「Youngbloods」に始まり「約束の橋」まで、これまで世に送り出してきた代表曲、大ヒット曲、ライブ定番曲等、”元春クラシックス”を新世代に向けて”再定義”した10曲を収録したアルバムだ。
―『HAYABUSA JET I』は、これはもうオリジナル・ニューアルバムと言っていいんじゃないか、という聴き応えです。
佐野:ありがとう、そう聴いてもらえると嬉しいです。扱っているのは80年代90年代の楽曲ですけれども、現在活動をともにしてるTHE COYOTE BANDと一緒に過去曲を”再定義”して、フューチャー・ジェネレーションにアピールできる最新作を作ろうという気持ちで取り組んだ、実質的に前作『今、何処 (WHERE ARE YOU NOW)』に続く新作のつもりです。
―「Youngbloods」に始まり「約束の橋」に終わる、コアなファン以外にも広く知られている大ヒット曲もニューアレンジで収録されていますね。
佐野:今年は活動45周年、コヨーテバンド結成20周年という節目の年なので、新旧ファンが楽しんでくれる選曲にしました。
―タイトルを変えている曲もいくつかあります。とくに驚いたのが、初期の代表曲「ガラスのジェネレーション」を「つまらない大人にはなりたくない」というタイトルに変えていることです。これは古くからのファンは衝撃を受けたのではないかと思います。
佐野:そうだね、古くからのファンにはオリジナルとの違いを楽しんでほしい。僕を知らない世代には、まっさらな気持ちで聴いてほしい、そう思っています。
―そう思ったときに、〈つまらない大人にはなりたくない〉というパンチラインをタイトルにすることは自然だったということでしょうか。
佐野:そうだね。原曲の「ガラスのジェネレーション」のコアはやっぱりこの曲の最後のライン〈つまらない大人にはなりたくない〉だと思う。ただこのラインがスローガンのように語られるのが嫌だった。時がたって今はこの曲を対象化できるようになった。思いきってタイトルにしたのもそれが理由です。
―タイトルを変えた意義がそこにあるのですね。
佐野:2025年に改めてこの曲をリリースするのであれば、このタイトルしかなかった。その上でフューチャー・ジェネレーションと新しい握手を結べたらいいなと思っています。
―20代で〈つまらない大人になりたくない〉と歌ってから今に至るまで、佐野さんの中で”大人”の定義はどう変化しましたか。
佐野:大きくは変化していない。つまらない大人ってひとそれぞれでいい、ひとは好きに生きればいい、ってことが前提で言えば、自分に正直に生きている、自分自身でいつづけているひとが正しい大人だと思う。
―それぞれの楽曲たちも、初期の頃からどんどん成長や変化を続けてきましたよね。自分が最初に手に入れた「STRANGE DAYS -奇妙な日々-」(1986年)のB面では、すでにデビュー曲「アンジェリーナ」がスロー・バージョンにアレンジされていました。
佐野:まぁ、編曲してもいい曲、変えちゃダメな曲があると思う。そこはライブをやっているとわかります。ファンをがっかりさせるんだったらやらないほうがいい。ともするとキャリアの長いアーティストはノスタルジーに偏りがちだ。ノスタルジーはお金になるけれど、表現者としたら後ろ向きだ。自分が表現者として曲を作り続けてる限り、ラディカルな姿勢を崩したくない。今回の『HAYABUSA JET I』も同じだ。自分で言うのも口幅ったいけれども(笑)。
―いえいえ、まさに一貫したアティテュードが伝わってくるアルバムです。ちなみにタイトルの『HAYABUSA JET I』というのはどこから生まれたんですか?
佐野:HAYABUSA JETは言ってみれば僕のアバターだ。
―仮想現実に向けてアバターを飛ばしてるようなイメージでしょうか。
佐野:そうだね。何年か先には自分のアバターと共生していく時代が来る。HAYABUSA JETはその先駆けだ。
―アルバム1曲目の「Youngbloods」はオリジナルのMVでのストリートライブ映像が有名です。今回の新MVではストリートで若いダンサーたち「CyberAgent Legit」が踊っていて、佐野元春 & THE COYOTE BANDがスタジオで演奏していますが、その構図がアルバム全体のテーマを表してるように思えます。
佐野:言われてみればそうかもしれない。当事者から傍観者に。それも悪くないと思う。
―その後、地上波のテレビでもどんどんMVが流れるようになっていきましたもんね。
佐野:そうだね。洋楽のMVを流す「ベストヒットUSA」という番組が人気だった。ちょうどその頃から国内アーティストも自前のMVを作るようになった。「ヤングブラッズ」のオリジナルのMVは代々木公園のストリートで撮影した。僕とバンドのストリートライブをドキュメントしました。
―ストリートからメッセージを込めて歌う映像が、この曲と佐野さんのアーティスト像を強く印象付けたと思います。
佐野:当時はまだ「ストリートライブ」が珍しかったので大きな音を出しても誰も文句を言わなかった。
―今回のMVを制作されるにあたっては、どんなことを考えていたのでしょうか。
佐野:2024年版「Youngbloods」を作るなら同じ場所に立ち戻るということで、代々木公園で撮影しました。オリジナルでは僕が若いオーディエンスたちに向けて歌っているけど、ニューレコーディング・バージョンでは、20代のダンスチーム「CyberAgent Legit」が同世代に向けて踊っている。音楽だけでなくMVも再定義してみた。そういうMVは他にないと思う。
―確かに、観たことがないです。
佐野:何よりも「CyberAgent Legit」のメンバーがこの曲を気に入ってくれたのが嬉しかった。
―ダンサーたちと佐野さんの歌う姿を重ねたり、歩道橋から見下ろしている人たちが今回も映っていたりとか、そこにはどうしてもノスタルジーが介在しますよね。
佐野:そうだね、ポピュラーソングにノスタルジーは付きものだけど、オリジナルのMVを知っている人には懐かしいなと感じてもらい、初めてこの曲を聴いてくれた人にはまっさらな気持ちで楽しんでほしい。
―CyberAgent Legitのみなさんとは、どうやって出会ったんですか?
佐野:YouTubeで知りました。彼らの身体表現が素晴らしいと思い、僕から連絡しました。
―アレンジもストレートなロックとは違って、しなやかな躍動感がダンサーたちの動きともマッチしているように思えます。
佐野:もともと「Youngbloods」はソウル・オリエンテッドな曲調でダンス向けに作った。今回のニュー・レコーディングも、その点は外したくなかった。CyberAgent Legitのダンサーたちも踊りやすかったんじゃないかなと思います。
―いつ聴いても胸躍る楽曲のイメージは変わらないですし、どんな世代にも勇気を与える曲だと思います。
佐野:そうだといいな。僕はソングライターとして、自分の曲に普遍性が宿ってくれたらいいなといつも思っています。けれど、普遍性は意識して作れない。聴いてくれた人が発見してくれるものだ。
―普遍性のある曲としてとくにお訊きしたいのが、「虹を追いかけて」です。この曲はすごくピュアな名曲だと思うのですが、どんな思いで取り上げたのでしょうか。
佐野:オリジナルは1986年のアルバム『Café Bohemia』に収録した曲。自分でも気に入っている。この曲も「Youngbloods」と同じようにソウル・オリエンテッドな曲調だ。コヨーテバンドのサウンドは基本はロックだけど70年代ソウルの要素も持っている。例えば、前作『今、何処 (WHERE ARE YOU NOW)』に収録した「冬の雑踏」とか、『MANIJU』に収録した「悟りの涙」がそうだ。だからコヨーテバンドなら「虹を追いかけて」できっと良い演奏をしてくれるだろうと思った。そのとおりだった。
―この曲の〈みせかけの輝きはいつかさびていく できることだけを 続けていくだけさ〉という一節は、飾らない言葉ですごく胸に刺さります。今回取り上げられたことで、佐野さんはこういう思いで続けてきたのかなと思うとグッときます。
佐野:あぁ、そうなんだね。曲の主人公がイコール僕とは限らないけれど、僕に似た誰かの喜怒哀楽をそっとサポートしたいっていう気持ちはあります。
―「自立主義者たち」は、「インディビジュアリスト」が原曲ですね。なぜこういう日本語タイトルになったのでしょうか?
佐野:ファンの中でも「インディビジュアリスト」というと、”個人主義者”と思う人が多かったと思う。ただ、僕としては「自立主義者たち」だろうという思いがあって、このタイトルにしました。
―こうした楽曲を聴いて思うのですが、佐野さんは人間の内面にある嫉妬とかやっかみとか嫌な感情を曲の中で露骨に出したりしないですよね。
佐野:そうでもないよ。僕の中にもそういう感情はある。けれども、僕の喜怒哀楽なんてちっぽけなもんだから、それをリリックにしてもいい曲にはならないよ。
―では、いつもどんな姿勢で曲作りに臨んでいるのでしょうか。
佐野:そうだね。よく観察すること。そして自分なりに正しくスケッチすること。正しくっていうのは難しいんだけど、常によい観察者でありたいって思っている。そこに普遍性がおのずと宿ってくるのではないかと思います。個人的な感情が表に出た私小説的な表現はあまり夢中にはなれない。
―私小説的な表現方法をするシンガーはかなり多いですよね。
佐野:同業のソングライターを見てもそう思います。「私」の喜怒哀楽が中心の世界観。それは歌に限らない。文学も、映画もその傾向が強い。きっとこれはこの国の表現の特徴なんだと思う。でも個人的なことを言わせてもらえれば、僕が楽しみたいのは「ストーリー」だ。そのためにはよく観察することが大事になると思う。自分の喜怒哀楽を売り物にするほど豊かな人間なのか?という自問自答があります。
―「よく観察すること」っていうのは、私たちの仕事柄すごく響く言葉です。
佐野: ”想い”というのは、人それぞれ違いますから、私小説的な表現にはどうしても欺瞞がつきまとうと思う。
―例えば「街の少年」にしても、文字通り街をよく観察して客観的に主人公を創作しているということですか?
佐野:そうだね。「街の少年」の舞台は80年代前半の東京、麻布・六本木あたり。自分に似たような少年たちが街にたくさんいた。おとなの尺度でできている街の中で、少年たちがまっすぐに生き延びていくのはとてもむずかしいんだ。そんな連中をスケッチしてみた。そこから「ダウンタウンボーイ」や「アンジェリーナ」ができた。
―街を歌う曲が多いですよね。街をスケッチするのは何故ですか?
佐野:僕は東京で生まれ東京育ちなので、山や川のことは唄えない。ストリートを唄うのがリアルだった。特に多感な少年たちが街に抱く驚きや失望は、言ってみればとても「詩的」なんだ。理知と感情がせめぎ合って、それこそ詩を書くかギターをラウドに鳴らすかしないとやってらんない。当時、今でいう「シティ・ポップ」が流行っていたけれど僕には響かなかった。それはリアルじゃなかったから。「シティじゃないよ、ストリートだよ」っていう思いがあって、最初のアルバムを作った。それが『Back To The Street』だ。
―ストリートのリアルを知っているからこそ街をスケッチできるわけですね。「街の少年」に話を戻りますが、新録のアレンジではスライドギターが印象的です。エレキギターは少年にとって初期衝動の象徴だと思いますし、それこそ街の少年が手にしたことで未来を描けるものだと思うですが、今の佐野さんにとってギターはどんな存在ですか。
佐野:ロックンロールといえばやっぱりギターサウンドだ。コヨーテバンドのギタリスト、深沼元昭と藤田顕は世代的に90年代以降のオルタナティブなロックで育ってきた。そのあたりのマナーがしっかり身についているのが素晴らしい。「街の少年」の再定義も彼らのギターサウンドを中心に考えた。
―ではむしろこのアレンジの方が、本来この曲のイメージですか?
佐野:そうだね。「街の少年」の原曲の「ダウンタウンボーイ」はこれまで何回かリミックスしてきたけれど、今回リ・レコーディングした「街の少年」、このバージョンが今の僕にはぴったりくる。
―「君をさがしている - 朝が来るまで」は、THE COYOTE BANDのオルタナティヴな面が出ている曲ではないでしょうか。
佐野:そうだね。この曲はリリックが強いので、どんなアレンジでもいける。今までライブで色々なアレンジで演奏してきた。THE COYOTE BANDと演奏したこの再定義バージョンは以前からライブで披露してきて、オーディエンスも喜んでくれたので、じゃあちゃんとレコード化しようかというところで収録しました。
―アレンジがガラリと変わった「だいじょうぶ、と彼女は言った」には驚きました。
佐野:ガラリと変わりました。オリジナルは1999年のアルバム『Stones and Eggs』に入れました。今回は、よりレトロモダンな色彩でまとめてみた。原曲はメジャーで始まるところマイナーで始まるといった大きな再定義をしましたけれど、悪くないって思っている。ファンの人たちの感想を聞きたいですね。
―「ジュジュ」はモータウン・サウンドですね。
佐野:そうだね。オリジナルは1989年のアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収録しました。原曲は英国のミュージシャンたちとフォークロックの表現でやりました。詞がとってもチャーミングで、個人的にとても気に入ってるので、ステージでもいろいろと装いを変えて披露してきました。今回はモータウン・リスペクトなスタイルでの演奏。バンドと楽しくレコーディングしました。
―「欲望」は、昨年30周年記念エディションが発売されたアルバム『The Circle』の1曲目を飾っていた曲ですが、まったく新しい曲として生まれ変わっています。
佐野:「欲望」は、アルバム『The Circle』の中でも重要な曲です。当時のオリジナルバージョンは、国の経済のバブル崩壊という背景があって、切羽詰まった緊急な感じがあった。でも今回の再定義バージョンでは少し余裕をかましてます。「どっからでもかかってこいよ」という感じ(笑)。よりグルーヴィーな曲になりました。
―確かに、オリジナル曲にあった圧迫感というか切実感が穏やかになっている気もします。
佐野:いや、”穏やか”ではないんですよ。ニール・ヤングの「Helpless」という曲があるんだけど、『The Circle』の中の「欲望」にイメージしたのは、”90年代の「Helpless」”。そして今回、再定義した「欲望」は、”2025年の「Helpless」”です。歌は穏やかになったんだけど、聴きようによってはオリジナルよりさらに切迫感を感じてくれるんじゃないかなという期待をしています。
―「約束の橋」は、全ての世代が励まされる強いメッセージがある曲だと思います。この曲をアルバムのラストに入れた思いを訊かせてください。
佐野:「約束の橋」は本当に多くのファンが愛してくれた曲。今回収録したアレンジは、THE COYOTE BAND とライブハウスから大きな野外フェスまでいろいろな場所で演奏してきたもの。もはやオリジナルよりこちらの方が僕たちのサウンドだと言える。今回初めて音源化できてうれしい。アルバムの最後としてふさわしい曲だと思う。
―みなさんの思い入れがある分だけ、そこはすごくデリケートに考えていらっしゃるんですね。
佐野:そうだね。やっぱり聴いてきてくれたファンがいいなと思ってくれて、楽しんでくれなければ意味がない。再定義と言って何でもかんでも作り替えていいというものではない。そこにはファンと交わした守らなければいけないルールのようなものがある。
―リリース後はTHE COYOTE BAND と全国ツアーが行われますが、かなり長いツアーですね。
佐野:そうだね、7月から年末にかけて全国いろいろな街でやります。THE COYOTE BANDと初めて行く街もあるので楽しみです。全国集まってくれたみんなと音楽を通じて、良いアイデアをシェアしたい、そう思っています。
―最後にアルバムタイトルのことを再度訊かせてください。『HAYABUSA JET I』がナンバリング・タイトルだと考えると、続きがあるんじゃないかと期待もしてしまいます。
佐野:そうですよね。ファーストが売れればセカンドにいくよ(微笑)。
<リリース情報>

佐野元春
『HAYABUSA JET l』
2025年3月12日リリース
レーベル:DaisyMusic
=収録曲=
1. Youngbloods (New Recording)
2. つまらない大人にはなりたくない (New Recording)
3. だいじょうぶ、と彼女は言った (New Recording)
4. ジュジュ (New Recording)
5. 街の少年 (New Recording)
6. 虹を追いかけて (New Recording)
7. 欲望 (New Recording)
8. 自立主義者たち (New Recording)
9. 君をさがしている (朝が来るまで) (New Recording)
10. 約束の橋 (New Recording)
公式ウェブサイト「MWS」 http://www.moto.co.jp/