アカデミー賞に関する議論は、オスカーという栄誉を与えられた映画を観るのと同じくらいアメリカ国民を熱狂させる。熱烈な映画ファンであれば、誰もが作品Xではなく、作品Yが栄冠を手にするべきだったと主張したり、お気に入りの作品がその年の作品賞(あるいは主演男優賞とか主演女優賞とか……)にノミネートさえされなかったと嘆き悲しんだりするものだ。それに、我々は1991年に『グッドフェローズ』を破って作品賞を勝ち取った『ダンス・ウィズ・ウルブズ』に関していまだに激しい口論を延々と続けられる。冗談抜きで。
だが、年によってアカデミー賞は極めて正しい判断を下すこともある。ローリングストーン誌は、およそ90年にわたる映画史を振り返り(※本記事は2016年に掲載)、主要6部門——作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞——から至極のアカデミー賞受賞・ノミネート作品をピックアップした。
1. 作品賞(1939年)『風と共に去りぬ』

『風と共に去りぬ』よりクラーク・ゲーブル(写真左)とヴィヴィアン・リー(写真右)、1939年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:『愛の勝利』、『風と共に去りぬ』(受賞)、『チップス先生さようなら』、『邂逅』、『スミス都へ行く』、『ニノチカ』、『廿日鼠と人間』、『駅馬車』、『オズの魔法使』、『嵐が丘』
ハリウッドの黄金期のなかでも1939年ほど光り輝いていた年はないだろう。その翌年の作品賞ノミネーションには、スタジオ・システム(訳注:ハリウッド独自の製作方式で、製作総責任者が脚本から演出・編集等の全工程を監督する体制)が生み出した最高傑作の数々が名を連ねていた。その代表格が大人気ミュージカル・ファンタジー『オズの魔法使』と失われた大義を描いたオスカー受賞作『風と共に去りぬ』であり、両作はいまも正統派映画が与えてくれる魔法という概念を体現し続けている。そのほかのノミネート作品には、主演俳優・女優のキャリアのハイライトとなった作品もあれば(『愛の勝利』のベティ・デイヴィスを観てほしい)、公務員の理想的なヒーロー像を示してくれたものもあり(『スミス都へ行く』の勇敢な政治家や『チップス先生さようなら』の思いやりあふれる英国人教師など)、ひとつのジャンルを芸術形式へと昇華させたものもあれば(駅馬車)、文学作品の映像化が原作と同様に優れていることを証明したものもあった(『廿日鼠と人間』と『嵐が丘』)。これらすべてを踏まえると、映画が多くの人にとっていかに大切だったかがよくわかる。
2. 主演女優賞(1939年)

『愛の勝利』よりハンフリー・ボガート(写真左)とベティ・デイヴィス(写真右)、1939年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:ベティ・デイヴィス(愛の勝利)、アイリーン・ダン(邂逅)、グレタ・ガルボ(ニノチカ)、グリア・ガースン(チップス先生さようなら)、ヴィヴィアン・リー(風と共に去りぬ—受賞)
『オズの魔法使』のジュディ・ガーランドにオスカーが与えられなかったのは事実だ。
3. 主演男優賞(1940年)

『独裁者』よりチャールズ・チャップリン(写真右)、1940年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:チャールズ・チャップリン(独裁者)、ヘンリー・フォンダ(怒りの葡萄)、レイモンド・マッセイ(エイブ・リンカーン)、ローレンス・オリヴィエ(レベッカ)、ジェームズ・ステュアート(フィラデルフィア物語—受賞)
ここで、この年のそうそうたる面子をおさらいしておこう。謎めいた寡夫とシェイクスピアばりの転落を描いたヒッチコックの初期の名作からジョン・スタインベックの名作の映像化が描き出した典型的な普通の人間像、喜劇王によるインパクト大の反ナチ諷刺、伝説的な長身俳優が解放者エイブラハム・リンカーンとしてのイメージを確立した作品など、1940年は豊作だった。最終的に主演男優賞はジェームズ・ステュアートに渡ったものの、75年後の世界を知った上で『独裁者』のクライマックスのチャップリンの心の叫びを見せつけられると、彼に肩入れせずにはいられなくなってしまう。
4. 主演男優賞(1951年)

『欲望という名の電車』よりマーロン・ブランド、ヴィヴィアン・リー、1951年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:マーロン・ブランド(欲望という名の電車)、ハンフリー・ボガート(アフリカの女王—受賞)、モンゴメリー・クリフト(陽のあたる場所)、アーサー・ケネディ(原題:Bright Victory)、フレデリック・マーチ(セールスマンの死)
ブランドとボガートは、オスカーという栄冠を求めてふたたび戦うことになる。だが、この年の初対決は、政権交代のようでもある。ハリウッド黄金期の紆余曲折を経験したスター俳優は、キャサリン・ヘップバーンとのロマンチックな冒険作のおかげで(生涯初で唯一の)オスカーを持ち帰ったが、メソッド派(訳注:メソッド演技法という役柄の内面に注目し、リアルな演技を追求する演技法の訓練を受けた俳優)のブランドが『欲望という名の電車』のスタンリー・コワルスキーとして獣的な変化を遂げた姿は、まさにスター誕生の瞬間だった(あるいは「ステラ!」と叫ぶシーンのほうが強烈だったかもしれない)。1952年の『革命児サパタ』と1953年の『ジュリアス・シーザー』でブランドはアカデミー賞に再ノミネートされ、1954年の『波止場』でようやく主演男優賞を射止めた。
5. 主演俳優賞(1967年)

『卒業』よりダスティン・ホフマン、1967年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:ウォーレン・ビーティ(俺たちに明日はない)、ダスティン・ホフマン(卒業)、ポール・ニューマン(暴力脱獄)、ロッド・スタイガー(夜の大捜査線—受賞)、スペンサー・トレイシー(招かれざる客)
ここで、往年のハリウッドスターたちとは明らかに一線を画している、ニューハリウッドのスターたちの登場だ。米犯罪史上に名を残す銀行強盗を描いた『俺たちに明日はない』で主演俳優賞にノミネートされたウォーレン・ビーティや注目株として頭角を現したダスティン・ホフマンのように、まさに世代交代が起きていた。ポール・ニューマンがノミネートされたのも、彼が完璧な反逆者を演じ切ったからだ。その一方、同じくノミネートされたトレイシー(役柄を演じ切った数日後に他界したため、死後のノミネーションとなった)と最終的に同賞を手に入れたスタイガーは、いずれも人種というセンシティブな問題に関わりながらも、最終的に賢明な判断を下す愛国者の熱血漢を演じた。古い価値観がいまだ健在であることを映画という夢の工場が証明しようとしたのも事実である(両者と共演したシドニー・ポワチエが助演男優賞部門にさえノミネートされなかったことにも注目したい)。
6-8. 監督賞(1973~1975年)

『ゴッドファーザーPART II』よりジョン・カザールとアル・パチーノ、1974年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート(1973年):イングマール・ベルイマン(叫びとささやき)、ベルナルド・ベルトルッチ(ラスト・タンゴ・イン・パリ)、ウィリアム・フリードキン(エクソシスト)、ジョージ・ロイ・ヒル(スティング—受賞)、ジョージ・ルーカス(アメリカン・グラフィティ)
同部門へのノミネート(1974年):ジョン・カサヴェテス(こわれゆく女)、フランシス・フォード・コッポラ(ゴッドファーザーPART II—受賞)、ボブ・フォッシー(レニー・ブルース)、ロマン・ポランスキー(チャイナタウン)、フランソワ・トリュフォー(映画に愛をこめて アメリカの夜)
同部門へのノミネート(1975年):ロバート・アルトマン(ナッシュビル)、フェデリコ・フェリーニ(フェリーニのアマルコルド)、ミロシュ・フォアマン(カッコーの巣の上で—受賞)、スタンリー・キューブリック(バリー・リンドン)、シドニー・ルメット(狼たちの午後)
映画ファンの皆様、ぜひこの作品ラインナップをご覧になってため息をついてほしい。ニューハリウッドの隆盛の極みを象徴する3年にわたってこれほど見事な作品にオスカーが与えられたのは前代未聞だ。監督賞の候補者リストには、アメリカ映画の”恐るべき子供たち”、ヨーロッパの巨匠、ブロードウェイのスター、新興勢力であるインディペンデント系などが混ざり合い、ベテランはキャリアの最高傑作を、若手は既存のルールを再構築しようと奮闘した。受賞者についてとやかく言うのは結構だが——実際、ジョージ・ロイ・ヒルがイングマール・ベルイマンとウィリアム・フリードキンを破り、誰もが認めるところのフォアマンの名作『カッコーの巣の上で』がロバート・アルトマンのマグナム級『ナッシュビル』を破ったわけだから、アカデミーの判断にケチをつけるべきなのかもしれないけれど——これ以上すばらしいことなんてあり得ない。1年で2作品が作品賞にノミネートされたフランシス・フォード・コッポラのキャリアのなかでも、1974年の『ゴッドファーザーPART II』での監督賞受賞は燦然と輝いている。
9. 作品賞(1974年)

『チャイナタウン』よりジャック・ニコルソン、1974年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:『チャイナタウン』、『カンバセーション…盗聴…』、『ゴッドファーザーPART II—受賞』、『レニー・ブルース』、『タワーリング・インフェルノ』
『チャイナタウン』、『カンバセーション…盗聴…』、『ゴッドファーザーPART II』の3作は、この年の作品賞部門ノミネート作というだけでなく、史上最高の映画のリストに入れてしかるべき作品だ。
10. 作品賞(1975年)

『JAWS/ジョーズ』1975年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:『バリー・リンドン』、『狼たちの午後』、『JAWS/ジョーズ』、『ナッシュビル』、『カッコーの巣の上で—受賞』
すべての映画を徹底的にチェックし、本当に最善を尽くしたのだが、これ以上強力な作品賞候補は見当たらない。この5作は、映画史を語る上で避けて通れない監督たちによる正真正銘の名作なのだ。それ以外を挙げるとしたら、アル・パチーノ、ジョン・カザール、ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャーらの代表作くらいだろうか。『JAWS/ジョーズ』は、大々的なヒットを狙うブロックバスター映画の先駆けかもしれないが、だからと言ってそれを理由にみくびってはいけない。同作は、映画史に名を残すどんな大ヒット作よりもスマートで、控えめで、恐ろしいのだから。このラインナップに勝つには、同作のセリフにもあるように「もっとでかい船が必要だ」。
11. 主演男優賞(1976年)

『タクシードライバー』よりロバート・デ・ニーロ、1976年(Photo by Everett Collection)
同部門へのノミネート:ロバート・デ・ニーロ(タクシードライバー)、ピーター・フィンチ(ネットワーク—受賞)、ジャンカルロ・ジャンニーニ(セブン・ビューティーズ)、ウィリアム・ホールデン(ネットワーク)、シルヴェスター・スタローン(ロッキー)
「俺に用か?」、「エイドリアーン!!」、「私は怒ってるんだ、もう耐えられない!」など、普段からこのようなボキャブラリーを使っているという人であれば、この年の主演俳優賞候補のラインナップは、ストライクゾーンからそれほどずれていないのではないだろうか。とはいっても、すべての候補者は、さまざまなスタイルでニュアンスに富む見事な演技を見せてくれた。
12. 主演女優賞(1981年)

『黄昏』よりキャサリン・ヘップバーン、1981年(Photob by Everett Collection)
同部門へのノミネート:キャサリン・ヘップバーン(黄昏—受賞)、ダイアン・キートン(レッズ)、マーシャ・メイソン(泣かないで)、スーザン・サランドン(アトランティック・シティ)、メリル・ストリープ(フランス軍中尉の女)
バトンを渡すとは、まさにこういうことなのかもしれない。1981年、キャサリン・ヘップバーンは最後となる12回目のアカデミー賞主演女優賞部門へのノミネーションを果たし、オスカーを4回手に入れた唯一の俳優となった。メリル・ストリープにいたっては、15回目となるノミネーションを手に入れたばかりだった(2016年2月時点)。歴史に名を残す名女優たちのあいだには、メイソン(主演女優賞へのノミネート4回)、キートン(4回)、サランドン(5回)という存在感あふれる女優たちもいた。まさに、『黄昏』という表現がぴったりだ。
13. 助演男優賞(1989年)

エドワード・ズウィック監督の『グローリー』(1989年)よりデンゼル・ワシントン(Photo by Photofest)
同部門へのノミネート:ダニ・アイエロ(ドゥ・ザ・ライト・シング)、ダン・エイクロイド(ドライビングMissデイジー)、マーロン・ブランド(白く乾いた季節)、マーティン・ランドー(ウディ・アレンの重罪と軽罪)、デンゼル・ワシントン(グローリー—受賞)
アイコニックな俳優としての道を歩みだしたデンゼル・ワシントンの初アカデミー賞助演男優賞(同作はワシントンの2回目のノミネート作品)。ダニ・アイエロやマーティン・ランドーといったある程度の年齢に達した俳優たちは、ニューヨークが生んだ最高の映画監督2人が手がけた最高傑作で見事な演技を披露した(ウディ・アレンについては、ご自由に補足説明を加えていただいて結構)。『サタデー・ナイト・ライブ』のベテラン、ダン・エイクロイドとスターから超大物へと転進を遂げたブランドへの称賛を加えれば、アカデミー史上もっとも多岐にわたる候補者リストの完成だ。
14.助演女優賞(1990年)

『グリフターズ/詐欺師たち』よりアネット・ベニング、1990年 ©Miramax/Courtesy Everett Collection(Everett Collection)
同部門へのノミネート:アネット・ベニング(グリフターズ/詐欺師たち)、ロレイン・ブラッコ(グッドフェローズ)、ダイアン・ラッド(ワイルド・アット・ハート)、ウーピー・ゴールドバーグ(ゴースト/ニューヨークの幻—受賞)、メアリー・マクドネル(ダンス・ウィズ・ウルブス)
ベニング扮する女詐欺師、ブラッコのマフィアの妻、ラッドの意地悪な魔女など、この年の助演女優賞候補は、トップクラスの「暗い裏通りでぜったい会いたくないキャラたち」のオンパレードだった。どの作品にも犯罪という共通のモチーフが登場するものの、作品の雰囲気は邪悪なものからシュールなものと幅広い。
15.主演男優賞(2005年)

『カポーティ』よりボブ・バラバン、ブルース・グリーンウッド、フィリップ・シーモア・ホフマン、2005年 © Sony Pictures Classics/courtesy Everett Collection(Everett Collection)
同部門へのノミネート:フィリップ・シーモア・ホフマン(カポーティ—受賞)、テレンス・ハワード(ハッスル&フロウ)、ヒース・レジャー(ブロークバック・マウンテン)、ホアキン・フェニックス(ウォーク・ザ・ライン/君につづく道)、デビッド・ストラザーン(グッドナイト&グッドラック)
この年の主演男優賞の候補者リストを見ていると、もし……が生きていたらどうなっていただろう? と考えずにはいられない。ホフマンとレジャーはもうこの世にいないし、道は違えども、しばらくの間ハワードとフェニックスも同じ運命を歩んでいるように思った人もいるはずだ。この年は、ハワードとフェニックスが超一流の仕事を成し遂げた一方(ホフマンとフェニックスは、数年後の『ザ・マスター』でアカデミー賞ノミネートという高いハードルを越えるのだが)、デビッド・ストラザーンは、安定の演技力で実直な悩める一流芸術家を演じた。