現在は、ジャニーズ事務所の社長を務めるジャニー喜多川さん。就任前は、川崎麻世のマネージャーだった。

当時から今と変わらず、次代のスター発掘に精力的。みずから獲得に動くことが、珍しくなかった。

 有名なところでは、元光GENJI諸星和己。スカウトしたのは、まさかの東京・代々木公園だった。諸星は中学生のとき、地元の静岡県から家出。竹の子族を観るために代々木公園に向かったが、平日だったためあいにく実施されていなかった。
仕方なく、そのまま野宿していると、13才の諸星にジャニーさんが、「ジャニーだけど」と声をかけた。所持金がわずか1,200円しかなかった諸星は、もらった名刺に書かれていた電話番号に連絡。衣食住を確保するために、合宿所生活がスタート。気づけば、スーパーアイドルになっていた。

 同じく、代々木公園でスカウトされたのは、元たのきんトリオ・野村義男。現在は日本を代表する名ギタリストだが、12歳でジャニーさんにスカウトされた。
その日のジャニーさんは、担当していた川崎ら数名のジャニーズJr.たちを、公園内のゴーカートで遊ばせてあげようとした。そのとき、野村が視界に飛び込んだ。ジャニーさんは咄嗟に、生まれ育ったアメリカの公用語(英語)で話しかけたが、普通の小学生が理解できるはずがなく。その後に名刺を渡して、とんとん拍子で話が進んだ。

 数々の“ジャニーさんのひとめぼれ”のなかでも究極なのは、少年隊東山紀之だ。ギャンブル好きで、借金もあった父に愛想を尽かして、母は2人の子どもを抱えて離婚。
NHKの職員専用の理髪店で働くシングルマザーになった。その縁で、東山は小学校の春休みを利用して、アイドル番組『レッツゴーヤング』(NHK総合、74年~86年まで放送)の番組収録を、友人と一緒に観覧した。

 終演後、会場となった東京・渋谷のNHKホール前の交差点で信号待ちをしている姿に、ジャニーさんがホレた。川崎を乗せた移動中、車の窓から東山を見つけて、急いで降車して、声をかけたのだ。

 諸星、野村、東山に共通しているのは、偶然とひらめき。ジャニーさんのファーストインプレッションで、スターが誕生している。
山が動くとき、きっかけは意外で些細なのだ。