イギリスにおける音楽の消費傾向は、ストリーミングや過去作、そしてジャンルにおいて、英国の音楽業界の動向が最大のライバルであるアメリカとは異なることを示している。

世界の音楽業界は現在、英国人エグゼクティブが牛耳っている状況だ。
Universal Music Groupのトップを務めるSir Lucian Grainge、Sony Music Groupを仕切るRob Stringerはどちらも英国人であり、Warner Music Groupのglobal head of recorded musicを務めるMax Lousadaも然りだ。さらに、KobaltのグローバルA&R担当のSas Metcalfe、Warner ChappellのCEOであるGuy Mootもイギリス出身だ。他にもSteve Barnett (Capitol Music GroupのCEO兼チェアマン)、Peter Edge (RCAのCEO)、Darcus Beese(Island Records社長)、Merck Mercuriadis(Hipgnosis Songs FundのCEO)等、音楽業界におけるイギリス人の要人の名前を挙げればきりがない。

先日、また新たな英国人エグゼクティブが誕生した。急成長を続けるDowntownの出版部門のグローバルプレジデントとして、過去にWarner Chappellのトップを務めたMike Smithが指名された。音楽出版管理プラットフォームのSongtrustの親会社であるDowntownは出版会社として知られるが、昨年CD Babyの親会社であるAVLを約2億ドルで買収し、今年上旬にはアーティスト/レーベルの管理プラットフォームFUGAを4000万ドルで買収するなど、録音物の分野でも存在感を増しつつある。

音楽業界におけるグローバル企業のトップに、英国人エグゼクティブがこぞって指名される理由は何か? その問いに答えることは容易ではないが(その他の重要なトピックが注目されている現在は特に)、イギリスのメインストリーム系ラジオ局が象徴しているように、カテゴリーに固執しない英国の音楽業界の特性が一因だとする声もある。より説得力のある見解としては、ビートルズストーンズ、クイーン、レッド・ツェッペリンコールドプレイ、スパイス・ガールズ、より最近ではエド・シーラン、アデル、サム・スミス等、国の大きさと比例しないほど数多くの世界的スターを輩出してきた、長年に及ぶ英国の音楽業界の実績が挙げられる。

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しかし、USのヒップホップアーティストたちがアメリカのストリーミングチャートを席巻しているここ数年は、イギリスのスターたちが米国で台頭する機会はやや減少している。英国の音楽団体BPIが毎年発表しているマーケットレビューAll About the Musicは、それが事実であることを裏付けている。その最新のレポートによると、去年のアメリカ国内におけるオンデマンドストリーム(映像および音声)の上位3000アーティストのうち、イギリスのアーティストは全体の7.9パーセントにとどまっている。世界全体ではその数字は11.1パーセントまで上昇するものの、同枠組みにおけるアメリカのアーティストが占める割合は、実に51.9パーセントに及んでいる。


音楽ビジネスにおけるイギリスとアメリカの関係

現在の音楽業界に英国人エグゼクティブが多い理由については、イギリスの人々がアメリカの一般市民よりも音楽を愛していることの表れだとする声もある。しかしAll About the Musicの最新レポートは、長く唱えられてきたその仮説の誤りを証明した。RIAAの統計によると、アメリカの消費者が2019年にストリーミングサブスクリプション、ダウンロード販売/着メロ、フィジカル版に費やした金額は、合計で87億7000万ドルとなっている。一方で、All About the Musicに掲載されたイギリスのEntertainment Retailers Associationの概算によると、同枠組みにおけるイギリスの消費者の総支出額は14億1800万ポンド(18億1000万ドル)となっている。

アメリカの人口が約3億2800万人、イギリスの人口が約6700万人であることを考慮すると、2019年にアメリカ国民1人が録音物に支払った平均額は26.74ドルとなり、イギリス国民の場合でもほぼ同じの27.01ドルとなる。アメリカ国民にとって不名誉な憶測が、これでようやく払拭されたと言っていい。

All About the Musicのレポートをより深く読むと、グローバルな音楽ビジネスにおけるイギリスとアメリカの関係について、他にも興味深い事実が他にもいくつか浮かび上がってくる。以下でそのうちの3つを紹介する。

1. ストリーミングサービスにおいて過去作への需要は増し続けているが、60年代の作品への関心は著しく低い

BPIの分析によると、昨年のイギリスにおけるストリーミング再生回数は合計で1142億回となっており、過去作はそのうちの60.3パーセントを占めている。このケースにおける「過去作」は、2年以上前にリリースされた作品と定義されている(つまり2017年以前に発表された作品を指す)。

この定義で捉えた場合、2019年のイギリスのオーディオストリーミングにおける過去作のシェアは、前年から56.5パーセント増加している。過去作に対する需要が年々増加するのは自然な現象だが(総数が週ごとに増加するため)、それでもこの上昇率は目を見張るものがある(2018年の過去作の総再生回数508億回に対し、2019年のそれは689億回となっている)。


しかしこの傾向が意味することを正確に理解するには、さらなる精査を必要とする。BPIの分析によると、昨年のイギリスにおける総ストリーミング再生回数のうち、2010年から2017年の間に発表された楽曲は全体の49.1パーセントを占めている。筆者が独自に計算したところ、それはオーディオストリーミング全体(新譜を含む)の29.6パーセントにあたる。一方、2000年から2009年までの間に発表された作品は、全体の11.7パーセントを占めている。

つまりBPIの分析に基づくと、2000年以降に発表された楽曲の再生回数は、昨年のイギリスにおけるオーディオストリーミング全体の81パーセントを占めているということだ。一方で、60年代の楽曲の再生回数は全体のわずか2.5パーセントにとどまっており、2018年および2019年の作品に対する需要の16分の1ということになる。

2. 消費者は毎日音楽を聴いているわけではなく(奇妙な話だが)、その半分以上は対価を払っていない

All About Musicには、AudienceNet/Audience Monitorが3000人の英国人ユーザーを対象に行った調査が明らかにした、今日のエンターテインメントビジネスに関する興味深い事実が掲載されている。

回答者の77.2パーセントは基本的に毎日音楽を聴くと答えており、これは音楽業界にとって非常に好ましい数値といえる。しかし、これは言い換えれば22.8パーセントの人、つまり約4人に1人が音楽をまったく聴かずに1日を過ごしているということでもある。音楽ストリーミング市場の拡大について楽観視している音楽業界にとって、これは見過ごせない事実のはずだ。 

またAll About the Musicは、イギリスの音楽ストリーミングにおける有料会員の割合についても、興味深いデータを提供している(ちなみに録音物の分野において、イギリスの市場規模はアメリカと日本に次いで世界第3位となっている)。Kantar Worldpanelが別途実施した、16歳から79歳の消費者1万5000人を対象とした調査によると、オーディオストリーミングの有料会員となっているイギリスの成人は、2019年の時点で全体の28.4パーセントとなっており、2018年の25.9パーセント、2017年の18.9パーセントという数値から増加している。
この調査結果が示しているのは、イギリスのストリーミング市場の飽和(有料会員の増加が望めなくなること)は、予想よりも先になりそうだということだ。この点が重要である理由は、一般的にイギリスの音楽市場が「成熟している」と考えられているためだ(Spotifyはアメリカ上陸に先駆けて、2009年にイギリスで正式にローンチしている)。

しかし、All About the Musicは不安材料も示している。BPIの統計によると、2019年のイギリスの音楽業界におけるストリーミング収益は前年から1億120万ポンド増加(合計5億6880万ポンド)しているものの、2018年における増加額は1億2100万ポンドだった。これは世界の主な市場において、ストリーミングサブスクリプションの成長率が低下していることを裏付けている。より明るいデータとしては、Kantarが実施した調査に対し、イギリスの消費者の47.6パーセントは、2019年に「何かしら」の録音物を購入したと回答しており(フィジカル版/ダウンロード購入、ストリーミングにおける有料アカウントの維持等)、2018年の45.6パーセント、および2017年の44.5パーセントからそれぞれ増加している。

これはレコード会社にある課題を突きつけている。イギリスのような成熟に向かいつつある市場が、理想的な成長率を維持したまま、いかにして消費者の40~50パーセントをストリーミングサービスの有料会員にさせるかということだ。

過去5年間で、イギリス国内で最もシェアを落としたジャンルは?

3. ヒップホップの人気はイギリスでも上昇を続けているが、まだ最も人気のあるジャンルにはなっていない

アメリカにおいては、ヒップホップの人気はもはや不動のものとなっている。Alpha Dataの年間レポートによると、去年アメリカで最も再生された楽曲トップ10のうち6曲がヒップホップ/ラップに分類されている。また上位100曲では、同ジャンルの曲が実に52パーセントを占めている。

イギリスでのヒップホップ人気はそのレベルにこそ達していないものの、勢いは確実に増している。
BPIの統計によると、ストームジーやデイヴ等のイギリス出身のアーティストを筆頭に、2019年のUKチャートの対象となったシングル売上のうち、全体の21.5パーセントがヒップホップ/ラップに分類されている(ここでいうシングル売上には、ダウンロード販売とストリーミングの両方が含まれる)。2018年における同カテゴリーのシェアは20.9パーセント、2017年には15.4パーセント、2015年の時点ではその半分である11.0パーセントに過ぎなかったことから、その人気が着実に拡大していることがわかる。

しかしイギリスのシングルチャートにおいては、今なおポップが最も人気のジャンルとなっており、ヒップホップのシェアを2位に押しとどめている。All About the Musicによると、ポップは2019年のシングル売上の33.1パーセントを占めており、その数字は前年の32.2パーセントから増加している(ただし、36.5パーセントを記録した2017年からはやや低下している)。

過去5年間で、イギリス国内で最もシェアを落としたジャンルはダンス/エレクトロニックだ。同カテゴリーは2016年の時点ではシングル売上の15.4パーセントを占めていたが、2017年には11.6パーセント、2018年は9.5パーセント、2019年では9.1パーセントと減少し続けている。この数字は2019年のセールス/ストリーミングにおけるヒップホップのシェアの半分以下であり、ポップの3分の1以下となっている。

・著者のTim Inghamは、Music Business Worldwideの創設者兼出版人。2015年より、世界中の音楽業界に最新情報、データ分析、求人情報を提供している。毎週ローリングストーン誌でコラムを連載中。
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