取材場所に現れた山本彩は、前回対面したときとは明らかに違っていた。こちらが心配になるぐらい表情が硬かった9カ月前に比べ、だいぶリラックスした面持ちだったのである。
彼女がはっきり言葉にすることはなかったが、それなりに満足できる結果をこの1年で残せたという充実感、または安心感のようなものが見てとれた。

山本は今年、「イチリンソウ」「棘」「追憶の光」といった多種多様なシングルを立て続けに発表し、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019」をはじめとした大型フェスにも出演。積極的に”新人・山本彩”をアピールした。

シンガー・ソングライターとして活動を始めてから初となるアルバム『α』は、そんな2019年の活動の総決算的な作品となった。既発曲に新曲3曲を加えた今作のリリースを控えた今、彼女は何を思うのだろうか。

―今年の春に他媒体のインタビューでお会いしたときに比べると表情がだいぶ柔らかくなって、肩の力も抜けていますね。あのときは緊張していましたか。

していたと思います。あの頃はまだユニバーサルさんにお世話になるようになって間もなかったし、新しい環境にもまだ慣れてなくて、右も左もわからないっていう感じだったので。今はだいぶわかってきました。

―新たな活動を始めるとなると、インタビューでも「いったい何を聞かれるんだろう……?」って不安になりますもんね。

そうですね(笑)。


―ちなみに、今の活動とそれまでのグループでの活動と何が違ったんですか。

全部違いました。これまでは音楽だけのことを考えて制作したりツアーをすることがなかったし、前はグループの一員として自分の周りの人間やグループのことを考えていたので。

―元旦に自らの髪を切る姿を収めた衝撃的なアーティスト写真を公開してから1年が経とうとしています。今年を振り返ってみていかがですか。

めっちゃ早いですね。先日、(NMB48の)現役メンバーの卒業公演にサプライズで出させてもらったんですけど、8年間も立ち続けた(NMB48劇場の)ステージとは思えないぐらいアウェイな感じがしたし、実際、公演の生配信を観ていたファンの方が書いてくださった「劇場が似合わなくなったな」っていうコメントがすごくうれしくて。この1年でそれだけ自分が変わったということだし、アイドルからシンガーソングライターにちゃんとなれているのかなっていうことを実感しました。

―それは今、取り組んでいる音楽のスタイルのせいというより、山本さんの意識の変化がそう感じさせたんでしょうね。

ああ、そうなんですかねえ。

―たとえ鳴らす音楽が変わっても、意識が変わらなければファンに違和感を覚えさせるほど明確な変化は現れないと思うんです。

この1年で、グループにいたとき以上の自覚と責任が生まれたのでそれはあるかもしれないです。


―今年は様々なフェスにも出演しましたね。

ロッキン(ROCK IN JAPAN FESTIVAL)はソロとして最大規模のステージだったんですけど、満員に近いぐらい集まってくださって、ちょっと興味がある程度でもそれだけの人が来てくれたことはすごくありがたかったですし、そこから曲に興味を持ってくれたりしたのでそれはいい傾向だと思います。

―「これまでいくらでも大舞台に立ってきてるんだから、どんなステージでも堂々とパフォーマンスできるだろう」と思っている人も世間には多いと思いますけど、それは大間違いですよね。

大間違いです(笑)。規模とか場所は関係なく緊張はするし、いつもそれだけ意気込んではいるので……大間違いです!

アーティスト=山本彩の挑戦

―この1年で山本彩というアーティストは世の中にどう受け入れられたと思いますか。

うーん、まだ0から1の間をさまよってる感じかなって。この1年は、実際にどんな音楽をやっているかまでは伝えきれてないけど、音楽をやりたい人なんだっていうことを知ってもらえるところまではいけたと思うので、2年目以降は、自分の音楽をしっかり人々の心に残していけるかどうかが大事になってくると思います。

―1年前に自分で思い描いていた理想から考えて、今の自分にどれぐらいの点数をあげられそうですか。

正直、まだまだなので点数はあげられないですね。でも今は、1年前にあった先がどうなるかわからない不安はなくなって、その代わりにもっと現実的な課題やライブごとの反省が生まれているので、あの頃とは違う悩み方ができていると思います。

―具体的に今、どういう課題がありますか。

この1年で自分の音楽の幅が広がったり、いろんなライブを観させていただいてきたなかで、これまでやってこなかった音楽の魅力を知ったり新たにやりたいことがいっぱい見えてきたので、それを自分の知識として蓄えてしっかりアウトプットしたいと思っています。


―もともと山本さんはハードロックやメタルが大好きで、様々なバンドの音に触れてきていると思うのですが、リスナーとして見ていた景色と、実際に自分で音を出すのとでは違いましたか。

違いますね。自分が好きで聴いてきたような曲を作れるかっていうのはまた別の話ですし、自分が思っているとおりにできない葛藤もあったりするんですけど、できあがった曲が思っていたものと違ってもそれが自分らしい曲、自分らしさなのかなと思っています。

―今回リリースするアルバム『α』はこの1年の集大成的な作品ですが、こうして1枚になったものを聴いてみていかがですか。

自分が1年前に思い描いていたものとはいい意味で違っていて、こんなにいろんなことができると思っていなかったのでそれはすごく面白いなと思います。最初は自分のルーツになっている音楽を軸にした楽曲が増えるのかなと思っていたんですけど、実際はこれまで全然歩いてこなかった道を進んでいて、この1年ずっと続けていた制作も毎回が挑戦だし、常に新鮮な気持ちで臨めたと思います。

―今作は曲によって制作時期が大きく異なると思うんですが、すでに今と違う感覚の楽曲もあるんじゃないかと思うんですが。

今は、(NMB48の)卒業直後の心境を歌った「イチリンソウ」の頃の自分よりは前に進んでいると思うので、この曲は「ああ、こういう気持ちだったなあ」という感覚で今は歌っています。なので、今後は初心を忘れないために歌い続ける曲になっていくと思います。

―技術的な部分ではどうでしょう。「今だったらこうしたのに」みたいな。

それはけっこうあります。
実際、自分で作っておきながら歌いにくかったり、難しい曲が多々あるので、ライブで歌い重ねたことで今はレコーディングのときよりもレベルが上がってると思います。

―シングル「イチリンソウ」の収録曲(「イチリンソウ」「君とフィルムカメラ」「Are you ready?」)はバンド感を重視したシンプルなアレンジで、ライブでやることを意識したと話していましたけど、その後はより凝ったサウンドへと幅を広げています。ご自身ではこの変化を自然と受け入れられているんですか。

信念を持って「これは違う」と主張することも大事だと思うんですけど、まだ1年目ということもありますし、自分がまだ知らない音楽や世界がたくさんあると思うので、そういうものをいっぱい見て、吸収して、それをのちに自分らしい形に変えていけるように勉強することに今は楽しさを見出しています。なので、その結果としてこういうアルバムができたんだと思います。

プロデューサー陣とのコラボで学んだこと

―今作に参加されている、亀田誠治小林武史寺岡呼人といった日本を代表するプロデューサー陣と仕事をすることで気付いたことや学んだことはありますか。

皆さんに共通して言えるのは、制作において迷いがないということですね。私は、「こっちのメロディのほうがいいかな」「こっちの歌いまわしのほうがいいかな」って悩んで決められないことがけっこうあるんですけど、プロデューサーの方々はそういうことがなくて。それぞれこれまでの経験や直感があるとは思うんですけど、自分がいいと思うことを素早く決断されるのがすごいなと思います。

―今作のサウンドはほぼバラバラなのにそれを感じさせないのは、これまでグループで様々なタイプの楽曲を歌いこなしてきた経験が大きいんでしょうか。

いや、今までの経験が生きたとは全然思ってなくて、むしろ今までの自分になかった曲が多いですね。

―そうなんですね! 過去の経験で今に生きていることはないんですか。


曲によってコールアンドレスポンスを入れたりしているのは過去のライブの経験があったからこそだとは思うんですけど、グループ時代の経験はあまり直接的には反映されてないかもしれない。

―じゃあ、「イチリンソウ」の頃に「自分は新人のつもりなんで」と話していたのは謙遜でもなんでもなく、本当にそういう気持ちだったんですね。

はい。

―今作には、ストレートでエッジの効いたロックサウンドの「TRUE BLUE」、哀愁を帯びた「Homeward」、温かなスローバラード「Larimar」といった今の山本さんが得意とされる3つのタイプの新曲が収められていますが、「TRUE BLUE」はどういった経緯で制作されることになったんですか。

これはユニバーサルのディレクターさんがいくつか案を挙げてくださって、大木(伸夫/ACIDMAN)さんの名前を聞いたときに、自分のなかにあった楽曲のイメージを一番引き出していただけそうだなと思ってお願いしました。

―大木さんとの作業はどうでしたか。

いい意味でくだけてらっしゃって、プロデューサーというよりは同志というか、同じミュージシャン目線で楽曲作りをしてくださったので、めちゃくちゃやりやすかったです。細かいところまで熱心に取り組むし、すごく丁寧で几帳面で熱い方だなと思いました。

―こういうストレートなロックサウンドは、山本さんがやりたかったことのひとつですよね.

はい。これは自分がやりたいことのひとつ……1色ですね。

―おお、前は「自分はまだ無色透明です」って言ってたのに。

へぇ~!

―この1年で色が増えたんですね。


増えましたね、1色(笑)。

―まだ1色なんだ(笑)。でも、今作のなかだけでも様々な色があるじゃないですか。

でも、まだ自分のものにはなってないと思うので。

―なるほど。では、今後一緒に仕事をしてみたいミュージシャンはいますか。

ええ……(と長考に入る)。

―まあ、一番はELLEGARDENですよね(笑)。

そうですね(笑)。でも、ELLEGARDENにしてもMONOEYESにしてもthe HIATUSにしても、やってることはそれぞれ全然違いますけど、自分は細美(武士)さんが作られる音楽が全部好きなので、もし一緒に制作ができるとしたらどういうものが生まれるのか、どの細美さんなのか面白そうだなと思います。

―細美さんの音楽のどういうところに魅力を感じるんですか。

うーん、キャッチーさとか、サウンドや歌詞のエモさ。あとは、細美さんの生き様そのものがカッコよくてそれがライブや音楽にもリンクしているので、そういうのを見ているとグッときます。

―生き様を見せるというのは、山本さんが目標とすべきところでもありますよね。

はい!

この1年の活動を通じて感じた「自分らしさ」とは?

―この1年の活動を通じて感じた自分らしさとはどういうものですか。

ボーカル的なところで言うと、自分で歌っていて気持ちがよくて、聞き手の気持ちを惹きつけられるのは中音域の声だと思うので、そういうものをいかに曲に取り込めるかっていうことは考えています。だけど、最近はあまりそういう面が曲に出ていなくて……まあ、あえて出していないんですけど。実際、「追憶の光」は1曲丸々、自分にとって心地よいキーではなかったりして。でも、この曲の高音をいいと言ってくださる方もいるし、人からいいと言ってもらえるところを自分らしさにしていけたらいいなと思います。

―あえて得意の音域を外したメロディに挑戦した理由はなんですか。

自分が歌うときにどう感じるかも大事なんですけど、曲としてどうかというのも大事で。なので今は、「歌いやすいのはこっちだけど、曲として選ぶならちょっとしんどいけどこっちだな」っていう選択をするようになっています。そうすることで実際に歌うときに後悔するんですけど(笑)、曲を押し上げる意識は高くなっていると思います。

―どちらに寄せるかという判断は難しいですね。

最終的には自分で決断しているので妥協はしないんですけど、最悪、ライブではキーを下げて歌うこともできなくはないし、それよりも音源として一生残ることのほうが大きいので、そういうことも踏まえた上でどちらが大事か今後も判断していきたいです。

―「棘」なんてまさに山本さんの声に合ってると思いますよ。

ええ~、めちゃくちゃうれしいです。

―この曲はやっぱり思い入れがありますか。

そうですね。歌詞とかサウンドを通じて、ソロになった山本彩という人間のなかにあるものを出していますけど、まだあまり出し切れていない部分があったことに歯がゆさを感じていたので、それがこの曲で発散できたと思います。

―自分のなかにある感情を生々しく吐き出すスタイルは山本さんにすごく合うと思います。

生々しい人間臭さが共感されたり、そういう感情に寄り添う人がいるのかなと思うし、そうすることで自分の救済にもなるので、今後もどんどんしていきたいと思います。

―今後、伝えていきたいメッセージはありますか。

人の数だけ違う考え方があるということを伝えていきたいし、自分がマイノリティだと感じている人たちの救いになるような言葉を投げかけていけたらいいなと思います。

―まだライブに慣れたとは言えない状況だと思いますが、ツアーの規模はどんどん大きくなっています。来年から始まるホールツアーはどう臨みますか。

素直にすごく楽しみです。今年のツアーでだいぶ見えてきたものがあるし自信にもなったので、2、3年前にホールツアーをやらせていただくことが決まったときよりもだいぶポジティブな気持ちで臨めると思います。

―ところで、今年観たり聴いたりしたなかで一番インパクトがあった音楽はなんですか。

一番聴いたのは雨のパレードさん。

―へぇ~、意外!

そう、ですよね(笑)。「feel the night」でご一緒したKai TakahashiさんのLUCKY TAPESさんと対バンされていたときに初めて観させていただいて、演奏、曲、MC……全部がよかったなと思って。それをきっかけに曲を聴き漁ったら全部よくて。サウンドが特に気に入っていて、今年一番ハマったバンドです。

―さきほど、後輩の卒業公演にサプライズ出演した話をされていましたが、山本さんを目標としてNMB48で頑張っている子もけっこういるんですか。「いつか卒業したら山本さんみたいな活動をしたい」と思っていたり。

私みたいにと思ってるかどうかはわからないですけど、弾き語りを始める子が増えたり、そういう意思を公にするようになった子がNMB48では目立つようになったと思います。そういう子たちがライブを観に来てくれたりして。これまでは音楽方面の志を持つメンバーがいなかったので、そういう道に目覚める子が増えたらいいなと思いますし、自分がちゃんと結果を残して、そういう道を目指しやすいようにしていかないとなと思っています。

<INFORMATION>

『α』
山本彩
ユニバーサル ミュージック
発売中

<初回限定盤>
山本彩、音楽と真正面から向き合った2019年を振り返る


<通常盤>
山本彩、音楽と真正面から向き合った2019年を振り返る
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