Amazonが提供する音楽ストリーミングサービスには、さまざまなサブスクリプション・オプションが用意されている。
2020年1月、北米のレコードレーベル各社の幹部は、自分たちの甘い見通しを大目に見てもらえるだろう。このところ、北米における音楽ストリーミングサービスの成長の鈍化が懸念され始めたところだった。もしもこの懸念が現実のものとなり、サービスの転換点が訪れた時、それは間違いなく市場の成熟を示す初期兆候といえる。さらに、商業的な減退の現れかもしれない。
それでも2019年は、音楽ストリーミング業界では好調が続いた。
しかしながら北米のレーベル幹部も、決して安心してはいられない。なぜなら海の向こうに位置するもうひとつの世界最大級の音楽市場である英国では、状況が全く異なるからだ。英エンターテインメント小売業協会(ERA)の速報データによると、2019年に英国内で音楽ストリーミングサービスに費やされた金額は、前年よりも減少したという。2019年、英国におけるサブスクリプションの総収入は前年比1億9090万ポンド(約273億6000万円)増で、その前年の2億1010万ポンド(約301億1000万円)増から下落している。
ERAのCEOキム・ベイリーは、同データについて「ストリーミングサービスの登録ユーザーが増加するにつれ、一定の成長率を維持するのは当然難しくなってくるものだ」と、冷静な見解を示している。
しかし、英国における音楽ストリーミングサービスが飽和状態に達しようとしているとする見方は正しくない。ERAのデータに基づいて単純計算すると、2019年の英国におけるストリーミングサービスのサブスクリプション総額は10億300万ポンド(約1437億5000万円)で、Spotifyの個人向けプランの年あたり約120ポンド、月額9.99ポンド(約1400円)をベースにすると、現時点でおおよそ840万人の英国民が有料の音楽ストリーミングサービスに登録している計算になる。人口全体(6700万人)の13%に満たない人数で、つまり英国民の8割以上は、Spotifyをはじめとする音楽ストリーミングサービスの有料利用者ではないのだ。
英国の音楽業界における緊急の課題は、やがて米国においても避けて通れない問題となる。つまり、Spotifyがサービスを開始してから11年が経った今なお音楽ストリーミングサービスにお金を使おうとしない大多数の人々を、どう惹きつけるかという課題だ。
2019年11月に公開されたERAによる別のレポートが、問題に対する答えを示している。ERAは、ホテル、ジム、テレコミュニケーション等の業界におけるサブスクリプション・モデルを専門とするコンサルタントのOC&Cに、英国の音楽ストリーミング市場の現状分析を委託した。OC&Cは、現状の月9.99ポンドのみのシンプルなプランにバリエーションを持たせることで、2023年までに年間5億ポンド(約716億6000万円)の収入増が見込める、と結論付けている。
さらにOC&Cは、英国における音楽ストリーミング・モデルが現行のまま変わらないと仮定した場合、2023年時点のサブスクリプション市場は年間11億ポンド(約1576億5100万円)規模に拡大すると試算している。ところが、現行の「スーパーユーザー」を対象としたサービスを拡張し、さらに非ユーザーが手を出しやすいサブスクリプション・パッケージを提供することで、16億ポンド(約2293億1000万円)にまで伸ばせると見ている。
現行の各音楽ストリーミング・プラットフォームは提供するコンテンツも価格設定もほとんど代わり映えしない、というのが現在の市場に対する一般的な見方だ。
OC&Cのレポートには、音楽ストリーミングサービス(とパートナーである各レーベル)が今後、消費者からの収入を最大化するために必要な多くのヒントが含まれている。例えば、非ユーザー向けにパーティーやバーベキューの時だけストリーミングサービスを楽しむための「1日パス」を発行したり、ニッチなジャンルを「スペシャルプラン」として特別価格で提供するなどだ。スペシャルプランでは例えば、コアなジャズ・ファンがお気に入りのアーティストのフルカタログを楽しめたり、ジャズ専門の特別なコンテンツを提供したりする。
しかしOC&Cのリサーチからは、あるひとつの企業のみが前出の事項を既に実現している、という明白な事実が読み取れる。その企業とは他ならぬAmazonだ。
OC&Cによるレポートは、音楽業界の提供する「プレミアム」ストリーミング・オプションの価格設定は挑戦的すぎると主張しているが、これは注目すべき点だ。オンデマンドビデオ、ジム、ホテルなど他の市場では、「プレミアム」オプションの理想的な価格設定は、「スタンダード」オプションに40~60%プラスした金額だとされている。
ところが2019年9月、Amazonは、月額14.99ドルという価格設定でHD音楽ストリーミングサービスに参入した。一般的な有料音楽ストリーミングサービスの月額料金に50%上乗せした金額で、競合他社よりも安い価格設定になっている。
ストリーミングサービスのプランにもっとバリエーションを持たせた方が良いと提唱してきた人たちは以前から、低価格の限定カタログや単一デバイス限定のオプションなど、非ヘヴィユーザー向けのより安価で多様な価格設定を提供すべきだと主張してきた。ここでもまた、それらを実現しているのがAmazonだ。Amazon Music Unlimitedサービスでは、1台のEchoに限定したプランを月額わずか3.99ドルで提供している。さらにAmazon Primeのユーザーは、追加料金なしにPrime Musicを通じて200万曲へアクセスできるのだ。
現時点で実際に、Amazonの提供するストリーミングサービスには、無料(非オンデマンド)から14.99ドルのHDプランまで、トータル5種類もの価格設定が用意されている。おそらく最も論議を呼びそうなのは、SpotifyやApple Musicが月9.99ドルで提供している全カタログへのアクセスと特典を、月7.99ドルで提供する既存のAmazon Prime会員向けプランだろう。(業界内の情報筋によると、Amazonは既存会員の満足度を向上させつつ競合他社よりも安い価格設定を実現するために、この7.99ドルのプランで音楽業界へ貢献しようとしているのだという。)
前出のニューヨーク・タイムズ紙のインタヴューで音楽ストリーミングサービスの類似性を強く批判したジミー・アイオヴィーンは、強く釘を刺している。「ある商品やサービスがコモディティ化すると、次は価格戦争になる」と彼は指摘する。「同じものが安く手に入るようになると、別の業者が参入してきてさらに価格を下げるだろう。」
ジェフ・ベゾスが投稿した朝食のパンケーキのエピソードを読むと、なぜか彼がAlexaに向かってニヤリとしている姿が目に浮かぶ。