「日本は敵性国(adversary)である」。中国外務省高官が北京駐在の各国外交官を集め、日中関係を説明したと外交筋から聞いた。

北京の喫茶店の屋外席で陽射しを浴びながら、背筋が寒くなった。現在の話ではない。20年前、2005年3月のことである。日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの反対や、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝への反発から、中国は対日強硬姿勢を強めていた。だが、日本からの対中投資や両国の貿易関係は急速に発展していた時期で「敵性」の言葉は衝撃だった。この後、同年4月には、四川省成都の日系スーパーの窓ガラスなどが壊され、北京では1万人以上がデモ行進して日本大使館に投石する事態に発展した。

その後も10年9~10月には、沖縄県・尖閣諸島で起きた中国漁船衝突事件の後、再び北京や上海などで反日デモが発生。さらに、12年9月、日本政府が尖閣を国有化すると、少なくとも57都市で国交正常化以来最大とされる規模の反日デモが行われ、日系店舗への襲撃や放火が相次いだ。10年の漁船衝突事件では、中国側によるレアアース(希土類)の輸出規制や、中国にいた日本のゼネコン社員4人の拘束なども起きている。

歴史的経緯をたどったのは、今回、台湾有事を巡る11月7日の高市早苗首相の国会答弁とそれに対する中国側の猛反発について考えるためだ。早急に事態が鎮静化するのを望むが、12月6日には中国軍機が航空自衛隊機にレーダー照射するなど緊張はエスカレートしている。率直に言えば対立の長期化は不可避と考えざるを得ない。

おそらく高市首相の在任中は日中首脳会談が開かれる可能性はなく、外交だけでなく経済や文化交流面でも関係が「厳冬期」に入ったことを覚悟すべきだろう。
危機のサイクルが日中関係のニューノーマルと覚悟せよ、強硬姿勢背景には「超大国の弱国心理」
韓国で10月31日に会談した高市首相と習近平主席

一方、留意する必要があるのは、今回のような日中関係の対立と危機は冒頭で述べたように最初ではないし、おそらく最後でもないということだ。中国側に政治変革などドラスチックな変化が起きる場合を除き、仮に今回の対立と緊張が収束しても、将来的に新たな原因で同様の事態が起きる可能性は十分にある。10年の漁船衝突事件の際には、日本は民主党の菅直人政権だった。政権やその主張に関係なく、危機が起き得るということを念頭に置くべきだ。現状のような危機(と緩和期)を繰り返すのが、日中関係の「新常態(ニューノーマル)」ということを肝に銘じる必要がある。日本側には、いたずらにパニックに陥らずに冷静さを保ち、言葉やその他の挑発に乗る愚は避け、可能な限り正常な経済関係と民間交流を維持する「戦略的忍耐」と言うべき努力が求められている。

同時に、中国との関係で、同様の苦境に追い込まれた国は日本だけではない、という点を思い起こすべきだ。高市発言に対する中国側の反応は、近年、外国と対立した場合に中国が取る行動パターンにきれいに沿っているからだ。米国は除いて、いわゆる「ミドルパワー」と呼ばれるカナダやオーストラリアなども対中関係において苦汁をなめてきた。カナダは18年に中国通信機器大手幹部を拘束後、首相が交代するまで8年間、公式首脳会談を開けなかった。農産物輸出や中国人旅行者のカナダ観光も規制された。

近年、中国からの圧力に最も悩んだ国の一つとして、オーストラリアがある。発端は、世界的に甚大な被害をもたらした新型コロナウイルスの発生源や感染拡大の経緯をめぐり、20年4月に当時のモリソン首相が「独立した調査が必要だ」と述べたことだ。中国は「政治攻撃だ」と猛反発し、オーストラリア産の食肉の輸入を停止、大麦への高関税、同国への留学への慎重な判断を呼びかけるなど矢継ぎ早に報復措置を打ち出した。

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成都市でのPCR検査

中国はオーストラリアにとって最大の貿易相手国で、19年には大麦だけでも6億豪ドル(約600億円)を対中輸出していた。経済的にも大変な痛手だが、モリソン首相は「脅しには屈しない。強要されて価値観を売り払うことはしない」と突っぱねた。両国関係が改善の兆しを見せたのは、カナダと同様、22年に首相が交代、アルバニージー政権が誕生してからだ。首相は23年11月、7年ぶりに訪中し関係改善を確認した。

オーストラリアの例で注目されるのは新型コロナウイルスの「独立調査」要求という第3者的には至極まっとうに見える発言さえも、中豪関係を揺るがす大津波に発展したことだ。そして経済だけでなく、観光、教育、メディアなどあらゆる分野で対オーストラリア攻撃が展開された。

カナダやオーストラリアの例をみれば、高市発言による対立を単に日中の2国間問題としてとらえるのは単純すぎることが分かる。日本だけでなく諸外国も、最大級の貿易相手である中国を重視する一方、中国と対立した際に、その経済関係、交流関係そのものが「武器化」される、という矛盾を抱えている。

今回の日中対立は、独自の統治体制を持つ中国共産党と自由民主主義諸国群がどう関わっていくか、という視点が欠かせない。そして、カナダ、オーストラリア、韓国など同様の対立構造を抱える民主主義諸国と連携を強め、対中関係において自由、法治などの原則を貫ける体制を国内外で早急に構築していく必要がある。
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カナダ国旗

中国アナリストで、カナダ外務省を休職中に中国当局に拘束された経験を持つマイケル・コブリグ氏は最近、カナダメディアとのインタビューで「中国との関係を深めると、中国はそれを武器化して圧力をかけ、外交的自由を抑圧しようとする」と指摘。自身のX(旧ツイッター)では「中国当局は市場へのアクセスと投資への引き換えに沈黙を求める。中国の人権侵害や他国への政治干渉、台湾への圧力、ロシアの侵略への支援、日本いじめなどについての沈黙だ」と述べている。

現在、カナダは米トランプ政権から貿易関係で強い圧力を受けており、代替市場としての中国に期待する声も根強い。コブリグ氏はこれについて別のインタビューで「中国との貿易合意を急げば、短期的な利益にはなってもカナダの将来の選択、自由など主権に関わる問題につながる」と警告。カナダは貿易相手の多様化を図り、1国への依存関係を強めるべきではないとし、日本など価値観を共有する民主主義諸国との連携を強めるべきだと主張している。また、中国との向き合い方は「われわれの世代にとって死活的な課題(existential challenges)だ」と述べ、カナダ政府だけでなく、一般国民も対中関係について学び、一定の知識と覚悟を持つことが不可欠だと訴えている。

高市答弁の是非については、本稿では特に踏み込まないが、日中対立は海外でも大きく報じられている。不必要に中国を刺激した、という批判がある一方「危険なのは日本の首相が現実を語ったことではない。本当に危険なのは中国が軍事的、経済的圧力を強めて台湾の民主主義を脅かしていることだ」(12月2日、米ウォールストリートジャーナル紙社説)と擁護する声もある。

各国首脳らはおおむね様子見を決め込んでいるが、冷静で客観的な国際情勢への発言で知られるシンガポールのウォン首相は例外的にコメントし、事態の鎮静化を求めた。長くなるが、第3者的な意見として参考になると思われるので該当部分を引用する。(11月19日にシンガポールで開かれた経済フォーラムでの発言、引用元はブルームバーグ通信の会議映像)
危機のサイクルが日中関係のニューノーマルと覚悟せよ、強硬姿勢背景には「超大国の弱国心理」
写真はローレンス・ウォン氏のXより

(首相)「われわれはみなアジアの安定を望んでいる。みなにとっての利益だからだ。だから日中両国が現在の問題で事態をエスカレートさせないことを心から望む。日中関係は重要だ。経済的には中国は日本の最大の貿易相手だが、米中両国が戦略的な競争関係にあるため複雑な関係でもある。日中関係はそうした大きな角度から見る必要もある。そして、尖閣諸島をめぐる争いと、もちろん、第二次世界大戦の歴史の影がいまだに日中関係を覆っている。われわれは、日中両国がそうした複雑な問題を解決し前に進んでほしい。東南アジアは日本との関係でそうした。歴史問題では時間がかかったが、時がたつにつれ、世代が交代するにつれ、感情は変わった。

そして東南アジアは歴史問題を脇に置き、前に進んだのだ。実に驚くべきことだが、どのような世論調査を見ても日本は東南アジアで最も信頼される大国だ。だからシンガポールを含む東南アジア諸国は安全保障分野を含めて日本がこの地域でより大きな役割を果たすことを望んでいる。それによって東南アジアがより安定するからだ」

(司会者の質問)それにしてもあのように竜(中国)の目に指を突っ込むような(高市)首相のやり方をどう思うか。推薦できる方法だろうか。

(首相)「私は高市首相のアドバイザーではない。他人の賢さについて判断することはできないし、彼女が言ったことが賢かったかどうかについても判断できない。ただ、発言はなされた。言わなかったことにはできない。すでに言葉は発出されたのだ。そして(日中双方に)明らかに見解の相違がある。私の見るところ、日本は対立を鎮静化させ、関係を安定させ、事態をさらにエスカレートさせないことを望んでいる。

私としては中国も同じように感じてほしい。意見の相違があっても日中両国は良好な関係を保ち協力できるはずだ」。

中国と同様、日本と戦争の過去があるシンガポールの首相発言は、距離をおいて日中関係を考える機会になると思う。

さて、今回、中国の大阪総領事が「(日本の首相の)汚い首は斬ってやる」と述べるなど、一部の外交官の発言が問題となった。中国当局者はなぜ過激な発言を繰り返すのか。

これについては、中国を代表する国際協調派の論客で16年に死去した元外交官の呉建民氏の説明が腑に落ちる。同氏は中国の対外政策の背後にある心理を19世紀のアヘン戦争以来の「屈辱の歴史」による「弱国心理」と分析していた。生前、中国メディアに対し中国人は「自信がなく、己を客観視できず、批判されると『反中国』と決め付ける」「他国と平等に接することができず、不必要に対立を激化させる」などと説明した。

危機のサイクルが日中関係のニューノーマルと覚悟せよ、強硬姿勢背景には「超大国の弱国心理」
呉建民氏

平和的発展を中国が守るべき王道と訴えた氏は「中国にとって最大の課題は中国人自身」が持論だった。毛沢東が発動し、大量の餓死者を出した大増産政策「大躍進」を例に、中国人は自信を深めると増長して判断を誤ると指摘。また、偏狭な民族主義は「愛国」の仮面をかぶっているものの、本質的には「トウ小平路線」の対外開放に反対するものだと述べ、暴力的な反日デモを批判した。「日本を火の海にする」と公言した中国軍関係者と香港のテレビで論争し、「戦前と戦後の日本は別」と述べたこともある。偏狭な民族主義を戒め、高度経済成長を受けて対外強硬路線を取る道を強く否定していた。

同氏の懸念は後輩たちの「戦狼外交」によって現実化した。その背景には呉氏が指摘した民族感情があることは否定できない。すでに超大国となった中国で根強い「弱国心理」は中国外交を動かす要因の一つとなっている。

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