Japan's Misaki Emura gestures as she competes against Theodora Gkountoura of Greece during the women's Individual Sabre final at the Fencing World Championships in Milan, Italy, Thursday, July 27, 2023. (AP Photo/Antonio Calanni)

2022年のフェンシング世界選手権で日本勢として初の女子サーブル個人優勝、女子サーブル団体3位の結果を残した江村美咲が、今年7月の同大会で、2連覇を達成した。大会直前までケガで苦しみながら、ディフェンディングチャンピオンの重圧にも打ち勝った。

24歳にして次々と「初」を塗り替えている彼女がこの1年間で身につけた「強さ」とは?

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=AP/アフロ)

楽しみながら結果にこだわった世界選手権

――7月にミラノで行われたフェンシング世界選手権・女子個人サーブルで、日本フェンシング界初の大会2連覇、おめでとうございます! 大会後は少し休めましたか?

江村:はい。ゆっくり休んで、8月から練習を再開しました。

――今大会はディフェンディングチャンピオンとして臨んだ中で、昨年の大会とは違うプレッシャーもあったと思いますが、メンタル面はどのように変化したんですか?

江村:昨年の世界選手権で初めて優勝した時から、1回も国際大会で優勝できないまま今年の大会を迎えて。本当に強い選手がゴロゴロいるし、気持ち的には「今勝てないと来年のオリンピックでも勝てない」とあえて自分にプレッシャーをかけて挑みましたが、試合直前もかなりの不調で。初戦で負けることも十分あり得るぐらいの状態だったので、完全に挑戦者の気持ちでしたが、大会の中でだんだん手応えをつかんでいったところはありましたね。

――なかなか勝てない時期が続いた中で、結果との向き合い方も変わったのでしょうか?

江村:変わりましたね。以前は完璧主義で勝つことばっかり考えていて、自分がうまくいかない時に崩れてしまうことが多かったんです。そこで、自分が一番いいパフォーマンスを出せるのはどんな時か振り返った時に、勝敗にとらわれず「相手との真剣勝負を楽しんでいる時」だと気づいて。勝敗から気持ちを離して、練習でも技のクオリティにこだわるようになりました。ただ、今度は気づかないうちにそっちに気持ちが寄り過ぎて、勝ちへの貪欲さが足りなくなってしまっていたことに気づいたんです。それで、今回の大会はちょっとだけ、勝敗にこだわる気持ちをよみがえらせて挑みました。

――それは経験を重ねた選手にしかわからない感覚の微調整だったと思うんですが、勝敗にこだわることで、攻め方も変わるのですか?

江村:一番いい時は、勝敗にとらわれずに試合を楽しんでいる時なんですけど、それが勝敗にこだわらない「楽しむ」に寄り過ぎてしまうと、勢いがなくなってしまうというか。緊張や不安と戦いながら、勝ちにいく中で真剣勝負を楽しむ、ということが大切だなと。

ただ「楽しい」だけじゃ、自分にとっていいパフォーマンスは出せないんだなと思いましたね。

その日の100点満点を目指し、最後まで自分を信じ抜いた

――この1年は左足の甲や右上腕三頭筋の肉離れなどもあり、ケガからの完全復帰が大会直前だったそうですが、その苦しい状況はどのように乗り越えられたんですか?

江村:ずっと思うように練習ができなくて、アジア選手権直前にもまた別の場所をケガして、焦る気持ちやもどかしい気持ちはずっとあったんです。以前の完璧主義の自分だったら、試合に挑むにあたって自分の完璧な練習、完璧な準備をして挑まないと不安だし、自分を信じられないところがあったんですけど、今大会では、「それがどうしてもできない状況になった時にどうするか」を考えました。自分の中で出した答えは、「その日の100点満点を目指す」ことです。ケガをしていたら休むべき時は休むのが100点だし、もし不調が続いて思うように動かなくても、その日にできるベストを尽くして、試合が始まったら「根拠なく自分を信じる」っていうのも大事だなと思って、それはすごく意識しました。

――最後まで自分を信じ抜くことができたんですね。

江村:そうですね。一年間、優勝できない勝ちきれない試合が続いた時に、自分を信じきれていなくて、本気で相手とぶつかり合えていないまま負けちゃっているなと感じることが多くて。今回は自分を信じて最後まで戦うことを一番の目標に掲げていたんです。自分を信じないのってやっぱり楽なので、そうなりかけたところで何度も何度も「自分を信じよう」と気持ちを引き戻しながら、最後までやりきった感じで。最後は「よく信じきったな」っていう達成感と、やっと終わったっていう気持ちが強かったですね。

――優勝の瞬間は、昨年の優勝の時と感情は違いましたか?

江村:違いました。2連覇はもちろん目標として掲げていたんですけど、できると思っていなかったので、去年の優勝以上にびっくりしました。

――コートを広く使う新戦術を取り入れたそうですが、それも攻撃の幅を広げることにつながったんでしょうか。

江村:コートを広く使うのは試合では本当にわずかな差ですが、まだ足りないところもあります。それよりも昨年の大会と大きく違ったのは、リスタート後の仕掛け方です。去年優勝してから同じ戦い方を続けていたのですが、やっぱり研究もされるし、同じ戦い方では勝てなくなって。それまでは相手を動かしてから自分が技をかけるスタイルだったんですけど、今年は自分から仕掛けることが多くなりましたね。

燃え尽きて、休むことの大切さに気づいた

――2021年の3月に日本フェンシング界で初めてのプロ選手になりましたが、環境の変化はやはり大きかったですか?

江村:学生の頃からほとんど練習ばっかりしていたので、活動内容自体は以前とそこまで大きく変わっていないです。ただ、スポンサーに対する感謝の気持ちとか、「これが自分の仕事だ」という誇りや責任感が生まれたのは変わった部分ですね。

――毎日、どのようなタイムスケジュールで練習しているんですか?

江村:午前中は9時半から12時、午後は3時半から長くても7時まで、大体6時間ぐらいです。

――息抜きも大切だと思いますが、オフの日はどんな過ごし方をされているんですか?

江村:買い物をしたり、おいしいものを食べたり、美容室に行ったりしています。

――オンとオフのメリハリがはっきりしているんですね。

江村:メリハリを大事にするようになったのは去年ぐらいからですね。それまでは休みイコール「悪」っていう考えがあって、みんなが休んでいるときに練習するからこそ勝てるんじゃないかっていう思いがずっとあって、休みきれない自分がいたんです。でも、それで東京五輪の後も休まず練習していたら、去年の3月くらいで燃え尽きてしまって。

そこで休むことの大切さに気づいてから、「100%のオンがあるから100%のオフがあるし、100%のオフがあるから100%のオンがある」って思えるようになりました。この1年間は本当にいろいろなことを学ばせてもらいましたね。

展開の早さはサーブルの魅力

――フェンシングは1896年の第1回アテネオリンピックから正式種目として採用され続けている歴史ある競技ですが、改めて見てほしいポイントを教えていただけますか?

江村:戦術の繊細さもありますが、まずは生で見る迫力ですね。サーブルは特に「突き」だけじゃなくて「斬り」もあるので、剣の動きもダイナミックです。試合開始から1秒かからないぐらいでどんどん点が決まっていく感じで、すごく試合展開が早いので、その迫力を実際に見てもらいたいなと。あとは、選手たちのおたけびもけっこう迫力があるんじゃないかなと思います。

――1セットは3分間と、早い展開の中で駆け引きが繰り広げられているんですね。

江村:ルール上は3分なんですけど、サーブルは3分かかることはほとんどないですね。フルーレ・エペ・サーブルの中でもサーブルが一番展開が早いので、その分、「今この選手迷ってるな」とか、「この選手、ゾーンに入ってるな」とか、選手のメンタルの流れが見えやすいのは面白いと思います。

――ちなみに、おたけびはどんな感じですか?

江村:十人十色ですね。女性だとジェットコースターに乗ってるみたいに「キャーッ」っていう高い声を出す人もいます。男子だと、文字にできない「うわー!」みたいなおたけびもありますね。

男女金メダルでフェンシング強豪国へ

――今年の世界選手権では日本が男子団体でもフルーレで金メダルを獲得しました。

日本もフェンシング強豪国になりつつあるんですね。

江村:たしかに、少し前とはかなり印象が変わってきたと思います。特に、最近はアジアのレベルがすごく高くなったと感じますね。ヨーロッパの指導者を呼ぶ国が増たことは大きいんじゃないかと思います。オリンピックでメダルが取れたら、大きいですよね。

――そうですよね。日本はもともとフルーレがお家芸と言われていますが、江村選手の活躍で、サーブルも団体戦を含めて存在感を増していると思います。サーブルの強化が実っている面もあるのでしょうか?

江村:日本はもともとフルーレが強くて、北京五輪で銀メダルをとった太田雄貴さんが第一人者として活躍されていたんですが、フェンシング協会としてもフルーレだけではなく、サーブルでもエペでもメダルが取れるチームをつくっていこうということで活動してきたので、それがだんだん実現できてきている感覚はあるのではないかと思います。

――女子と男子は、強化の面で活動を共にしたり、連携している部分もあるんですか?

江村:サーブルは男女一緒に行動することが多いですが、他種目(エペ・フルーレ)の選手とは活動が別なことが多いです。世界選手権などの大きい大会では全種目の個人戦を3日かけて行うのですが、男子フルーレと女子サーブルが同じ日が多く、(注目されるのは)いつもフルーレばっかり、みたいな(笑)。だから私たちも頑張るぞ、という感じで、2017年のユニバーシアード(台北大会)では女子サーブル団体で金メダルを取ったんですが、そうしたら男子フルーレもちゃんと金メダルを取ってきたんです(笑)。今回も、個人サーブルで金メダル取ったら、やっぱり男子フルーレも金メダル。

バチバチするようなライバル関係ではないですけど、いつもいい刺激をもらっています。

【連載後編】「戦術をわかり始めてから本当の面白さがわかった」“スポーツ界のチェス”フェンシング世界女王・江村美咲が見据えるパリ五輪

<了>

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[PROFILE]
江村美咲(えむら・みさき)
1998年11月20日生まれ、大分県出身。小学3年で競技を始め、中学進学時にフルーレからサーブルへ転向。志村第二中学から大原学園高校に進学し、JOCエリートアカデミーで練習を積み、中央大学法学部を卒業。2014年ユース五輪(南京)大陸別混合団体金メダル。2016年リオデジャネイロ五輪はバックアッパーとして臨み、2018年から全日本選手権2連覇。2021年4月に日本初のプロ選手に転向。2022年の世界選手権で日本女子個人として初優勝し、今年の同大会で2連覇を達成した。

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