高市早苗首相は「台湾有事は存立危機事態になり得る」と国会で答弁、中国が猛反発し波紋が広がっている。

高市首相は国会での台湾を巡る質疑の中で、中国が「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば存立危機事態になり得る」と語った。

すなわち2015年の安全保障関連法に明記されている「日本と密接な関係にある他国への武力攻撃により日本の存立が脅かされるなどの明白な危険がある場合」に集団的自衛権の行使が可能になるという発言で、台湾有事はこの範ちゅうに入ることを初めて明言した。

中国にとって、かつて台湾を植民地とし、自国を侵略した日本が「交戦」の可能性に踏み込む意味は極めて重い。首相の答弁は、中国が最重要視する「歴史」と「台湾」の両方の問題で「一線を越えた」と判断した。

中国側、メンツをつぶされたか

高市首相は10月30日の米中首脳会談翌日の31日に日中首脳会談に臨んだ。本来であれば米中関係が改善に向かう中で日中関係も改善させるという基本戦略で臨むべきだったが、日中首脳会談について日本側は高市首相が習主席に対し「言うべきことを言った」という基本スタンスを貫いた。中国側は「四つの政治文書のほか守るべき原則についてくぎを刺した」と説明。双方が国内向けに会談成果を述べた格好だ。

高市首相は自身のX(ツイッター)で習主席との会談の前後に台湾の代表と会ったことを笑顔の写真付きで発信。中国側はメンツをつぶされたと考えた。

日本は1972年の日中共同声明で中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として認めるとともに「台湾は中国の一部」であるとの中国の主張を「理解し尊重する」とした。同時に台湾海峡の問題の平和的解決に関心があると強調した。米国は、「台湾は中国の一部」とする中国の主張を了知(Acknowledge)し、別途米国の国内法「台湾関係法」で武力の行使に対し「適切な行動」を取ると定めた。これが米国の「曖昧戦略」と言われるもので、米国が台湾を防衛すると明確には言わず、台湾の独立や中国の武力行使を抑止してきた。

国益を踏まえ冷静対応を

台湾問題は一触即発に至り得る極めて重大な安全保障課題であることを踏まえたもの。機微な問題であるのに「台湾有事は日本有事」「台湾有事は存立危機事態」と喧伝するのは国益を踏まえた適切な態度とは思えない。安全保障の基本概念は勇ましいことや武力をちらつかせて相手を刺激することではなく、静かに抑止力を充実させ安保環境を良くする外交を展開することだ。

日本にとっての外交目的は台湾海峡の平和と安定を達成することにある。もちろん中国が武力行動を起こさないことを担保する抑止力は必要だが、それはあくまで米国の抑止力を支援することに限られる。米国でさえも中国への刺激を避ける「曖昧戦略」を展開する中、日本があえて中国を刺激する必要があったのか。現役の首相として、支持基盤の右派勢力への過度の忖度はリスクが大きい。

一方、日本経済の中国への依存度は甚大。中国は日本にとって最大の貿易投資国だ。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、日本から中国への輸出(対中輸出額)は 1564億5524万ドル。中国から日本への輸入(対中輸入額)は 1671億1943万ドル。共に最大だ。最新の調査では、中国に進出している日系関連企業の総数は 2万6955社に達する。

2024年の訪日外国人の消費額は約8兆1000億円。うち、中国人は最大の個別国別シェアを占めており、復調が続く中国人訪日客の消費回復が日本の観光消費全体に与えるインパクトは甚大だ。

日中の関係悪化は互いを傷つけ合うだけで、東アジア情勢だけでなく、世界経済も不安定にする恐れがある。両国は冷静な対話を通じ、さらなる緊張の高まりに歯止めをかけなければならない。高市首相は日中両国の首脳が積み上げた努力を学び、軽率な発言を慎み、日中基本文書順守を説明する責務があろう。

日中間には四つの基本文書があり、首脳会談のたびに確認し合ってきた。

■日中共同声明(1972年)

日本が中華人民共和国を「中国の唯一の合法的政府」として承認し、中華民国(台湾)との政府間関係を終了すると表明した外交文書。両国は主権尊重・内政不干渉などの原則を確認した。

冷戦下での外交正常化の基礎を作り、以後の貿易・人的交流・協力の出発点となった。

■日中平和友好条約(1978年)

両国が平和友好の原則に基づき結んだ正式な条約で、相互の主権尊重・力による威嚇の否定などを規定している。

両国関係を法的に安定化させ、長期的な平和共存と協力の枠組みを強化した。

■日中共同宣言(1998年)

1972年、1978年の枠組みを引き継ぎつつ、両国関係の新たな段階(経済、社会、文化面での連携深化)を確認した宣言。

歴史や領土問題への対応、相互信頼の構築などが強調された。

経済関係や人的交流の拡大を前提に、21世紀に向けた協力の方向性を示した文書だ。

■日中共同声明(2008年/戦略的互恵関係の包括的推進に関する共同声明)

「戦略的互恵関係」の包括的推進を打ち出した文書で、政治、経済、安全保障、環境、人的交流など多分野での協力強化を掲げ、安全保障やグローバル課題への協調の重要性を明確化し、幅広い分野での協力体制を促す役割を果たした。

こうした中、自由秩序やグローバル連携を否定するトランプ米大統領との過度の連帯(追従)は中国・インドを含むアジア諸国の日本への失望を招いている。米国の存在感の低下と連動している。世界全体の国内総生産(GDP)シェア(2024年=日本除外)は米国15.5%、中国22.4%、上海協力機構諸国25.3%、アジア諸国50.4%。世界の勢力図は大きく揺らいでいる。

台湾問題は譲れない「レッドライン」

高市首相の「台湾有事=存立危機事態」とする発言はこれまでの首相発言から突出している。日本は台湾とは正式の国交はなく、台湾には米軍基地も皆無。戦争に巻き込まれないために、集団的自衛権行使よりアジアでの平和構築の努力が欠かせない。

高市首相の国会発言によって、日中両政府が抗議を応酬する事態になった。このまま悪循環に陥れば日中関係は相互不信によって漂流しかねない状況だ。中国外務省の孫衛東外務次官は13日、日本の金杉憲治駐中国大使を呼び出して「厳正な申し入れと強い抗議」を表明し、答弁の撤回を改めて求めた。

孫氏は「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、触れてはならないレッドラインだ」と指摘。今年は日本による台湾の植民地支配が終結した戦後80年の節目にあたる点を強調し、「中国側は日本が歴史的な罪や責任を深く反省し、悪質な言論を撤回するよう再度求める」と述べた。

一方、在中国日本大使館によると、金杉大使はその場で孫氏に対し、答弁の趣旨と政府の立場を説明して反論。さらに、首相の答弁を巡り中国の薛剣(せつけん)駐大阪総領事がXに「汚い首を斬ってやる」などと投稿した問題について、金杉大使は「極めて不適切な発信」として強く抗議し、中国側の適切な対応を求めた。

中国外務省は14日、中国国民に対し、当面の間、日本への渡航を自粛するよう交流サイト(SNS)上で呼びかけた。台湾有事は集団的自衛権を行使可能な「存立危機事態になり得る」とした高市首相の国会答弁への対抗措置で、日本の好調な観光産業を狙い撃ちする意図があるとみられ、答弁を巡る日中間の応酬の影響が経済・交流分野にまで波及しそうだ。中国は答弁撤回を求めており、今後さらに措置がエスカレートする可能性もある。

発表では、「日本にいる中国人に対する犯罪が多発している」と主張。「日本の指導者による台湾を巡る露骨な挑発的発言は、中日交流の雰囲気を著しく悪化させ、日本にいる中国人の安全に重大なリスクをもたらしている」と指摘した。香港政府もこの動きに追随した。

航空業界やホテル、デパートなど関連業者は、影響は必至と憂慮する。

観光庁がまとめた2024年の訪日外国人の消費動向によると、中国人旅行客の消費額は1兆7265億円。

国・地域別で最高で、全体の21.5%を占めた。

中国では日中間のビジネスに早くも影響が出ている。日本企業の中国法人幹部は「今回の問題発生後、政府系企業との商談が進まなくなった」と訴える。日中友好を目指す各種イベントも停滞している。

日本の非営利団体「言論NPO」(東京都)と中国国際伝播集団(北京市)が17日に予定していた日中共同世論調査の発表が延期され、北京で23日から3日間開催される予定だった東京北京フォーラム(言論NPOなど主催)も延期になった。言論NPOによると、中国側が「現状の日中関係の情勢を踏まえて」延期を求めてきたという。

中国教育省は16日、国民に対し「治安情勢と留学環境が良くない」として、日本留学を慎重に検討するように注意喚起した。中国教育省は「中国公民に対する違法犯罪行為が多発しており、在日中国公民の安全リスクが上昇している」と主張し、在日中国人留学生に対しても防犯意識を高めるよう呼びかけた。

独立行政法人日本学生支援機構によると、2024年5月1日現在、日本で学ぶ中国人留学生は12万3485人と国別で最多で、全体の36.7%を占める。

少子化に苦しむ日本の一部大学や語学学校では、中国人留学生は経営基盤を支える存在で、来なくなったら打撃は大きい。中国の若者にとっても日本は人気の留学先で、米国との対立も相まってその規模は拡大してきた。

GDPマイナス成長、加速も

内閣府が17日発表した2025年7~9月期のGDP速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値が前期比0.4%減、年率換算で1.8%減だった。

6四半期ぶりにマイナスとなった。落ち込みが激しい。

アベノミクスが始まる2014年以来、異次元金融緩和を背景に円安が急速に進行し、1ドル150円台半ばまで下がったため、輸入物価が上昇。食料自給率も38%の低水準にとどまっている。

有力シンクタンクの試算によると、今回の中国の対抗策により、日本経済は1兆7900億円の損失につながり、GDPを0.29%%押し下げる見通し。この結果、マイナス成長基調が加速される恐れも大きい。

産業界には、中国がレアアースの供給を規制するリスクもあり得るとの懸念する声もある。

日本政府は、「高市首相の答弁は従来の日本政府の立場を変えるものではない」と火消しに懸命。急きょ外務省の金井正彰アジア太平洋局長を中国に派遣して理解を求めることになった。

11月下旬に南アフリカで開かれる主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)には中国の李強首相が出席、高市首相と初めて接触する機会となるか注目されるが、中国側は会談の予定はないとしている。

日中両国は対話により、四つの重要文書と「開かれた経済秩序」「非核・平和主義」「力こそ正義の否定」などの確認が必要だ。

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