パール・ジャム(Pearl Jam)による通算12作目の最新アルバム『Dark Matter』が大きな話題を集めている。プロデューサーを務めたのは、ザ・ローリング・ストーンズの最新作『Hackney Diamonds』でも素晴らしい仕事ぶりだったアンドリュー・ワット(Andrew Watt)。
パール・ジャムの大ファンであり、彼らの結成とほぼ同時期の1990年10月に生まれた敏腕が、憧れのバンドとのコラボレーションについて余すことなく語った。

アンドリュー・ワットとパール・ジャムは、ほぼ同時に誕生した。エディ・ヴェダーが後に結成するバンドのメンバーと初めて対面するためにサンディエゴからシアトルへと向かった日と同じ週にあたる1990年10月2日に、現在33歳のプロデューサーはこの世に生を受けた。「僕が母の胎内から出ようとしていた時に、彼らは『Release』を書いていたっぽいよ」とワットは話す。「その2日後に、彼らはOff Rampっていうカフェで初ライブをしたんだ。仰々しい言い方はしたくないけど、やっぱり縁を感じるよ」。


90年代にパール・ジャムがシーンを席巻していた頃、ワットの主な関心ごとはクロールの習得としっかり食べることだった。だがティーンエイジャーだった2000年代に、彼はマニアと言っていいほどの大ファンになる。「世界で一番好きなバンドだ」と彼は話す。「彼らのコンサートに足を運んだ回数なら、並大抵のファンには負けないはずだよ。少なくとも40回は行ってて、彼らのTシャツは全部持ってる。僕が経験した生涯最高のコンサートは、2009年のハロウィンにフィラデルフィアのSpectrumで行われたパール・ジャムのショーだ」。


アンドリュー・ワット関連作をまとめたプレイリスト、近年ではJUNGKOOK(BTS)やポスト・マローンなどにも携わる

10年近く前にジャスティン・ビーバーやセレーナ・ゴメス、5・セカンズ・オブ・サマー等のポップ系アクトをプロデュースし始めたワットにとって、パール・ジャムのレコードを手がけることは悲願だった。2020年にオジー・オズボーン『Ordinary Man』をプロデュースしたことで、彼はロックのフィールドに進出する糸口を掴む。ワットはその後、イギー・ポップの『Every Loser』、そしてザ・ローリング・ストーンズの『Hackney Diamonds』のプロデューサーとして起用される。また彼はエディ・ヴェダーのソロアルバム『Earthling』をプロデュースし、チャド・スミスとグレン・ハンサード、ジョシュ・クリングホッファーと共に、ヴェダーのバックバンドのギタリストとしてツアーにも同行した。

ワットはその経験を通じて、「Better Man」と「Porch」をヴェダーと一緒に演奏するという10代の頃からの夢を叶えただけでなく、パール・ジャムの新作『Dark Matter』のプロデュースという大役を勝ち取った。とあるアーティスト(オジー・オズボーンの話が正しければ、それはレディー・ガガかもしれない)とスタジオ入りしていたある土曜日の休憩時間に、彼は本誌の電話取材に応じ、パール・ジャムへの思い入れと『Dark Matterr』の制作について語ってくれた。


パール・ジャムに導かれてきた半生

─パール・ジャムのことを初めて知ったのは?
ワット:「Jeremy」のミュージックビデオだったと思う。5歳上の兄のジェイソンと一緒に、当時夢中だったMTVで観たんだ。兄はクールな音楽をたくさん知ってて、僕よりも多かったお小遣いの大半をCDに注ぎ込んでた。兄からいろいろと聴かせてもらって、そのうちのひとつがパール・ジャムの『Ten』だった。あのレコードに、僕はすっかり魅了された。ディスクマンにCDを入れてヘッドフォンを付けて、その世界観にひたすら没頭してた。
怒り、憂鬱、幸せ、そして激情といったものに、僕はあのアルバムで初めて触れたんだ。

─パール・ジャムのようなバンドに入れ込んでいた友達はいましたか?

ワット:いなかった。子供の頃、僕の周囲にはバンドをやりたいっていうやつが少なかった。だから僕はいろんな楽器の弾き方を自分で学んだし、レコーディングも独りでやってた。ベースとギターの弾き方、それにドラムも、僕はパール・ジャムのレコードに教わった。だからバンドの各メンバーが、僕にとってすごく大きな存在なんだ。
自他ともに認める大ファンの僕は、彼らのプレイスタイルをよく知ってる。だから彼らと仕事をすることになった時、僕が意識したのはパール・ジャムがパール・ジャムらしくあることだった。バンドを僕の手で変えようなんていう考えはなかったんだ。

─パール・ジャムのコンサートに初めて行ったのはいつ?

ワット:2003年のマディソン・スクエア・ガーデン公演だったと思う。それ以降、何度も足を運ぶことになったんだ。

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アンドリュー・ワットとエディ・ヴェダー、2022年撮影(Photo by Jeff Kravitz/FilmMagic)

─彼らのショーはとてもユニークで、毎回内容が大きく異なります。
フィッシュのようなジャムバンド以外では、ステージでそういうアプローチをするメジャーなバンドは多くありません。

ワット:ショーがある日、エディ・ヴェダーは午後2時かそれよりも前に会場入りして、同じ会場あるいは街で過去にどの曲を演奏したかを入念に確認するんだ。ファンに特別な経験をしてもらうために、セットリストにあそこまでこだわる人を僕は他に知らない。彼らは常にオープンで、必要とあらば10年以上演奏していない、下手をすれば聴いてさえいない曲でもプレイする。リハーサルルームで音を合わせながら、どう演奏するかを熟考する。本当にものすごいバンドさ。彼らは絶対にオーディエンスの期待を裏切らない。

─彼らとの出会いは?

ワット:何年も前に、僕はあるポップアクトのバンドでギターを弾いてた。当時はよくマリファナを吸ってたんだ、もうやめたけどね。あと訪れた街で必ずギターを一本買ってて、その時はすごく古くて大きなエレキギターを手に入れたばかりだった。マリファナを吸いすぎて、バスを降りた時は自分がどこにいるのか一瞬分からなかったけど、そこは(カリフォルニア州マウンテンビューにある)Shoreline Amphitheatreだった。Bridge School Benefit(ニール・ヤングが主催していた慈善コンサート)の舞台だったあの会場は、パール・ジャムのファンにとっては思い入れのある場所なんだ。

テンションが上がった僕は、デスクで働いていた女性に話しかけて、エディ・ヴェダーについていろいろと質問した。彼はすごくいい人だったとその女性は言ってたよ。次のBridge School Benefitの日程について聞いたところ、僕の誕生日の10月20日だってことがわかった。彼女はラインナップを把握していなかったけど、エディ・ヴェダーは必ず来るはずだと思った。彼らは毎年のように来ていたからね。

ハイだったこともあって、僕はその場で長い手紙を書き、それを彼に渡してくれるようその女性に頼んだ。あと買ったギターも彼女に預けて、エディにプレゼントしてほしいと伝えた。彼女のことを何も知らないにも関わらずね。エディ・ヴェダーに読んでほしいという一心だったんだ。手紙の最後はこう締め括った。「ところで、今日は僕の誕生日なんだ。僕の電話番号を伝えておくよ」。

あれが6月か7月、あるいは8月とかだったと思う。それから数カ月後のある日、家に帰ると不在着信履歴が残っていて、市外局番はシアトルだった。まさかとは思ったけど、ボイスメールを確認したら、それはエディからだったんだ。すぐかけ直したけど、彼は電話に出なかった。そのボイスメールの内容はマジでクールだったよ。

僕は彼にテキストを送った。当時入ってたポップバンドでクリックを聞きながら演奏することや、毎晩同じ曲を同じようにプレイすることに嫌気がさしていて、脱退するべきかどうかか迷っているっていう内容だったんだけど、彼はすごく長いメッセージを返してくれた。彼は僕が毎晩オーディエンスの前で演奏できていることがいかに幸運かを理解して、それを思い切り楽しむよう諭してくれてた。それがきっかけで僕はそのバンドにとどまったんだけど、それからしばらくして僕らはジャスティン・ビーバーと一緒にツアーに出ることになった。僕のプロデューサーとしてのキャリアは、そのツアーの後から始まったんだ。これまでもずっとそうだったように、エディの言葉が僕を導いてくれたんだよ。



─実際に対面したのは?

ワット:それ以降はメールで連絡を取り合ってた。しばらくして僕がプロデュース業を始めると、お互いの共通の友人が増え始めて、そういう人々と会うことも多くなった。その後ユニバーサルの(EVを務める)Michele Anthony、そしてバンドのマネージャーのSmitty(Mark Smith)と会って、エディと一緒に曲を作ってみないかと言われたんだ。エディが慈善コンサートを開いていた会場で、僕はついに彼と対面した。ジャムセッションをやって、一緒に曲をひとつ書いたんだ。

それからというもの、彼は友人としてもクリエイティブパートナーとしても、僕の人生においてすごく大きな存在になった。彼との関係が僕にとってどれだけ重要かは、言葉ではとても言い表せない。夢が叶うっていうのは、こういうことなんだって思うよ。僕はマディソン・スクウェア・ガーデンでのショーで、「『Alive』のギターソロを僕に弾かせて!」っていう手書きのサインボードを掲げてたくらいだからね。そして実際に、その願いは叶ったんだ。

最強ライブバンドのアルバム制作術

─エディのソロアルバム『Earthling』制作とツアーを経て、『Dark Matter』のプロデュースに至るまでにはどういう経緯があったのでしょうか?

ワット:エディは私心がない人で、常に自分以外の誰か、そして自分が愛する人々のことを考えてる。僕らが彼のレコード用に一緒に曲を書き始めた時、彼はいつもこう口にしてた。「バンドのメンバーにもこれを経験させてやりたい」って。

ソロアルバム制作の真っ只中に、彼はバンドのメンバーにこう提案したんだ。「みんなスタジオに来いよ。俺は今すごくインスパイアされていて、これ以上ないってくらいに楽しんでる。アンドリューと一緒に曲を作ろう」。それがきっかけで、まだ『Earthling』の制作が続いていた時にパール・ジャムのメンバーがスタジオにやって来て、僕らは『Dark Matter』に収録される曲を一緒に書き始めた。そのうちのいくつかは、僕の自宅の地下スタジオでレコーディングしたんだ。メンバー全員とアイコンタクトが取れる距離感でね。アルバムの4~5曲は最初の8日か9日間で作った。

─その後は自然な成り行きで、アルバムをプロデュースすることになったと。

ワット:その通りだよ。誰もがすごくいい時間を過ごしたと思う。音楽が結果重視であることは疑いないし、「プロデューサーとしてこういうことをやってもらいたい」っていう要望があるのが普通だ。でもカンヴァスに色を塗らないと始まらないのと同じように、実際に音を出して、スピーカーから出てくる音を聞いてみないことには、何も断言はできないんだ。メンバー全員にとって充実した時間だったと思うし、みんなアルバムの制作を楽しんでいた。僕にとって、それは夢のような出来事だった。

─このレコードであなたが成し遂げたかったことは?

ワット:あの頃の音楽は僕のDNAに組み込まれてる。僕はサウンドガーデンやテンプル・オブ・ザ・ドッグが大好きだ。『Ten』でのデイヴ・クルーセンのドラムは素晴らしいし、あれは誰もが認める名盤だ。だけどエディがサーフィンをしながらデモを聴いた時に真っ先に惹かれたのは、ストーン(・ゴッサード)、ジェフ(・アメン)、マイク(・マクレディ)とジャムっているマット・キャメロンのドラミングだった。テンプル・オブ・ザ・ドッグのレコードは、パール・ジャムにマット・キャメロンのドラムが加わったものだ。要するに、マットはドラムの神ってことさ。彼の才能とスキルに疑いを挟む余地はない。

パール・ジャムの中期以降のアルバムのいくつかでは、マットは優れたドラマーとしてだけじゃなく、プロデューサーとしても手腕を発揮し、曲のニーズに合わせて様々な楽器を弾いてる。彼の抜きん出た才能を、僕は思いっきり前面に出したかった。他のメンバーも同じことを考えていたと思うんだけど、僕の目標はサウンドガーデンとテンプル・オブ・ザ・ドッグ級のドラミングが聴けるパール・ジャムのアルバムを作ることだった。マットの才能とパーソナリティにフォーカスしようとしたんだよ。

『Ten』や『Vs.』等の初期のレコードはドラムがとにかく圧巻で、マットもそう感じてた。僕の仕事はドラムキット越しに彼の前に立ち、何度も飛び上がったりしながら自分の限界に挑戦するよう彼を鼓舞し、彼以外の誰にもできないパフォーマンスを引き出すことだった。彼のようなドラミングができる人は他にいない。自分がアルバムのステムミックスを持っていることを、僕はすごく幸運に思っているんだ。彼のテイクだけを抜き出してずっと聴いてたからね。僕はそれくらいマット・キャメロンに夢中ってことだよ。

─スタジオに入った時、バンドはデモを持ち込みましたか?

ワット:持ち込んだけど、面白いことに結局は曲をその場で作っていったんだよ。「さて、いいアイデアがあるのは誰だ?」みたいにね。それが可能なのは、マットを含むこのバンドのメンバー全員が主役になれるだけの才能を持っているからだ。彼らはみんなボーカリストとしても一流で、全員がマルチ奏者だ。パール・ジャムはすごい才能の集まりなんだよ。

普通なら「このデモにドラムとベースが入ってる。グルーヴはこう、ボーカルはこんな感じ」っていう風に進めるんだろうけど、彼らはそうじゃない。「手始めに、リフやコード進行のアイデアはあるか? デモよりもお互いの出す音を聴きながらアイデアを詰めていって、コード進行を考えよう」。そういうアプローチなんだ。

そうやって曲を作る場合、ストーンはいつも思いがけないコードを弾くんだけど、それは必ずしも成立しない。でもジェフがそれをハーモニーとして成立させる方法を考えて、エディが歌を乗せられるようにする。マイクはそこに必要な重心を加えていく。それからマットがグルーヴを注入して、バンド全体をリードしていく。僕はそういう流れを生み出し、各メンバーがクリエイティビティを発揮できる環境を作りたい。そして実際に、このアルバムの曲は全部そういうプロセスの中で生まれたんだよ。

ただどの曲も、誰かが最初に披露するときにはエディがマイクを握っていた。 彼は即座に何かを思いつくからね。他のメンバーは彼に合わせて、自分たちの演奏やアイデアを変えていく。 まさにバンド全員の共同作業だった。 どのセッションでも、このメンバーから誰か一人を抜いたら『Dark Matter』は完成しなかったんだ。

─確かに、各自の才能が渾然一体となったアルバムという印象を受けます。

ワット:パール・ジャム級のレベルで、今も活動してるバンドなんてほとんどいないだろ? 彼らは世界最高のライブバンドだ。パール・ジャムのコンサートに行けば、世界最高峰のライブが見られると保証するよ。彼らは正真正銘のバンドであり、5人でひとつなんだ。

─あなたとジョシュ・クリングホッファーはアルバムの全曲にクレジットされています。制作プロセスにおけるあなた方の役割はどういうものでしたか?

ワット:さっき話した通りだよ。全員が同じ空間に集まって、アイデアを出し、試行錯誤しながら形にしていく。とても自由で、エゴのかけらもなかった。その場にいた誰もが、プロセスそのものをすごく楽しんでた。



─レコーディングはどこで行われましたか?

ワット:最初の数週間は僕の自宅スタジオを使ったんだけど、ロスの大雨のせいで浸水してしまったんだ。作業を再開する段階になっても、スタジオは復旧していなかった。カビやら何やらのせいでね。それで僕の師匠、リック・ルービンに相談した。僕が窮地に立たされるたびに、彼は手を差し伸べてくれるんだ。

「パール・ジャムのレコーディングが控えているんですが、うちのスタジオは使えなくて。彼らのスケジュールをどうしても動かせないんですが、Shangri-Laを使わせてもらえませんか?」って相談したところ、ありがたいことにリックはあれこれと調整してくれて、スタジオを1カ月間おさえてくれた。彼の協力なしでは、このアルバムを完成させることはできなかった。自分は制作に関与していないにもかかわらず、リックは僕らのために尽力してくれたんだ。本当に感謝してる。

─それはいつのことですか?

ワット:ちょうど1年前だね。まさに1年前の今日、僕はパール・ジャムのTシャツを着て、彼らとスタジオに入ってた。

─ローリング・ストーンズとのセッションと同じように、毎日違うパール・ジャムのTシャツを着用していた?

ワット:その通り。僕はかなりの量のヴィンテージTシャツを持ってるんだ。でもその一部がブートレグだってことが発覚した。「こんなの作ってないぞ!」って言われちゃってさ。ただ僕は、ブートレグの中には本物以上にイカしてるやつもあると思ってるんだ。

『Dark Matter』全曲解説 ショーの興奮を音源化するために

─各収録曲について聞かせてください。まずは「Scared of Fear」から。

ワット:一番最初に書き上げた曲。パール・ジャムのメンバー全員と初めてスタジオに入った時にできたんだ。

─「Reacy, Respond」でのジェフのベースは素晴らしいですよね。

ワット:マジでヤバいよね。実を言うと、あれはジェフのアイデアから生まれた曲のひとつなんだ。彼の考えたリフを中心に、みんなで曲にしていった。



─抑制の効いた「Wreckage」では、「氾濫する川 / 僕たちの過去をすべて沈めていく」というラインが印象的です。

ワット:あれはすごく特別な曲だ。パール・ジャムとエディ・ヴェダーの大ファンの僕にとって、彼が歌うところを間近で見るのは文字通り至福の体験だった。彼のボーカルには魂が宿っていて、まるでそのラインが物心ついた頃からの宝物のように感じられるんだ。

─「Dark Matter」はライブで盛り上がること間違いなしです。

ワット:このアルバムの曲は全部、パール・ジャムを生で観ることを前提に作られているんだ。アルバムを聴くと、ライブが待ち遠しくなる。そして生で体験すると、音源以上の魅力を発見できる。「Alive」がまさにいい例だろ?



─間違いないです。

ワット:僕の目標のひとつは、パール・ジャムのショーの興奮を音源化することだった。でもそれを完全に実現できたわけじゃない。どの曲も本当はもっと長くあるべきだからね。でもそれは肝じゃないんだ。マイク・マクレディのプレイを編集するなんて馬鹿げてる。彼の思うようにプレイさせるべきなんだよ。彼は目を閉じたまま、演奏に没頭していた。彼が目を開く瞬間が、曲が終わるタイミングなんだ。

「Dark Matter」のアイデアが生まれたのは、僕らが別の曲のテイクを重ねている時だった。マットがあのビートをいきなり叩き始めたんだ。すぐさまストーンが反応して、「みんな動くな。マット・キャメロンの音、もちろん録ってるよな?」っていう彼に、僕らは「もちろんだ」と答えた。彼がビートを叩き終えると、ストーンがこう提案した。「ジェフ、このテイクを持ち帰ってくれ。俺もそうする。明日までにそれぞれで曲にしてみよう」。翌日、2人がそれぞれ持ち込んだリフに合わせて、マットが同じビートを叩いた。それが「Dark Matter」になったんだ。

─「Won't Tell」の背景について教えてください。

ワット:ジェフが持ち込んだ曲だ。夢の中であの曲を聞いたらしいよ。ものすごく興味深くて素敵な話だから、彼に直接聞いてみるといいよ。

─「Upper Hand」も圧倒的です。インストゥルメンタルの冒頭2分間がムードを生み出しています。

ワット:ディープなものにしたかったんだ。個人的にもすごく気に入ってる。ストーンが作ったクールなリフを元に、全員で曲に発展させていった。あの曲でのマットのドラムはまるでモンスターだ。このアルバムの曲には、各メンバーの持てる力がすべて注ぎ込まれてる。僕が何よりも誇りに思っているのは、目を閉じて曲に耳を傾けながらメンバーの誰かを思い浮かべると、その人物が中心になってバンドをリードしている光景がありありと浮かぶことだ。

─「Waiting for Stevie」には驚かされたファンも多いと思います。個人的な意見ですが、フリートウッド・マックのコンサート会場で開演を心待ちにしているファンの姿を思い浮かべました。

ワット:あの曲にまつわる素晴らしいエピソードがあるんだけど、それはエディの口から語られるべきだと思う。スティーヴィー(・ニックス)を待ち焦がれる気持ちについての曲であることは確かだよ。具体的なアイデアがない状態でジャムを始めて、2本のギターが絡み合っていくなかで生まれたんだ。僕の自宅スタジオで録った曲のひとつだよ。

─エネルギーとスピード感に満ちた「Running」は、まさにオールドスクールのパール・ジャムです。

ワット:間違いないね。パール・ジャムのパンクロックだ。

─「Lukin」に通じるものがありますね。

ワット:確かに。最後には爆走中のバスのタイヤがぶっ飛んでいきそうになってる。



─「Something Special」ではムードが大きく異なり、癒しさえ感じさせます。

ワット:ものすごく美しい曲だと思う。パール・ジャムは「Running」のようなアドレナリンを噴出させる曲を作る一方で、こういう180度異なる方向性の曲を書くこともできる。秀逸な展開を見せる、胸に響くラブソングだ。

─スムーズでメロウな「Setting Sun」は、アルバムを締めくくるに相応しいトラックです。

ワット:同感だね。テンプル(・オブ・ザ・ドッグ)っぽいところがあると僕は思ってる。長い年月を経て今っぽくアップデートされてるけど、ああいう曲展開に僕は当時を感じるんだ。

─正式かどうかは不明なものの、本作はジョシュ・クリングホッファーがバンドに加わって以来初のレコードとなります。彼はどういった形で参加しているのでしょうか?

ワット:ジョシュはものすごく器用で、文字通り何でもできるんだよ。レッチリのギタリストを務めることもできるし、パール・ジャムでキーボードを弾くこともできる。ショーの日にマット・キャメロンがコロナに罹ってダウンした時は、彼が全曲でドラムを叩いた。疑いようのない天才さ。

僕と同じように、彼も子供の頃からパール・ジャムの大ファンだった。彼はマニアも唸らせるほどのパール・ジャム通で、僕らはしょっちゅうオタク話に花を咲かせてた。彼はサウンドに彩りを添えることができる。彼が音を重ねるところはまるでマジックさ。曲が必要としているものを特定して、ハッとするような方法で形にしていく。バンドのメンバーにブライアン・イーノがいるみたいなもんだよ。

─あなたがレコード制作において直感を重視しているのは明白です。一枚のアルバムを作るのに2年かけるバンドもいますが、それはあなたのやり方ではないと。

ワット:パール・ジャムがそうじゃないようにね。このアルバムは、バンドが一丸となって注ぎ込んだ情熱の結晶だ。今はそういうやり方は主流じゃないのかもしれないけどね。これはガチガチに編集して作り込んだレコードじゃないし、テンポだって揺れてる。それが生身の人間の手によって作られた証拠なんだよ。メンバーたちの鼓動が重なって一体化していく、これはそういうレコードなんだ。

─本作はストーンズのアルバムと並行して制作されたのでしょうか?

ワット:ストーンズのアルバムが完成した2日後に、このレコードのセッションが始まったんだ。

─非現実的と言っていい毎日だったでしょうね。

ワット:まさにね。ものすごく充実していたよ。ある日、エディ・ヴェダーが巨大なフレームを持ってきてさ。何かと思ったら、パール・ジャムがストーンズの前座を務めた時にプライベートで撮影された彼の写真を使ったポスターだったんだ。両バンドの作品を立て続けに手がけた記念にって、彼がプレゼントしてくれたんだ。お手本にしたくなるような存在の彼は、僕のかけがえのない友人さ。

この投稿をInstagramで見るWATT(@thisiswatt)がシェアした投稿この投稿をInstagramで見るWATT(@thisiswatt)がシェアした投稿─去年LAで、イギー・ポップと一緒にギターを弾いているのを観ました。 あなたの人生は、一種のロックンロール・ファンタジー・キャンプのようになってきていますね。

ワット:本当だね。こんなの想像すらつかなかった。決して振り返らないようにしている、「オーマイゴッド!」 という感じだからね。 常に前に進もうとしているだけなんだけど、まるで大学に通っているような感じだ。 いろいろな人たちから多くのことを学んだし、彼らのやり方も学んできた。 常に道具を磨いているんだ。 僕はスポンジになろうとしてる。 イギーとボウイの話をしたり、ストゥージズの話をしたり。 なかなかできないことだよ。

─ストーンズやパール・ジャムとの共同作業共作を超える経験ってあるんですかね? ブルース・スプリングスティーンやニール・ヤングとも仕事したいですか?

ワット:それはわからない。 彼らの言葉を借りるなら、「波の流れに身を委ねる(follow the wave where it takes me)」って感じかな。 今はとあるプロジェクトの真っ最中で、その前に別のアルバムを完成させたばかりなんだ。夏が楽しみだよ。 自分は何が起きるのか、ただ眺めているだけさ。



From Rolling Stone US.

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