプロスポーツとして理想的だ。

Bリーグは2026年秋の新リーグ「B.LEAGUE PREMIER(以下Bプレミア)」スタートに向けて、各クラブがオフコートの厳しい戦いを繰り広げている。Bプレミア(いわゆる新B1)への参入は「売上高12億円」「観客数12万人(1試合あたり4000人)」「新基準のアリーナ」といったコート外の結果で決まる。そしてB1、B2合わせて38クラブの大半が18といわれる枠を目指して努力を重ねている。

1次が「2期連続売上12億円&4000人」、2次が「1期売上12億円&4000人」、3次が「売上12億円&3000人 or 売上9億円&4000人」といった条件で審査は進む。今シーズン終了時点で「12億円」に到達するクラブは17あると見込まれていて、2次審査で「最大18」と想定されている枠が埋まる可能性もある。

新オーナーが仙台89ERSのBプレミア入りを後押し

仙台89ERSは2005年のbjリーグ発足とともに誕生し、分裂していたトップリーグが合流して発足したBリーグの初年度(2016-17シーズン)もB1で迎えたクラブだ。一時はB2へ降格していたが、2022-23シーズンからB1に復帰している。

2022-23シーズンの来場者数が合計10万1235人で、売上高は7.5億円ほど。アリーナはゼビオアリーナ仙台の改修で対応が可能な状況だが、新B1入りの条件には売上、集客とも届いていなかった。ただ、そんな彼らに大きな援軍が加わった。

それが11月10日に株式の取得、経営参画が発表された「霞ヶ関キャピタル」だ。

11月10日の記者会見で仙台89ERSの志村雄彦社長はこう述べていた。

「2026年にスタートするB革新で、Bリーグと日本のバスケット界は大きな変革期を迎えています。今シーズンは審査の最終年ですが売上高が12億円、入場者数12万人、アリーナ基準の充足と非常に厳しいチャレンジが待ち受けています。事業の成長をより加速させ、会社の組織を強くしていかなければ、Bプレミアとその先には到達できません。今回はそのような経緯で霞ヶ関キャピタル様と組ませていただくことになりました。

霞ヶ関キャピタルの皆さんと一緒に必ずBプレミアを目指して、その先の日本一をこの街に持ち帰っていきたい」

志村社長は選手として仙台高、慶應義塾大でいずれも日本一を経験し、仙台89ERSでも2008年から2018年までプレーしていた。2020年春からクラブの社長を務めていて、新体制でも現在の地位に留まる。ただし霞ヶ関キャピタルは株式の約8割を取得し、仙台89ERSのオーナーとなった。執行役員の設樂英孝氏はクラブの代表取締役会長として、志村社長と共同してクラブの経営に当たる。

株式の取得価格、スポンサー料は非公表だが、仙台89ERSは今回の契約で「売上12億円」をクリアするメドが立ったという。Bプレミア入りに向けて、極めて大きな一歩だ。

「『しゃしゃり出る』つもりはない」

プロスポーツのオーナー、オーナー企業にはさまざまなタイプがあり、経営のプロセス、強化に至るまで細かく関わる例も珍しくない。一方で霞ヶ関キャピタルは今の運営体制を尊重する姿勢を前面に打ち出していた。代表取締役社長の河本幸士郎氏は会見でこう語っていた。

「私たちは決して『しゃしゃり出る』つもりはございません。これまで89ERSを支えてこられた方々、並びに今ここにいらっしゃる(現役員の)方々は、十分に筋の通った運営をしてこられました。ただ皆さんは仙台、宮城をどう盛り上げようかというアイデアをいろいろと集めてらっしゃるのですが、少人数ゆえにやり切れてないことが多かったと思います。そういったところは我々が裏方の運営サポートとして入らせていただこうと考えています。

チームの編成は門外漢ですので、そこは志村さんはじめとした皆さんのご推薦・ご提案を受けて協議・判断させていただく役割を担います」

なぜ「東京の会社」が仙台のオーナーに?

河本社長は東京の企業が宮城のチームへ経営参画する理由についても、明確に説明していた。

「皆さん疑問を持ってらっしゃると思います。なぜ東京の会社が仙台のチームのスポンサーになるのか? 実は我々の会社、今は東京にありますけれども、発足したのは2011年で、設立の地は仙台です。なぜ仙台で事業を起こしたのか、お話をさせていただきます。宮城県の南の方、大河原町にショッピングセンター『FORTE(フォルテ)』という施設があります。東日本大震災で被災してしまい、かなり傷んでしまいました。しかしそのショッピングセンターは、町にとっては欠かせないインフラでした。

それを建て直すありがたい仕事を私たちは獲得することができました。ショッピングセンターを取得して再生させる――。それが実は我々の祖業です」

河本社長は我々の取材に対して、当時の経緯をこう振り返っていた。

「3.11が起こったとき、私たちは所有者ではなくて、管理をしていました。他の周りのショッピングセンターは再開できない状態でしたが、住民の方は水も食べ物もない状況ですよね。私たちは管理会社として、オーナーさんに無理を言って店を開けていただいたんです。それで住民の方からすごく喜んでいただいて、『めっちゃ気持ちいいな』と感じたことを覚えています。その後オーナーさんが施設を手放したいとおっしゃって、譲渡していただいたんです。少しずつキャッシュフローから修繕に回しながら、5年ぐらいかけて、ようやくしっかりした状態になりました」

「ストライク社」がM&Aを仲介

宮城、東北との縁は彼らと仙台89ERSを結びつける大きなポイントだった。霞ヶ関キャピタルは「不動産コンサルティング事業」に分類される企業で、河本社長は小川潤之 取締役会長とともにこの企業を立ち上げた創設メンバーだ。2人はいずれも外資系のファンド出身だが、河本氏は仕事に「手触り感がほしかった」と口にする。ショッピングセンター、プロバスケはいずれもサービス業で、ある種の『泥臭さ』の伴うビジネスだが、そこも彼の望むところなのだろう。

もっともディール(M&Aを行う準備段階から経営統合までの一連の取引)がすんなり成立した訳ではない。仙台89ERSはBプレミア参画の条件を満たすためのパートナーを探していた。大きなディールになると企業との関係や財務、法務などの専門知識も必要になる。彼らはM&Aの仲介を手掛ける東証プライム上場企業で、プロスポーツチームを扱った経験も豊富な「ストライク」社を介して新オーナー候補を探していた。

志村社長はこう説明する。

「ストライクさんに候補者を選定していただいて、我々とマッチングしていく形でした。フランチャイズをしっかりと残していくことが大前提で、地域の人たちがずっと守ってきたクラブなので、仙台の人たちとどうやって付き合っていくかも問われます」

仙台側が一度は「お断り」

霞ヶ関キャピタルは2015年6月に株式会社化、18年11月に東証マザーズ市場(現グロース市場)上場、23年10月にプライム市場への区分変更と短期間で急成長を遂げている企業。直近の2023年8月期決算は41.2億円の経常利益を計上している。そのような中でプロスポーツへの参画、支援も検討していた。ただ仙台89ERS側は一度、「お断り」を入れていたという。志村社長は苦笑しながらこう振り返る。

「最初は企業名を見て『売却目的のファンドでは?』と警戒して、候補から外したんです」

しかしストライク社側のプッシュもあり、実際に面談を行った結果、仙台の経営陣は霞ヶ関キャピタルに対する警戒を解き、同時に好感触も得た。かくして「お見合い」は成立した。

河本社長は短期のクラブ売却を否定した上で、霞ヶ関キャピタルという企業の成り立ちをこう説く。

「私たちは投資会社でなく、むしろ『物作り会社』なんです。もちろん投資行為はしますけども、それは物作りのための投資で。売ったり買ったりして儲けている会社ではありません。(祖業であるショッピングセンターの)FORTEも2011年から12年続けていますし、今回の投資も売ることでなく、相乗効果を作ることが目的です」

オーナー側から見た投資の理由は?

プロ野球やJ1に比べれば小規模な投資ではあるものの「オーナー側」から見た投資のメリットについて、河本社長はこう説明する。

「一番の目的は企業価値向上です。我々はまだまだ無名で『ベンチャー』の会社です。だからこそ人材確保が課題になります。企業価値を向上するには色々な方法がありますけど、知名度が上がって、良い人材が採れる効果も期待しています」

霞ヶ関キャピタルはショッピングセンター以外にも、冷凍冷蔵や冷凍自動倉庫等の物流倉庫、ホテル、終末期医療のホスピスといった施設の開発事業等を展開している。B to BからB to Cにも領域を広げようとする中で、仙台89ERSと関わることによる一般消費者向けの宣伝効果もあるはずだ。

仙台89ERの今後は?

まだ協業は始まったばかりで、クラブ側の成長戦略については「これから」の部分が大きい。ただ仙台89ERSは「資金」「人」という成長に不可欠なリソースを手に入れた。今回のディールがWin-Winの効果を生む期待感は間違いなく大きい。

志村社長は新オーナーと組むメリットをこう強調する。

「(霞ヶ関キャピタルは)主力事業でしっかりお金を稼いで、また新たな投資をするサイクルを生んでいる会社です。我々にもそういうポテンシャルを感じていただいていることは嬉しいですね。(11月10日の会見直前に開催された)取締役会でも僕らと違う角度で、純粋に忌憚のない意見をいただけて、我々の判断の精度もどんどん上がっていくはずです。河本さんから『ワクワクします』とおっしゃっていましたけど、ナイナーズがまた新しいものを生み出せる、それを皆さんと一緒に見られることに大きなやりがいを感じています」

仙台89ERSは今回のディールでBプレミア参入3条件のうち2つ(アリーナ、売上)を満たすメドが立った。最大の課題は「ホームゲーム30試合で12万人以上」という集客だが、11月までのホームゲーム7試合は来場者数がすべて4000人を超えている。2022-23シーズンは19勝41敗と低調だった戦績も、今季は5割ペースとまずまずだ。今季の好調も相まって、霞ヶ関キャピタルの経営参画は仙台89ERSの今後に期待を持たせる発表だった。

<了>

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