カナダが誇るアート・ロックの最高峰、アーケイド・ファイア(Arcade Fire)が通算7作目となる最新アルバム『Pink Elephant』をリリース。前作『WE』から約3年ぶりとなる今作は、中心メンバーのウィン・バトラーとレジーヌ・シャサーニュ、そしてダニエル・ラノワ(U2など)による共同プロデュースのもと、バンドが所有するニューオーリンズのグッド・ニュース・レコーディング・スタジオにて制作された。
アルバム・レビューをお届けする。

アーケイド・ファイアほど長年にわたり、「日常の中にある壮大さ」を巧みに表現してきたバンドはほとんどいない。「No Cars Go」(2007年)から「Awful Sound (Oh Eurydice)」(2013年)まで、熱のこもった賛歌には共感を呼ぶ何かが宿っている。その感覚こそが、アートと商業性のジレンマを、レディオヘッドを除いて誰よりも乗り越える鍵となっていた。焦燥感たっぷりに拳を突き上げる「Wake Up」(2004年)のような哀歌が、スパイク・ジョーンズ監督による”狼の着ぐるみを着た少年”の映画(『かいじゅうたちのいるところ』 )を、スーパーボウルの何千万人もの視聴者に売り込むことなんてできるのか?──その問いに対して、誠実なカナダのバンドは「できるさ」と言わんばかりに応えた。そして、そういった仕事で得た報酬を、ハイチ地震の被災者支援に寄付することで、みずからの善意と信念を示したのだった。

だが近年、その共感力は大きく揺らいでいる。2022年にリリースされた前作『WE』は全米チャート6位を記録し、バンドは米人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」にも出演。その際、ウィン・バトラーは「a womans right to choose(女性が妊娠中絶を選択する権利)」に言及した。しかし数カ月後、彼は複数の女性から性的非行の告発を受けることになる。

そうした一連の騒動以来、アーケイド・ファイアとしては初めての”新曲”となったのが、今年4月に彼らの公式アプリ「Circle of Friends」で配信された「Cars and Telephones」だ。この曲は最新アルバムには収録されていないが(何十年も前のデモ音源を、ソーシャルメディア時代向けに再利用したもの)、バンドが原点回帰しようとしている姿勢を示すものとして象徴的な意味を持っている。


リードシングル「Year of the Snake」では、ウィンと妻であり共同リーダーのレジーヌ・シャサーニュが、愛らしく親しみやすいコーラスに乗せて「変化の季節」を歌う。アルバム全体も、素朴なハーモニーと大きなビートを特徴とし、『WE』に通じる質感を持ちながらも、その土台には『Reflektor』(2013年)を思わせる強靭なリズムがある。全10曲は同作の圧倒的なスケールには及ばないが、時に甘く、惹きつけられ、率直──感情の浄化を目的とした、小さなマニフェストのような作品だ。

〈すべきことではなく / 正しいことをやれ〉(So do what is true / Dont do what you should)──「Year of the Snake」で震えるように歌うウィン。そのカントリー風に揺れる声は、ジェレミー・ガラの荒々しいドラムに重なるにつれて、次第に吠えるような響きに変化し、テキサス出身の彼が語る”穏やかな成熟”のイメージに不思議な説得力を与えている。共同プロデューサーのダニエル・ラノワによる緻密なプロダクションは、アルバム全体に親密で引き締まった空気をもたらしており、これまでのアーケイド・ファイア作品よりも静かで切実な緊張感を漂わせている。そうしたソフトな力強さは、レジーヌの返歌──〈誰もがふと、去ることを考える季節〉(Its the time of the season/When you think about leaving)──にも、穏やかで自己犠牲的な優しさを滲ませている。

同じく感情の深部に踏み込んだタイトル曲「Pink Elephant」は、痛烈で忘れがたい仕上がりとなっており、「ひとりぼっちで一緒にいる」ような真摯な空気感をまとっている。〈君はいつも、本物を前にすると緊張する / 気持ちはムードリングみたいに変わる〉(Youre always nervous with the real thing / Mind is changing like a mood ring)とバトラーが呻くこの一節は、アルバム全体の命題とも言えるフレーズ。”ひとりで一緒にいる”とでもいうべき真摯な雰囲気を漂わせる。〈”本物”を前にすると君はいつも緊張する/気持ちはムードリングみたいに変わる〉と唸るバトラーの一節は、アルバムの命題のようにも響く。

「Circle of Trust」では、ユーロポップ調の鋭いバウンスが響くなか、一組のカップルが夜通し踊り続ける穏やかな情景が描かれる。
その様子を、遠くから大天使ミカエルが見守りながら、〈君の愛のために死ぬ/空の炎に君の名前を書く〉とささやく。脈打つベースラインと、ペット・ショップ・ボーイズを思わせるモダンなメロディライン。そこにレジーヌの愛らしい囁き声が加わり、2017年の過小評価された「Electric Blue」以来、アーケイド・ファイアにとって最も魅惑的なダンス・チューンとなっている。

「Alien Nation」は、ナイン・インチ・ネイルズとボム・スクワッドを掛け合わせたような推進力あるサウンド、「Stuck in My Head」は激しく胸を打つコード進行を備えている。「Ride or Die」は感情的な力を満ち満ちと宿しており、牧歌的なギターは初期の名曲「Neighborhood #4 (7 Kettles)」を想起させる。

その後に続く「I Love Her Shadow」は、さらに深い感動を呼ぶ曲だ。止むことのないパーカッションの上で、〈彼女はハンマーで僕を壊した〉(broke me with the hammer)とウィンは歌い上げ、その愛を力強く宣言する。後悔を地図に描き、欲望をひとつにつなぎ合わせていく──『Pink Elephant』は、「共にあること」の鮮やかなビジョンを描き出している。

From Rolling Stone US.

アーケイド・ファイア、新作『Pink Elephant』で示した原点回帰と共感のヴィジョン

アーケイド・ファイア
『Pink Elephant』
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