音楽評論家・田家秀樹が毎月一つのテーマを設定し毎週放送してきた「J-POP LEGEND FORUM」が10年目を迎えた2023年4月、「J-POP LEGEND CAFE」として生まれ変わりリスタート。1カ月1特集という従来のスタイルに捕らわれず自由な特集形式で表舞台だけでなく舞台裏や市井の存在までさまざまな日本の音楽界の伝説的な存在に迫る。


2024年3月の特集は、「大滝詠一」。アルバム『EACH TIME』40周年。1984年3月21日に発売されたオリジナルの40周年バージョンが3月21日に発売される。同作と既に発売になっている『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK / NIAGARA ONDO BOOK』の2作を1カ月に渡り掘り下げていく。

田家:こんばんは。FM COCOLO 「J-POP LEGEND CAFE」マスター・田家秀樹です。今流れているのは大滝詠一さんのアルバム『EACH TIME 40th Anniversary Edition』の1曲目「SHUFFLE OFF」。今週と来週の前テーマはこの曲です。

SHUFFLE OFF / 大滝詠一

今月2024年3月の特集は「大滝詠一」。アルバム『EACH TIME』40周年。オリジナルが発売になったのが、1984年3月21日なのですが、この40周年バージョンが発売になります。そして既に発売になっている『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK / NIAGARA ONDO BOOK』。
この2作を1カ月に渡ってご紹介しようと思います。

「J-POP LEGEND CAFE」は去年の4月に「J-POP LEGEND FORUM」からリニューアルしました。「J-POP LEGEND FORUM」が始まったのが2014年4月で、その1回目の特集が大滝詠一さんだったんです。2013年12月に亡くなって最初の春です。こういう年代のアーティストをちゃんと語れる番組を始めたいなと思って企画されたのが「J-POP LEGEND FORUM」でありました。それから10年、あらためて大滝さんの特集をお送りしたいということで『EACH TIME』40周年盤をまずご紹介したいと思います。

アルバムの1曲目がこの曲なんですよ。あれ、歌が出てこないよということで、未発表曲なんですね。事前情報がない中で聴いたのでちょっとびっくりしましたね。え、こんな始まりなんだと思ったそういう1曲です。今週と来週のゲストは評論家の能地祐子さん。2014年に出た『EACH TIME』のライナーノーツが素晴らしかったんですね。
大滝さんと公私ともにお付き合いのあった方ですね。後半2週のゲストは評論家の湯浅学さん。能地さんとご主人の萩原健太さんと並んで本当に数少ない公私ともにお付き合いのあった方の一人ですね。アルバムの音源をまだあまり解禁になってない中での特集は、ひとえにゲストが能地さんと湯浅さんだからということでお送りしようと思います。こんばんは。

能地:こんばんは。能地です。

田家:前置きが長くですみません(笑)。

能地:そうか、10年前はそういうことだったんですねー。早いですね、10年間。

田家:早いですよね。やっぱり『EACH TIME』30周年盤についていた『EACH TIMES』の号外。
ここに能地さんがお書きになっていたライナーノーツが素晴らしくて。

能地:ありがとうございます。このときは暮れに大滝さんが亡くなって、年明けにお葬式があって。その後やっぱり30周年盤を出すというので、みんな泣きながら作業をしているような感じで。原稿を書いたときも号泣しながら書いたようなちょっとエモーショナルな文章になっちゃったので恥ずかしいんですけれども。

田家:そのエモーショナルさが『EACH TIME』はこういうアルバムなんだってことを気づかせてくれた気がしたんですよ。

能地:ありがとうございます。

田家:大滝さんについてエモーショナルなことを書いたりする原稿ないでしょう。

能地:どうしても研究家の方も多いですしね。

田家:その号外に”数奇な運命を辿ったアルバム”とお書きになっていたんですよね。

能地:ちょっと大げさに書いちゃいましたけど、今回も田家さんびっくりなさったようにインストから始まったりとか。

田家:1曲目で何これっていう始まりでしたもんね。


能地:大滝さんご存命のときも、『EACH TIME』というのはオリジナルで出た後にすぐ『Complete EACH TIME』という、2曲追加されて曲順も変更された版が出て。その後も新たな再発盤が出るたびに曲順が変わったりすごく落ち着かない感じで。他のアルバムは曲順が当然フィックスされているんですけど、くるくると曲順が変わり、リリースされたもの以外にも大滝さんが試しに作られた曲順とかがあったりして。不思議な運命の子だみたいなことは大滝さん自身もおっしゃっていて。

田家:40周年盤、どういう曲順なんだろうと思ったのですが、全曲完成した順番に収録されているんだそうですね。

能地:そうですね。ほぼ録音順みたいなんです。ちなみに30周年盤は大滝さんが亡くなられる直前に作業を終えられていた大滝さんが考えた最後の曲順で。ただ、今回の『EACH TIME』は、聴くところによると50本くらいあるマスターテープの中から選んでいくみたいな、作業を関係者の方たちがされていて。どういう曲順で並べようとなると、やっぱり大滝さんにしかわからないので、大滝さんはこんなことを考えていたのかなとか想像しながら聴くには完成順が一番いいんじゃないかなというふうに考えられたんじゃないかなと思うんですけども。

田家:1曲目の次がおなじみの曲であります。アルバムの2曲目「謎のペーパーバック」。


夏のペーパーバック / 大滝詠一

田家:2曲目に聴くと、印象が違いますよね。

能地:そうですね。1曲目、大滝さんも映画好きだから、映画のオープニングのクレジットロールが出るみたいなイメージがありましたけど。

田家:「SHUFFLE OFF」はどこかで流れているんでしたっけ?

能地:一度だけ渋谷陽一さんの番組に出演されたとき、『EACH TIME』が出る前にバックでうっすらかかっていただけという。だから、ファンの方の間ではあの曲はなんだとずっと言われていたものらしいんですけど。

田家:ファンの方たちすごいですもんね。その曲だけが謎だったらしいんですけど、とにかく40周年ですからもう50周年になったらCDというメディアもどうなるかわからないみたいなところがあるじゃないですか。なので、今回は全部出しますという感じで出されたというふうに聞いていますけれど。さっき能地さんが言われた数奇な運命。曲順というのは大きいですよね。

能地:そうですね。批判的な意味でも曲順の座りが悪いアルバムみたいに言われることもあったんですけど。
今はサブスク時代でみんなが好きなようにアルバムを好きな順番で聴く時代になって、大滝さんがご存命だったらサブスク時代にどういうことを考えていたかなと想像してみると、そういう時代に奇しくも合っているアルバムみたいな感じがしませんか。今回は別の方の詞も入っていますけど、松本さんが全曲詞を書くアルバムとしてはオリジナル・リリースは初めてのもので。松本さんが1曲ずつ短編小説のような感じで、どこから読んでもいい短編小説集みたいなものとして書かれているのもサブスク時代の今、いい感じだなと。

田家:でも84年に出た時には「夏のペーパーバック」は1曲目ではなくて、2曲目だったんでしょう?1曲目は「魔法の瞳」だった。オリジナルを最初に聴いたのは高校生のとき?

能地:もう大学生になってましたね。『A LONG VACATION』をずっと聴いてましたし、世の中もバブルでどんどん明るくなっていた時代なので、イケイケなラブソング集みたいなものを期待していたら、ちょっと重いというか、暗い影もあるアルバムで。田家さんはもう業界に?

田家:業界でしたね。業界離れようかと思っていたときですね(笑)。『A LONG VACATION』がああいうアルバムだったので、『EACH TIME』出たときに、地味というか色が薄いアルバムだなと思った。あまり業界に深入りしないようにしていたので、発売パーティーとかあったんでしょう? 行ってないですもん。

能地:当時、一番おしゃれだった六本木のハードロックカフェでFMウォークマンを全員が渡されての試聴会が行われて。1曲終わるごとにラウンドガールみたいな女の子が曲順のプラカードを持って客席内を歩くみたいな。本当にテレビで観るバブルの時代の感じのプロモーションがどうやら行われていたらしいんですけど。

田家:そうして世の中に送り出されたアルバム、やっぱり数奇な運命にありますね。

能地:ちょっと居心地悪いなって”『EACH TIME』くん”は思っていたかもしれないですね(笑)。

田家:30周年でもそう思ったんですけど、今回、改めていいアルバムだなあと思って。今の気分だとロンバケよりもこっちの方が近いかなと思いました。アルバムの3曲目をお聴きいただきます。「Bachelor Girl」。

Bachelor Girl / 大滝詠一

田家:稲垣潤一さんがシングルで発売した曲。

能地:ええ。なんか古くないですね。全然。特に全部初、初出の新しいミックスで新たにして今の最新技術での音ということもあるんですが。

田家:はい、歌の聴こえ方がかなり違う感じですもんね。

能地:やっぱり松本さんの歌詞を表現する大滝さんのストーリーテラーぶりもよくわかる。

田家:2014年に雑誌『レコード・コレクターズ』増刊が発売になりまして、Talks About Niagara 大滝詠一。この中に萩原健太さんと湯浅学さんのインタビューが歴代掲載されていて。「Bachelor Girl」について大滝さんが話していたのですが、曲ができあがってシングル切るならこれだなと思っていたところに、松本さんが「Bachelor Girl」というタイトルの詞を持ってきた。外国人の方にBachelorは独身男性に使う言葉だから、Bachelor Girlは変だと言われてとっておいた。アルバムが出てから1940年のハリウッド映画に『Bachelor Mother』があるのを見つけて、これだったら自分も歌っていいんだと思って稲垣潤一さんに提供したというのがありました。

能地:たぶん松本さんとしてはその頃のキャリアウーマン、女の子が男と対等にキャリアを積んでいく時で、ハンサムウーマンみたいな言葉もちょっと流行ったりしていたので。結婚をしないでバリバリやっているかっこいい女の子というイメージがあったのかなと。松本さんの方が時代の匂いみたいなものは敏感に先取りして読まれると思うので。

田家:大滝さんは外国人の知り合いにこういう言葉が正しいかと聴いたんですね(笑)。これ2人のキャラクターの違いなのかなと思いましたけどね。

能地:大滝さんも何気なく楽しく聴いている時でも、この曲の奥には縄文人と弥生人の違いがこの曲にはあるんだみたいな、そこまで遡るかみたいな雑談で5時間でも6時間でも講義が始まってしまうみたいな。本当にすごい方でしたけど。

田家:『レコード・コレクターズ』のアルバムインタビューの中に「Bachelor Girl」は3曲目にできたというのがありました。「SHUFFLE OFF」はその中に入れてなかったでしょうね。アルバム用というのとは違う感じが当時はあったのかもしれないですね。今回のこの40周年バージョンはできあがった通りの曲順で入ってます。初収録、4曲目「マルチスコープ」。

マルチスコープ / 大滝詠一

能地:今回アルバムの「コレクターズエディション」にはサラウンド音源も入っているんですが、それをこの間レコード会社のすごい豪華オーディオセットで聴かせてもらってすごかったですね。あっちこっちから音が本当に飛び出してきて。子どもさんも大喜びみたいな感じで(笑)。

田家:これはNHKの子ども番組のテーマだった?

能地:そうですね。これだけ松本さんの歌詞ではないんですけども、「アミーゴ アミーゴ」って聴こえました? あれは「悲しき夏バテ」というソロ・アルバムを出されている布谷文夫さんの声のサンプリングなんですけれども、アミーゴっていうのはソロ時代に「名月赤坂マンション」という曲でも使われていたり。曲によって悲しかったり、ここではアニメのゆるキャラみたいに聴こえたり。使いでのある、ナイアガラのシグネイチャーフレーズなんですけども。

田家:『レコード・コレクターズ』のインタビューの中にこの曲について話がありまして、録ってはみたものの、構成がバラバラで1曲にならなかったのでお蔵にした。

能地:そうですよね、もうめっちゃくちゃですよね(笑)。でも今っぽくないですか?

田家:っぽいですね。そういう録ったものをお蔵入りにして使わなかったというものが山のようにある人なんでしょう? テイクというか。

能地:そうみたいですね。まだまだあるんじゃないかと。

田家:能地さんは福生に行かれたりしたわけでしょう? そういうところを覗いたりされたことはあります?

能地:福生のスタジオに行くと色々聴かせてはくださるんですけれども、それは記憶に止めろと。萩原健太も若い頃から必ず行って、今は音源化されている小林旭さんのデモ・テープを大滝さんが歌っているバージョンとか、ラッツ&スターのデモ・テープとかも聴かせてはくれるのですが、コピーもしないし、今ここで記憶の中に止めろと。それも今ではずいぶん音源化されましたけど。

田家:その中の1つが「マルチスコープ」でした。

オリーブの午后 / 大滝詠一

田家:流れているのは1982年3月21日に発売になった『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の中の曲ですね。『A LONG VACATION』1年後のアルバム。能地さんが『EACH TIME』30周年盤のライナーノーツの号外版で「オリーブの午后」が大好きだったと書かれてました。

能地:そうなんです。大滝さんは色んなアルバムの周年盤を順番に出されていて。『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の中でもこの曲を時間が経って聴いてみてとても今っぽいというか。結論から言うと『EACH TIME』にすごくつながる曲という感じがして、ずっと聴いているんですって話を大滝さんにお話したら、大滝さんが鋭いな、あたりだよって(笑)。ずっと大喜利みたいでした、大滝さんとお話をしていると。座布団が出るときは出る、あたりを言うと座布団を出してくれるみたいな感じで(笑)。

田家:持っていかれるときもあるみたいな(笑)。

能地:ロンバケと『EACH TIME』を結ぶものとしてこの曲がすごく鍵になる曲になったんだということで、座布団の代わりに実は今新しく『EACH TIME』の曲順を思いついたんだってCD-Rをくださって。ところがそれが30周年盤だと思ったら、また違った曲順になっていたのでそこから変わったようですね。「オリーブの午后」という曲は世界観が『EACH TIME』に近いと思って。このときって大滝さんはまだ30代なんですけれど、当時としてはポップス、ラブソングを歌うのに30代後半ってもうおじさんみたいな時代なんですよね。今では信じられないですけど。それが松本隆さんとのお話であったのか、歌の世界とかもっと大きな最初のコンセプトで考えられたのかは確認していなかったんですけど、大滝さんがおっしゃるには当時ディレクターの方と30代後半の自分が歌うラブソングの世界観みたいな。…主人公は何歳ぐらいで、女の子はちょっと年下でみたいなコンセプトをものすごく細かく話して決めたと伺って。その話を思い出すとたしかに『EACH TIME』ってその延長線上にある、少し男性は年上で恋人と距離があって自分が年を取っていくことに不安を感じているみたいな。すべての曲にそういうテーマが流れているような気がして。

田家:ロンバケでファンになった人たちが『EACH TIME』を聴いたときに、あれ、こんなに違うんだと思ったという溝を「オリーブの午后」が埋めているという流れなんでしょうね。

能地:私の解釈なので、それはみなさんそれぞれ聴いて感じ方は違うと思うんですけれども。

田家:これを読んで僕もそう思いましたよ。そういう大人のラブソングを感じさせる1曲です。アルバムの5曲目「木の葉のスケッチ」。

木の葉のスケッチ / 大滝詠一

田家:さっきの「オリーブの午后」からこれにつながっていると、すごく自然に流れている感じがしますね。

能地:そうですね。いいですね。大人になって聴くと、若い頃はちょっと大人っぽすぎる曲だなと思いましたけど。

田家:やっぱりそう思いましたか。

能地:ええ。またマスタリングでゴージャスな感じも出ていいですね。あと、クラリネットが北村英治さん。この頃、北村さんもまだ50代だったと思うんですけど。大滝さんはノスタルジックなものは大先輩にお願いしようと吹いてもらったらしいんです。

田家:さっきおっしゃった座布団のやり取りのような、講義のような。それは最初に福生に行かれたときからそういう話になっていたんですか?

能地:そうですね。私はそんなに難しい問題は出ないんですけど、例えば萩原健太とか湯浅学とか、そういう人たちにはじゃあ、はっぴいえんどビートルズに例えるとジョンは誰だ、ポールは誰だとかなぞなぞみたいに問題を出して汗をかきながら答えさせられるみたいな(笑)。

田家:初めて福生に行って話をされたのはいくつのときですか?

能地:90年代に入っていたかなと思いますけど、その頃はもうレコーディングもソニーのスタジオでされていたし、福生スタジオと言っても大滝さんの書斎としか言いようがない、ナイアガラ秘密基地みたいなですね。とても綺麗にレコードも整理されていて、壁中に本があって。それも古典芸能の本から晩年は古地図とかに凝ってらっしゃったので。

田家:古い地図!?

能地:古い日本映画を見ながら古地図を見て、東京のまちを歩くという研究をされていたので。24時間いろいろな勉強をされていて、勉強家という肩書きを持ってらっしゃった。

田家:1回目の特集のときに三浦光紀さんと伊藤銀次さんと白川隆三さんと吉田保さんにゲストに出ていただいて、三浦光紀さんが南方熊楠のような人だと言われていましたよ。

能地:あー!

田家:なんでもともかく詳しい。

能地:その例えがまたすごいですね(笑)。

田家:そういう人がこういう曲というので妙なつながりになりましたけど、アルバムの6曲目「恋のナックルボール」。

恋のナックルボール / 大滝詠一

田家:これは歌の聴こえ方が全然違いましたね。

能地:もう野球場にいるみたいなミックスですよね。大滝さんと言えば野球という。

田家:はい、野球の話がまだ出てないですもんね。

能地:ナックルボールってわかります?

田家:わかりますよ、指を曲げてボールを回転させないで投げる。

能地:回らない魔球みたいな。読売巨人軍に前田幸長さんというナックルボールの名手がいたんですけど。

田家:あ、前田幸長さん! いたいた。

能地:友人で東京ドームで登板の音楽とかの演出をしている人がいて、この曲で前田幸長投手が出てきたらかっこいいんじゃないかと提案したら、いいですねということになり。大滝さんに使わせてくださいという許可をお願いしたら大滝さんが「じゃあ前田幸長ミックスを作ってやるよ」と。リリーフで出てくるピッチャーなのでマウンドに上がっていくところで盛り上がるようにみたいな。

田家:ちゃんと登場にかかる時間も計算して、みたいな。

能地:これは失恋しちゃうという歌なので、カーンって打たれる音が縁起が悪いなっておっしゃったので、打たれる音もちゃんとカットした前田幸長ミックスを作ってくださって。それでワンシーズン、東京ドームでこの曲が流れていたことがあって。

田家:あ、そうなんだ! じゃあ、ジャイアンツファンの方の中にはそれをちゃんと覚えてる方もいらっしゃるという。

能地:そうですね。球場でファンの方が歌っていて、すごかったですね。

田家:野球場ミックスですね(笑)。さっきのロンバケとの比較で言うと、これもやっぱりロンバケに近いでしょう?

能地:そうですね。この楽しい感じというか、ノベルティ・ソングと言われていたパターンですよね。

田家:ロンバケは僕の中のアメリカン・ポップス、中学生の頃で。『EACH TIME』はブリティッシュ、高校生の頃に聴いていたという彼の中での違いがあると、インタビューの中にありましたね。

能地:自分のルーツを辿っていってみたいな話はよくされて、だからロンバケと『EACH TIME』の違いは中学時代に帰るのか、高校時代に帰るのかみたいな話が。

田家:曲順の話が何度も出ていますけども、1989年盤は4曲目が「恋のナックルボール」で7曲目が「木の葉のスケッチ」だったとか、いろいろ変わったりしていますね。

能地:でも「木の葉のスケッチ」からこの曲っていいですね。大人の恋からちょっとやんちゃな野球場のシーンに変わるみたいな。

田家:これがないと、湿っぽくなるのかなという感じがあったりしますが。バージョン違いの話がありましたけど、今回Disc2、3、4、これはいろいろな企画ものが入っているわけでしょう。Disc2が井上大輔さんとのこのアルバムについてのトークと『EACH TIME』スペシャルエディット。Disc3がそれぞれの曲のバージョン違いが入っていて、「恋のナックルボール」は3回出てきている。

能地:スタジオセッション音源ですけど、最初のテイクがすごくスローなんですよね。これは松本さんにご確認をしなければ、たしかなところはわからないお話ですけれど、大滝さんがおっしゃるには松本さんがナックルボールというボールが速いのか遅いのかわからなかったので、と(笑)。

田家:野球そんな興味ないんでしょうね(笑)。

能地:最初大滝さんはスローな感じで書いていたんだけど、松本さんからナックルボールというキーワードが出てきて、これじゃナックルじゃないじゃないかというので今の軽快なバージョンに大滝さんが変えたという。ジョンとポールのやり取りみたいな感じで、松本さんから出てきたキーワードで曲のテンポとかも変わっていくのはバンドっぽいなと。

銀色のジェット / 大滝詠一

田家:オリジナルのアルバムのときは5曲目で1989年のときも20周年のときも5曲目だったんですね。変わらなかった。このアルバムの中の位置があったんでしょうね。

能地:今回はほぼ完成順という形で。40周年盤は大滝さんが関わったものではないですけど、オリジナルと比べるとなんとなく作った順に曲順の原型がある気がしますね。

田家:作った順もナックルボールの後のこれだったんですね。

能地:今回も作った順と言いながら、元は20周年記念盤を下敷きに組み立てていったものと考えていいと思うんですけども。

田家:そういうアルバムがこれまでどんな形で世の中に出ていったのかということの資料集みたいなものが、ボックスセットにはついているんでしょう? 70何ページのブックレット。

能地:とてもとても資料などもたくさん、写真もたくさんついていて。再録になりますけれども、『レコード・コレクターズ』のインタビューが掲載されるということで。

田家:当時の時代背景とか当時作られた販促用のグッズ。当時の宣伝用のEACH TIMESも入っていたりする。

能地:EACH TIMESというのは発売日が遅れるお詫びみたいな感じで配っていたらしいんですけども。

田家:ご覧になっていかがですか?

能地:いやもう、ラーメンで言うと全部入りみたいな感じでうれしいです。私、ちなみに学生時代に音楽出版社でバイトをしていて、入ったばかりの頃にレコード会社の人が「申し訳ありません!」って言って、EACH TIMESを編集部に配っていたんですよ(笑)。

田家:発売が遅れて(笑)。

能地:編集部の人も「本当に出るんだろうね?」「出ます!」みたいな感じで。私は業界というものを知らなかったので、レコード会社というか音楽業界というのは発売日が遅れるだけでこんな新聞まで出してレコード会社の人がお詫びをして回るものなんだ、大変な業界だなと思ったら大滝さんが大変な人だったというだけで(笑)。

田家:大変な人の話を来週も続けていきたいと思います。来週もよろしくお願いします。

能地:お願いします。

評論家・能地祐子と読み解く、大滝詠一作品40周年バージョン

左から、田家秀樹、能地祐子

静かな伝説 / 竹内まりや

流れているのはこの番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。

『A LONG VACATION』と『EACH TIME』。それぞれ80年代初期を代表する日本のポップス史上に残るアルバムでもありますが、語るべきエピソードがそれぞれにたくさんあるという意味では例がないぐらいにドラマチックなアルバムじゃないかと思いますね。能地さんも言われていましたけども、『EACH TIME』が出たときはロンバケの印象が強かったのでちょっとひっそりしたアルバムだなと思ったんですね。大人っぽいというふうにも思わなかったのかなあ。でも、あのアルバムは『A LONG VACATION』が達成できなかったアルバムチャート1位になって、大滝さん唯一の1位でしかも3週間連続してるんですね。そういう聴き手の評価とか印象とか思ったこととか、色んな聴かれ方がされた結果でもあるんでしょうね。

大滝さんが亡くなった後に出た30周年の時に、能地さんが曲順を変えるだけでこんなに変わるのかというふうに書かれていて、それがあのアルバムに対しての答えになった気がしたんですよ。あ、そういうアルバムだったのかとあらためて思った。発売から30年経っているわけで、僕も全然当時の若いときの自分ではない、歳も重ねてきてその原稿を読んで初めてわかったような気がした。『EACH TIME』はこういうアルバムなのか。ロンバケとは全然違うアルバムなんだというのが見えてきて、それを今回40周年で本人に語っていただこうと思って今週と来週のゲストにお願いしました。「J-POP LEGEND FORUM」、「J-POP LEGEND CAFE」は大滝詠一から始まっている。そう思って4週間お付き合いいただけるとうれしいです。歴史に残るアルバム、歴史に残るアーティストだということがあらためておわかりいただけるのではないでしょうか。

<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp
「J-POP LEGEND CAFE」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストにスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
https://cocolo.jp/service/homepage/index/1210

OFFICIAL WEBSITE : https://cocolo.jp/
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