今オフ、前田健太がミネソタ・ツインズへとトレード移籍した。2月26日には自身のYouTubeチャンネルで、今回のトレードの背景に先発への強いこだわりがあったことを明かしている。
日本野球界ではトレード要員というと「戦力外」に等しい扱われ方をすることが多くある。だがMLBにおいては真逆の考え方をしているといってもいい。今回は前田健太のトレードを紐解きながら、日米のトレードに対する意識の違いについて考察したい。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
前田健太がドジャースでリリーフ起用が多かった理由とは?
2016年の渡米後、ロサンゼルス・ドジャースでの4年間で通算47勝35敗、防御率3.87という数字を残した前田健太5年目の今季、ミネソタ・ツインズのユニフォームに袖を通して開幕を迎えることになる。
キャンプイン目前の2月10日、ドジャースとツインズの間でトレードが成立。当初はこの2球団にボストン・レッドソックス、ロサンゼルス・エンゼルスを加えた4球団間でのトレードが報道されたが、交換要員の一人だったブラスダー・グラテロル(当時ツインズ)のメディカルチェックで問題が発覚。仕切り直しの末、2球団間のトレードに落ち着いた形となった(ドジャースは当初のトレード相手だったレッドソックスからも2人の選手を獲得している)。
このニュースは日本のファンに驚きを与えた一方で、日米のメディアからは比較的「好意的」に報道されている。
理由は、前田のドジャース時代の「起用法」にある。
広島東洋カープからポスティングシステムを利用してドジャースに移籍した前田だが、事前のメディカルチェックで肘など健康面に懸念が発見されて契約が難航。最終的に基本年俸を300万ドルに抑え、巨額の出来高を盛り込む「異例」の8年契約を結ぶことになった。
メジャー移籍後の4年間の活躍を見れば、当初の「懸念」は現段階では「杞憂」に終わっているといえる。大きな故障離脱もなく、毎年チームに貢献し続けた前田の契約条件はメジャーリーグでも「破格」とされ、チーム内での評価も高かった。
しかし、である。その「破格」の契約内容が、前田の起用法に大きな影を落としたのは間違いない。
メジャー1年目こそ32試合すべてに先発登板して16勝、175回2/3を投げたが、2年目以降はシーズン中にリリーフに配置転換されるケースが目立つようになった。
以下は年度別の前田健太の先発登板数とリリーフ登板数の内訳になる。
2016年 先発32試合 リリーフ0試合
2017年 先発25試合 リリーフ4試合
2018年 先発20試合 リリーフ19試合
2019年 先発26試合 リリーフ11試合
こういった起用法は、メジャーリーグの「一流先発投手」ではまず考えられない。
ドジャースとツインズの思惑、前田にとっても有益なトレード
誤解を招かぬように言っておくが、前田は十分、「一流」と呼ぶにふさわしい数字を残している。
すべては、「契約」が原因なのだ。
メジャーリーグの契約は年俸だけでなく、起用法も含め、細部まで設定されることが多い。巨額契約を結ぶ先発投手の多くは「先発での起用」を契約条件に盛り込んでいる。もちろん本人がOKを出せばリリーフでの起用も可能だが、あくまでも主導権は選手が握る。
しかし前田の場合、その契約時にいわば「足元を見られた」形となっており、起用法はもちろん、トレード拒否権や契約期間中のオプトアウト(契約を破棄する権利)も与えられていない。
その上、幸か不幸かドジャースは昨季まで7年連続地区優勝。チームにはクレイトン・カーショウ、柳賢振、ウォーカー・ビューラーといった「一流先発投手」が名を連ねた。
そんな状況下で行われた今回のトレードだが、あくまでも先発にこだわるのであれば、ドジャースよりもツインズの方が前田本人にとって有益、というのが大方の予想だ。
今季のツインズは、昨季15勝のジェイク・オドリッジ、同14勝のホセ・ベリオスが残留したが、ローテーションを担ったマーティン・ペレス、カイル・ギブソンがともにFAで移籍。先発投手陣の層はドジャースよりも薄い。当然、前田の先発起用数も増えると考えられている。
もちろん、ドジャースにとっても前田の放出が痛手になるのは間違いない。ただその一方で、ツインズからは有望若手投手3人と、ドラフト指名権を譲り受け、別のトレードでレッドソックスからムーキー・ベッツ、デービッド・プライスという2人の大物選手を獲得している。
大田のブレイク。日本野球界でももっと積極的なトレードを
こういったケースを見て分かるのが、日米間の「トレードへの意識」の差だ。
日本ではめったに行われない「主力のトレード」は、メジャーではかなり頻繁に見られる。オフシーズンはもちろん、シーズン中もチームの順位や選手のFAの兼ね合いなどを見ながら、毎年のように「大型トレード」が行われている。
日本の場合は、どうしても「生え抜き至上主義」が根強いのも、トレードが活性化されない理由の一つだ。
その点、メジャーリーグのトレードはドライすぎるといってもいいほど効率的かつシビアだ。優勝の望みがなくなったチームは、オフにFAになる主力選手を容赦なく放出し、見返りに有望な若手選手を獲得する。逆に、優勝が狙えるチームはワールドシリーズ制覇までを見据えて、オフに移籍する可能性があっても「数カ月の助っ人」と割り切り、積極的に補強を行う。
「トレード要員」という言葉は日本では半ば戦力外に等しい扱われ方をするが、メジャーではむしろ逆。「求められる立場」という意味合いが強い。
もちろん、日本でいきなりメジャー式の「主力間のトレード」を頻繁に行うのは現実的ではない。ただ、移籍によって輝きを増す可能性のある選手は、間違いなく各球団に存在する。
その代表例が、現・日本ハムの大田泰示だろう。2008年ドラフト1位で巨人に入団しながら、1軍の壁にぶつかり続けくすぶっていた大田は、2016年オフに日本ハムにトレードされるとその才能を一気に開花させた。
筆者はトレード直後と移籍2年目を終えた2018年オフの2度、大田をインタビューした経験があるが、たった2年間で別人のように変貌を遂げていたことを今でも覚えている。
移籍直後のインタビューでは巨人で結果を残せなかった悔しさと、「もう後がない」という状況から、「目標とする数字は?」と質問しても「今の自分は数字をどうこう言える立場ではない」と、いまいち自分を信じ切れていない印象だった。
それが2年後のインタビューでは口ぶりから立ち振る舞い、すべてが自信にあふれ、2年前と同じ質問にも堂々と「30本塁打を打ちたい」と語ってくれた。
もちろん、大田の活躍は本人の実力と努力のたまものだ。ただそこに「環境の変化」が大きく作用したのは間違いない。
現在の日本球界にも、間違いなく第二、第三の大田泰示は存在する。
現在、プロ野球選手会が導入に向けて動いているルール5ドラフトも含め、移籍の活性化は必ずプロ野球界の活性化にもつながる。
トレード要員は「求められる立場」。
日本プロ野球界にも、早くそんな常識が根付いてほしい。
<了>