大ヒットを記録した2017年のデビュー・アルバムから2年。NY発のドリーム・ポップ/アンビエント・ポップ・バンド、シガレッツ・アフター・セックスが待望の2ndアルバム『クライ』を完成させた。
独自の美意識はどのようにして育まれたのか?

シガレッツ・アフター・セックスは彗星のようにシーンへ登場した。米ローリングストーン誌の「2016年知っておくべき10のアーティスト」に選出され、ライブはアメリカやヨーロッパで即完売に。ここ日本でも早い段階から注目され、2017年5月に原宿アストロホール(現在は閉店)で開催された来日ショーケースライヴは超満員。客席にはChara川谷絵音といった著名ミュージシャンの姿もあった。アジア圏でも人気が高く、筆者が2018年に香港のフェス「Clockenflap」に足を運んだときも、大勢のオーディエンスが演奏に見入っていたものだ。

彼らの魅力は、夜の微睡みにも似たドリーム・ポップ直系のサウンド。その気だるくロマンティックな音像は、コクトー・ツインズに象徴される4ADの耽美な世界観、レッド・ハウス・ペインターズの侘び寂びにも通じる情感、ビーチ・ハウスやライといった近年の浮世離れしたバンドとも通じるものだ。孤独を包み込むようなサウンドは、ストリーミング時代にも見事にフィット。テイラー・スウィフトやラナ・デル・レイにも絶賛された、2017年発表のデビュー・アルバム『Cigarettes After Sex』はこれまでに55万枚(ストリーミング相当)以上を売り上げ、Spotifyでは3億6000万もの再生回数を記録している。

何より耳を惹くのはバンドの中心人物、グレッグ・ゴンザレスのヴォーカルだろう。中性的でミステリアスな歌声は、映画『ツイン・ピークス』にも起用されたジュリー・クルーズや、「ドアーズ以来、最高のサイケデリックバンド」と評されたマジー・スターのホープ・サンドヴァルなど、魔性の女性シンガーたちとも重なってくる。2017年に筆者が行なったインタビューで、グレッグはこのように語っていた。


「ジュリー・クルーズの『Floating Into The Night』は僕のなかでトップ10に入るアルバムだし、かなり影響を受けてるね。マジー・スターの『Fade Into You』も、美しくて素晴らしい曲だと思う。(女性的な声だと)本当によく言われるんだけど、実際聴くなら女性シンガーのほうが好きなんだ。ほかにもフランソワーズ・アルディとかね。彼女たちの声が持つ純粋さ、美しさに惹かれるし、自分もああいう風に表現できたらと思いながら歌ってるよ」

少年時代のグレッグが音楽に目覚めたきっかけは、マイケル・ジャクソンの『スリラー』(「僕が生まれた1982年に出たレコード」)。その後はクイーンとフレディ・マーキュリーに入れ込み、メタリカのようなメタルに没頭した時期を経て、ドアーズ、レディオヘッド、マイルス・デイヴィスと興味が広がっていった。さらに彼は、エンヤからも大きなヒントを得たという。近年のニューエイジ再評価を踏まえても、シガレッツ・アフター・セックスの音楽がモダンに聴こえる理由と関係がありそうだ。

「僕にとって、エンヤとコクトー・ツインズはそう遠くない存在なんだ。彼女の曲はとても美しいし、その音楽は映画的で、ソングライターとしてもユニークな存在だと思う。世界的に有名だけど、どこかアンダーグラウンド・ヒーロー的なところも気に入ってる」

そのようなリスナー遍歴を経て、現在のサウンドに進んだ理由とは?

「自分の個性を一番表現できる音楽がこれだと思ったんだ。ロマンスや愛は、自分をソングライターとしても一人の人間としても素直にさせてくれるものだし、悲しくもさせればハッピーにもしてくれる。
それを一番美しく表現できるのはこういう音楽だってことに気づいたんだ」

華やかなデビューを飾ったシガレッツ・アフター・セックスだが、その前には長い下積み時代があったらしい。バンドは2008年、テキサスのエルパソにて結成。自分たちのような音楽をやってるバンドは周囲にいなかった、とグレッグは苦笑いしながら振り返っている。

「僕の故郷ではウィルコのようなオルタナ・カントリーをやってる人が多かった。またはハードコア・バンドだね、アット・ザ・ドライヴ・インみたいな。だから、誰も僕らのことを気にしてなかったと思う。エルパソの人たちにとって僕らの音楽はメロウすぎたからね。あの街よりNYのほうが僕には合ってたんだ」

シガレッツ・アフター・セックスの音楽は、ある種のクリシェを再構築しているようにも映る。かといって、単なる焼き直しというわけでもない。ドリーム・ポップというジャンルに括られたバンドは数多くいるが、ここまで一貫した美意識をもつバンドとなると、実は珍しいような気さえしてくる。

前述のショーケース・ライブでは、バンドの演奏とシンクロさせるように、モノクロ映画をコラージュした映像をバックスクリーンに流していた。モノクロームに対する偏愛ぶりは、デビュー作と最新作『Cry』のアートワークにも反映されている。
音像は極めてシンプルな作りで、徹底してミニマルでスロウ。BPMが加速したりノイジーなギター・ソロが割り込んだりすることもなく、虚無感とも似た心地よいフィーリングがどこまでも続く。バンド名さながら、永遠の賢者タイム。歌詞を通じて描かれる「夜」のストーリー。あらゆる面でリスナーのニーズを満たし、間違っても横道に逸れることはない。もはや職人的とも言える「機能性」こそ、シガレッツ・アフター・セックスが現代に愛される要因なのだろう。その点については、グレッグも自覚的に取り組んでいるようだ。

「僕が最初に買ったアンビエント・ミュージックのレコードは、ブライアン・イーノの『Ambient 1: Music for Airports』だった。彼は空港に来る人々のためにあれを作ったわけだけど、僕にとっては睡眠や、頭を空っぽにしたいときに助けてくれる音楽だったんだよね。自分が音楽をやるうえでも、息継ぎができる空間というのが大切だと思っていて。それはミニマリズムによって産み出される部分もあると思う。世の中には情報過多な音楽もあるけど、僕たちの音楽はもっとリラックスできるものにしたいんだ」

シガレッツ・アフター・セックスの美学は、ニュー・アルバム『Cry』でも揺らいでいない。
オープニングトラックの「Dont Let Me Go」を聴き始めた瞬間、彼らのファンは待ち望んでいた「第2章」であることに安心し、大いに歓喜したはずだ。アルバムはスペインのマヨルカ島にある大邸宅で夜間にレコーディングされ、映画のような瞑想感を持った作品に仕上がった。「このレコードはロケーションと完全に結びついている。究極的に僕はこのレコードを”素晴らしい場所で撮られた映画”として捉えているんだ」とグレッグは語っている。

深いリバーブと柔らかなキーボード、鼓動を思わすドラム、泳ぐようなギターの旋律、そしてグレッグの儚い歌声。基本軸はほぼそのままだが、ソングライテイティングは研ぎ澄まされ、2作目にして早くも横綱相撲のような貫禄に満ちている。「Kiss It Off Me」の味わい深いイントロ、「Falling In Love」のたゆたう浮遊感、「Pure」のフォーキーな歌心。全9曲で紡がれているのは、もちろん愛とセックスの物語。3曲目の「Heavenly」でグレッグが歌っているように、とびきり甘い天国がここには待っている。

シガレッツ・アフター・セックスが描く、甘く儚いドリームポップの正体

シガレッツ・アフター・セックス
『Cry』
発売中

日本公式サイト:
http://bignothing.net/cigarettesaftersex.html
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