―コロナ禍はどのように過ごしていましたか?
やることが多くて、ゆっくり休んでたというイメージはないですね。音源制作をやっていましたし、なにかしらやることがありましたから。
―春のライブが2本延期になったのと、秋の全国ツアーが全部延期になってしまいましたね。
そうですね。でもこればかりはしょうがないですから。ただ、具体的な時期を決めているわけではないんですが、僕の中ではなんとなくこの後のライブの目処は立っているんです。結局、コロナはなくならないので、コロナというものを世の中が受け止めるのにどれくらいかかるのかという問題だと思うんです。それで言うと、もうちゃんと受け止められるようになってきていると思うんですよ。どういう人が重症になるかがわかってきている。だから重症化しそうな人はもちろんライブに来れないけど、普通にライブは行われるようになっていくと思っています。
―なるほど。
我々人類は歴史に残る出来事を何回もくぐり抜けてきたわけです。過ぎてみれば”そんなことだったのか”って思えるような時期が訪れる。結局、どんな時代も、相手が分からないから恐怖を持つわけですよね。コロナに関しては、今はまだ得体の知れないものに対しての恐怖が先行しているから。でも、その得体の知れないものを俯瞰して見ると、いつかは”たかがウイルス”と言えるところにたどり着くはずです。そういう意味では来年の秋くらいまでかかるかなと思っています。重症化して亡くなられた方や、回復後、後遺症に悩まされてる方もいらっしゃる。しかし、重い病から回復後、後遺症に苦しまれる方がいらっしゃるのは、今回に限ったものではありませんからね。最近は、その報道も少なくなりましたが、一時期は「後遺症」にフォーカスを当てた番組が多かった。もちろん情報を届けるというメディアの使命でもあったでしょう。結果、世間は恐怖、怯え、パニックになりました。「正しく怖がる」は、良い表現でしたね。
―さて、9月11日から3週連続で新曲を配信リリースしていますが、いつ頃制作した楽曲ですか?
3曲とも緊急事態宣言が明けた頃から作った曲ですね。
―まず9月11日にリリースになった「幸せの黄色い風船」は、コロナ禍の世界を歌っているのですか?
それで言えば、3曲ともコロナ禍の世界を歌っていますね。ただ、今この時期に書く詞だけに、自分なりにそれぞれにバリエーションをつけています。今は時代の境界線に立っているので、「元気になろう」というメッセージや、幸せなものばかり歌っても、嘘くさくなってしまう。それは、まだ世の中がそういう風に受け止めないからです。かといって、今までと変わらずに何もなかったかのように歌うと、もうひと昔前の世代の曲に聴こえてしまう。それくらいに時代は変わってしまいました。なので、テーマを決めるのには時間がかかった。で、思ったんです。境界線上に立っているのなら、今しか歌えないこの瞬間をテーマにしようと。それを明確にしたら、詞が出来るのは早かったですね。
「幸せになろうと願いを込めて風船を上げる光景はロマンチックだなと思ったんです」
―「幸せの黄色い風船」のモチーフは?
これは歌いながら出てきてね。
―想像するとすごく素敵な光景ですよね。ちなみに歌詞に”時計の針が2436”と出てきますが、この時間は?
僕は2月24日生まれなんです。それと昔からファンクラブの会報で公言してたんだけど、僕のラッキナンバーが16、36、52、56で、なかでも一番よく出くわすのが36なんです。子どもの頃は出席番号だったり、大人になってからも飛行機に乗ると座席番号が36だったりすること多くて。2436っていうのは、自分のラッキーナンバーと誕生日ですが、詞を書いてる時にフッと時計見たら、0時36分だったんですよ。考えてみたら、これって24時36分じゃん、と。2436じゃんって。その時はそれで終わったんだけど、翌日また詞を書いていた時に、フッと時計見たらまた0時36分だったんです。これは呼ばれてるなと思ってそのまま詞に書きました。モチーフになった『幸せの黄色いハンカチ』も含めて、ポジティブなものが重なっている感じですね。
―なるほど。一方で”考えもしない 思いもよらないって人は言いつづけてきた”と歌う9月18日配信の「自分じゃないか」は曲調とは裏腹にかなりパンチのある歌詞が印象的です。
コロナにしても、みんな「突然」とか「思ってもみなかった」って言うけど、その予兆は誰もが毎回感じていたのではないか?ということです。物事が突然起こるなんてことはゼロではないけれど、大体のことは予想の範疇にあって、それが現れた時に「突然」って言っているだけの話ですよね。
―確かに。歌詞にある”いつも いつも 気づいていたはずなんだ”は、人類に対する問いかけなんですか?
そうですね。全て繰り返してきていますからね。台風にしたって、毎年毎年「観測史上初」とか言っていますけど、それって何年言い続けてるの?という話ですから。
―コロナ禍で”気づいてたはずなんだろ?”っていうのをあえて歌おうと思ったのは?
僕がこの歌で一番言いたかったのは、こういうことです。もし運命というものがあるとするならばそれに操られて生きているのかもしれないけど、それを回避するために例えば占いがあったりするわけです。その運命と、回避しようという行動のお互いが通じ合って、物事が進んでいくんだと思うんです。僕らがヘマをしてしまうというのは、自分の中にあった想像や、占いなどから啓示みたいなものをもらっていたのに、うまくいってなかったよなっていうことだと思うんです。それだけのことなんです。あとは、よく自分は失敗をしてしまったって思う人って、失敗した記憶の方が絶対多いはずだから。
「僕が「過去」って使うと、ソリッドになってしまうので(苦笑)」
―そんな風にうまくいっていない人や状況を単純に否定せず、しかも”新世界の地を踏んでいけ”と歌っています。単純な応援歌ではないのがASKAさんらしいです。
僕は世の中に向けて元気づけるということは考えてないんです。自分で自分に対してなんですよ。自分のことだから出だしの歌詞も、本当は”明日の話はいくらでもする だけど過去の話はしない”にしたかったんです。過去という言葉を使うことで、切れ味が出ると思ったんですよ。散文詩だったらOKだったんですけど、メロディに文字が乗らなかったんですよ。それで”明日の話はいくらでもする 昔の話もする”にしたんです。
―単語一つにも相当なこだわりが。
まぁ、僕が「過去」って使うと、ソリッドになってしまうので(苦笑)。それでも言葉としての切れ味は感じましたが、どうしてもメロディに入らなかったですね。
―そして9月25日配信になったのが「僕のwonderful world」。
この曲は歌詞にある<僕の腕にリボンをかけたような 光を見てた>という部分がベースになって出来た曲ですよ。ある日床に寝そべっていた時、伸ばした僕の腕にまるでリボンをかけたみたいに見えた光があったんです。昔の出来事なんだけどふと思い出して、今のこととして歌詞にしてみました。
―よくそんな何気ない景色を覚えてましたよね?
どこかにクラウドがあって、詞を書いている時にずっとそこにアクセスしているんだと思います。
―なぜその景色をこのタイミングに歌詞に?
世の中が混沌としている状況で、日常の中で温かくなれる歌を作りたかったんです。この曲が完成して聴かせた友人が「サッチモが今降りてきて新しい曲を歌ったみたい」って言ってくれたんだけど、正にそうで。what a wonderful worldだから。それを隠さず「僕のwonderful world」にしてみました。サッチモのあの世界観、黒人独特の口元で笑いながら歌う姿ってたまらないでしょ? 黒人には黒人の悲哀があって、黒人であるがためのいろんな背景があって。でもサッチモが「what a wonderful world」って歌った時のその沁み方たるやすごいじゃないですか。その人に訴えかけるものって。この時代だから訴えかけるものがあるんじゃないか、温かい気持ちになれるんじゃないかって。それであえて「what a wonderful world」よろしくフォービートであの辺の世界にしてみたわけです。
―すごく温かい気持ちになりました。しかもコロナ禍と並行してアメリカではBLM問題が再燃したタイミングでもあったので。
今のアメリカを見ていると、人種の問題にしても、宗教の問題にしても、経済の問題にしても、アメリカ連邦共和国になろうとしているとしか思えないですよね。アメリカ合衆国は無くなって、州政策によるアメリカ連邦共和国を掲げて、それがアメリカという合衆国を維持するっていう連邦共和国。ソビエトみたいになるんじゃないかと思ってしまうぐらいです。それの火種をあちこちで起こしているとしか思えないですよね。
「自分の腕に光のリボンがついてたら気持ちいいでしょ?」
―そういう混沌とした状況の中で聴く「僕のwonderful world」にすごく安心しました。
そんな中でフッと横になった時に、腕に伸びた光のリボンがあれば、それだけで温い気持ちになれますよね。自分の腕に光のリボンがついてたら気持ちいいでしょ? 幸せな感覚になるでしょ? そういう一節を織り込みたかっただけですね。
―それにしても3週連続リリースというのはかなりハードだったのでは?
全然。曲はどんどん出来ているんです。で、3週連続にこだわったのは、10月にMV撮影をやるためなんです(※インタビューは撮影前に実施)。詳しく説明すると、10月にこの3曲のMV撮影をするんですが、その模様をVRを使って一般の方に有料の生配信で見てもらえるようにする予定なんです。その前に曲を知ってもらっておく必要があったんです。新曲を知って、歌詞を知っておいてくれた方が見る人も楽んでくれるかな思ったので。
―MVの撮影をVRで生配信とはASKAさんらしい斬新な企画ですね。このアイデアはどこから?
元々は変わったことやりたいっていう思いから始まったんです。今こういう状況で普通にライブもできないじゃないですか。だからといってライブの生配信っていうのもちょっと軽くなってしまうので。それで僕ならではの何か新しいものをやろうと話をしていく中で、撮影場所の案が出てきたアイデアです。
―なぜその場所だったんですか?
MVの監督が、海外の海の上で歌っているようなイメージを出してくれたんです。でも今は海外に行けないので、僕にとって馴染みの場所にしようという話になって。
―3曲ともその場所で撮影を?
はい。でもロケーションを変えるので、3曲とも違う見え方になると思います。で、生配信なので、移動時間は何かをやらないといけないんです。
―何をやるんですか?
まぁ一芸で。
―(笑)そして、10月21日には今年の2月11日に東京文化会館大ホールで行われたライブ「billboard classics ASKA premium ensemble concert -higher ground-」のBlu-ray+Live CDが発売になりますね。あらためてASKAさん的に見どころは?
背負った言い方をしますが全編です。本当に撮影しておいて良かったなってことです。シューティング予定が最終日の熊本でした。思うところがあり、それを急遽東京に変更したんです。それを最後に、ツアーが止まってしまいましたから、もう、何かに導かれていたとしか思えないですよね(笑)。
―いま観ると本当に不思議な気持ちになりますよね。
時代が変わる入口の時のライブですからね。
【画像】ASKAバンドと弦楽アンサンブル、コーラスが融合した究極のライブの様子(写真7点)
「大事なのはカメラを昆虫の複眼にすること」
―3曲連続配信、そしてDVDを出して、そこから先の予定は?
もう、楽曲を作るしかないですから。作品を作る時間をいただいたと思って楽曲作りをやり続けます。作品はいくらあってもいいので。中途半端にデモテープで終わらせないで、もう作品にしておきます。
―そうなると配信ライブみたいなものは積極的には考えていない?
いや、そのうち考えます。配信のやり方はまだあると思っているので。僕は以前出版した本の中で、このVRのことを書いているんです。今後、近い未来、自宅でライブが観られるようになるって。場内のノイズを入れて、で、客席の一番いいところに立体カメラを置いて、隣を見たら隣の客が見える。家の中で、ですよ。ゴーグル付けて横を見たら隣に客がいるし、後ろを見たら客席の後ろが見えるし、上を見たら会場の上が見える。アーティストが目の前にいてライブが始まって自宅で一人でライブそのものを体感できる時代が来るって書いたんです。その入口にかなり近いところまで来ていると思っています。
―ええ。
これがもう少し進んだら、オリンピック、ワールドカップ、みんなそうなるはすです。ただ、その本の中で、これを戦争に使用してはならないって書いたんです。そして、開発者のみなさんが、いまゴーグルを模索されてますけど、一番肝心なのはカメラが複眼であることですよと書きました。大事なのはカメラを昆虫の複眼にすることですと。それによって360度の撮影が現実になるんです。今そうなってきていますからね。
―本当に時代の変わる入口にいるわけですよね。
VRが完成したら本当に面白いと思います。だって、2000人のホールでライブをやっても、何万人もお客さんが集まる可能性があるわけですからね。
―本当ですよね。今回のMV撮影はそれの第一歩?
ですね。もしくはやってみて、僕が気づくことがあればそれを次にやりたいですよね。一回やるとたぶん気づくことあると思うのでちょっとやってみます。
―ポストコロナがどういう世界なのか分からないですが、アーティストが切り開いてくれる新しい可能性に期待したいです。
今みんなが同じ方向を向いているでしょ? そのような時って、向こう側はガラ空きになってるものです。このように発想を変えれば、やれることはいくらでも出てきます。
<INFORMAITON>
ASKA VR 2020(アーカイブ視聴)
・VR視聴
https://l-tike.com/concert/mevent/?mid=546057
・通常配信(2D)
https://l-tike.com/concert/mevent/?mid=545893