スマートフォンやタブレットで自分の投球を撮影すると、アプリが自動的にデータ解析を行い、投球フォームや技術を向上させられる――。最先端のスポーツ分析システムを安く、手軽に使える時代が来ている。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=株式会社ネクストベース)
スマホで投球と打撃の計測が可能に
――「ネクストベース アスリートラボ」では、スマホやタブレット一つで野球のデータ計測が行える「Spo+Shot(スポプラショット)」というアプリを開発されました。これはどんなアプリですか?
神事:スマートフォンやタブレットで、投球の速度や打球の角度、飛距離などを測ることができます。卓球のボールのトラッキングの技術をネクストベースでは持っているのですが、そのボールのトラッキング技術を活用しています。そこにゲーム性を加えて、「ホームラン」や「ヒット」など、AIが実戦を想定した判定をしてくれるほか、ランキングや打撃対戦など、エンターテインメントとしても楽しめるようにしました。
――ゲーム感覚に、自分自身のデータを反映させて技術面の向上にもつなげられるんですね。このアプリの開発にはどのぐらいかかったんですか?
神事:構想がスタートしたのは2018年ごろです。そこから3年かけて世の中に出して、さらに機械学習のモデルがレベルアップしたり、アプリの作りが変わったりとアップデートを繰り返す中で、さらに1、2年かけてようやく形になってきたというイメージです。こういうAI領域は急速に発展しているので、新しいエンジンを積んだり、ブラッシュアップしながら、チューニングもしてきました。
――このような、スマホで体を動かしてデータを測れるアプリは、他にもあるのでしょうか?
神事:骨格推定と言って、体の動作分析ができるような技術やアプリは増えています。しかし、それはただ動きを「見える化」できているだけで、ボールの速度や角度のようなパフォーマンスを直接的に測れるアプリは、今のところ他にはないと思います。
――それだけ最先端の技術なのに、アプリは無料で使えるんですね。
神事:はい。基本的な機能は無料で使えるのですが、今年の5月から、月額660円の有料サービスもリリースしました。クラウドに動画を保存できたり、計測した動画を同時に再生して比較できるようになりました。対戦機能などが増えて、エンターテインメント性も増して使いやすくなったと思います。目的としてはパフォーマンス向上が一番ですが、楽しくプレーしてもらうために、オフラインのゲームも追加しました。将来的にはオンラインゲームにしていく構想もあります。
スポーツ×ITからスターは生まれるか
――今後、データ計測技術や、分析・活用技術がさらに発展すると、日本のスポーツ界からさらなるスター選手が誕生する可能性も高まりそうですね。
神事:そうですね。私たちが「アスリートに提供しているものは何なのか」をよく考えるのですが、私は「時間」だと考えています。アスリートが現役選手であり続けられる時間は短くて、野球選手のピークは26歳とか27歳と言われています。そこで高いパフォーマンスを発揮しながらピークを迎えるためには、より早くに技術を獲得できて、ケガをせずにそこまでたどり着けるのが理想的ですよね。
そういう意味では、これまでは紆余曲折を経てなんとなくピークを迎えていた選手が、データを活用することでもっと早くうまくなって、確実にピークに合わせられるようになると思います。そうなると、今まで習得するのに時間がかかってきたことでも、「データを使えば改善するポイントがわかる」と考えられるようになって、より早く上達して、結果を出せる選手が増えていくと思います。
――アスリートの貴重な時間は、お金に換えられない価値がありますもんね。
神事:はい。少子化で子どもの数も減っているので、子どもたちが長くスポーツを楽しめるようになることも含めて、早くうまくなるための「時間」を売っていると考えています。
2022年から高校ではプログラミングの授業が必修になりました。ITとかデータを使えることが当たり前の時代になってきています。その中で、スポーツのIT化も当たり前のように進んでいくはずです。そこで、ITを学ぶ上でスポーツも一つの教材になるだろうし、論理的な思考を身に付けることも含めて、スポーツでデータを使うことの価値は高まっていくと思います。
スポーツの文化を広げる拠点に
――海外の選手との比較などで、日本人アスリートならではの特徴などもデータとして生かせるようになれば、世界で活躍するためのヒントも見つかりそうですね。
神事:スポーツでは、体が大きいほうが有利な競技と、体が小さいことが有利になる競技があります。体力的要因がパフォーマンスに大きく影響するのか、技術的な要因がパフォーマンスに影響するのか、と言い換えることができるかも知れません。野球では「投げる」という動作のパフォーマンスは技術的な要因が大きいことがわかっています。
ダルビッシュ有選手や大谷翔平選手はもちろん、千賀滉大選手など、日本人のピッチャーが世界で戦えることは、技術の高さが理由の一つです。
――最後に、アスリートラボの今後の展開について教えてください。
神事:ラボが、スポーツ界の一つの拠点になっていけばいいなと思っています。スポーツの文化が広がるとか、成熟していく中で、同じようなサービスを始める方々と連携して、スポーツ全体が盛り上がっていけばいいなと思っています。
野球はWBCであれだけドラマチックに勝って盛り上がりましたが、ビジネスの規模として海外と張り合うとなると、もう少しお金を使ってスポーツを楽しむことが当たり前になってほしいと思いますし、そのための仕掛けは必要だと思います。
アップルやグーグルなど、海外製品を当たり前のように使っていて、日本のものってどこにあるんだろう?って考えてしまいますよね。だからこそ、日本のスポーツビジネスがもっと発展していったらいいなと思っていますし、その中で社会的な貢献ができればと思っています。
<了>
[PROFILE]
神事努(じんじ・つとむ)
博士(体育学)。