8月13日に行われたWTTコンテンダー・リオデジャネイロ、男子シングルス決勝。16歳の松島輝空が、ついに国際舞台でその才能を開花させた。

予選を通過して本戦に登場すると、マルコス・フレイタス、イ・サンス、そしてドイツのティモ・ボルと並ぶ2大英雄の一人、ドミトリ・オフチャロフを撃破。圧巻の連勝劇を見せた。準決勝では、昨年の韓国MVP、チョ・スンミンとフルゲームの激戦の末に振り切って決勝へと駒を進めた。急激な才能開花となったこの大会。世界を手玉に取るように冷静に戦い抜いた16歳・松島輝空が、その無限のポテンシャルを発揮したポイントは一体どこにあったのか。

(文=本島修司、写真=T.LEAGUE/アフロスポーツ)

スウェーデンのニューヒーロー、マティアス・ファルク

WTTコンテンダー・リオデジャネイロ決勝に進出した日本の新星・松島輝空。決勝戦の相手は、スウェーデンのマティアス・ファルク。世界選手権のダブルスで優勝し、世界ランキングは最高で7位まで上り詰めている、現代ヨーロッパを代表する選手だ。

このファルクをひと言で表現するなら、現代卓球に突如として現れた「変則型」だ。現代卓球では、フォアハンドにもバックハンドにも、表面に凹凸がない、裏ソフトラバーを貼っている選手が多い。回転量もスピードも秀でているラバーだ。

たまに、バックハンドに硬い粒の形状である表ソフトラバーを貼っているトップ選手なら、見かけることがある。日本女子卓球界が誇る大魔王・伊藤美誠がまさにそのスタイルだ。

フォアからはドライブやスマッシュだけではなく、回転力を出せる裏ソフトラバーでの切れたサーブ。バックからは、回転量よりも速さで勝負するミートを使う。

このスタイルは、プロアマを問わず、卓球選手の中でもよく見られるスタイルの一つ。

しかし、ファルクは違う。

フォアハンドが表ソフトラバーで、バックハンドが裏ソフトラバーなのだ。つまり、伊藤とは“逆”となる。

単純に逆だと決まっているのなら、対戦相手は簡単かもしれない。しかしファルクは、時にラケットを「反転」しながら戦ってくる。反転とは、クルクル回すということ。つまり、表ラバーだと思っていたフォアがいきなり裏ソフトラバーになっている時もあり、また、そう思った矢先にフォアが表ラバーに戻っていたりする。

そのため、相手は「どちらのラバーで攻撃してくるのかわからない」。

一つ、ファルクの中で「決まり事」のようにしている部分があるとすればサーブだ。

サーブの時はラケットをクルリと回して、フォア側で回転がかかる裏ソフトラバーを使う。裏ソフトラバーで切るぶん、すごく切れている。そしてサーブを出し終わった瞬間、またクルリとラケットを回す。今度はフォア側が表ソフトラバーに戻る。

そのフォアから来る強打は、裏ソフトラバーのようなドライブ回転は少なく、表ソフトラバー特有のフラットなミート打ちでたたきつけてくるボールとなり、受ける相手は“上に持ち上がりにくい剛速球”となる。それだけでも十分に戦いにくいスタイルができ上がる。

この、「世界中で一番やりにくい男」と、日本の16歳の新星が決勝戦で戦った。

乱れることのない圧倒的「総合力」

松島VSファルク。多くの卓球ファンにとって「どういう試合展開になるのか?」まったく予測がつかないこの組み合わせ。

この試合は、すべてにおいて松島の「冷静さ」が目立った。

おそらく「最初は松島がファルクのスタイルに戸惑うだろう」と思われたこの試合は、意外にも、松島が主導権を握る形で開始する。1セット目。序盤で3-0へと突き放したボールが、すでに大人びている。

決まり手は、打つタイミングをズラす様にして打ったバックロングだ。まるで、相手を“いなす”かのようなタイミング。ファルクもワンテンポ向かってくるのが遅いボールに、やや戸惑った様子。経験値で劣るはずながら、出足から一歩も引かないところが松島のすごさだ。

ここからファルクも、応戦してくる。大柄な体格ながら台から離れない作戦で、松島のバック、ミドルと、多彩にコースを変えて翻弄して挽回。ファルクが逆転で4-5となる。

しかし、松島が5-5へ追いつくシーンで、再び素晴らしい動きを見せる。台から離された松島が、長いドライブでファルクの深い所、つまり体に近い位置へ打ち込み、台に張り付いているはずのファルクを逆に“動かす”ようなラリーを披露。12-10で松島が勝ち切る。

2ゲーム目。このあたりからファルクはYGサーブも多用してきた。

7-10と松島を追い詰める。しかし、松島も1ゲーム目と同様のラリーになれば強い。フォアドライブを左右に散らしながら、9-10へ追いつく。

この場面で、なんとファルクが早くもタイムアウト。なかなか、速い「仕掛け」だ。16歳の相手の実力を、間違いなく認めているのがわかる。

12対12へ追いつくシーンでは、ファルクの強烈なフォアミートがサイドを切った。会場が湧く。ジュースでの競り合いでもつれたこのゲームは、12-14で、ファルクが制した。

3ゲーム目。このゲームも、お互いが譲らず、徹底的にもつれる展開に。9-10の場面では、ファルクが、強烈なバックミートを2連発。

これが決まった瞬間、ファルクは雄叫びを上げている。それほどまでに、松島の凡ミスが少ない「総合的な力」は、負かすのがやっかいな相手なのだ。

ファルクが3ゲーム目を9-11で制し、ゲームカウント1対2で松島は追い詰められる。

チャンスボールを確実に逃さない選手になった時…

4ゲーム目。もう、もつれ込むのは必然的な2人。そんな中で、印象的なボールがあった。5-5で、松島が3球目攻撃を、フォアで空振りしたボールだ。

この場面、松島のサーブは、サイドを切るほどにコ-スがよかった。そのため、ファルクは手が伸び切り、レシーブが甘くなって浮いてしまった。ここを松島がシュートドライブの体勢で流し打ちをしようとして、ミスが出た。

こういったチャンスボールを、確実に逃さない選手になった時、松島はレジェンドの水谷隼やエースの張本智和と肩を並べる存在になるはず。

そのまま、追い詰めた10-8からも、連打の最中にまた同じようなミスが出てしまう。最後はサーブが決まり、なんとかこのセットを勝ち切った。

ゲームカウント2対2となっての、5ゲーム目。一本一本、丁寧に詰めてくるファルク。5-7でファルクがリードとなる。松島は強烈なバックドライブをたたき込み、ファルクを大きく後ろに下げることに成功。たまらず、ファルクは、ロビングの体勢に“入ってしまった”。

ボールは浮いている。ファルクは下がっている。あとは、松島が、ゆっくり、しっかりたたいていくだけ……。

しかし、ドライブ気味に伸ばすロビングを混ぜたファルクのボールに、打ちミス。5-8となる。この瞬間、ファルクが再び大きな声で叫びながら、大きく手を挙げた。このままこのゲームを6-11でファルクが制する。

6ゲーム目。ファルクの両ハンドの切り返しが速い。4-7に突き放す際にも、圧巻の切り返しを見せる。どんなボールにも体の切り返しが間に合うファルク。そして、ドライブがかかっていない表ソフトラバーも、効いている。

さらに6-10へ突き放す場面では、ファルクのフォアのボールを、松島がボタッと下に落としたのが印象的だ。大接戦となったこの試合、6ゲーム目を7-11で落とした松島は準優勝という結果に終わった。

粘着性・テンションラバーとは何か?

松島は決して凡ミスの多い選手ではない。

例えば、6ゲーム目、6-10から7-10へ追いつく場面では、高めのボールを豪快にフォアストレートへ打ち込んでいるが、ミスをする気配はなく、ファルクを圧倒している。むしろ、そういう場面が多かった。

ここで、松島が張っている裏ソフトラバーに着目したい。裏ソフトラバーには、「テンション系」と「粘着系ラバー」がある。

公表されているところでは、水谷は現役時代、長くテンション系ラバーを両面に使用。バックハンドが異質の表ラバーを貼る女子の伊藤も、フォアハンドの裏ソフトラバーはテンション系裏ソフトラバーだ。

テンション系とは、制作工程で“引き伸ばす”ような「テンション」をかけて弾みや引っ掛かりを良くしたラバーのことを指す。現在の裏ソフトラバーでは王道といえる用具となる。

逆に、「粘着系」というのは、読んで字のごとく表面に粘着性がある。端的に言うと“ベタベタ感”がある。一般的には、テンション系のほうが「ラバーの力」で攻撃にスピードとパワーを出し、粘着系のほうが、「選手自身のパワー」によって、攻撃に威力を加えていくイメージがある。

松島が使用するのは、「粘着性・ハイテンション」というカテゴリーのラバーだ。

テンション系ラバーの威力はそのままに、ほどよく粘着があるぶん、台上での処理等がやりやすいといわれている。レシーブやストップにおいて、この「粘着性でテンション系でもある」ラバーで精度が増すことも多い。加えて、自分のパワーで、回転量をボールに伝える能力にも長けているところも粘着系ラバーの長所となる。

ただ、粘着があるぶん、逆にいえば「自分のパワーで振っていく」ような『感覚』と『筋力』も必要となるラバーだ。

松島はまだ16歳。そういったことも、たまの「打ちミス」が出ている要因かもしれないが、これから体の成長があり、パワーが増していく時期。まだまだ発展途上。もしかするとまだまったく完成の域には入っていないのかもしれない。その段階で、あの難敵であるファルクと互角の攻防を演じているのだ。

松島輝空が完成の域に達した、その時。粘着性・テンションに自身のパワーが“乗った”フォアハンドの攻撃力は、想像を絶するものになるかもしれない。

未来を約束されたこの驚異的な16歳の登場に、男子卓球が、再び熱を帯びてきた。

松島輝空。一人の少年が、日本男子卓球界の新しい扉を、今、開こうとしている。

<了>

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